キャロットガール
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【6.マフィアとお茶会】
「……ここ?」
大きな門を見上げて私は立ち尽くした。
「おおきなお屋敷だね」
予想外すぎてうまく反応できない。
エリオット曰く「ブラッドの屋敷」らしいけれど、怖くなるくらいの規模だった。
固まる私の隣りで、エリオットは辺りを見回した。
「どこにもいねぇ。あの門番共、またサボってるな」
顔をしかめながらそうつぶやいたエリオット。
門番……そっか。これくらいの規模になるとそういう仕事をする人もいるわけね。
別世界すぎてよくわからなくなってきた。
「まぁいいや。名無しさん、こっちだ」
「う、うん」
エリオットについて私はその大きな門をくぐって行った。
広大な土地や豪勢なお屋敷を見ながらそわそわ落ち着かない私。
しかし、隣のエリオットは「腹減ったよなー」「にんじんケーキほんとに美味いから食ってくれよ!」などとのんきに言う。
エリオットがこんな大きな所に住んでいるなんて意外すぎる。
もしかしたら、私みたいな庶民とは全く違う世界の人なのかもしれないと思って急に不安になった。
案内された場所は広い広い庭だった。
大きなテーブルがあり、お茶会の準備がしっかりと整っていた。
エリオットが「名無しさんはこっち」と椅子を指し示してくれたので、私は言われるがままに座る。
「ブラッドはさ、俺の好きな物には絶対手を出さないんだ」
彼は私の隣に座りながらそう言った。
「にんじんケーキにも、にんじんマフィンにも、にんじんクッキーにだって手は出さない。俺が全部食べていいっていうんだ。優しいよなぁ」
「……そうだね。優しい人なんだね」
にんじんづくしなエリオットにとりあえず同意する。
ブラッドという人がどんな人かは知らないけれど、エリオットがこれだけ尊敬しているし、優しいというのだからきっとそうなのだろう。
でも、これだけのお屋敷を持つ人だし、素性がわからないのでちょっと緊張する。
「名無しさん、あんたは遠慮せず食べてくれよな! とにかくにんじんケーキは食ってくれよ」
「うん。ありがとう」
そうお礼を言った時だった。
「お待たせしたかな」
その声に振り向くと、そこには帽子をかぶった男の人が立っていた。
「おー、ブラッド! 待ってたぜ!」
隣りのエリオットが手を上げる。
しかし、ブラッドと呼ばれた彼は特に答えることもない。
彼は、使用人さんに椅子をひかれてそのまま着席する。
この人がブラッドかぁ。
エリオットが尊敬する上司はウサギさんなのかな、と想像していた私。
大きな帽子の中に耳を入れているのかなー?と思ったけれど、私と同じ耳がちゃんとついているので、どうやら彼はウサギではないらしい。
「珍しいな、エリオット。お前が客を連れてくるなんて」
彼はそう言ってちらりと私を見た。
その瞬間はっとして、しゃんと背筋を伸ばす。
「す、すみません。突然お邪魔してしまって。あの……ご迷惑ならすぐに帰ります」
どうにも気まずくてそう言った私に、エリオットが口を出す。
「別に迷惑じゃねぇって。な? ブラッド」
「あぁ。歓迎するよ。君のような可愛らしいお嬢さんとお茶会ができるなんて光栄だからね、名無しさん」
「え、あ、ありがとうございます」
お礼を言いつつ、あれ?なんで私の名前を知ってるんだろう?と思い首を傾げる私。
すると彼は楽しそうにこう言った。
「君のことはエリオットから聞いているからね。にんじん好きなお嬢さんなんだろう?」
「え…」
な、なんか変な認識のされ方をしているかもしれないぞ?
