キャロットガール
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【もしまた会えたら】
見知らぬ土地で、見知らぬ人と過ごす。
まさか自分がそんな波乱万丈な目に遭うとは思ってもみなかった。
人生とは本当に何が起こる分かりません。
私がこの時計塔にやってきてからどのくらいが経ったのだろう。
ハートの国というメルヘンチックな名前だけれど、おそろしく物騒な国になぜかたどり着いてしまった私。
時間もおかしいし、人々もずれている。おかしい。
こんなおかしな国にぽいっと放り込まれた私に手を差し伸べてくれたのは、この時計塔の主・ユリウス=モンレーだった。
いや、手を差し伸べるなんて優しい表現ではない。
いつのまにか時計塔の屋上にいた私を見た瞬間、「余所者!」と顔をしかめた彼。
散々文句を言われ、散々怒られ、散々皮肉を言われた。
「早く帰れ!」と私を追い出そうとしたユリウスだったけれど、
恐怖と混乱で凍りついた私にふかーいため息をついて「1時間帯くらいなら休んでいけ」と部屋へ入れてくれた。
それからかなりの時間が過ぎた。
私は時計塔に慣れ、ユリウスに慣れ、この生活に慣れつつあった。
ユリウスの方も私に慣れたようで、相変わらず毒舌で皮肉屋だけれど、追い出そうとすることはなくなったのである。
ある日、街へ買い物に出かけようと上着を羽織った私は、カバンと財布を掴むと机に向かっているユリウスに声をかけた。
「ユリウス、私食料品買ってくるけど、何かいるものある?」
眼鏡をかけて仕事をしていたユリウスは手を止めずに「そうだな……」と考え込んだ。
「今の所特にないが、もしもエースを見かけたら連れてきてくれ。いい加減来るのが遅すぎるからな」
「わかった。エースね。どこかで迷ってたら連れてくるよ」
そう答えて部屋を出ようとすると、ユリウスが私を呼び止めた。
「名無しさん」
「なに?」
振り返ると、彼はじっと私を見てからこう言った。
「階段を登ることを考えて、持てる分だけ買ってこい。いつも呼び出されて荷物運びをさせられるのはいい迷惑だ」
「……はーい」
しっかりと釘を刺された私はとりあえず返事をして部屋を出た。
階段をずんずんと降りていく。
この時計塔はかなり高い塔なのにもかかわらず、階段しか移動手段がない。
ユリウスの部屋は時計塔の上の方にあるので、部屋から出たらまず階段を降りなくてはならない。
外へ出るのも一苦労だ。
ユリウスがあまり外に出ないタイプだし、階段が面倒ということもあって、私もあまり時計塔から出たことがなかった。
街へ買い物に出るくらいで、他にもあるらしい領地には行ったことがない。
ユリウスによると、ハートの城・遊園地・帽子屋屋敷というのが他にもあるらしい。
ハートの城の女王様はすぐに首を刎ねるらしいし、遊園地も従業員が銃携帯だというし、帽子屋屋敷はマフィアの本拠地だという。
そんな恐ろしい場所へ誰がいくというのか。
たまたま時計塔に着いた私はかなりラッキーだったのだろう。
ユリウスは皮肉屋で冷たいことばっかりいうけど、本当は優しい人だし、仕事は時計を修理するという地味なものだし、命の危険はなさそうだった。
というわけで、私は時計塔からほぼ出ることなくこの世界で過ごしていたのである。
「はー!やっと外だー」
塔を出ると、日の光が眩しかった。
いい天気でウキウキしてくる。
街の通りは人でにぎわい、店は活気にあふれ、みんな楽しそうに歩いている。
私はまっすぐに道を進んで、行きなれた店へ向かった。
