アンケートお礼その3
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【4.彼の手腕】
「グレイ、書類届けてきたよ」
頼まれた仕事を終えて資料室に戻ると、書き物をしていたらしいグレイが顔を上げた。
「あぁ、名無しさん。ありがとう。助かるよ。あちこち行ってもらって悪かったな」
「ううん、いいよ。もう慣れた」
そう言って笑うと、グレイも「そうか」と言って微笑んだ。
最近の私はグレイ専属の郵便屋さんと化している。
「この資料を届けてきてくれ」「ここにはんこをもらって来てくれ」「例の書類をもらってきてくれ」などなど。
忙しい彼に変わってクローバーの塔の中を行ったり来たりしているうちに、グレイの部下の皆様ともすっかり顔見知りになった。
「なんかね、みんなグレイのこと心配してたよ。働き詰めで大丈夫かってみんなに聞かれた。実は最近なぜか私がよく聞かれるんだよね」
「そうなのか」
「うん。確かに働き詰めだけど、適当に休んでるみたいだし、大丈夫そうですって勝手に答えちゃった。大丈夫だよね?」
「おかげさまで」
私の問いにグレイは楽しそうに答えた。
よかった。私、嘘つきにならなかったよ。
私も初めのうちは、そんなに働いてて大丈夫なの?って思っていたけれど、
一緒に働いているうちに、グレイがしっかり自己管理していることに気づいた。
いつ会っても落ち着いていて、疲れている顔を見せない。
たまーにぼんやりしているなぁと思う時はあるけれど、うまく休んでいるようで、すぐにいつものグレイになって戻ってくる。
「グレイは無理しないもんね。いつでも堅実」
「というよりも、無理が利かなくなってきたんだ」
「昔はだいぶ無理してたのにね?無理っていうか無茶?」
昔はやんちゃだったらしいグレイにそう言うと、彼は「まぁ……否定はしないな」と苦笑した。
「でも、自分のことがわかってるってことだよね。無理せず、計画的に動けるっていうことでしょ?」
「リスクをできる限り回避したいだけの小心者なんだ」
グレイはそう言って笑うけれど、いざとなるとものすごく大胆な手に出るのを知っているので
やっぱり大人だよなー、できる男はちがうなーと私は1人うなずいた。
「ところで名無しさん。そろそろ休憩してきていいぞ」
「え、でもただ郵便配達してただけだしまだ平気だよ。グレイが先に行って来たら?」
「俺はキリのいいところまでやる。名無しさんが先に行ってきてくれ」
渋っても仕方がないので、ありがたく休憩に行くことにした。
すると部屋を出る直前にグレイが私を呼んだ。
「名無しさん、もらい物なんだが食べるか?」
彼はそう言って小さな箱を差し出した。
「なに?」
「たぶんクッキーだと思う。この間出先でもらったんだ」
「私がもらってもいいの?」
「あぁ。俺は食べないし、名無しさんはこういうのが好きだろう?」
「うん、好き好き!どうもありがとう!!」
喜んで受け取る私に、グレイはくくくっと笑った。
「そんなに喜んでもらえるなら良かった。休憩で食べるといい」
「うん。ありがとう。じゃあ行ってきます」
あー、なんていい人なんだ。
優しいし、堅実だし、仕事はできるし、カッコいいし、大人だし、クッキーをくれるし。
尊敬せずにはいられないなぁ。
私はもらったクッキーを持って休憩室へと向かった。
休憩室でさっそくクッキーを食べていると、顔見知りになったグレイの部下の方が3名ほどやってきた。
「あ、名無しさんさんお疲れ様です」
「お疲れ様です」
挨拶をしながら彼らは私の近くにやってきた。
そして、私が食べているクッキーを見て「おぉ」と声を上げる。
「それ、名無しさんさんの手作りですか?」
「おー、女の子っぽい!!すげー!!」
「まさかまさか!今グレイにもらったんですよー。私、お菓子は食べる専門です!」
きっぱりとそう言い切った私だったけれど、彼らはそこではない所に注目した。
「グレイさんにもらったんですかー。へぇ~。やっぱり仲いいですねー。羨ましい!」
「俺も彼女がほしいなー。名無しさんさんみたいに食べる専門でいいから、可愛い彼女がほしいなー」
「グレイさんみたいなタイプじゃないと、名無しさんさんみたいないい人は無理だろ。っていうかお前には無理だろ」
「うわ、ストレートにいってくれるなぁ」
そこからいつのまにか、彼らの『理想の彼女』についての話が始まりかけた。
「いや、ちょっと待って!話がなんか今おかしかった!おかしかったですよ!?まるで私がグレイの彼女みたいな言い方してませんでした!?」
私が口を挟むと、彼らはきょとんとしてこう言った。
