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【ハッピーハロウィン!】
もうすぐこの帽子屋屋敷でハロウィンパーティーをするのだ。
双子が張り切っている。
「お菓子をもらえる日、もらえなかったらいたずらしてもいい日」という認識の彼らだけれどまぁ楽しそうだからいいかなと思っている。
エリオットも双子につられて仮装用の服を選んでたりするし、
使用人さんはハロウィン用のかぼちゃの発注をしていたり、メイドさんはパーティー料理の食材をあれこれ手配したりしている。
なんて平和なマフィアなんだろう。
そのマフィアのボスであり、屋敷の主であるブラッドはどう思っているのかなぁと聞いてみたら、
「やりたいならやればいい」
といつもの口調で言った。
おもしろそうなら参加しよう、というスタンスらしい。
しかし彼がやりたくない時は「面倒だ」の一言で終わらせるので、たぶんちょっとは興味があるんじゃないかなと私は思っている。
それはここで働くみんなもわかっているらしい。
だから、自主的にではあるけれど盛大なパーティー計画へと流れているのだと思う。
私は双子にせがまれたというのもあって、たくさんクッキーを焼いてみた。
ハロウィンパーティー用のクッキー。
作っているうちに私に眠る職人魂に火がついたらしい。
プレーンにココア、チョコチップやナッツ入りなどいろんな味のクッキーが大量にできた。
真の職人・ユリウスもびっくりの集中力だ。
1人に全種類をあげられるかなー? 自分の分も欲しいなぁ。
枚数を数えながら誰にあげるかを思い浮かべる。
「えぇと、ディーとダムでしょ、アリスでしょ、ボリスも来るって言ってたし、あとはメイドさんでしょ、それからエリオットはこれじゃなくて
あっちのにんじん入りでしょ、こういう時に限ってエースとか迷い込んできそうだし、それからあとは……」
ブラッドだ。
一応紅茶入りのクッキーも5枚ほど作ってみた。
1枚味見をしてみたら、まぁまぁ美味しかった。
でも、紅茶好きの人だからこそ食べてもらうのが怖い。
どうしようかなぁ。
「……やっぱりあげるのはやめよっかな。みんなと同じのにしとこう」
私は紅茶入りクッキーをもう1枚食べながら、残りの3枚を自分用に確保した。
天板に並んだクッキーを見ながら、ラッピング用の小さな袋に詰めていく。
これは焼き色が綺麗。これはチョコチップが少ない、こっちは形がいいかも。
無意識のうちの出来の良い物をブラッド用に取り分けている自分に気づいた。
「どれも大した違いはないのにね」
自分でおかしくなってしまうけれど、やっぱり気になる人には一番の物をあげたい。
ハロウィンを心待ちにしている双子でも、作ったものはなんでも美味しそうに食べてくれるエリオットでもなくて
いつもだるだるとしていて感情をあまり見せようとしないブラッドのために。
きっとこのクッキーもいつものように「ありがとう」と言って普通に受け取るんだろう。
わかっているけれど彼のために、私は一番の物を選ぶ。我ながらいじらしいなぁ。(あ、でもアリスにも良いやつをあげよう)
そう思いながら袋に詰めた。
そして、ハロウィンパーティー当日。
わんさかと仮装した人々が集まっていた。
狼男になったディーと、かぼちゃになったダム。そしてミイラ男であろうエリオットに、魔女っ娘になったアリス(可愛い!)。
化け猫だというボリスは置いといて、遊園地のブサカワキャラの着ぐるみを着た人がいるのだけれど、あれはたぶんゴーランドだろう。(こういうの好きなんだろうなぁ)
そして、思った通りエースもしっかりとこの会場に迷い込んでいた。すごいとしか言いようがないし、仮装した人々の中にいてもあの赤いコートはかなり主張が強い。
みんなにクッキーを渡しに行こうかなぁと思った時だった。