「シチューでも作ろうかなぁ」と献立を考えながら歩いていた時だった。
突然パンと乾いた音が鳴り響いた。
私はびくりとしてその場で一瞬立ち止まる。
街が静まり返り、人々は皆音のした方を見る。
私もおそるおそる振り返った。
見ると遠くの方に5,6人の集団がいた。
目を凝らしてよく見ようとすると、街の人々のささやき声が聞こえてきた。
「帽子屋ファミリーだ……」
「また誰か撃たれたな」
「あんまり見ない方がいい」
帽子屋ファミリー。
その言葉に私の心臓はばくばくと早まり、恐怖と動揺で頭がいっぱいなる。
帽子屋ファミリーというマフィアはよくこの街を見回りに来る。
どんな顔をしているのか、どんな人達なのかは全然知らない。
すれ違ったことも近くで見たこともないからだ。
でもきっと見るからに怖そうな人達なんだろう。
関わりたくない。
すぐに撃ったり切ったりするような人だし、なによりもマフィアなのだ。
しかし街の人々はというと、そこからまたすぐに自分の日常に戻って行った。
アイスを食べ歩いていた女の子たちはすぐにまた恋愛話をはじめ、子どもと歩いていた母親はのんびりと歩きだし、お店の人は呼び込みを再開する。
いつものことなのだ。
私が慣れていないだけ。
誰かが銃で撃たれようと、斧で切り裂かれようと大した問題にはならないのがこの世界なのだ。
そんなことに慣れる日なんて絶対に来ないだろうし、慣れたくもない。
ほんとにマフィアなんて最低だ。
私はぎゅっと目を瞑って頭を振ると、目的の店に向かって走りだす。
「よし、やっぱりシチューにしよう!」
そう思って買い物をしている私。
材料を色々と買い込んでいたけれど、とある野菜の山の前でひたすら悩んでいた。
「……どれがいいんだろう?」
オレンジ色の山、にんじん。
よくわからないがタイムサービスらしく、今はにんじんがお買い得らしい。
いつもより安く売っている。
あんまり深く考えたことがなかったけれど、そういえばにんじんてどういうものを選ぶのがいいんだろう?
たくさんありすぎて悩む。
「このまるまるとしているのがいいのかなぁ? それともこっちのまっすぐのやつ?」
色々と眺めているけれど全然わからない。
なんとなく綺麗なものを選ぼうかなぁと思った時だった。
私のすぐ横にやってきた人が何のためらいもなく、すいすいとにんじんを選んでいった。
2本、3本、4本……え、10本以上!?
かごにじゃんじゃん入れている隣の人。
私は思わずとちらりと隣の人を見た。
「!」
びっくりした。
ものすごく背の高い大きな男の人だったのだ。
彼は機嫌よく・気前よくにんじんをかごに放り込んでいる。
あっけにとられていた私だったけれど、彼の頭に長い耳があることに気づいて、ものすごく納得してしまった。
あぁ、そうだよね。ウサギさんだもんね。にんじん好きだよね。
そう思ったときだった。
彼がふと手を止めて私を見た。不審そうな顔。
うわ、じろじろ見過ぎちゃった。失礼極まりないよ私!
ウサギさんとはいえ、こんなに大きな男の人(しかもなんだか迫力のある人だ)に見下ろされると怖い。
私は慌てて「すいません」という意味を込めて小さく頭を下げる。
すると、大きな彼はにっと笑った。
う……!
な、なにこの人。
大きくてちょっと怖そうなくせに、そんな満面の笑みを見せてきたよ!?
思わぬ笑顔に動揺しつつ、私は彼から視線を外した。
そんな私に構うことなく、ウサギな彼はまたにんじんをかごに入れ始める。
……ていうかどれだけ買うんだ、この人。
この勢いだと私の分がなくなる!シチューにはにんじんを入れたい!
