リクエスト作品
お名前変換はこちらから
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
【本音を君に】
私は今ブラッドの部屋にいる。
彼の部屋を掃除する、というのが今日の私のメイドとしての仕事なのだ。
当のブラッドはというと外出中。たぶん知らない方がいい類の仕事をしに行っているのだと思う。
例のメイド服を着て掃除をしているが、正直言って掃除なんてする必要がない。
それくらい綺麗だ。
適当にやってさっさと次の場所へ行こう! ……なんて思っている私は悪いメイドかしら?
でもね、のんびりしていると部屋の主が帰ってくるかもしれない。
近頃、ブラッドに会うとからかわれてばかりなのだ。
あの人、絶対に私をおもちゃか何かだと思っているんじゃないかなぁ。(失礼な奴め)
なんにしても早くこの部屋を出て行こう!
「帰ってきたら絶対面倒だもんね」
そうひとり呟いたつもりだったのに、なぜか返事が返ってきた。
「それは悪いことをしたね」
「!?」
身体が飛びはねるくらい驚いた私。
おそるおそる振り返ると、入り口には意地悪そうに笑うブラッドがいた。
「もう少し遅く戻ればよかったかな、名無しさん?」
「え、いや。えーと……おかえりなさい」
「しばらく出ようか」
「いやいや、私が出ます。出させていただきます!」
慌てて掃除道具を集める私に、ブラッドがくすくすと笑った。
「冗談だよ、名無しさん。そんなに急がなくていい」
そう言いながら彼は部屋に入ってきた。
片付ける私の横を通り過ぎていく。
「まさか名無しさんが掃除をしてくれていたとはね」
「今日はたまたまです」
「それなら、今後は名無しさんを指名することにしよう」
「指名制はとってませんので」
「それは残念だな」
帽子と上着を脱ぎながら会話をするブラッドに、なぜかちょっぴりどきりとする。
掃除道具をすべて持つと、ブラッドの後ろ姿に声をかける。
「それじゃあ失礼します……」
邪魔をしないようにと小さな声でそう言ったのに、ブラッドは振り返って私を見る。
「もう帰るのか? せっかくだからお茶でも飲んでいきなさい」
「お茶でもって……私いま仕事中だから」
「名無しさんは真面目だね。そんなの放っておけばいいだろう」
「それ、雇い主のセリフとは思えないんですけど」
あなた、私の雇い主なんですよ?
「それなら言い方を変えよう。掃除ではなく、私とお茶を飲むのが今の君の仕事だ」
「……すごい横暴ですね」
「横暴? ラクな仕事だろう? 門番達なら大喜びするぞ」
「…………」
何を言っても無駄だろう。
あきらめて掃除道具をその場に置く私を見て、ブラッドは満足そうに笑った。
「ちょっとだけ待っていてくれ」といいつつ、仕事机の前に立ち尽くすブラッド。
新たに届いた書類や手紙に目を通しているようだった。
そんな彼の後ろ姿を見ながら「さすがボス、後ろ姿がサマになってるわ」「でも座って読めばいいのに」など色々な思考を巡らせる私。
しかし次第にブラッド観察にも飽きた私は、ぐるりと部屋を見回した。
そこで目についたのはやっぱり無数の本たちだった。
「本がたくさんあるねぇ」
心底そう思った私は本棚の前でそうつぶやいた。
壁にある本棚にはぎっしりとハードカバーの本が並んでいる。
いつ見ても圧巻だ。
「読みたければ読むといい」
ちらりと私に視線を向けたブラッドは、大して興味もなさそうに言うと、再び書類に目を落とす。
本棚を見ればその人がどんな人かわかると思うのだけれど、ブラッドに関しては全くわからない。
とにかくいろんな種類の本がありすぎるのだ。
確実に言えることといえば、彼はものすごく知識があって賢いんだろうな、ということだ。
私ならこんな難しそうな本は読めない。(興味だってない)
適当に取りだした本をぱらぱらとめくる。
「そういえばアリスもすっごく本読むよね。ここに来たら彼女入り浸っちゃうんじゃないの?」