ものすごい勢いでディーとダムがやってきた。
「名無しさん―!!」
「トリックオアトリート!!」
タックルかという勢いで彼らは私に抱きついてきた。
キラキラした目で私を見てくる彼らに思わず吹き出してしまう。
「はい、どうぞ」
お菓子の包みを渡すと、ディーとダムはきゃっきゃと嬉しそうな顔をした。
「わーい!ありがとう名無しさん!!」
「嬉しいなー!名無しさんの手作りお菓子だ!!」
「兄弟の方が多いとかそういうことはないよね?」
「ないよ、数も中身もちゃんと同じ。お揃い」
「良かった!嬉しいなぁ」
「うんうん、ハロウィンっていいね!」
にこにこしている2人を見て、なんだか嬉しくなる。
するとボリスとブサカワキャラの着ぐるみもやってきた。
ボリスは双子の手にあるお菓子の包みを見る。
「あ、いいなー。お前ら名無しさんからなに貰ったの?」
「おい化け猫。そういう時は『トリックオアトリート!』っていえばもらえるんだぜ? な、名無しさん」
「……そのキャラクターっぽい口調で話してほしいな、ゴーランド」
「ほんと、おっさんいい年してその恰好はないぜ」
「うるさいな。遊園地の宣伝も兼ねてるんだよ。ハロウィンを楽しんだら、遊園地を楽しむ!こういうことだろ?」
「知らないよ」
ボリスとゴーランドのやり取りに笑いながら、私はお菓子を出した。
「はい、2人共。クッキーだよ」
「ありがとう、名無しさん」
「すごいな、名無しさん。大量に作ったんだな」
「うん、みんなに配れるように頑張ったよ」
私がそう言うと、横からアリスが感心したように言った。
「偉いわねー、名無しさん。私は小分けにするのをやめて、大皿に乗せて出しちゃったわ」
テーブルの上にはアリスお手製のクッキーが乗っている。
「わー!美味しそう!食べてもいい?」
「えぇ、もちろん」
私はクッキーをつまんで食べる。
「美味しい~!アリスってクッキー作るの上手だよね」
これくらい美味しかったら、ブラッドに渡すのも全然平気なんだけどな、と思いつつアリスにもクッキーを差し出す。
「私のクッキーもどうぞ。実はね、アリスのだけ1枚多いんだ」
「え、ほんと? ありがとう」
にこっと可愛く笑うアリスにずぎゅんと胸を打たれ、私はニヤついてしまう。
すると、アリスの隣りにいたエースがニコニコと私にツッコミを入れてきた。
「ははは!名無しさんってばすっごいニヤついてるぜ?」
「うん、ちょっとアリスが可愛すぎて」
「その気持ちはわからないでもないけど、君とアリスは同性だよな?」
「同性でも可愛いものは可愛いの!」
「ははは。開き直ったね」
「もー!放っておいて!はい、これあげる!」
「わ、ありがとう。俺の分もあるんだ?」
「そうだよ、手作りだから心して食べなさい」
「ははは!ありがとう」
エースは爽やかに笑った。
みんなにクッキーを渡し、残るはエリオットとブラッドだ。
ブラッド以外の人には、何も考えず普通にクッキーを渡せるのが自分でも不思議だ。
別にバレンタインデーのように意味のあるプレゼントなわけじゃない。
さっと渡してそれでいい。
頭では分かっていても、やっぱりドキドキしてしまう。
ブラッドからの評価だけがものすごく気になるのは、やっぱり彼が私にとって特別だからだろう。
私は残り2つとなったクッキーの包みを見る。
落ち着かなくて、ハロウィンパーティーどころじゃない。
「早く渡しちゃおう」
ブラッドとエリオットは一緒にいるかもしれない。
一緒にいればいいな。そうしたら渡しやすい。
2人にどうぞっていう方が気楽だ。
でも、エリオットはさっき見かけたけど、ブラッドはまだ会ってない。見かけてもいない。
実はほんとにハロウィンに興味なかったのかな?参加すらしてないとか?
そうなるとこのクッキーは渡してもいいのかな?参加してない人に無理やりハロウィン感を押し付けたりとかって迷惑かな?