私もにんじんを手に取ろうとする。
隣のこの人も適当に入れてるっぽいし、なんだっていいか。にんじんなんてどれも同じよね。
そう考えた私は、すぐそばにあったにんじんに手を伸ばした。
するとその時だった。
「あ、それやめた方がいいぜ」
そんな声が隣りから聞こえた。
「え?」
思わず手が止まる。
「こっちにしとけよ。美味いから」
もう一度声がして、私は隣を見る。
すると、例の大きなウサギのお兄さんが私を見ていた。
手に持ったにんじんを私に差し出している。
「……うまい?」
「あぁ。こっちのが絶対とれたてで美味い。あんたが持ってるやつは色がよくないし、ちょっと細すぎる」
そう言われて、私は自分の手にしたにんじんを見てみた。
確かに彼が差し出しているにんじんの方が色艶もいいし、ちょっと太めな感じだった。絵にかいたような可愛らしいにんじんだ。
「色が濃くてツヤツヤしてるやつがいいんだ。それからひげ根がないやつな。あ、あとこの茎の所が細い方が柔らかくて美味いらしいぜ」
「はぁ……そうなんですか」
聞いてもいないのに、彼は楽しそうに説明してくれた。
でもなんだか嬉しかったので、私はにんじんの山の中から彼が教えてくれた理論で「美味しいであろうにんじん」を選んでみた。
「あの、これはどうですか?」
「おー!いいんじゃねぇか?」
「もしかしてこれも?」
「そうそう! それ絶対美味いやつだぜ。あ、ちなみにこれも絶対美味い」
彼はにこにこと上機嫌で笑いながら、にんじんを私のかごに入れた。
「おっと、悪い。俺実は仕事を抜けてきたんだ。にんじんがお買い得って看板を見て、ついつい立ち寄っちまっただけだからさ」
「そうなんですか?」
「おう。それじゃあな!」
「あ、はい。どうもありがとうございました」
ぺこりと頭を下げると、彼はにこりと笑いながら、ひらひらと手を振って行ってしまった。
大量のにんじんを入れたかごと共に。
私はそんな彼の後ろ姿をぼんやりと見送る。
きっとあの人はコックさんだったのかもしれない。
にんじん料理のエキスパートとかそんな感じのやつ。
仕事の合間を縫ってにんじんを買いに来るくらいなんだから。
すごいなぁ、プロ意識が高いなぁ。
なんてのんきに思っていたけれど、はっと自分のかごの状況に気づいた。
私のかごには、にんじんが10本ほど入っていたのである。
ユリウスと私の2人だけだし(もしかしたらエースが来るかもしれないけど)、こんな大量のにんじんはいらないよね。
そう思ったけれどさっきの彼の笑顔を思い出して、なんだかにんじんを売り場に戻すことができなかった。
結局大量のにんじんを入れた買い物袋を持って歩く私。
すごく重かったけれど、大きなくせにほんわかしたウサギのお兄さんがにんじんを熱く語る姿を思い出して、なんだか楽しくなってしまった。
もしまた彼に会うことがあれば、「美味しいにんじんを選べるようになりました」と言いたいな。
見知らぬ土地で、見知らぬ人と過ごす。
まさか自分がそんな波乱万丈な目に遭うとは思ってもみなかった。
人生とは本当に何が起こる分かりません。
私がこの時計塔にやってきてからどのくらいが経ったのだろう。
ハートの国というメルヘンチックな名前だけれど、おそろしく物騒な国になぜかたどり着いてしまった私。
時間もおかしいし、人々もずれている。おかしい。
こんなおかしな国にぽいっと放り込まれた私に手を差し伸べてくれたのは、この時計塔の主・ユリウス=モンレーだった。
いや、手を差し伸べるなんて優しい表現ではない。
いつのまにか時計塔の屋上にいた私を見た瞬間、「余所者!」と顔をしかめた彼。
散々文句を言われ、散々怒られ、散々皮肉を言われた。
「早く帰れ!」と私を追い出そうとしたユリウスだったけれど、
恐怖と混乱で凍りついた私にふかーいため息をついて「1時間帯くらいなら休んでいけ」と部屋へ入れてくれた。
それからかなりの時間が過ぎた。
私は時計塔に慣れ、ユリウスに慣れ、この生活に慣れつつあった。
ユリウスの方も私に慣れたようで、相変わらず毒舌で皮肉屋だけれど、追い出そうとすることはなくなったのである。
ある日、街へ買い物に出かけようと上着を羽織った私は、カバンと財布を掴むと机に向かっているユリウスに声をかけた。
「ユリウス、私食料品買ってくるけど、何かいるものある?」
眼鏡をかけて仕事をしていたユリウスは手を止めずに「そうだな……」と考え込んだ。
「今の所特にないが、もしもエースを見かけたら連れてきてくれ。いい加減来るのが遅すぎるからな」