「え、だって彼女でしょ?」
「はぁ!?」
「グレイさんって仕事もできるし、優しいし、男の俺から見てもカッコいいし、名無しさんさん幸せ者じゃないですか!」
「え、え!?あの、ちょっと待って……」
「あのナイトメア様に仕事をさせられるのも、薬を飲ませるのもグレイさんだからできるんですよね。用意周到で常に先手を打つグレイさんだから、ナイトメア様もいつのまにか逃げ道がなくなってる感じになってますし」
「そうそう。追い込むのがうまいよなぁ。あの交渉術は俺も真似したいよ」
彼らはグレイを褒め称える。お世辞を言っている風には見えないので、本当にそう思っているのだろう。
うん、私もそう思う。グレイはすごい人です。
ただね、私は別にグレイの彼女じゃないんですよ!?
「グレイさんと名無しさんさんが付き合ってることを知って、俺の彼女がすっごく羨ましがってましたよ。グレイさんの彼女になるなんてすごい!うらやましい!なんて、彼氏である俺に言うんですよ。ひどいですよねー」
「え、いや、ちょっと待って。私とグレイは付き合ってなんか……」
「俺の部署の奴らもみんな言ってますよ。グレイさんと名無しさんさんは信頼し合ってる感じがいいよねって」
「確かに信頼はしてるけど私とグレイは別に付き合ってるわけじゃ……」
「あのグレイさんに対して、名無しさんさんがわりとサバサバしている所がいいですよね。グレイさんって意外と尻に敷かれるタイプなのかなーって思ったりして。あ、これ内緒にしてくださいよ?」
「グレイを尻に敷くなんてありえないです!っていうか私はグレイと付き合ってなんか……」
「まーでも、男は女の言うことを聞いていた方が幸せだっていいますしねぇ」
否定しようとすると、あれこれと会話をかぶせてくる彼ら。
彼らの中では、というよりもこのクローバーの塔の人々は、私とグレイが恋人同士であると思っているようだった。
ない。ないよ。それはない。
グレイに迷惑だ。私なんかが恋人だと思われるなんて、グレイに申し訳ない。
私は何度か否定しようと試みたけれど、彼らの会話はとどまることを知らず、私は完全に否定のタイミングを失った。
むしろ否定なんてできない雰囲気。
仕方なく私は「あの、なんで私とグレイが付き合ってるなんて話に……?」という聞き方をした。
すると、彼らは「あ、もしかして秘密にしたかったんですか?」と笑った。
「今さら秘密にするなんて無理ですよー。グレイさん本人が持ってくるような重要書類を持って名無しさんさんがあちこちのフロアに顔を出してるでしょう。グレイさんの特別な人なんだってことが丸わかりに決まってるじゃないですか」
「重要書類?」
確かに、最近色々な部署に書類を持っていってはいたけれど、あれがそんなに重要な書類だなんて聞いていなかった。
そんな大切なものを私が届けに行けば、受け取る側は「あれ?」と思うに違いない。
そういえばここ最近、やたらとグレイの話題を持ち出されたり、やたらとグレイには内緒にしてくれよ?と口止めされたり、やたらとグレイの体調管理をしっかりした方がいいと私が言われたりした。
……なるほど、私とグレイが恋人同士だと思い込んでいたからだったのか。
「じゃあ名無しさんさん、俺たちそろそろ戻ります。グレイさんによろしくお伝えください」
そう言って彼らはすっきりした表情で休憩室を出て行った。
1人取り残された私はうーむ、と考え込む。
どうしよう。とりあえずグレイに報告しておかなくちゃ。
私はダッシュでグレイの元へ戻るとすぐにこう言った。
「ねぇ、グレイ。大変!私達、ものすごい誤解されてるよ!」
部屋に入るなりそう言った私に、グレイは書類を手にしたままきょとんとした。
「誤解?」
「そう。私とグレイが恋人同士だってみんな思ってるみたいなの。なんか塔中の人がそう思ってるらしくて、否定すらできない雰囲気だったよ。誤解を解くのに時間がかかりそうだよ」
グレイも何か聞かれたらちゃんと否定しておいた方がいいよと言うと、彼は「ふむ」と息をついた。
「誤解か……」
「うん、資料を運んだり、一緒にいるだけでそんな誤解に発展するなんて、みんな案外子どもっぽいよねぇ」
思わず笑ってしまった私だけれど、グレイは真面目な顔で私を見る。
「ようやく名無しさんの耳にも入ったんだな」
「え?あぁ、もしかしてもうグレイは知ってたの!?」
それなら否定してくれればいいのにー、と笑う私をグレイはただまっすぐ見つめる。
「グレイ?」
さすがの私も様子がおかしいと気づいた。
呼びかけると、しばらく黙っていた彼はゆっくりと口を開いた。
「そう思わせるように、俺が仕向けたからな」
「え……?」
仕向けた?
