キャロットガール
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【4.彼らの心配】
にんじんのレシピ本を買った私は、ひたすら時計塔の階段を登っていた。
いつもはうんざりするくらい長いこの階段も、今は全く苦にならない。
さっきの本屋であった出来事を繰り返し繰り返し思い出しているせいだ。
エリオット=マーチと名乗ったあの人。
彼のことばかりを考えてしまって、なんだか気持ちがふわふわとしている。
彼の笑った顔とか、頭をなでる手の感触とか、色々なことを思い出して嬉しいような恥ずかしいような変な気持ちになるのだ。
その度に私は「う~!」と声をあげて頭を振る。我ながらかなり怪しい。
ポケットには彼からもらったキャンディ。
ためしに一つなめてみたら、意外にも美味しかった。
「……キャンディのお礼、できるといいな」
また会いたい。
また会ってキャンディのお礼も言いたいし、にんじんケーキを作ったらその感想も言いたい。
エリオットともうちょっと話がしてみたい。
そんな風に考える自分に気づいて、また変な気持ちになる私。
キャンディを舐めながら階段を登っていると、上からユリウスとエースが階段を下りてきた。
「あ、名無しさん。おかえり」
にこりと微笑むエースと、何も言わずに私を見るユリウス。
「あれ? 二人してどこかにいくの?」
「いや、すぐそこの物置部屋だよ」
エースの答えに私はうなずいた。
「そっか。そうだよね。エースはともかくユリウスが出かけるわけないもんね」
「悪かったな」
間髪入れずに答えるユリウスに、思わず笑ってしまう。
するとむっとした表情のままユリウスが言った。
「ちょうどいい。名無しさんもちょっと手伝え」
「え?なに?」
首を傾げる私に、エースがにこにこと爽やかに言った。
「時計の部品を上まで運ぶんだってさ」
「えー、私か弱い女の子なんですけど」
「「……」」
「なによ、そんな目で見なくたっていいじゃない」
2人して無言にならないでほしい。
口を尖らせるとエースはからからと笑い、ユリウスは呆れたようにため息をついた。
「ははは! 名無しさんなら大丈夫だよ!」
「あんな大量ににんじんを買ってきたんだ。問題ないだろう」
「わー、すっごく失礼な人達だわー」
どうやらか弱い女の子だとは思われていないらしい。(確かにか弱くはないけどさ)
物置に到着すると、私たちは手分けをして上に運ぶ部品を探した。
「その箱とその袋に入っているねじと、それからエース、棚の上の箱も取ってくれ」
ユリウスに指示され、私とエースはあれこれと物置の中を動き回る。
ユリウス自身も箱の中身を確認したり、在庫をチェックしたりしている。
「ユリウスー、この箱すごく重いんだけど」
「力仕事はお前の得意分野だろう、エース」
「そりゃあ鍛練にはなるけどさ、俺いまお腹がすいてるんだよね。力が出ないぜ」
「子どもかお前は」
2人のやりとりを聞きながら、私はふとポケットのキャンディを思い出した。
「エース、キャンディで良ければ持ってるけど」
「え、ほんと?」
ぱぁっと顔を輝かせるエースに、私はポケットから取り出したキャンディを彼の手のひらに一つ乗せた。
「はい、どうぞ。にんじんキャンディ」
「にんじんキャンディ……?」
怪訝な顔でエースは手のひらのキャンディを見つめた。
ユリウスも手をとめて、それを見る。
2人のただならぬ様子に、私は慌ててこう言った。
「あ、えーと、にんじんキャンディってびっくりするよね? 私ももらった時はびっくりしたんだけど、意外とおいしかったよ!?」
静まり返る部屋。
あ、やっぱりにんじんキャンディって微妙だよねぇ。
「……もらった?」
「誰に?」
私の言葉にますます怪訝な顔をする彼ら。(なんか怖いんですけど……)
どうやら味の心配をしているわけではないらしい。
「えぇとね、さっき本屋でばったり会った人なんだけど……」
「えー? 名無しさんってば見ず知らずの人からもらったものを食べるなんて、けっこう勇気あるよね」
「食い意地は張っていると思っていたが、意外だな」
珍しく驚いた表情のエースとあきれ顔のユリウス。
「違う違う!この間にんじんの見分け方を教えてもらったウサギのお兄さんに、本屋でばったり会ったの。
あの時は見ず知らずだったけど、今日ちゃんと知り合いになったの。名前も聞いたもん」
