短編3
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【秋】
エイプリルシーズンというものがやってきたらしい。
このめちゃくちゃな世界にも季節がお目見えしたのだ。
しかし、そこはやはりかなりのめちゃくちゃっぷりを発揮し、領地ごとに季節が違うようだ。
久しぶりの季節感に私はワクワクして、とりあえずあちこち散歩に出かけている。
「今日はどこに行こうかなぁ」
これはおそらく滞在地の季節のせいだろう。
秋。
秋に人恋しくなるのはどうしてなんだろう?
窓の外の赤や黄色に染められた木々を眺めながら、私は思わずため息をついた。
「はぁ……このままぼーっとしてるのもダメな気がするけど」
気分が上がらない私は、部屋でひたすらうだうだとしていた。
出かけた方が気分転換になるってわかっているけど、どうしても外へ出る気になれない。
「あぁ、無駄な時をすごしているわ、私」
と自己嫌悪に陥りかけた時だった。
部屋のドアがコンコンとノックされた。
誰だろう?
はーいと返事をしてドアを開けると、同僚のメイドさんがたっていた。
「名無しさんさん、ボスがお待ちですよ~」
「え?」
「お茶会の約束をなさっていたんじゃありませんか~?」
その言葉を聞いた瞬間、一気に血の気が引いた。
「!? うわ!! 忘れてた!!!」
「あらあら大変~。ボスが待ちくたびれて、銃でもぶっぱなしたらどうしましょう~」
「今すぐに行きます!!」
私は大慌てで部屋を飛び出した。
屋敷の庭のいつものテーブルに猛ダッシュで向かった私。
息を切らせてやっとたどり着く。
バタバタな私の登場に、紅茶を飲んでいたブラッドがゆっくりと顔をあげた。
……これは怒っているのか、何も考えていないのか、全然わからない。
うぅ……どうしよう。この遅刻をごまかすか、謝るか。
一瞬頭をフル回転させた私。出した結論は―
「ご、ごめんなさい! うっかり忘れていました」
私は素直に謝った。
ブラッドは持っていたティーカップを静かにソーサーへ戻してから私を見た。
そして、一言「まぁ座りなさい」と席に着くよう指し示す。
「失礼します……」
何とも言えない緊張感。
これはみっちりお説教コースなのか、嫌味コースなのか、はたまた無言の圧力コースなのか……。
背筋をぴんと伸ばしてブラッドの言葉を待ったけれど、彼は何も言わない。
それどころか優雅に紅茶をすする。……無言の圧力コースだと見て間違いないのかもしれない。
「あの、ブラッド。本当にごめんなさい」
そう切り出してブラッドを見つめる。
彼はティーカップを口元につけたまま視線だけを私に向けた。
思わず視線を逸らしそうになったけれど、そこはぐっと耐える。私が悪いのだ。
すると、ブラッドはふっと表情を緩めた。
「そんなに怖がらなくても別に取って食いやしないよ、お嬢さん」
声のトーンがいつもと同じ。
あれ? 怒ってないのかな?
「最近物憂げな顔をしていたからね。何か悩み事でもあるのかな?」
「え?」
「秋という季節がそうさせたのか、それとも誰かを想って胸を痛めているのか……」
わざとらしい言い回しでそんなことを言うブラッド。
からかう気満々の笑み。
「……秋の乙女は色々と悩み事があるのです」
なんだか悔しくてそんなことを言ってみた。
すると彼は楽しそうに笑う。
「ふふふ。そうか。それは良いことだ。しっかり悩めばいい」
「なによそれ」
「名無しさんの悩んでいる表情はなかなかいい。色気があるよ」
秋の乙女か……とくすくす笑うブラッド。
どうやらこれは無言の圧力コースではなく、からかいコースのようだ。
ものすごく居心地悪い。
口を尖らせつつも私は淹れてもらった紅茶に口をつけると、ブラッドが言った。
「秋はいい。紅葉も食も楽しめる」
「確かに美味しいものがいっぱいだよね」
「あぁ。 夏なんかになったら私は家出をするところだったよ」
「家出? 家主が?」
ブラッドが「家出」という言葉を使うのはなんだか不思議な気がするなぁ。
「あんな陽射しの強い季節は私にとっては拷問だ。浮かれた春や暗い冬もお断りだな」
「でも、秋ってなんだか寂しくならない?」
そう聞いてみると、彼はすっと視線をあげて私を見た。
「寂しいのか?」
そう聞かれてなんだか恥ずかしい気もしたけれどうなずいた。
「寂しい。っていうか切ないっていうか、ぎゅっと胸の奥を掴まれるような感じがする」
誰かに大丈夫だよって言ってほしい。そばにいてほしい。
だから人恋しくなるのかもしれない。
「君の寂しさを埋めてあげようか」
「え?」
「寂しさを感じるヒマなんてないくらい、しっかりと可愛がってあげるよ、お嬢さん」
「……それはどうもありがとう」
呆れ顔でそう答えた私に、ブラッドがくすくすと笑う。
やっぱりこれはからかいコースだわ。
彼の言葉にいちいち反応していたら身がもたないことをすでに知っている私は、熱い紅茶を一口飲む。