うーん、どうしよう。
悩んでいると、エリオットが不思議そうに声をかけてきた。
「どした?名無しさん」
どうやらブラッドは一緒ではないらしい。
悩んだけれど、結局クッキーを渡すことにした。
「エリオットこれどうぞ。クッキーだよ」
「おー!サンキュ!」
「あのねぇ、エリオットだけ特別クッキーなの。にんじんクッキーだよ」
「マジで!?」
彼はそう言うと心底感激したように私を見た。
そして、私にぎゅうっと抱きついてきた。
「!! 名無しさん、あんたってほんっとーーに優しいな!!」
「う、うん、ありがと、って絞まってる……絞まってるよ……!!」
「あ、悪い」
彼はぱっと私から離れ、お菓子の包みを嬉しそうに持つ。
「ねぇエリオット。ブラッドは?さっきから見てないんだけど」
「あぁ、あいつならもうすぐ来ると思うぜ。仮装しないで入って来ようとしたから、なんか着て来いって追い返したんだ」
「……あ、そうなんだ」
「あぁ! ハロウィンは仮装しないと始まらねーからな!」
「ふぅん。エリオット、意外と強いのね」
「え?なにが?」
きょとんとするエリオットに、「なんでもない」と言っておいたけれど、ブラッドを追い返すってすごいなぁ。
「でもさ、あいつ服がないっていうんだ。一応かぼちゃっぽい服が残ってるって言っといたけど、ある場所わかったかなー?」
「……いや、それはわかっても着ないと思うよ」
普段から服のセンスはアレだけど、かぼちゃっぽい服を着るとは思えない。(そんなマフィアのボスは嫌だ)
そうなると、仮装するのも面倒だし来ない、という選択肢を選びそうだなぁ。
なんか急にがっかりしてしまう。
クッキー、誰か違う人にあげようかな。その方がいいかも。
クッキーが特別好きってわけでもないだろうし、美味しいって思ってもらえるか心配だし。
そう思った時だった。
「あれ?」
とエリオットが声を上げた。
不思議に思って彼を見る。
「ブラッドが来たぜ」
エリオットの言葉に私は、ぱっと振り返る。
まさかかぼちゃじゃないでしょうね?とおそるおそる彼を見ると、黒服黒マントを身に着けたブラッドがつかつかと入ってきた。
「……」
「へー、あんな服あったんだなー。全然知らなかった。あれってなんだ? えーと、確か血を吸うやつだよな?」
「……ヴァンパイア?」
「あー、それそれ」
そう言って笑うエリオット。
私はというと半分くらいしかエリオットの声が聞こえない。
ハマりすぎ。
ハマりすぎだ。これはまずい。
どう見たってカッコいい。
だいたいヴァンパイアというチョイスがもうずるいと思う。
大人しくかぼちゃでも着てくれれば、笑って近づけたかもしれない。
でも、あれはもはや近づけないレベル。遠目で見て満足、という感じだ。
「……ますます渡せません」
そうつぶやく私にエリオットは不思議そうにこちらを見つつも、手を挙げた。
「おーいブラッド!」
「わ!? なに呼んでるの!?」
「え? なんで?ダメだったか?」
慌てる私に、エリオットも慌てる。
するとブラッドはちらりとこちらを見た。
「こっちこっち!」
大声で呼ぶエリオットに、ブラッドはこちらへやってきた。
「待ってたぜ。お前、ちゃんと服あったんじゃねぇか」
「あんなオレンジ色の服を私が着るわけないだろう。嫌がらせかと思ったぞ。仕方がないから適当に用意した」
「そこまでしてこのパーティーに参加してくれるなんて……!! ブラッド、お前ってほんっとーに良い奴だな!!」
「ハロウィン用に珍しい茶葉を用意したとメイドが言っていたんでな。それを飲みに来ただけだ」
「なんにしても嬉しいぜ!!」
感極まった様子のエリオットをしれっと見てから、ブラッドは私に目を向けた。
「やぁ、名無しさん。楽しんでいるか?」
「う、うん。すごい盛大でちょっとびっくりしているくらい」
「そうだな、私もだ。まさかドレスコードがあるとは思わなかったよ。屋敷の主すら仮装しなければ入れてもらえないからな。
……中には普段着の奴もいるようだが」
そう言って真っ赤なコートのエースを見る。
「あれは迷い込んだだけみたいだよ」
「そのようだな」
私の言葉にブラッドはうなずく。
どうしよう、今渡しちゃえばいいのか。
今が一番自然だよね。後になればなるほど渡せなくなっちゃいそうだし。
「あ、あの……」
「名無しさんは魔女に仮装しているのか」
「え、あ、うん。そう。アリスとお揃いなの」
そう答えた私を、ブラッドはじぃっと見つめて考え込む。
え、なに?どこかおかしいかな?