そう言うとエースは一瞬きょとんとした表情を見せた。
「名無しさん。それ、つまりナンパってこと?」
「え、違うよ。そんなんじゃなくて、にんじん好きの同志に思われたみたいなの」
「ふぅん……?」
そう言いつつ、エースはユリウスを見る。
無表情だったユリウスはエースの視線に気づいてため息をつく。
「名無しさん。よく知らない相手なんだろう? 深く関わらない方がいいぞ」
そう言って、そのまま部品の在庫確認の続きに戻ってしまった。
なんだかよく思われていないらしい。
「でも、悪い人には見えなかったけど……」
なんだか悲しくなってそうつぶやくと、エースが小さな声で言う。
「……名無しさんにはそうかもしれないね」
「え?」
よく聞き取れなかったので振り返ると、彼に笑みはなかった。
「エース?」
びっくりする私に、次の瞬間エースはいつもの胡散臭い笑顔を見せた。
「ユリウスは、にんじん好きのそいつに名無しさんを取られそうで焼きもちをやいてるんだよ。はははっ!」
「ほんと素直じゃないよなー」と笑うエースに、「焼きもちなどやいていない!」と声を上げるユリウス。
そのままいつものペースになったけれど、明らかにおかしな雰囲気を2人から感じた。
物置部屋でしばらく真面目に作業に取り組んでいた私たち。
「なんだか埃っぽいね。ちょっと窓を開けてもいいかな?」
普段あまり使わない部屋なので空気が悪い。
私はねじの入った袋を持ったまま、すぐそばの小さな窓を開ける。
日の光と気持ちの良い風が吹き込んできた。
「やっぱり時計塔って、他の建物に比べるとだいぶ高いね」
私は窓から街並みを眺める。
街路樹が遥か下に見え、街を歩く人々も小さい。
「あ、そこを歩いている人がちょっとユリウスに似てる!」
「え、どれどれ?」
窓を覗く私の背後にやってきたエースは、後ろから私に覆いかぶさるようにして窓枠に手をついた。
そしてそのまま私の頭に顎を乗せながら外を見る。
「あはは!ほんとだ! 髪の毛の感じかな? なんか暗そうに歩いているぜ!」
「いや、うんそうだと思うけどね、エース重い。私の頭に顎刺さってる……!」
「え、刺さってるなんてひどいな。俺そんなに顎とがってないぜ?」
「重い、つぶれる。どいて!」
窓際でぐいぐい押し返し、押し返されということをしていたら、背後から盛大なため息をつかれた。
「お前達、遊んでないで手伝ってくれ」
ちらりと振り向くとこちらを睨んでいたユリウス。
私とエースは顔を見合わせる。
「ほら、怒られちゃったじゃない」
「え、俺のせい?」
「そうでしょう。大体さっきから近すぎます!離れて」
「えー、だってこの窓小さいから、この体勢じゃないと外が見えないじゃないか」
「場所をかわってあげるからどいて!」
そう言いながらエースをぐいっと押した時だった。
「あ!?」
ふとした拍子に、持っていたねじの袋が手から滑り落ちたかと思うと、袋はそのまま窓の外へと落ちて行った。
「ぎゃー!! やだやだ!!うそー!!?」
「あらら、落としちゃった」
叫ぶ私と笑うエース。
下の人にぶつかったらねじとはいえ、大怪我するかもしれない。
窓の下を覗き込むエースにつられて、私も顔を出そうとしたときだった。
「名無しさん!」
ぐいっとエースに体を引かれた。
抱きしめられるように窓から離される。
その瞬間パン!と乾いた音が2回聞こえ、ぱらぱらと目の前に粉塵が落ちた。
窓枠に小さな何かが2つめり込んでいる。
「危なかったなー。大丈夫だった?名無しさん」
驚きすぎて動けない私の顔をエースが覗きこんでくる。
「どうした?」
顔をしかめるユリウスに、エースはあっけらかんと答えた。
「撃たれた。帽子屋ファミリーの人だね。ちょうど下にいたみたい」
「え!?」
帽子屋ファミリー?
「まぁ、物を落としちゃったこっちも悪いけどさぁ、いきなり撃ってくるってひどいよな」
エースはそう言いながら私をユリウスに預けると、窓に近づいた。
「ごめんなー! 悪気はなかったんだ。許してくれよ」
にこにことそう言う彼は、今とても銃撃を受けた側の人間だとは思えない。
すると、エースの言葉に甲高い声が返ってきた。
「ふざけるな迷子騎士!!」
「ばらまくならお金にしろよ、迷惑騎士!!」
とんでもないことを言っているのは、どう聞いても子どもの声だ。(ほんとにマフィアなの!?)