「名無しさん、遠慮なんてしなくていい。このテーブルにあるオレンジ色の物は全て君とエリオットのものだ。私に遠慮なんてせずどんどん食べてくれ。
食べつくしてくれ。食べきれなければ土産に持って帰ってもいい」
「はぁ、ありがとうございます。……でも、私はそこまでにんじん尽くしじゃなくても……」
弁解しようと思ったけれど、エリオットがウキウキした声で私にケーキの乗ったお皿を差し出した。
「名無しさん、ほらこれが話してたにんじんケーキだ。とにかく美味いから食ってくれ!」
「あぁ、うん。ありがとう」
「ブラッドも食うか?」
「いらん! 私のことはいいから、お前と名無しさんの2人で食べなさい」
「ブラッド……お前ってほんっとに良い奴だよなー!!」
「……」
感激しているらしいエリオットを、呆れたような苦笑交じりの表情で一瞥するブラッド。
彼はそのまま何も言わずにエリオットから視線を外して、紅茶をすする。
あぁ、そうか。
エリオットに遠慮して手を出さないのではなく、きっとにんじんのお菓子が嫌なんだな。
ブラッドの様子を見て私はそう悟った。
そして、エリオットはというとそれに気づかずブラッドは優しい、と感激しているのだ。
……エリオットっておめでたいタイプの人なのね。
初めて知る彼の一面になんだかおかしくなってしまった。
思わず笑うと、ブラッドはそれに気づいたらしい。
「……もしかすると、君もオレンジのものはそれほど好きなわけじゃないのか?」
「完全にエリオットの勘違いですね」
「なるほど」
きっぱり言うね、とブラッドは笑った。
そして、ひたすら「オレンジの物」を食べるエリオットをちらりと見る。
「こいつがやたらと気にかけていたお嬢さんだから、どんなものかと思っていたが、君は余所者なんだな」
「余所者?」
そう言われて私は首を傾げた。
「そう。別の世界の人間だ。そうだろう?」
ブラッドは私をじっと見つめてそう言った。
するとエリオットが声を上げた。
「え、名無しさんって余所者だったのか!?」
「別の世界の人間が余所者だというのなら、私は余所者ですね。確かに」
「マジかよ! んじゃあもしかして時計屋に狙われてたりするんじゃねぇのか?」
「時計屋?」
時計屋って時計屋さんのこと? 時計を売ってるような?
「そうそう。陰険でほんっとに嫌な奴なんだ! 名無しさんが余所者なら時計屋が許さないだろ。大体あいつは……」
エリオットが心底嫌そうな表情で話始めようとした時だった。
「あー!! いいないいな! お茶会してる!」
「僕らも混ぜてほしいなぁ!」
賑やかな声がしたかと思うと、ぱたぱたと2人の少年たちが駆けてきた。
青い服と赤い服を着た彼らは同じ顔で、どう見ても双子だった。
「僕達ちゃんと仕事してたからお腹すいちゃった」
「ねぇ、いいでしょうボス? 僕らも入れて」
「はぁ!? 仕事してただと? お前ら門番のくせに門にいなかったじゃねーかよ。サボリ魔が!」
「うるさいな! ひよこウサギは黙ってろよ」
「そうだよ。僕らは見回りしてたんだ!」
「見回り~?サボって出歩いてただけじゃねぇか」
がーがーと喚き合うエリオットと双子たち。
どうやら、この双子たちがあの大きな門の番人らしい。(すごいな)
双子たちはエリオットとしばらく揉めていたけれど、ふと私に視線をやった。
そして、今初めて気づいたように驚いた表情で私を見た。
「あれ、誰かいるよ」
「誰? ボスの女?」
お、女って……すごいこと言う子たちだな、と思って否定しようとしたら、ブラッドがしれっと言った。
「いや、エリオットのだ」
「!?」
がつんと衝撃が走る。
しかし、私以上に双子たちが驚いたように声を上げた。
「えっ!?」
「えぇえぇ!? ひよこウサギの女!?」
「ち、ちがっ……」
慌てて否定の声を上げようとしたら、彼らはぐいーっと私に迫ってきた。
「ちょっと本気で言っているの? お姉さん」
「ひよこウサギなんかと一緒にいたら頭が馬鹿になっちゃうよ」
「そうそう、にんじんばっかり食べさせられておかしくなるよ」