なんだか恥ずかしい。
どうしていいのかわからず、視線を泳がせていると、彼は「ふむ」といった。
「その服ももちろん君に似合うが、もっと違う服にしてみたらどうだ?」
「え、違う服?って言われても…」
「こんなのはどうかな?」
そう言ってぽんと手を叩いた。
するとあっという間に私の服が変わっていた。
「わ!?」
鏡がないからわからないけど、黒っぽい服。
気のせいか背中に羽がある気が……
「コウモリだよ。悪くないんじゃないか?」
彼はそう言ってうなずいた。
「コウモリ?」
頭にカチューシャがついていて、触ってみると小さな2本のツノみたいなのがくっついている。
どうなっちゃってるんだろう私は。こういうの初めてだから全く分からない。
「ヴァンパイアのしもべ。今日は私が君の主だよ」
「え……!?」
思わず変な声を上げる私に、ブラッドは楽しそうに笑った。
「それで? 主に何か言いたいことでもあるのか?」
「え」
「さっきから、そわそわしているようだったからね」
「……あの、そうなの。これ、ハロウィンだからクッキーを作ったんだ」
私はそう言って包みを差し出した。
「よければ食べてみて。美味しいかわからないけど」
「あぁ、この間大量に作っていたみたいだね」
「え! 知ってたの?」
「あぁ。名無しさんがお菓子屋でも始めるのかと思ったよ。あの時間帯は甘い匂いが漂っていたからね」
くすくす笑うブラッドにドキリとする。
「みんなに配れるようにと思ってたくさん作ったの」
「そうか。どうもありがとう。後でいただこう」
「うん」
なんとか渡せてほっとしつつも、まだドキドキがおさまらない。
ふぅっと息を吐くと、ブラッドがこう言った。
「ところで名無しさん、他の奴らとまるっきり同じものだなんて言わないだろうね?」
「え?」
「エリオットには特別な物をあげたらしいじゃないか」
なんでそれを知っているんだろう、と思いちらりと見ると
エリオットが「俺だけにんじんクッキーなんだぜ!」と周囲の人に話しているのが見えた。(羨ましがる人はいないと思うけど)
思わず苦笑する私。
するとブラッドは私の肩にそっと腕を回し顔を寄せた。
「名無しさんの特別を私ももらいたかったのだがね」
「ご、ごめん。みんなと中身は同じなの」
文句を言われているような気がして、言い訳のように私はこう続けた。
「……でもブラッドには一番できの良いものを入れたつもり、だよ?」
するとブラッドは一瞬止まった。
彼の反応に、私は自分が結構恥ずかしいことを言ってしまったことに気づいた。
取り繕うように、べらべらと言葉を続ける。
「えぇと、その……一応紅茶味も作ってみたんだけど、ブラッドは紅茶が好きだし、もうちょっと美味しくできたらにしようかなって思って……
でも1枚くらい入れておけばよかったかな? 部屋に戻ればあるんだけど別にいらないもんね。
だからせめて出来のいいものをブラッドに渡そうと思って……」
しゃべればしゃべるほど混乱し動揺し、言葉に詰まってしまった。
もう何も言えない。
余計なことを言ってしまった後悔だけが残るけれど、言ってしまった言葉は取り消せない。
うわ、なんだかすごく恥ずかしい。
ブラッドの顔が怖くて見れない。
そう思ってうつむいていたら、彼がぼそりといった。
「……欲しい」
「え?」
「名無しさんの部屋にあるのか? 紅茶のクッキーが」
「え、うん。3枚だけだけど、自分用にしたやつが……」
「それは私のために作ったんだろう?」
「でも、なんか自信ないから」
「名無しさんが作ったものなら、欲しいに決まっているだろう。あるとわかれば今すぐ欲しい」
「でも美味しいかどうか……」
渋る私にブラッドはこう言った。
「Trick or Treat」
「!」
「私としてはどちらでもいいがね?」
そう言って笑うブラッドに鼓動が早まる。
「……持ってきます」
彼から離れてそう答えた。
予想外の展開に混乱した頭のまま、私は自分の部屋へ戻ろうと歩き出す。
すると、ブラッドがすっと私の隣りに並ぶ。
「私も行こう」
「え?」