「はははっ! そのねじやるからさ、許してくれよ!」
「こんなのいらないよ、ばーか!」
「ひよこウサギの銃が下手で命拾いしたね。僕らが撃ってたらお前の頭に今頃穴が開いてるんだからな!」
「うるせー! わざと外したに決まってんだろ!!威嚇だよ威嚇!!」
「嘘つくなよ、馬鹿ウサギ!」
「頭も悪くて腕も悪いなんて最悪だな!!」
「うるせーよ!クソガキ共!! 時計塔は一応中立だからな。ブラッドに聞かねーとさすがにまずいんだよ」
「へぇ? そこまでホントに考えてたって言うんだ?」
「信じられないよね、兄弟」
ぎゃーぎゃーと言い合いが聞こえてきた。(ここから下まで結構距離あるのに)
「ははは。元気だなぁ、相変わらず」
笑いながら下を見ているエース。
「……エース、マフィアと知り合いなの?」
「え? まぁ、そうだね。たまに道を教えてもらったりするし」
「……ふぅん」
「あ、でも名無しさんはあんまり近づかない方がいいと思うよ」
「うん。近づきたくない。怖いし」
すぐ発砲するような人達なんて絶対に嫌だ。
私は隣のユリウスに頭を下げる。
「ごめんなさい、ユリウス。あとでねじを拾ってくる」
しかし、ユリウスは首を振った。
「いや、いい。ねじならたくさんある」
「でも……」
「いいから、なるべくこれからは外へ出るな」
「え?」
「最近奴らはよくこの辺りに来る。会いたくないだろう?」
ユリウスはそう言って、私をじっと見つめる。
「……うん」
私はこくりと頷いた。
顔をしかめて私を見ていたユリウスは、ほんの少しだけ表情を緩めた。
それを見て初めて私は気づいた。彼がものすごく心配してくれていることに。
会いたい人はいるけれど、マフィアの人達には会いたくない。
それに、ユリウスやエースに心配や迷惑をかけたくない。
外出はしばらく控えた方がいいのかもしれない。
にんじんのレシピ本を買った私は、ひたすら時計塔の階段を登っていた。
いつもはうんざりするくらい長いこの階段も、今は全く苦にならない。
さっきの本屋であった出来事を繰り返し繰り返し思い出しているせいだ。
エリオット=マーチと名乗ったあの人。
彼のことばかりを考えてしまって、なんだか気持ちがふわふわとしている。
彼の笑った顔とか、頭をなでる手の感触とか、色々なことを思い出して嬉しいような恥ずかしいような変な気持ちになるのだ。
その度に私は「う~!」と声をあげて頭を振る。我ながらかなり怪しい。
ポケットには彼からもらったキャンディ。
ためしに一つなめてみたら、意外にも美味しかった。
「……キャンディのお礼、できるといいな」
また会いたい。
また会ってキャンディのお礼も言いたいし、にんじんケーキを作ったらその感想も言いたい。
エリオットともうちょっと話がしてみたい。
そんな風に考える自分に気づいて、また変な気持ちになる私。
キャンディを舐めながら階段を登っていると、上からユリウスとエースが階段を下りてきた。
「あ、名無しさん。おかえり」
にこりと微笑むエースと、何も言わずに私を見るユリウス。
「あれ? 二人してどこかにいくの?」
「いや、すぐそこの物置部屋だよ」
エースの答えに私はうなずいた。
「そっか。そうだよね。エースはともかくユリウスが出かけるわけないもんね」
「悪かったな」
間髪入れずに答えるユリウスに、思わず笑ってしまう。
するとむっとした表情のままユリウスが言った。
「ちょうどいい。名無しさんもちょっと手伝え」
「え?なに?」
首を傾げる私に、エースがにこにこと爽やかに言った。
「時計の部品を上まで運ぶんだってさ」
「えー、私か弱い女の子なんですけど」
「「……」」
「なによ、そんな目で見なくたっていいじゃない」
2人して無言にならないでほしい。
口を尖らせるとエースはからからと笑い、ユリウスは呆れたようにため息をついた。
「ははは! 名無しさんなら大丈夫だよ!」
「あんな大量ににんじんを買ってきたんだ。問題ないだろう」
「わー、すっごく失礼な人達だわー」
どうやらか弱い女の子だとは思われていないらしい。(確かにか弱くはないけどさ)