「お姉さん結構可愛いのに、きっと見る目がないんだね。可哀想」
「それともひよこウサギに何か弱みでも握られてるの? 可哀想」
2人は言いたい放題言いながら、私の肩をがしりと掴む。
口を挟む余裕すらなくて、どうしていいのかわからず身を反らせる私。
「だー! もうお前ら名無しさんから離れろよ!!」
そう言ったかと思うと、エリオットが双子の首根っこを掴んで私から引き離す。
「まだ俺のじゃねぇよ。っていうかうるせぇんだよ、お前ら。食うなら食うでさっさと座って静かに食えよ!」
エリオットはやんちゃな弟たちを叱るような感じでそう言った。
双子は「なーんだ。違うのか。びっくりした」「ひよこウサギに先を越されるのってなんか癪だもんね」などと言いながら、さっさと席に着く。
私はというとエリオットの「まだ俺のじゃない」という言葉が頭の中を反芻していた。
売り言葉に買い言葉というものがあるけれど、この場合はどう受け取ればいいのだろう。
そわそわする私に気づいたのはブラッドだけだったようで、彼はくすくすと笑って私を見ていた。
「『まだ』あいつのじゃないのか。それは結構。しっかりと焦らしてあげるといいよ、お嬢さん」
「な、なにを言っているんですか!」
「ふふふ」
なんだかもう良くわからないことになってきた。
しばらくそんなわいわいとしたお茶会をしていたけれど、そろそろ帰ることにした私。
「私、そろそろ帰るね」
「えー、お姉さんもう帰っちゃうの?」
「つまんないよ。僕達と遊ぼう?」
いつの間にか懐かれてしまったらしく、双子が残念そうな顔で私を見る。
「うん、また今度ね」
そう言って立ち上がる私にエリオットが言った。
「じゃあ送ってく」
「え、大丈夫だよ。道もわかるから」
私はエースとは違うのです。
「でも、最近街も物騒だし、あんた時計塔の近くに住んでるんだろ?」
エリオットの言葉に、双子が反応した。
「え、そうなんだ? 時計塔といえばこの間はびっくりしたよね、兄弟」
「あぁ、上からねじが大量に落ちてきたあれだよね」
「え?」
双子の話に私は思わず声を上げた。
すると、彼らはお菓子をむしゃむしゃ食べながらこう言った。
「この間仕事で見回りに行ったらさ、時計塔の上から大量のねじが降ってきたんだよ」
「びっくりしたよねぇ。その後あの迷子騎士がへらへら顔出してきて余計に腹が立ったよ。ばらまくならお金にしてほしいよね」
その話に私は一気に血の気が引いた。
それって……
「まぁ、確かにあれは不意打ちだったよなぁ」
エリオットもうなずきながらそう言った。
まさか……
「威嚇じゃなくてちゃんと狙えばよかったのにさ」
「そうだよ、肝心なところが抜けてるよね。やっぱり馬鹿ウサギだ」
「うるせーな。時計塔にはそうそう手を出せねぇんだよ。いくらユリウスの奴がいる場所でもな。まぁユリウスの奴はそのうちに俺が絶対仕留めるけどな」
エリオットは心底悔しそうな顔でそう言った。
まさか……
「なー、ブラッド。俺、ちょっと名無しさんを送ってくるわ」
「あぁ。でも、お前が一緒の方が危ないかもしれないぞ」
ブラッドは薄く笑ってそう言った。
「大丈夫だって。あの辺りの揉め事はとりあえず解決しただろ? 俺らにたてつこうなんて組はもうどこにもねぇよ」
「……な、なんの話?」
まさかと思いつつも、勇気を出して聞いてみる。
「あぁ、ごめんな。仕事の話」
「エリオットの仕事って……」
おそるおそる聞いてみると、彼はあっけらかんと言った。
「え、言ってなかったっけ? マフィア」
「……え?」
「マフィアだよマフィア。ブラッドが帽子屋ファミリーのボス」
そう言いながら、エリオットはブラッドを指さした。
「で、門番と俺」
自分を指さしながらそう続けたエリオット。
頭がまっしろになる、とはこういうことだと思う。
私は何も考えられず、全身から力が抜けるのを感じた。
頭がくらくらとし、鼓動はばくばくしている。
つまり、エリオットは帽子屋ファミリーの一員ということ?
そして、ここは帽子屋ファミリーの本拠地っていうこと??