なんて言ってみた。
最近アリスとはどうなってるのかちょっと気になっていたのです。
たま~に遊びに来る彼女。ブラッドと実はお似合いなんじゃないかと私は勝手に思っていた。
すると、彼は手にしていた書類をトントンと揃えながらあっさり一言。
「さぁ、どうかな」
かわされてしまいましたよ。(ちぇっ)
「でもね、アリスも本なら何でも読むタイプらしいよ。ブラッドと気が合うかもね」
めげずに再度アリスの話を持っていく私。
「そうだな」と言いながら書類を片付ける彼の様子を見る限りでは、あまりアリスとは親交を深めていないのかもしれない。
残念だわと思いつつ、ふと目に留まった「紅茶のすべて」という本(こんな本あるのかー!)を手に取る。
やたらと上品な装丁だなぁ、「紅茶のすべて」ってすごいタイトルだなぁ、なんて本を眺めているとブラッドが声をかけてきた。
「君はアリスの話をよくするね」
「そうかな?(だってあなたにおすすめだから!)」
紅茶の歴史やら種類やらが書かれたその本を、ぱらぱらとめくりながら答える。
「……おもしろくないな」
「おもしろくないって何が?」
不穏な言葉に顔をあげると、いつの間にかブラッドがすぐ隣に立っていた。
帽子と上着を身に着けていないブラッド。
うさんくささがなくなった彼は、ただひたすらにかっこいい大人の男の人に見えた。
『いつもよりもちょっとかっこよく見えるブラッド』が、思ったよりも近い距離にいたのでびっくりしてしまう。
質問の答えを待っていた私だったけれど、ブラッドはそれに答えない。
それどころか、私が見ていた本をそっと取り上げると、ぱたんと閉じてしまった。
「わざわざこんな本を読まなくても、紅茶のことなら私が後で直接教えてあげよう」
そう言いながらブラッドは本を棚へと戻す。
彼の一連の動きをぼんやりと見ていた私は「名無しさん」と名前を呼ばれてはっと我に返る。
「名無しさん。私は、君が他の人間の話をするのがおもしろくない」
「……はい?」
どういう意味?
思わず彼を見つめると、ブラッドも私をじっと見つめていた。
何か言いたそうに口元を緩めたけれど、すぐにまた口を閉じる。
「ブラッド?」
「……調子がでないな」
「なにが? 具合でも悪いの?」
さっきからよくわからないんですけど。
不思議に思っていると、彼は上から下まで私を眺めてからため息をついた。
「たぶん君がその服を着ているからだろう。どうも手を出す気になれない」
「はぁ!?」
なに言ってるんですかあなた。
思わず後ずさりをしてしまう。
「顔なし達と同じ服のせいだ。できれば名無しさんにはそれを着てほしくないんだがね」
「仕事着です! 大体あなたが決めた服なんでしょう」
とんでもないことを言うブラッドに呆れてしまう。
まさかこの服がブラッドを抑制するアイテムだったとは気づかなかったわ。(ありがとうメイド服!)
「まぁいい。服は脱いでしまえば問題ないからな」
「発言に問題大有りよ」
思い切り睨みつけてやると、彼はふふんと笑った。
そして、距離を詰めてくる。
反射的に私も距離を開けようと一歩下がったが、すぐに背中が本棚にぶつかった。
「頭上注意、だよ。本が落ちてくるかもしれないからね」
「それよりも目の前にいるあなたの方がよっぽど危険な気がするんですけど」
「ふふふ。そうかもしれないな」
この人の場合、本気と冗談の区別がつきにくい。
たぶんからかわれているんだとは思うけど、あまり振り回すのはやめてほしい。
ブラッドは私をじっと見つめたまま、顔へ手を伸ばしてきた。
しかし、その手は私の頬には触れなかった。
「?」
するすると小さな音がしたかと思うと、彼はメイド帽子を止めるために顎の下で結んでいたリボンに手をかけていた。
ブラッドがするりとそのリボンをほどき、あっという間に私の帽子は床へと落ちていく。
はらりと落ちたそれを見て、さすがに冷や汗がでてきた。……まさか本気じゃないでしょうね?