物置に到着すると、私たちは手分けをして上に運ぶ部品を探した。
「その箱とその袋に入っているねじと、それからエース、棚の上の箱も取ってくれ」
ユリウスに指示され、私とエースはあれこれと物置の中を動き回る。
ユリウス自身も箱の中身を確認したり、在庫をチェックしたりしている。
「ユリウスー、この箱すごく重いんだけど」
「力仕事はお前の得意分野だろう、エース」
「そりゃあ鍛練にはなるけどさ、俺いまお腹がすいてるんだよね。力が出ないぜ」
「子どもかお前は」
2人のやりとりを聞きながら、私はふとポケットのキャンディを思い出した。
「エース、キャンディで良ければ持ってるけど」
「え、ほんと?」
ぱぁっと顔を輝かせるエースに、私はポケットから取り出したキャンディを彼の手のひらに一つ乗せた。
「はい、どうぞ。にんじんキャンディ」
「にんじんキャンディ……?」
怪訝な顔でエースは手のひらのキャンディを見つめた。
ユリウスも手をとめて、それを見る。
2人のただならぬ様子に、私は慌ててこう言った。
「あ、えーと、にんじんキャンディってびっくりするよね? 私ももらった時はびっくりしたんだけど、意外とおいしかったよ!?」
静まり返る部屋。
あ、やっぱりにんじんキャンディって微妙だよねぇ。
「……もらった?」
「誰に?」
私の言葉にますます怪訝な顔をする彼ら。(なんか怖いんですけど……)
どうやら味の心配をしているわけではないらしい。
「えぇとね、さっき本屋でばったり会った人なんだけど……」
「えー? 名無しさんってば見ず知らずの人からもらったものを食べるなんて、けっこう勇気あるよね」
「食い意地は張っていると思っていたが、意外だな」
珍しく驚いた表情のエースとあきれ顔のユリウス。
「違う違う!この間にんじんの見分け方を教えてもらったウサギのお兄さんに、本屋でばったり会ったの。
あの時は見ず知らずだったけど、今日ちゃんと知り合いになったの。名前も聞いたもん」
そう言うとエースは一瞬きょとんとした表情を見せた。
「名無しさん。それ、つまりナンパってこと?」
「え、違うよ。そんなんじゃなくて、にんじん好きの同志に思われたみたいなの」
「ふぅん……?」
そう言いつつ、エースはユリウスを見る。
無表情だったユリウスはエースの視線に気づいてため息をつく。
「名無しさん。よく知らない相手なんだろう? 深く関わらない方がいいぞ」
そう言って、そのまま部品の在庫確認の続きに戻ってしまった。
なんだかよく思われていないらしい。
「でも、悪い人には見えなかったけど……」
なんだか悲しくなってそうつぶやくと、エースが小さな声で言う。
「……名無しさんにはそうかもしれないね」
「え?」
よく聞き取れなかったので振り返ると、彼に笑みはなかった。
「エース?」
びっくりする私に、次の瞬間エースはいつもの胡散臭い笑顔を見せた。
「ユリウスは、にんじん好きのそいつに名無しさんを取られそうで焼きもちをやいてるんだよ。はははっ!」
「ほんと素直じゃないよなー」と笑うエースに、「焼きもちなどやいていない!」と声を上げるユリウス。
そのままいつものペースになったけれど、明らかにおかしな雰囲気を2人から感じた。
物置部屋でしばらく真面目に作業に取り組んでいた私たち。
「なんだか埃っぽいね。ちょっと窓を開けてもいいかな?」
普段あまり使わない部屋なので空気が悪い。
私はねじの入った袋を持ったまま、すぐそばの小さな窓を開ける。
日の光と気持ちの良い風が吹き込んできた。
「やっぱり時計塔って、他の建物に比べるとだいぶ高いね」
私は窓から街並みを眺める。
街路樹が遥か下に見え、街を歩く人々も小さい。
「あ、そこを歩いている人がちょっとユリウスに似てる!」
「え、どれどれ?」
窓を覗く私の背後にやってきたエースは、後ろから私に覆いかぶさるようにして窓枠に手をついた。
そしてそのまま私の頭に顎を乗せながら外を見る。
「あはは!ほんとだ! 髪の毛の感じかな? なんか暗そうに歩いているぜ!」
「いや、うんそうだと思うけどね、エース重い。私の頭に顎刺さってる……!」