怪訝な顔をする私に、グレイは持っていた書類をそっと机に置いて、いつもの調子で話し始める。
「名無しさんにはあちこちへ行ってもらっただろう。ただ仕事を頼んでいたわけじゃないんだ。少しずつ回数を増やして、少しずつ重要な物を持たせて、いろんな奴に顔を合わせてもらった。俺のものだと誤解して、だれも君に手出しができなくなるように」
グレイはそう言って少しずつ私との距離を詰める。
「名無しさん。君を困らせるような手段を取ってでも、俺は君が欲しい」
そう言って彼は私の腰を引き寄せた。
ゆっくりと、でも強い力で。
私の鼓動がものすごい勢いで早まる。
「誤解を解くかどうかは君次第だが、君と一緒に誤解を解いて歩くなんてこと俺はしないぞ。俺と君が恋人同士だと周囲が思ってくれるのは、俺にとって都合がいいからな」
ふっと笑う彼。
いつもとは違う、ちょっと意地悪な笑みに私の視界はぐらりと揺れた。
「名無しさん、変に騒げば周りはさらに勘ぐるものだ。噂に余計な尾びれがつく。大人しく黙っていた方が賢明かもしれないぞ」
「でも黙っていても、グレイと付き合っているってことになるんじゃない?」
もっともらしく言うグレイに、私はなんとか頭を働かせてそう問う。
すると彼は「そこには気づくんだな、名無しさん」と笑みを浮かべた。
「……私だけがグレイと付き合ってないって言い張っても、みんな信じてくれないかなぁ?」
「どうだろうな」
そう言って笑うグレイは余裕の表情だ。
この塔の中で絶大な信頼度と発言力を持つのは、比べるまでもなくグレイだ。
私がいくら恋人関係を否定しても、グレイが私の言葉を否定すればそれが真実になってしまう。
たぶん、こうなることは計算づくだったのだろう。
私は知らない間に、はめられていたのだ。
「……人の噂も七十五日っていうよねぇ」
自分を納得させるつもりでそう呟くと、グレイが言った。
「その頃には、噂ではなくちゃんと事実にしたいと俺は思っているんだが……」
そう言いながらグレイは私の頬に触れる。
「どうやら君にその気はないらしい。となると……」
グレイはそこでじっと私を見つめた。
「既成事実を作った方が早いのかもしれないな」
金色の目が光る。
間近で彼の顔を見たのも、妖艶な表情を見たのも初めてで、私は息を詰めた。
そんな私を見て、彼がふっと笑う。
「名無しさん、幻滅したなんて言わないでくれよ? そもそも俺は良い奴じゃない」
尊敬すべき上司は目の前で綺麗に笑って、そんなことを言った。
いつもの彼と、目の前の彼は全然違うように見える。
なにが本当かわからなくなる私に、彼はそっと口づけた。
優しいキスは徐々に深くなっていったけれど、全然嫌じゃない。
噂が事実になるのに、時間はかからないかもしれない。
そのキスでそう思ってしまった。
「グレイ、書類届けてきたよ」
頼まれた仕事を終えて資料室に戻ると、書き物をしていたらしいグレイが顔を上げた。
「あぁ、名無しさん。ありがとう。助かるよ。あちこち行ってもらって悪かったな」
「ううん、いいよ。もう慣れた」
そう言って笑うと、グレイも「そうか」と言って微笑んだ。
最近の私はグレイ専属の郵便屋さんと化している。
「この資料を届けてきてくれ」「ここにはんこをもらって来てくれ」「例の書類をもらってきてくれ」などなど。
忙しい彼に変わってクローバーの塔の中を行ったり来たりしているうちに、グレイの部下の皆様ともすっかり顔見知りになった。
「なんかね、みんなグレイのこと心配してたよ。働き詰めで大丈夫かってみんなに聞かれた。実は最近なぜか私がよく聞かれるんだよね」
「そうなのか」
「うん。確かに働き詰めだけど、適当に休んでるみたいだし、大丈夫そうですって勝手に答えちゃった。大丈夫だよね?」
「おかげさまで」
私の問いにグレイは楽しそうに答えた。
よかった。私、嘘つきにならなかったよ。
私も初めのうちは、そんなに働いてて大丈夫なの?って思っていたけれど、