混乱しながらエリオットを見上げると、私の視線に気づいた彼はいつものように笑った。
わからなくなる。
こんな風に笑う人が、帽子屋ファミリーの一員だなんて。
まさかエリオットがマフィアだったなんて。
「さて、行くか。名無しさん」
「う、うん、ありがとう。でも、ほんとうに大丈夫だから……またね」
私は「お邪魔しました!」と頭を下げると、そのまま逃げるように走り出した。
「なんだ? 急に」
きょとんとするエリオットに、ブラッドが紅茶をすすりながら言った。
「エリオット。お前、残念ながらあのお嬢さんをものにできないかもしれないぞ」
「は?」
敬愛するボスの言葉に、ますます首を傾げるエリオットだった。
「……ここ?」
大きな門を見上げて私は立ち尽くした。
「おおきなお屋敷だね」
予想外すぎてうまく反応できない。
エリオット曰く「ブラッドの屋敷」らしいけれど、怖くなるくらいの規模だった。
固まる私の隣りで、エリオットは辺りを見回した。
「どこにもいねぇ。あの門番共、またサボってるな」
顔をしかめながらそうつぶやいたエリオット。
門番……そっか。これくらいの規模になるとそういう仕事をする人もいるわけね。
別世界すぎてよくわからなくなってきた。
「まぁいいや。名無しさん、こっちだ」
「う、うん」
エリオットについて私はその大きな門をくぐって行った。
広大な土地や豪勢なお屋敷を見ながらそわそわ落ち着かない私。
しかし、隣のエリオットは「腹減ったよなー」「にんじんケーキほんとに美味いから食ってくれよ!」などとのんきに言う。
エリオットがこんな大きな所に住んでいるなんて意外すぎる。
もしかしたら、私みたいな庶民とは全く違う世界の人なのかもしれないと思って急に不安になった。
案内された場所は広い広い庭だった。
大きなテーブルがあり、お茶会の準備がしっかりと整っていた。
エリオットが「名無しさんはこっち」と椅子を指し示してくれたので、私は言われるがままに座る。
「ブラッドはさ、俺の好きな物には絶対手を出さないんだ」
彼は私の隣に座りながらそう言った。
「にんじんケーキにも、にんじんマフィンにも、にんじんクッキーにだって手は出さない。俺が全部食べていいっていうんだ。優しいよなぁ」
「……そうだね。優しい人なんだね」
にんじんづくしなエリオットにとりあえず同意する。
ブラッドという人がどんな人かは知らないけれど、エリオットがこれだけ尊敬しているし、優しいというのだからきっとそうなのだろう。
でも、これだけのお屋敷を持つ人だし、素性がわからないのでちょっと緊張する。
「名無しさん、あんたは遠慮せず食べてくれよな! とにかくにんじんケーキは食ってくれよ」
「うん。ありがとう」
そうお礼を言った時だった。
「お待たせしたかな」
その声に振り向くと、そこには帽子をかぶった男の人が立っていた。
「おー、ブラッド! 待ってたぜ!」
隣りのエリオットが手を上げる。
しかし、ブラッドと呼ばれた彼は特に答えることもない。
彼は、使用人さんに椅子をひかれてそのまま着席する。
この人がブラッドかぁ。
エリオットが尊敬する上司はウサギさんなのかな、と想像していた私。
大きな帽子の中に耳を入れているのかなー?と思ったけれど、私と同じ耳がちゃんとついているので、どうやら彼はウサギではないらしい。
「珍しいな、エリオット。お前が客を連れてくるなんて」
彼はそう言ってちらりと私を見た。
その瞬間はっとして、しゃんと背筋を伸ばす。
「す、すみません。突然お邪魔してしまって。あの……ご迷惑ならすぐに帰ります」
どうにも気まずくてそう言った私に、エリオットが口を出す。
「別に迷惑じゃねぇって。な? ブラッド」
「あぁ。歓迎するよ。君のような可愛らしいお嬢さんとお茶会ができるなんて光栄だからね、名無しさん」
「え、あ、ありがとうございます」
お礼を言いつつ、あれ?なんで私の名前を知ってるんだろう?と思い首を傾げる私。
すると彼は楽しそうにこう言った。
「君のことはエリオットから聞いているからね。にんじん好きなお嬢さんなんだろう?」
「え…」
な、なんか変な認識のされ方をしているかもしれないぞ?