「え、刺さってるなんてひどいな。俺そんなに顎とがってないぜ?」
「重い、つぶれる。どいて!」
窓際でぐいぐい押し返し、押し返されということをしていたら、背後から盛大なため息をつかれた。
「お前達、遊んでないで手伝ってくれ」
ちらりと振り向くとこちらを睨んでいたユリウス。
私とエースは顔を見合わせる。
「ほら、怒られちゃったじゃない」
「え、俺のせい?」
「そうでしょう。大体さっきから近すぎます!離れて」
「えー、だってこの窓小さいから、この体勢じゃないと外が見えないじゃないか」
「場所をかわってあげるからどいて!」
そう言いながらエースをぐいっと押した時だった。
「あ!?」
ふとした拍子に、持っていたねじの袋が手から滑り落ちたかと思うと、袋はそのまま窓の外へと落ちて行った。
「ぎゃー!! やだやだ!!うそー!!?」
「あらら、落としちゃった」
叫ぶ私と笑うエース。
下の人にぶつかったらねじとはいえ、大怪我するかもしれない。
窓の下を覗き込むエースにつられて、私も顔を出そうとしたときだった。
「名無しさん!」
ぐいっとエースに体を引かれた。
抱きしめられるように窓から離される。
その瞬間パン!と乾いた音が2回聞こえ、ぱらぱらと目の前に粉塵が落ちた。
窓枠に小さな何かが2つめり込んでいる。
「危なかったなー。大丈夫だった?名無しさん」
驚きすぎて動けない私の顔をエースが覗きこんでくる。
「どうした?」
顔をしかめるユリウスに、エースはあっけらかんと答えた。
「撃たれた。帽子屋ファミリーの人だね。ちょうど下にいたみたい」
「え!?」
帽子屋ファミリー?
「まぁ、物を落としちゃったこっちも悪いけどさぁ、いきなり撃ってくるってひどいよな」
エースはそう言いながら私をユリウスに預けると、窓に近づいた。
「ごめんなー! 悪気はなかったんだ。許してくれよ」
にこにことそう言う彼は、今とても銃撃を受けた側の人間だとは思えない。
すると、エースの言葉に甲高い声が返ってきた。
「ふざけるな迷子騎士!!」
「ばらまくならお金にしろよ、迷惑騎士!!」
とんでもないことを言っているのは、どう聞いても子どもの声だ。(ほんとにマフィアなの!?)
「はははっ! そのねじやるからさ、許してくれよ!」
「こんなのいらないよ、ばーか!」
「ひよこウサギの銃が下手で命拾いしたね。僕らが撃ってたらお前の頭に今頃穴が開いてるんだからな!」
「うるせー! わざと外したに決まってんだろ!!威嚇だよ威嚇!!」
「嘘つくなよ、馬鹿ウサギ!」
「頭も悪くて腕も悪いなんて最悪だな!!」
「うるせーよ!クソガキ共!! 時計塔は一応中立だからな。ブラッドに聞かねーとさすがにまずいんだよ」
「へぇ? そこまでホントに考えてたって言うんだ?」
「信じられないよね、兄弟」
ぎゃーぎゃーと言い合いが聞こえてきた。(ここから下まで結構距離あるのに)
「ははは。元気だなぁ、相変わらず」
笑いながら下を見ているエース。
「……エース、マフィアと知り合いなの?」
「え? まぁ、そうだね。たまに道を教えてもらったりするし」
「……ふぅん」
「あ、でも名無しさんはあんまり近づかない方がいいと思うよ」
「うん。近づきたくない。怖いし」
すぐ発砲するような人達なんて絶対に嫌だ。
私は隣のユリウスに頭を下げる。
「ごめんなさい、ユリウス。あとでねじを拾ってくる」
しかし、ユリウスは首を振った。
「いや、いい。ねじならたくさんある」
「でも……」
「いいから、なるべくこれからは外へ出るな」
「え?」
「最近奴らはよくこの辺りに来る。会いたくないだろう?」
ユリウスはそう言って、私をじっと見つめる。
「……うん」
私はこくりと頷いた。
顔をしかめて私を見ていたユリウスは、ほんの少しだけ表情を緩めた。
それを見て初めて私は気づいた。彼がものすごく心配してくれていることに。
会いたい人はいるけれど、マフィアの人達には会いたくない。
それに、ユリウスやエースに心配や迷惑をかけたくない。
外出はしばらく控えた方がいいのかもしれない。