「……なにするのよ」
「邪魔だろう?」
「邪魔じゃない!」
「私には邪魔だ。目に映ると手を出す気がなくなる」
「出さなくていいんだってば!」
声を荒げる私と静かに笑うブラッド。
彼は再び手を伸ばし、今度は私の頬に触れてきた。
私はどうしても動けない。
どうしていいのかわからないのだ。
「名無しさん」
身体を固くする私に、ブラッドがそっと顔を寄せる。
至近距離で彼を見るのは心臓に悪い。
真っ白になる頭を必死に働かせ、私はとにかくしゃべり続けることにした。
「ブラッド、紅茶飲むんだよね?」
「あぁ。この後ゆっくりとね」
「(この後!?) あのさ、えーと、ほらこの服嫌なんでしょ!? もしそんなに嫌なら今すぐ着替えてくるけど」
「この距離なら服など目に入らないよ、名無しさん」
話しながらなんとか逃げようとする私を難なく押さえて、楽しそうに言うブラッド。
私の必死な抵抗を楽しむなんて意地が悪すぎる。
「メイドに手を出すってどうかと思うけど!」
そこで一瞬彼はぴたりと止まった。
そしてちらりと私の姿を見る。
「ふむ……君がメイドなら手を出すのも悪くない」
「え゛」
逆効果ー!?(わたしのばか!)
墓穴を掘ってしまったらしいことに気づき、言葉が浮かばなくなってしまった。
黙りこくった私を見てブラッドがくすりと笑う気配。
「そろそろ打ち止めかな?」
そんな言葉と共に、私の頬に触れていた彼の手が耳のあたりへと滑っていく。
びくりとしてしまう私を満足そうに見て、ブラッドは静かにこういった。
「名無しさん、私もそろそろ我慢の限界なんだ。手段を選ぶより前に手が出てしまいそうだよ」
ブラッドの言っていることが全く私には見えてこない。
金縛りにあったかのように動けず、ただ彼を見つめる。
「欲しいものを前にしたら、誰だって手が出る。そうだろう?」
子どもに言い聞かせるように優しくゆっくりと言葉を紡いでゆく。
何も言葉の出ない私は、それを不思議な気持ちで聞くだけだ。
「私にしてはずいぶん耐えた方だよ」
そう言いながら顔を寄せるブラッドに、思わず息を詰める私。
現実感もなく、ただ目の前の綺麗な顔をぼんやりと眺めていると、不意にその顔が不敵な笑みを浮かべた。
「そろそろ私のものになってくれ、名無しさん」
私は今ブラッドの部屋にいる。
彼の部屋を掃除する、というのが今日の私のメイドとしての仕事なのだ。
当のブラッドはというと外出中。たぶん知らない方がいい類の仕事をしに行っているのだと思う。
例のメイド服を着て掃除をしているが、正直言って掃除なんてする必要がない。
それくらい綺麗だ。
適当にやってさっさと次の場所へ行こう! ……なんて思っている私は悪いメイドかしら?
でもね、のんびりしていると部屋の主が帰ってくるかもしれない。
近頃、ブラッドに会うとからかわれてばかりなのだ。
あの人、絶対に私をおもちゃか何かだと思っているんじゃないかなぁ。(失礼な奴め)
なんにしても早くこの部屋を出て行こう!
「帰ってきたら絶対面倒だもんね」
そうひとり呟いたつもりだったのに、なぜか返事が返ってきた。
「それは悪いことをしたね」
「!?」
身体が飛びはねるくらい驚いた私。
おそるおそる振り返ると、入り口には意地悪そうに笑うブラッドがいた。
「もう少し遅く戻ればよかったかな、名無しさん?」
「え、いや。えーと……おかえりなさい」
「しばらく出ようか」
「いやいや、私が出ます。出させていただきます!」
慌てて掃除道具を集める私に、ブラッドがくすくすと笑った。
「冗談だよ、名無しさん。そんなに急がなくていい」
そう言いながら彼は部屋に入ってきた。
片付ける私の横を通り過ぎていく。
「まさか名無しさんが掃除をしてくれていたとはね」
「今日はたまたまです」
「それなら、今後は名無しさんを指名することにしよう」
「指名制はとってませんので」
「それは残念だな」
帽子と上着を脱ぎながら会話をするブラッドに、なぜかちょっぴりどきりとする。
掃除道具をすべて持つと、ブラッドの後ろ姿に声をかける。
「それじゃあ失礼します……」
邪魔をしないようにと小さな声でそう言ったのに、ブラッドは振り返って私を見る。
「もう帰るのか? せっかくだからお茶でも飲んでいきなさい」
「お茶でもって……私いま仕事中だから」
「名無しさんは真面目だね。そんなの放っておけばいいだろう」
「それ、雇い主のセリフとは思えないんですけど」
あなた、私の雇い主なんですよ?