「名無しさんを1人歩きさせるのは、主として心配だからね」
ブラッドはそう言うと、私の背中をそっと押して歩き出す。
しかし2,3歩進んでから私の背中を見てこう言った。
「羽が邪魔だな」
「……自分で着せたくせに」
思わずそう言うと
「そうだったな。あとで取ってあげようか」
意味深に笑うブラッドに、私は言葉の意味を理解し思わず立ち止まる。
「ふふふ。冗談だよ、名無しさん」
いつも通りの調子でそういう彼。
クッキーを渡しても、まだまだ彼にはドキドキさせられっぱなしだ。
もうすぐこの帽子屋屋敷でハロウィンパーティーをするのだ。
双子が張り切っている。
「お菓子をもらえる日、もらえなかったらいたずらしてもいい日」という認識の彼らだけれどまぁ楽しそうだからいいかなと思っている。
エリオットも双子につられて仮装用の服を選んでたりするし、
使用人さんはハロウィン用のかぼちゃの発注をしていたり、メイドさんはパーティー料理の食材をあれこれ手配したりしている。
なんて平和なマフィアなんだろう。
そのマフィアのボスであり、屋敷の主であるブラッドはどう思っているのかなぁと聞いてみたら、
「やりたいならやればいい」
といつもの口調で言った。
おもしろそうなら参加しよう、というスタンスらしい。
しかし彼がやりたくない時は「面倒だ」の一言で終わらせるので、たぶんちょっとは興味があるんじゃないかなと私は思っている。
それはここで働くみんなもわかっているらしい。
だから、自主的にではあるけれど盛大なパーティー計画へと流れているのだと思う。
私は双子にせがまれたというのもあって、たくさんクッキーを焼いてみた。
ハロウィンパーティー用のクッキー。
作っているうちに私に眠る職人魂に火がついたらしい。
プレーンにココア、チョコチップやナッツ入りなどいろんな味のクッキーが大量にできた。
真の職人・ユリウスもびっくりの集中力だ。
1人に全種類をあげられるかなー? 自分の分も欲しいなぁ。
枚数を数えながら誰にあげるかを思い浮かべる。
「えぇと、ディーとダムでしょ、アリスでしょ、ボリスも来るって言ってたし、あとはメイドさんでしょ、それからエリオットはこれじゃなくて
あっちのにんじん入りでしょ、こういう時に限ってエースとか迷い込んできそうだし、それからあとは……」
ブラッドだ。
一応紅茶入りのクッキーも5枚ほど作ってみた。
1枚味見をしてみたら、まぁまぁ美味しかった。
でも、紅茶好きの人だからこそ食べてもらうのが怖い。
どうしようかなぁ。
「……やっぱりあげるのはやめよっかな。みんなと同じのにしとこう」
私は紅茶入りクッキーをもう1枚食べながら、残りの3枚を自分用に確保した。
天板に並んだクッキーを見ながら、ラッピング用の小さな袋に詰めていく。
これは焼き色が綺麗。これはチョコチップが少ない、こっちは形がいいかも。
無意識のうちの出来の良い物をブラッド用に取り分けている自分に気づいた。
「どれも大した違いはないのにね」
自分でおかしくなってしまうけれど、やっぱり気になる人には一番の物をあげたい。
ハロウィンを心待ちにしている双子でも、作ったものはなんでも美味しそうに食べてくれるエリオットでもなくて
いつもだるだるとしていて感情をあまり見せようとしないブラッドのために。
きっとこのクッキーもいつものように「ありがとう」と言って普通に受け取るんだろう。
わかっているけれど彼のために、私は一番の物を選ぶ。我ながらいじらしいなぁ。(あ、でもアリスにも良いやつをあげよう)
そう思いながら袋に詰めた。
そして、ハロウィンパーティー当日。
わんさかと仮装した人々が集まっていた。
狼男になったディーと、かぼちゃになったダム。そしてミイラ男であろうエリオットに、魔女っ娘になったアリス(可愛い!)。
化け猫だというボリスは置いといて、遊園地のブサカワキャラの着ぐるみを着た人がいるのだけれど、あれはたぶんゴーランドだろう。(こういうの好きなんだろうなぁ)