一緒に働いているうちに、グレイがしっかり自己管理していることに気づいた。
いつ会っても落ち着いていて、疲れている顔を見せない。
たまーにぼんやりしているなぁと思う時はあるけれど、うまく休んでいるようで、すぐにいつものグレイになって戻ってくる。
「グレイは無理しないもんね。いつでも堅実」
「というよりも、無理が利かなくなってきたんだ」
「昔はだいぶ無理してたのにね?無理っていうか無茶?」
昔はやんちゃだったらしいグレイにそう言うと、彼は「まぁ……否定はしないな」と苦笑した。
「でも、自分のことがわかってるってことだよね。無理せず、計画的に動けるっていうことでしょ?」
「リスクをできる限り回避したいだけの小心者なんだ」
グレイはそう言って笑うけれど、いざとなるとものすごく大胆な手に出るのを知っているので
やっぱり大人だよなー、できる男はちがうなーと私は1人うなずいた。
「ところで名無しさん。そろそろ休憩してきていいぞ」
「え、でもただ郵便配達してただけだしまだ平気だよ。グレイが先に行って来たら?」
「俺はキリのいいところまでやる。名無しさんが先に行ってきてくれ」
渋っても仕方がないので、ありがたく休憩に行くことにした。
すると部屋を出る直前にグレイが私を呼んだ。
「名無しさん、もらい物なんだが食べるか?」
彼はそう言って小さな箱を差し出した。
「なに?」
「たぶんクッキーだと思う。この間出先でもらったんだ」
「私がもらってもいいの?」
「あぁ。俺は食べないし、名無しさんはこういうのが好きだろう?」
「うん、好き好き!どうもありがとう!!」
喜んで受け取る私に、グレイはくくくっと笑った。
「そんなに喜んでもらえるなら良かった。休憩で食べるといい」
「うん。ありがとう。じゃあ行ってきます」
あー、なんていい人なんだ。
優しいし、堅実だし、仕事はできるし、カッコいいし、大人だし、クッキーをくれるし。
尊敬せずにはいられないなぁ。
私はもらったクッキーを持って休憩室へと向かった。
休憩室でさっそくクッキーを食べていると、顔見知りになったグレイの部下の方が3名ほどやってきた。
「あ、名無しさんさんお疲れ様です」
「お疲れ様です」
挨拶をしながら彼らは私の近くにやってきた。
そして、私が食べているクッキーを見て「おぉ」と声を上げる。
「それ、名無しさんさんの手作りですか?」
「おー、女の子っぽい!!すげー!!」
「まさかまさか!今グレイにもらったんですよー。私、お菓子は食べる専門です!」
きっぱりとそう言い切った私だったけれど、彼らはそこではない所に注目した。
「グレイさんにもらったんですかー。へぇ~。やっぱり仲いいですねー。羨ましい!」
「俺も彼女がほしいなー。名無しさんさんみたいに食べる専門でいいから、可愛い彼女がほしいなー」
「グレイさんみたいなタイプじゃないと、名無しさんさんみたいないい人は無理だろ。っていうかお前には無理だろ」
「うわ、ストレートにいってくれるなぁ」
そこからいつのまにか、彼らの『理想の彼女』についての話が始まりかけた。
「いや、ちょっと待って!話がなんか今おかしかった!おかしかったですよ!?まるで私がグレイの彼女みたいな言い方してませんでした!?」
私が口を挟むと、彼らはきょとんとしてこう言った。
「え、だって彼女でしょ?」
「はぁ!?」
「グレイさんって仕事もできるし、優しいし、男の俺から見てもカッコいいし、名無しさんさん幸せ者じゃないですか!」
「え、え!?あの、ちょっと待って……」
「あのナイトメア様に仕事をさせられるのも、薬を飲ませるのもグレイさんだからできるんですよね。用意周到で常に先手を打つグレイさんだから、ナイトメア様もいつのまにか逃げ道がなくなってる感じになってますし」
「そうそう。追い込むのがうまいよなぁ。あの交渉術は俺も真似したいよ」
彼らはグレイを褒め称える。お世辞を言っている風には見えないので、本当にそう思っているのだろう。