「それなら言い方を変えよう。掃除ではなく、私とお茶を飲むのが今の君の仕事だ」
「……すごい横暴ですね」
「横暴? ラクな仕事だろう? 門番達なら大喜びするぞ」
「…………」
何を言っても無駄だろう。
あきらめて掃除道具をその場に置く私を見て、ブラッドは満足そうに笑った。
「ちょっとだけ待っていてくれ」といいつつ、仕事机の前に立ち尽くすブラッド。
新たに届いた書類や手紙に目を通しているようだった。
そんな彼の後ろ姿を見ながら「さすがボス、後ろ姿がサマになってるわ」「でも座って読めばいいのに」など色々な思考を巡らせる私。
しかし次第にブラッド観察にも飽きた私は、ぐるりと部屋を見回した。
そこで目についたのはやっぱり無数の本たちだった。
「本がたくさんあるねぇ」
心底そう思った私は本棚の前でそうつぶやいた。
壁にある本棚にはぎっしりとハードカバーの本が並んでいる。
いつ見ても圧巻だ。
「読みたければ読むといい」
ちらりと私に視線を向けたブラッドは、大して興味もなさそうに言うと、再び書類に目を落とす。
本棚を見ればその人がどんな人かわかると思うのだけれど、ブラッドに関しては全くわからない。
とにかくいろんな種類の本がありすぎるのだ。
確実に言えることといえば、彼はものすごく知識があって賢いんだろうな、ということだ。
私ならこんな難しそうな本は読めない。(興味だってない)
適当に取りだした本をぱらぱらとめくる。
「そういえばアリスもすっごく本読むよね。ここに来たら彼女入り浸っちゃうんじゃないの?」
なんて言ってみた。
最近アリスとはどうなってるのかちょっと気になっていたのです。
たま~に遊びに来る彼女。ブラッドと実はお似合いなんじゃないかと私は勝手に思っていた。
すると、彼は手にしていた書類をトントンと揃えながらあっさり一言。
「さぁ、どうかな」
かわされてしまいましたよ。(ちぇっ)
「でもね、アリスも本なら何でも読むタイプらしいよ。ブラッドと気が合うかもね」
めげずに再度アリスの話を持っていく私。
「そうだな」と言いながら書類を片付ける彼の様子を見る限りでは、あまりアリスとは親交を深めていないのかもしれない。
残念だわと思いつつ、ふと目に留まった「紅茶のすべて」という本(こんな本あるのかー!)を手に取る。
やたらと上品な装丁だなぁ、「紅茶のすべて」ってすごいタイトルだなぁ、なんて本を眺めているとブラッドが声をかけてきた。
「君はアリスの話をよくするね」
「そうかな?(だってあなたにおすすめだから!)」
紅茶の歴史やら種類やらが書かれたその本を、ぱらぱらとめくりながら答える。
「……おもしろくないな」
「おもしろくないって何が?」
不穏な言葉に顔をあげると、いつの間にかブラッドがすぐ隣に立っていた。
帽子と上着を身に着けていないブラッド。
うさんくささがなくなった彼は、ただひたすらにかっこいい大人の男の人に見えた。
『いつもよりもちょっとかっこよく見えるブラッド』が、思ったよりも近い距離にいたのでびっくりしてしまう。
質問の答えを待っていた私だったけれど、ブラッドはそれに答えない。
それどころか、私が見ていた本をそっと取り上げると、ぱたんと閉じてしまった。
「わざわざこんな本を読まなくても、紅茶のことなら私が後で直接教えてあげよう」
そう言いながらブラッドは本を棚へと戻す。
彼の一連の動きをぼんやりと見ていた私は「名無しさん」と名前を呼ばれてはっと我に返る。
「名無しさん。私は、君が他の人間の話をするのがおもしろくない」
「……はい?」
どういう意味?