そして、思った通りエースもしっかりとこの会場に迷い込んでいた。すごいとしか言いようがないし、仮装した人々の中にいてもあの赤いコートはかなり主張が強い。
みんなにクッキーを渡しに行こうかなぁと思った時だった。
ものすごい勢いでディーとダムがやってきた。
「名無しさん―!!」
「トリックオアトリート!!」
タックルかという勢いで彼らは私に抱きついてきた。
キラキラした目で私を見てくる彼らに思わず吹き出してしまう。
「はい、どうぞ」
お菓子の包みを渡すと、ディーとダムはきゃっきゃと嬉しそうな顔をした。
「わーい!ありがとう名無しさん!!」
「嬉しいなー!名無しさんの手作りお菓子だ!!」
「兄弟の方が多いとかそういうことはないよね?」
「ないよ、数も中身もちゃんと同じ。お揃い」
「良かった!嬉しいなぁ」
「うんうん、ハロウィンっていいね!」
にこにこしている2人を見て、なんだか嬉しくなる。
するとボリスとブサカワキャラの着ぐるみもやってきた。
ボリスは双子の手にあるお菓子の包みを見る。
「あ、いいなー。お前ら名無しさんからなに貰ったの?」
「おい化け猫。そういう時は『トリックオアトリート!』っていえばもらえるんだぜ? な、名無しさん」
「……そのキャラクターっぽい口調で話してほしいな、ゴーランド」
「ほんと、おっさんいい年してその恰好はないぜ」
「うるさいな。遊園地の宣伝も兼ねてるんだよ。ハロウィンを楽しんだら、遊園地を楽しむ!こういうことだろ?」
「知らないよ」
ボリスとゴーランドのやり取りに笑いながら、私はお菓子を出した。
「はい、2人共。クッキーだよ」
「ありがとう、名無しさん」
「すごいな、名無しさん。大量に作ったんだな」
「うん、みんなに配れるように頑張ったよ」
私がそう言うと、横からアリスが感心したように言った。
「偉いわねー、名無しさん。私は小分けにするのをやめて、大皿に乗せて出しちゃったわ」
テーブルの上にはアリスお手製のクッキーが乗っている。
「わー!美味しそう!食べてもいい?」
「えぇ、もちろん」
私はクッキーをつまんで食べる。
「美味しい~!アリスってクッキー作るの上手だよね」
これくらい美味しかったら、ブラッドに渡すのも全然平気なんだけどな、と思いつつアリスにもクッキーを差し出す。
「私のクッキーもどうぞ。実はね、アリスのだけ1枚多いんだ」
「え、ほんと? ありがとう」
にこっと可愛く笑うアリスにずぎゅんと胸を打たれ、私はニヤついてしまう。
すると、アリスの隣りにいたエースがニコニコと私にツッコミを入れてきた。
「ははは!名無しさんってばすっごいニヤついてるぜ?」
「うん、ちょっとアリスが可愛すぎて」
「その気持ちはわからないでもないけど、君とアリスは同性だよな?」
「同性でも可愛いものは可愛いの!」
「ははは。開き直ったね」
「もー!放っておいて!はい、これあげる!」
「わ、ありがとう。俺の分もあるんだ?」
「そうだよ、手作りだから心して食べなさい」
「ははは!ありがとう」
エースは爽やかに笑った。
みんなにクッキーを渡し、残るはエリオットとブラッドだ。
ブラッド以外の人には、何も考えず普通にクッキーを渡せるのが自分でも不思議だ。
別にバレンタインデーのように意味のあるプレゼントなわけじゃない。
さっと渡してそれでいい。
頭では分かっていても、やっぱりドキドキしてしまう。
ブラッドからの評価だけがものすごく気になるのは、やっぱり彼が私にとって特別だからだろう。
私は残り2つとなったクッキーの包みを見る。
落ち着かなくて、ハロウィンパーティーどころじゃない。
「早く渡しちゃおう」
ブラッドとエリオットは一緒にいるかもしれない。
一緒にいればいいな。そうしたら渡しやすい。
2人にどうぞっていう方が気楽だ。
でも、エリオットはさっき見かけたけど、ブラッドはまだ会ってない。見かけてもいない。
実はほんとにハロウィンに興味なかったのかな?参加すらしてないとか?
そうなるとこのクッキーは渡してもいいのかな?参加してない人に無理やりハロウィン感を押し付けたりとかって迷惑かな?