うん、私もそう思う。グレイはすごい人です。
ただね、私は別にグレイの彼女じゃないんですよ!?
「グレイさんと名無しさんさんが付き合ってることを知って、俺の彼女がすっごく羨ましがってましたよ。グレイさんの彼女になるなんてすごい!うらやましい!なんて、彼氏である俺に言うんですよ。ひどいですよねー」
「え、いや、ちょっと待って。私とグレイは付き合ってなんか……」
「俺の部署の奴らもみんな言ってますよ。グレイさんと名無しさんさんは信頼し合ってる感じがいいよねって」
「確かに信頼はしてるけど私とグレイは別に付き合ってるわけじゃ……」
「あのグレイさんに対して、名無しさんさんがわりとサバサバしている所がいいですよね。グレイさんって意外と尻に敷かれるタイプなのかなーって思ったりして。あ、これ内緒にしてくださいよ?」
「グレイを尻に敷くなんてありえないです!っていうか私はグレイと付き合ってなんか……」
「まーでも、男は女の言うことを聞いていた方が幸せだっていいますしねぇ」
否定しようとすると、あれこれと会話をかぶせてくる彼ら。
彼らの中では、というよりもこのクローバーの塔の人々は、私とグレイが恋人同士であると思っているようだった。
ない。ないよ。それはない。
グレイに迷惑だ。私なんかが恋人だと思われるなんて、グレイに申し訳ない。
私は何度か否定しようと試みたけれど、彼らの会話はとどまることを知らず、私は完全に否定のタイミングを失った。
むしろ否定なんてできない雰囲気。
仕方なく私は「あの、なんで私とグレイが付き合ってるなんて話に……?」という聞き方をした。
すると、彼らは「あ、もしかして秘密にしたかったんですか?」と笑った。
「今さら秘密にするなんて無理ですよー。グレイさん本人が持ってくるような重要書類を持って名無しさんさんがあちこちのフロアに顔を出してるでしょう。グレイさんの特別な人なんだってことが丸わかりに決まってるじゃないですか」
「重要書類?」
確かに、最近色々な部署に書類を持っていってはいたけれど、あれがそんなに重要な書類だなんて聞いていなかった。
そんな大切なものを私が届けに行けば、受け取る側は「あれ?」と思うに違いない。
そういえばここ最近、やたらとグレイの話題を持ち出されたり、やたらとグレイには内緒にしてくれよ?と口止めされたり、やたらとグレイの体調管理をしっかりした方がいいと私が言われたりした。
……なるほど、私とグレイが恋人同士だと思い込んでいたからだったのか。
「じゃあ名無しさんさん、俺たちそろそろ戻ります。グレイさんによろしくお伝えください」
そう言って彼らはすっきりした表情で休憩室を出て行った。
1人取り残された私はうーむ、と考え込む。
どうしよう。とりあえずグレイに報告しておかなくちゃ。
私はダッシュでグレイの元へ戻るとすぐにこう言った。
「ねぇ、グレイ。大変!私達、ものすごい誤解されてるよ!」
部屋に入るなりそう言った私に、グレイは書類を手にしたままきょとんとした。
「誤解?」
「そう。私とグレイが恋人同士だってみんな思ってるみたいなの。なんか塔中の人がそう思ってるらしくて、否定すらできない雰囲気だったよ。誤解を解くのに時間がかかりそうだよ」
グレイも何か聞かれたらちゃんと否定しておいた方がいいよと言うと、彼は「ふむ」と息をついた。
「誤解か……」
「うん、資料を運んだり、一緒にいるだけでそんな誤解に発展するなんて、みんな案外子どもっぽいよねぇ」
思わず笑ってしまった私だけれど、グレイは真面目な顔で私を見る。
「ようやく名無しさんの耳にも入ったんだな」
「え?あぁ、もしかしてもうグレイは知ってたの!?」
それなら否定してくれればいいのにー、と笑う私をグレイはただまっすぐ見つめる。
「グレイ?」
さすがの私も様子がおかしいと気づいた。
呼びかけると、しばらく黙っていた彼はゆっくりと口を開いた。
「そう思わせるように、俺が仕向けたからな」
「え……?」
仕向けた?