思わず彼を見つめると、ブラッドも私をじっと見つめていた。
何か言いたそうに口元を緩めたけれど、すぐにまた口を閉じる。
「ブラッド?」
「……調子がでないな」
「なにが? 具合でも悪いの?」
さっきからよくわからないんですけど。
不思議に思っていると、彼は上から下まで私を眺めてからため息をついた。
「たぶん君がその服を着ているからだろう。どうも手を出す気になれない」
「はぁ!?」
なに言ってるんですかあなた。
思わず後ずさりをしてしまう。
「顔なし達と同じ服のせいだ。できれば名無しさんにはそれを着てほしくないんだがね」
「仕事着です! 大体あなたが決めた服なんでしょう」
とんでもないことを言うブラッドに呆れてしまう。
まさかこの服がブラッドを抑制するアイテムだったとは気づかなかったわ。(ありがとうメイド服!)
「まぁいい。服は脱いでしまえば問題ないからな」
「発言に問題大有りよ」
思い切り睨みつけてやると、彼はふふんと笑った。
そして、距離を詰めてくる。
反射的に私も距離を開けようと一歩下がったが、すぐに背中が本棚にぶつかった。
「頭上注意、だよ。本が落ちてくるかもしれないからね」
「それよりも目の前にいるあなたの方がよっぽど危険な気がするんですけど」
「ふふふ。そうかもしれないな」
この人の場合、本気と冗談の区別がつきにくい。
たぶんからかわれているんだとは思うけど、あまり振り回すのはやめてほしい。
ブラッドは私をじっと見つめたまま、顔へ手を伸ばしてきた。
しかし、その手は私の頬には触れなかった。
「?」
するすると小さな音がしたかと思うと、彼はメイド帽子を止めるために顎の下で結んでいたリボンに手をかけていた。
ブラッドがするりとそのリボンをほどき、あっという間に私の帽子は床へと落ちていく。
はらりと落ちたそれを見て、さすがに冷や汗がでてきた。……まさか本気じゃないでしょうね?
「……なにするのよ」
「邪魔だろう?」
「邪魔じゃない!」
「私には邪魔だ。目に映ると手を出す気がなくなる」
「出さなくていいんだってば!」
声を荒げる私と静かに笑うブラッド。
彼は再び手を伸ばし、今度は私の頬に触れてきた。
私はどうしても動けない。
どうしていいのかわからないのだ。
「名無しさん」
身体を固くする私に、ブラッドがそっと顔を寄せる。
至近距離で彼を見るのは心臓に悪い。
真っ白になる頭を必死に働かせ、私はとにかくしゃべり続けることにした。
「ブラッド、紅茶飲むんだよね?」
「あぁ。この後ゆっくりとね」
「(この後!?) あのさ、えーと、ほらこの服嫌なんでしょ!? もしそんなに嫌なら今すぐ着替えてくるけど」
「この距離なら服など目に入らないよ、名無しさん」
話しながらなんとか逃げようとする私を難なく押さえて、楽しそうに言うブラッド。
私の必死な抵抗を楽しむなんて意地が悪すぎる。
「メイドに手を出すってどうかと思うけど!」
そこで一瞬彼はぴたりと止まった。
そしてちらりと私の姿を見る。
「ふむ……君がメイドなら手を出すのも悪くない」
「え゛」
逆効果ー!?(わたしのばか!)
墓穴を掘ってしまったらしいことに気づき、言葉が浮かばなくなってしまった。
黙りこくった私を見てブラッドがくすりと笑う気配。
「そろそろ打ち止めかな?」
そんな言葉と共に、私の頬に触れていた彼の手が耳のあたりへと滑っていく。
びくりとしてしまう私を満足そうに見て、ブラッドは静かにこういった。
「名無しさん、私もそろそろ我慢の限界なんだ。手段を選ぶより前に手が出てしまいそうだよ」
ブラッドの言っていることが全く私には見えてこない。
金縛りにあったかのように動けず、ただ彼を見つめる。
「欲しいものを前にしたら、誰だって手が出る。そうだろう?」
子どもに言い聞かせるように優しくゆっくりと言葉を紡いでゆく。
何も言葉の出ない私は、それを不思議な気持ちで聞くだけだ。
「私にしてはずいぶん耐えた方だよ」
そう言いながら顔を寄せるブラッドに、思わず息を詰める私。
現実感もなく、ただ目の前の綺麗な顔をぼんやりと眺めていると、不意にその顔が不敵な笑みを浮かべた。
「そろそろ私のものになってくれ、名無しさん」