うーん、どうしよう。
悩んでいると、エリオットが不思議そうに声をかけてきた。
「どした?名無しさん」
どうやらブラッドは一緒ではないらしい。
悩んだけれど、結局クッキーを渡すことにした。
「エリオットこれどうぞ。クッキーだよ」
「おー!サンキュ!」
「あのねぇ、エリオットだけ特別クッキーなの。にんじんクッキーだよ」
「マジで!?」
彼はそう言うと心底感激したように私を見た。
そして、私にぎゅうっと抱きついてきた。
「!! 名無しさん、あんたってほんっとーーに優しいな!!」
「う、うん、ありがと、って絞まってる……絞まってるよ……!!」
「あ、悪い」
彼はぱっと私から離れ、お菓子の包みを嬉しそうに持つ。
「ねぇエリオット。ブラッドは?さっきから見てないんだけど」
「あぁ、あいつならもうすぐ来ると思うぜ。仮装しないで入って来ようとしたから、なんか着て来いって追い返したんだ」
「……あ、そうなんだ」
「あぁ! ハロウィンは仮装しないと始まらねーからな!」
「ふぅん。エリオット、意外と強いのね」
「え?なにが?」
きょとんとするエリオットに、「なんでもない」と言っておいたけれど、ブラッドを追い返すってすごいなぁ。
「でもさ、あいつ服がないっていうんだ。一応かぼちゃっぽい服が残ってるって言っといたけど、ある場所わかったかなー?」
「……いや、それはわかっても着ないと思うよ」
普段から服のセンスはアレだけど、かぼちゃっぽい服を着るとは思えない。(そんなマフィアのボスは嫌だ)
そうなると、仮装するのも面倒だし来ない、という選択肢を選びそうだなぁ。
なんか急にがっかりしてしまう。
クッキー、誰か違う人にあげようかな。その方がいいかも。
クッキーが特別好きってわけでもないだろうし、美味しいって思ってもらえるか心配だし。
そう思った時だった。
「あれ?」
とエリオットが声を上げた。
不思議に思って彼を見る。
「ブラッドが来たぜ」
エリオットの言葉に私は、ぱっと振り返る。
まさかかぼちゃじゃないでしょうね?とおそるおそる彼を見ると、黒服黒マントを身に着けたブラッドがつかつかと入ってきた。
「……」
「へー、あんな服あったんだなー。全然知らなかった。あれってなんだ? えーと、確か血を吸うやつだよな?」
「……ヴァンパイア?」
「あー、それそれ」
そう言って笑うエリオット。
私はというと半分くらいしかエリオットの声が聞こえない。
ハマりすぎ。
ハマりすぎだ。これはまずい。
どう見たってカッコいい。
だいたいヴァンパイアというチョイスがもうずるいと思う。
大人しくかぼちゃでも着てくれれば、笑って近づけたかもしれない。
でも、あれはもはや近づけないレベル。遠目で見て満足、という感じだ。
「……ますます渡せません」
そうつぶやく私にエリオットは不思議そうにこちらを見つつも、手を挙げた。
「おーいブラッド!」
「わ!? なに呼んでるの!?」
「え? なんで?ダメだったか?」
慌てる私に、エリオットも慌てる。
するとブラッドはちらりとこちらを見た。
「こっちこっち!」
大声で呼ぶエリオットに、ブラッドはこちらへやってきた。
「待ってたぜ。お前、ちゃんと服あったんじゃねぇか」
「あんなオレンジ色の服を私が着るわけないだろう。嫌がらせかと思ったぞ。仕方がないから適当に用意した」
「そこまでしてこのパーティーに参加してくれるなんて……!! ブラッド、お前ってほんっとーに良い奴だな!!」
「ハロウィン用に珍しい茶葉を用意したとメイドが言っていたんでな。それを飲みに来ただけだ」
「なんにしても嬉しいぜ!!」
感極まった様子のエリオットをしれっと見てから、ブラッドは私に目を向けた。
「やぁ、名無しさん。楽しんでいるか?」
「う、うん。すごい盛大でちょっとびっくりしているくらい」
「そうだな、私もだ。まさかドレスコードがあるとは思わなかったよ。屋敷の主すら仮装しなければ入れてもらえないからな。
……中には普段着の奴もいるようだが」
そう言って真っ赤なコートのエースを見る。
「あれは迷い込んだだけみたいだよ」
「そのようだな」
私の言葉にブラッドはうなずく。
どうしよう、今渡しちゃえばいいのか。
今が一番自然だよね。後になればなるほど渡せなくなっちゃいそうだし。
「あ、あの……」
「名無しさんは魔女に仮装しているのか」
「え、あ、うん。そう。アリスとお揃いなの」
そう答えた私を、ブラッドはじぃっと見つめて考え込む。
え、なに?どこかおかしいかな?