ブラッドと一緒にいるためには、スルー技術が大事なのだ。
「名無しさん、他の人間に寂しさを紛らわせてもらおうなんて考えてはいけないよ」
「ブラッド、まさか『人は皆、孤独だ』とでも言いたいの?」
「そんなこと言われたいのか?」
くだらない、とでもいうような笑い方をされた。
「私が言っているのは、名無しさんの寂しさは私以外の人間には埋められない、ということだよ」
あまりにきっぱりと言い切られて私は一瞬意味がよくわからなかった。
「そもそも、秋だから寂しい、というのが気に食わない」
「はい?」
一瞬どころか、まったく意味がわからない私。
ブラッドは立ち上がると私の隣りに座った。
不思議な気持ちでそれを眺めていると、彼は私の手をそっと掴んだ。
「君を寂しがらせるのも、その寂しさを埋めるのも私の役目だ」
「……どれだけわがままなの、あなた」
「今さらだろう?」
悪びれることなく言うブラッドに思わず笑ってしまった。
こんなわがままで気まぐれな人に付き合ったら散々振り回された揚句、秋以上に寂しさを味わうハメになりそうだなぁ。
なんて思っていたらキスをされた。
唇が離れて、近い距離で見つめあう私達。
ブラッドがいれば寂しくないかもしれないけれど、ブラッドがいなくなったらどうなっちゃうんだろう?
寂しさでいうならば、秋に感じるそれより何十倍も何百倍も強いかもしれない。それは怖い。
彼の瞳を見つめたままそんなことをぼんやり思う私。
するとブラッドが口を開いた。
「寂しさは埋まったかな?」
あんまりブラッドが穏やかに笑ったので、もっと一緒に、もっとそばにいたくなった。
私は彼の問いに首を振る。
ブラッドはふっと優しく笑うと、また私に唇をよせた。
ブラッドといれば、秋以上の寂しさを知る日がそのうち来るだろう。
でもそれ以上に嬉しいこと、幸せなことを知ることになりそうだった。
幸せが大きければ大きいほど、寂しさも大きいのだ。
覚悟しなければ。
キスをしながら覚悟するなんて、おかしな話だけれど。
エイプリルシーズンというものがやってきたらしい。
このめちゃくちゃな世界にも季節がお目見えしたのだ。
しかし、そこはやはりかなりのめちゃくちゃっぷりを発揮し、領地ごとに季節が違うようだ。
久しぶりの季節感に私はワクワクして、とりあえずあちこち散歩に出かけている。
「今日はどこに行こうかなぁ」
これはおそらく滞在地の季節のせいだろう。
秋。
秋に人恋しくなるのはどうしてなんだろう?
窓の外の赤や黄色に染められた木々を眺めながら、私は思わずため息をついた。
「はぁ……このままぼーっとしてるのもダメな気がするけど」
気分が上がらない私は、部屋でひたすらうだうだとしていた。
出かけた方が気分転換になるってわかっているけど、どうしても外へ出る気になれない。
「あぁ、無駄な時をすごしているわ、私」
と自己嫌悪に陥りかけた時だった。
部屋のドアがコンコンとノックされた。
誰だろう?
はーいと返事をしてドアを開けると、同僚のメイドさんがたっていた。
「名無しさんさん、ボスがお待ちですよ~」
「え?」
「お茶会の約束をなさっていたんじゃありませんか~?」
その言葉を聞いた瞬間、一気に血の気が引いた。
「!? うわ!! 忘れてた!!!」
「あらあら大変~。ボスが待ちくたびれて、銃でもぶっぱなしたらどうしましょう~」
「今すぐに行きます!!」
私は大慌てで部屋を飛び出した。
屋敷の庭のいつものテーブルに猛ダッシュで向かった私。
息を切らせてやっとたどり着く。
バタバタな私の登場に、紅茶を飲んでいたブラッドがゆっくりと顔をあげた。
……これは怒っているのか、何も考えていないのか、全然わからない。
うぅ……どうしよう。この遅刻をごまかすか、謝るか。
一瞬頭をフル回転させた私。出した結論は―
「ご、ごめんなさい! うっかり忘れていました」
私は素直に謝った。
ブラッドは持っていたティーカップを静かにソーサーへ戻してから私を見た。
そして、一言「まぁ座りなさい」と席に着くよう指し示す。
「失礼します……」
何とも言えない緊張感。
これはみっちりお説教コースなのか、嫌味コースなのか、はたまた無言の圧力コースなのか……。
背筋をぴんと伸ばしてブラッドの言葉を待ったけれど、彼は何も言わない。
それどころか優雅に紅茶をすする。……無言の圧力コースだと見て間違いないのかもしれない。
「あの、ブラッド。本当にごめんなさい」
そう切り出してブラッドを見つめる。
彼はティーカップを口元につけたまま視線だけを私に向けた。
思わず視線を逸らしそうになったけれど、そこはぐっと耐える。私が悪いのだ。
すると、ブラッドはふっと表情を緩めた。
「そんなに怖がらなくても別に取って食いやしないよ、お嬢さん」
声のトーンがいつもと同じ。
あれ? 怒ってないのかな?