「名無しさん、遠慮なんてしなくていい。このテーブルにあるオレンジ色の物は全て君とエリオットのものだ。私に遠慮なんてせずどんどん食べてくれ。
食べつくしてくれ。食べきれなければ土産に持って帰ってもいい」
「はぁ、ありがとうございます。……でも、私はそこまでにんじん尽くしじゃなくても……」
弁解しようと思ったけれど、エリオットがウキウキした声で私にケーキの乗ったお皿を差し出した。
「名無しさん、ほらこれが話してたにんじんケーキだ。とにかく美味いから食ってくれ!」
「あぁ、うん。ありがとう」
「ブラッドも食うか?」
「いらん! 私のことはいいから、お前と名無しさんの2人で食べなさい」
「ブラッド……お前ってほんっとに良い奴だよなー!!」
「……」
感激しているらしいエリオットを、呆れたような苦笑交じりの表情で一瞥するブラッド。
彼はそのまま何も言わずにエリオットから視線を外して、紅茶をすする。
あぁ、そうか。
エリオットに遠慮して手を出さないのではなく、きっとにんじんのお菓子が嫌なんだな。
ブラッドの様子を見て私はそう悟った。
そして、エリオットはというとそれに気づかずブラッドは優しい、と感激しているのだ。
……エリオットっておめでたいタイプの人なのね。
初めて知る彼の一面になんだかおかしくなってしまった。
思わず笑うと、ブラッドはそれに気づいたらしい。
「……もしかすると、君もオレンジのものはそれほど好きなわけじゃないのか?」
「完全にエリオットの勘違いですね」
「なるほど」
きっぱり言うね、とブラッドは笑った。
そして、ひたすら「オレンジの物」を食べるエリオットをちらりと見る。
「こいつがやたらと気にかけていたお嬢さんだから、どんなものかと思っていたが、君は余所者なんだな」
「余所者?」
そう言われて私は首を傾げた。
「そう。別の世界の人間だ。そうだろう?」
ブラッドは私をじっと見つめてそう言った。
するとエリオットが声を上げた。
「え、名無しさんって余所者だったのか!?」
「別の世界の人間が余所者だというのなら、私は余所者ですね。確かに」
「マジかよ! んじゃあもしかして時計屋に狙われてたりするんじゃねぇのか?」
「時計屋?」
時計屋って時計屋さんのこと? 時計を売ってるような?
「そうそう。陰険でほんっとに嫌な奴なんだ! 名無しさんが余所者なら時計屋が許さないだろ。大体あいつは……」
エリオットが心底嫌そうな表情で話始めようとした時だった。
「あー!! いいないいな! お茶会してる!」
「僕らも混ぜてほしいなぁ!」
賑やかな声がしたかと思うと、ぱたぱたと2人の少年たちが駆けてきた。
青い服と赤い服を着た彼らは同じ顔で、どう見ても双子だった。
「僕達ちゃんと仕事してたからお腹すいちゃった」
「ねぇ、いいでしょうボス? 僕らも入れて」
「はぁ!? 仕事してただと? お前ら門番のくせに門にいなかったじゃねーかよ。サボリ魔が!」
「うるさいな! ひよこウサギは黙ってろよ」
「そうだよ。僕らは見回りしてたんだ!」
「見回り~?サボって出歩いてただけじゃねぇか」
がーがーと喚き合うエリオットと双子たち。
どうやら、この双子たちがあの大きな門の番人らしい。(すごいな)
双子たちはエリオットとしばらく揉めていたけれど、ふと私に視線をやった。
そして、今初めて気づいたように驚いた表情で私を見た。
「あれ、誰かいるよ」
「誰? ボスの女?」
お、女って……すごいこと言う子たちだな、と思って否定しようとしたら、ブラッドがしれっと言った。
「いや、エリオットのだ」
「!?」
がつんと衝撃が走る。
しかし、私以上に双子たちが驚いたように声を上げた。
「えっ!?」
「えぇえぇ!? ひよこウサギの女!?」
「ち、ちがっ……」
慌てて否定の声を上げようとしたら、彼らはぐいーっと私に迫ってきた。
「ちょっと本気で言っているの? お姉さん」
「ひよこウサギなんかと一緒にいたら頭が馬鹿になっちゃうよ」
「そうそう、にんじんばっかり食べさせられておかしくなるよ」
「お姉さん結構可愛いのに、きっと見る目がないんだね。可哀想」
「それともひよこウサギに何か弱みでも握られてるの? 可哀想」
2人は言いたい放題言いながら、私の肩をがしりと掴む。
口を挟む余裕すらなくて、どうしていいのかわからず身を反らせる私。
「だー! もうお前ら名無しさんから離れろよ!!」