なんだか恥ずかしい。
どうしていいのかわからず、視線を泳がせていると、彼は「ふむ」といった。
「その服ももちろん君に似合うが、もっと違う服にしてみたらどうだ?」
「え、違う服?って言われても…」
「こんなのはどうかな?」
そう言ってぽんと手を叩いた。
するとあっという間に私の服が変わっていた。
「わ!?」
鏡がないからわからないけど、黒っぽい服。
気のせいか背中に羽がある気が……
「コウモリだよ。悪くないんじゃないか?」
彼はそう言ってうなずいた。
「コウモリ?」
頭にカチューシャがついていて、触ってみると小さな2本のツノみたいなのがくっついている。
どうなっちゃってるんだろう私は。こういうの初めてだから全く分からない。
「ヴァンパイアのしもべ。今日は私が君の主だよ」
「え……!?」
思わず変な声を上げる私に、ブラッドは楽しそうに笑った。
「それで? 主に何か言いたいことでもあるのか?」
「え」
「さっきから、そわそわしているようだったからね」
「……あの、そうなの。これ、ハロウィンだからクッキーを作ったんだ」
私はそう言って包みを差し出した。
「よければ食べてみて。美味しいかわからないけど」
「あぁ、この間大量に作っていたみたいだね」
「え! 知ってたの?」
「あぁ。名無しさんがお菓子屋でも始めるのかと思ったよ。あの時間帯は甘い匂いが漂っていたからね」
くすくす笑うブラッドにドキリとする。
「みんなに配れるようにと思ってたくさん作ったの」
「そうか。どうもありがとう。後でいただこう」
「うん」
なんとか渡せてほっとしつつも、まだドキドキがおさまらない。
ふぅっと息を吐くと、ブラッドがこう言った。
「ところで名無しさん、他の奴らとまるっきり同じものだなんて言わないだろうね?」
「え?」
「エリオットには特別な物をあげたらしいじゃないか」
なんでそれを知っているんだろう、と思いちらりと見ると
エリオットが「俺だけにんじんクッキーなんだぜ!」と周囲の人に話しているのが見えた。(羨ましがる人はいないと思うけど)
思わず苦笑する私。
するとブラッドは私の肩にそっと腕を回し顔を寄せた。
「名無しさんの特別を私ももらいたかったのだがね」
「ご、ごめん。みんなと中身は同じなの」
文句を言われているような気がして、言い訳のように私はこう続けた。
「……でもブラッドには一番できの良いものを入れたつもり、だよ?」
するとブラッドは一瞬止まった。
彼の反応に、私は自分が結構恥ずかしいことを言ってしまったことに気づいた。
取り繕うように、べらべらと言葉を続ける。
「えぇと、その……一応紅茶味も作ってみたんだけど、ブラッドは紅茶が好きだし、もうちょっと美味しくできたらにしようかなって思って……
でも1枚くらい入れておけばよかったかな? 部屋に戻ればあるんだけど別にいらないもんね。
だからせめて出来のいいものをブラッドに渡そうと思って……」
しゃべればしゃべるほど混乱し動揺し、言葉に詰まってしまった。
もう何も言えない。
余計なことを言ってしまった後悔だけが残るけれど、言ってしまった言葉は取り消せない。
うわ、なんだかすごく恥ずかしい。
ブラッドの顔が怖くて見れない。
そう思ってうつむいていたら、彼がぼそりといった。
「……欲しい」
「え?」
「名無しさんの部屋にあるのか? 紅茶のクッキーが」
「え、うん。3枚だけだけど、自分用にしたやつが……」
「それは私のために作ったんだろう?」
「でも、なんか自信ないから」
「名無しさんが作ったものなら、欲しいに決まっているだろう。あるとわかれば今すぐ欲しい」
「でも美味しいかどうか……」
渋る私にブラッドはこう言った。
「Trick or Treat」
「!」
「私としてはどちらでもいいがね?」
そう言って笑うブラッドに鼓動が早まる。
「……持ってきます」
彼から離れてそう答えた。
予想外の展開に混乱した頭のまま、私は自分の部屋へ戻ろうと歩き出す。
すると、ブラッドがすっと私の隣りに並ぶ。
「私も行こう」
「え?」
「名無しさんを1人歩きさせるのは、主として心配だからね」
ブラッドはそう言うと、私の背中をそっと押して歩き出す。
しかし2,3歩進んでから私の背中を見てこう言った。
「羽が邪魔だな」
「……自分で着せたくせに」
思わずそう言うと
「そうだったな。あとで取ってあげようか」
意味深に笑うブラッドに、私は言葉の意味を理解し思わず立ち止まる。
「ふふふ。冗談だよ、名無しさん」
いつも通りの調子でそういう彼。
クッキーを渡しても、まだまだ彼にはドキドキさせられっぱなしだ。