「最近物憂げな顔をしていたからね。何か悩み事でもあるのかな?」
「え?」
「秋という季節がそうさせたのか、それとも誰かを想って胸を痛めているのか……」
わざとらしい言い回しでそんなことを言うブラッド。
からかう気満々の笑み。
「……秋の乙女は色々と悩み事があるのです」
なんだか悔しくてそんなことを言ってみた。
すると彼は楽しそうに笑う。
「ふふふ。そうか。それは良いことだ。しっかり悩めばいい」
「なによそれ」
「名無しさんの悩んでいる表情はなかなかいい。色気があるよ」
秋の乙女か……とくすくす笑うブラッド。
どうやらこれは無言の圧力コースではなく、からかいコースのようだ。
ものすごく居心地悪い。
口を尖らせつつも私は淹れてもらった紅茶に口をつけると、ブラッドが言った。
「秋はいい。紅葉も食も楽しめる」
「確かに美味しいものがいっぱいだよね」
「あぁ。 夏なんかになったら私は家出をするところだったよ」
「家出? 家主が?」
ブラッドが「家出」という言葉を使うのはなんだか不思議な気がするなぁ。
「あんな陽射しの強い季節は私にとっては拷問だ。浮かれた春や暗い冬もお断りだな」
「でも、秋ってなんだか寂しくならない?」
そう聞いてみると、彼はすっと視線をあげて私を見た。
「寂しいのか?」
そう聞かれてなんだか恥ずかしい気もしたけれどうなずいた。
「寂しい。っていうか切ないっていうか、ぎゅっと胸の奥を掴まれるような感じがする」
誰かに大丈夫だよって言ってほしい。そばにいてほしい。
だから人恋しくなるのかもしれない。
「君の寂しさを埋めてあげようか」
「え?」
「寂しさを感じるヒマなんてないくらい、しっかりと可愛がってあげるよ、お嬢さん」
「……それはどうもありがとう」
呆れ顔でそう答えた私に、ブラッドがくすくすと笑う。
やっぱりこれはからかいコースだわ。
彼の言葉にいちいち反応していたら身がもたないことをすでに知っている私は、熱い紅茶を一口飲む。
ブラッドと一緒にいるためには、スルー技術が大事なのだ。
「名無しさん、他の人間に寂しさを紛らわせてもらおうなんて考えてはいけないよ」
「ブラッド、まさか『人は皆、孤独だ』とでも言いたいの?」
「そんなこと言われたいのか?」
くだらない、とでもいうような笑い方をされた。
「私が言っているのは、名無しさんの寂しさは私以外の人間には埋められない、ということだよ」
あまりにきっぱりと言い切られて私は一瞬意味がよくわからなかった。
「そもそも、秋だから寂しい、というのが気に食わない」
「はい?」
一瞬どころか、まったく意味がわからない私。
ブラッドは立ち上がると私の隣りに座った。
不思議な気持ちでそれを眺めていると、彼は私の手をそっと掴んだ。
「君を寂しがらせるのも、その寂しさを埋めるのも私の役目だ」
「……どれだけわがままなの、あなた」
「今さらだろう?」
悪びれることなく言うブラッドに思わず笑ってしまった。
こんなわがままで気まぐれな人に付き合ったら散々振り回された揚句、秋以上に寂しさを味わうハメになりそうだなぁ。
なんて思っていたらキスをされた。
唇が離れて、近い距離で見つめあう私達。
ブラッドがいれば寂しくないかもしれないけれど、ブラッドがいなくなったらどうなっちゃうんだろう?
寂しさでいうならば、秋に感じるそれより何十倍も何百倍も強いかもしれない。それは怖い。
彼の瞳を見つめたままそんなことをぼんやり思う私。
するとブラッドが口を開いた。
「寂しさは埋まったかな?」
あんまりブラッドが穏やかに笑ったので、もっと一緒に、もっとそばにいたくなった。
私は彼の問いに首を振る。
ブラッドはふっと優しく笑うと、また私に唇をよせた。
ブラッドといれば、秋以上の寂しさを知る日がそのうち来るだろう。
でもそれ以上に嬉しいこと、幸せなことを知ることになりそうだった。
幸せが大きければ大きいほど、寂しさも大きいのだ。
覚悟しなければ。
キスをしながら覚悟するなんて、おかしな話だけれど。
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