そう言ったかと思うと、エリオットが双子の首根っこを掴んで私から引き離す。
「まだ俺のじゃねぇよ。っていうかうるせぇんだよ、お前ら。食うなら食うでさっさと座って静かに食えよ!」
エリオットはやんちゃな弟たちを叱るような感じでそう言った。
双子は「なーんだ。違うのか。びっくりした」「ひよこウサギに先を越されるのってなんか癪だもんね」などと言いながら、さっさと席に着く。
私はというとエリオットの「まだ俺のじゃない」という言葉が頭の中を反芻していた。
売り言葉に買い言葉というものがあるけれど、この場合はどう受け取ればいいのだろう。
そわそわする私に気づいたのはブラッドだけだったようで、彼はくすくすと笑って私を見ていた。
「『まだ』あいつのじゃないのか。それは結構。しっかりと焦らしてあげるといいよ、お嬢さん」
「な、なにを言っているんですか!」
「ふふふ」
なんだかもう良くわからないことになってきた。
しばらくそんなわいわいとしたお茶会をしていたけれど、そろそろ帰ることにした私。
「私、そろそろ帰るね」
「えー、お姉さんもう帰っちゃうの?」
「つまんないよ。僕達と遊ぼう?」
いつの間にか懐かれてしまったらしく、双子が残念そうな顔で私を見る。
「うん、また今度ね」
そう言って立ち上がる私にエリオットが言った。
「じゃあ送ってく」
「え、大丈夫だよ。道もわかるから」
私はエースとは違うのです。
「でも、最近街も物騒だし、あんた時計塔の近くに住んでるんだろ?」
エリオットの言葉に、双子が反応した。
「え、そうなんだ? 時計塔といえばこの間はびっくりしたよね、兄弟」
「あぁ、上からねじが大量に落ちてきたあれだよね」
「え?」
双子の話に私は思わず声を上げた。
すると、彼らはお菓子をむしゃむしゃ食べながらこう言った。
「この間仕事で見回りに行ったらさ、時計塔の上から大量のねじが降ってきたんだよ」
「びっくりしたよねぇ。その後あの迷子騎士がへらへら顔出してきて余計に腹が立ったよ。ばらまくならお金にしてほしいよね」
その話に私は一気に血の気が引いた。
それって……
「まぁ、確かにあれは不意打ちだったよなぁ」
エリオットもうなずきながらそう言った。
まさか……
「威嚇じゃなくてちゃんと狙えばよかったのにさ」
「そうだよ、肝心なところが抜けてるよね。やっぱり馬鹿ウサギだ」
「うるせーな。時計塔にはそうそう手を出せねぇんだよ。いくらユリウスの奴がいる場所でもな。まぁユリウスの奴はそのうちに俺が絶対仕留めるけどな」
エリオットは心底悔しそうな顔でそう言った。
まさか……
「なー、ブラッド。俺、ちょっと名無しさんを送ってくるわ」
「あぁ。でも、お前が一緒の方が危ないかもしれないぞ」
ブラッドは薄く笑ってそう言った。
「大丈夫だって。あの辺りの揉め事はとりあえず解決しただろ? 俺らにたてつこうなんて組はもうどこにもねぇよ」
「……な、なんの話?」
まさかと思いつつも、勇気を出して聞いてみる。
「あぁ、ごめんな。仕事の話」
「エリオットの仕事って……」
おそるおそる聞いてみると、彼はあっけらかんと言った。
「え、言ってなかったっけ? マフィア」
「……え?」
「マフィアだよマフィア。ブラッドが帽子屋ファミリーのボス」
そう言いながら、エリオットはブラッドを指さした。
「で、門番と俺」
自分を指さしながらそう続けたエリオット。
頭がまっしろになる、とはこういうことだと思う。
私は何も考えられず、全身から力が抜けるのを感じた。
頭がくらくらとし、鼓動はばくばくしている。
つまり、エリオットは帽子屋ファミリーの一員ということ?
そして、ここは帽子屋ファミリーの本拠地っていうこと??
混乱しながらエリオットを見上げると、私の視線に気づいた彼はいつものように笑った。
わからなくなる。
こんな風に笑う人が、帽子屋ファミリーの一員だなんて。
まさかエリオットがマフィアだったなんて。
「さて、行くか。名無しさん」
「う、うん、ありがとう。でも、ほんとうに大丈夫だから……またね」
私は「お邪魔しました!」と頭を下げると、そのまま逃げるように走り出した。
「なんだ? 急に」
きょとんとするエリオットに、ブラッドが紅茶をすすりながら言った。
「エリオット。お前、残念ながらあのお嬢さんをものにできないかもしれないぞ」
「は?」
敬愛するボスの言葉に、ますます首を傾げるエリオットだった。