怪訝な顔をする私に、グレイは持っていた書類をそっと机に置いて、いつもの調子で話し始める。
「名無しさんにはあちこちへ行ってもらっただろう。ただ仕事を頼んでいたわけじゃないんだ。少しずつ回数を増やして、少しずつ重要な物を持たせて、いろんな奴に顔を合わせてもらった。俺のものだと誤解して、だれも君に手出しができなくなるように」
グレイはそう言って少しずつ私との距離を詰める。
「名無しさん。君を困らせるような手段を取ってでも、俺は君が欲しい」
そう言って彼は私の腰を引き寄せた。
ゆっくりと、でも強い力で。
私の鼓動がものすごい勢いで早まる。
「誤解を解くかどうかは君次第だが、君と一緒に誤解を解いて歩くなんてこと俺はしないぞ。俺と君が恋人同士だと周囲が思ってくれるのは、俺にとって都合がいいからな」
ふっと笑う彼。
いつもとは違う、ちょっと意地悪な笑みに私の視界はぐらりと揺れた。
「名無しさん、変に騒げば周りはさらに勘ぐるものだ。噂に余計な尾びれがつく。大人しく黙っていた方が賢明かもしれないぞ」
「でも黙っていても、グレイと付き合っているってことになるんじゃない?」
もっともらしく言うグレイに、私はなんとか頭を働かせてそう問う。
すると彼は「そこには気づくんだな、名無しさん」と笑みを浮かべた。
「……私だけがグレイと付き合ってないって言い張っても、みんな信じてくれないかなぁ?」
「どうだろうな」
そう言って笑うグレイは余裕の表情だ。
この塔の中で絶大な信頼度と発言力を持つのは、比べるまでもなくグレイだ。
私がいくら恋人関係を否定しても、グレイが私の言葉を否定すればそれが真実になってしまう。
たぶん、こうなることは計算づくだったのだろう。
私は知らない間に、はめられていたのだ。
「……人の噂も七十五日っていうよねぇ」
自分を納得させるつもりでそう呟くと、グレイが言った。
「その頃には、噂ではなくちゃんと事実にしたいと俺は思っているんだが……」
そう言いながらグレイは私の頬に触れる。
「どうやら君にその気はないらしい。となると……」
グレイはそこでじっと私を見つめた。
「既成事実を作った方が早いのかもしれないな」
金色の目が光る。
間近で彼の顔を見たのも、妖艶な表情を見たのも初めてで、私は息を詰めた。
そんな私を見て、彼がふっと笑う。
「名無しさん、幻滅したなんて言わないでくれよ? そもそも俺は良い奴じゃない」
尊敬すべき上司は目の前で綺麗に笑って、そんなことを言った。
いつもの彼と、目の前の彼は全然違うように見える。
なにが本当かわからなくなる私に、彼はそっと口づけた。
優しいキスは徐々に深くなっていったけれど、全然嫌じゃない。
噂が事実になるのに、時間はかからないかもしれない。
そのキスでそう思ってしまった。