「わかった。エースね。どこかで迷ってたら連れてくるよ」
そう答えて部屋を出ようとすると、ユリウスが私を呼び止めた。
「名無しさん」
「なに?」
振り返ると、彼はじっと私を見てからこう言った。
「階段を登ることを考えて、持てる分だけ買ってこい。いつも呼び出されて荷物運びをさせられるのはいい迷惑だ」
「……はーい」
しっかりと釘を刺された私はとりあえず返事をして部屋を出た。
階段をずんずんと降りていく。
この時計塔はかなり高い塔なのにもかかわらず、階段しか移動手段がない。
ユリウスの部屋は時計塔の上の方にあるので、部屋から出たらまず階段を降りなくてはならない。
外へ出るのも一苦労だ。
ユリウスがあまり外に出ないタイプだし、階段が面倒ということもあって、私もあまり時計塔から出たことがなかった。
街へ買い物に出るくらいで、他にもあるらしい領地には行ったことがない。
ユリウスによると、ハートの城・遊園地・帽子屋屋敷というのが他にもあるらしい。
ハートの城の女王様はすぐに首を刎ねるらしいし、遊園地も従業員が銃携帯だというし、帽子屋屋敷はマフィアの本拠地だという。
そんな恐ろしい場所へ誰がいくというのか。
たまたま時計塔に着いた私はかなりラッキーだったのだろう。
ユリウスは皮肉屋で冷たいことばっかりいうけど、本当は優しい人だし、仕事は時計を修理するという地味なものだし、命の危険はなさそうだった。
というわけで、私は時計塔からほぼ出ることなくこの世界で過ごしていたのである。
「はー!やっと外だー」
塔を出ると、日の光が眩しかった。
いい天気でウキウキしてくる。
街の通りは人でにぎわい、店は活気にあふれ、みんな楽しそうに歩いている。
私はまっすぐに道を進んで、行きなれた店へ向かった。
「シチューでも作ろうかなぁ」と献立を考えながら歩いていた時だった。
突然パンと乾いた音が鳴り響いた。
私はびくりとしてその場で一瞬立ち止まる。
街が静まり返り、人々は皆音のした方を見る。
私もおそるおそる振り返った。
見ると遠くの方に5,6人の集団がいた。
目を凝らしてよく見ようとすると、街の人々のささやき声が聞こえてきた。
「帽子屋ファミリーだ……」
「また誰か撃たれたな」
「あんまり見ない方がいい」
帽子屋ファミリー。
その言葉に私の心臓はばくばくと早まり、恐怖と動揺で頭がいっぱいなる。
帽子屋ファミリーというマフィアはよくこの街を見回りに来る。
どんな顔をしているのか、どんな人達なのかは全然知らない。
すれ違ったことも近くで見たこともないからだ。
でもきっと見るからに怖そうな人達なんだろう。
関わりたくない。
すぐに撃ったり切ったりするような人だし、なによりもマフィアなのだ。
しかし街の人々はというと、そこからまたすぐに自分の日常に戻って行った。
アイスを食べ歩いていた女の子たちはすぐにまた恋愛話をはじめ、子どもと歩いていた母親はのんびりと歩きだし、お店の人は呼び込みを再開する。
いつものことなのだ。
私が慣れていないだけ。
誰かが銃で撃たれようと、斧で切り裂かれようと大した問題にはならないのがこの世界なのだ。
そんなことに慣れる日なんて絶対に来ないだろうし、慣れたくもない。
ほんとにマフィアなんて最低だ。
私はぎゅっと目を瞑って頭を振ると、目的の店に向かって走りだす。
「よし、やっぱりシチューにしよう!」
そう思って買い物をしている私。
材料を色々と買い込んでいたけれど、とある野菜の山の前でひたすら悩んでいた。
「……どれがいいんだろう?」
オレンジ色の山、にんじん。
よくわからないがタイムサービスらしく、今はにんじんがお買い得らしい。
いつもより安く売っている。
あんまり深く考えたことがなかったけれど、そういえばにんじんてどういうものを選ぶのがいいんだろう?
たくさんありすぎて悩む。
「このまるまるとしているのがいいのかなぁ? それともこっちのまっすぐのやつ?」
色々と眺めているけれど全然わからない。
なんとなく綺麗なものを選ぼうかなぁと思った時だった。
私のすぐ横にやってきた人が何のためらいもなく、すいすいとにんじんを選んでいった。
2本、3本、4本……え、10本以上!?
かごにじゃんじゃん入れている隣の人。
私は思わずとちらりと隣の人を見た。
「!」
びっくりした。
ものすごく背の高い大きな男の人だったのだ。
彼は機嫌よく・気前よくにんじんをかごに放り込んでいる。
あっけにとられていた私だったけれど、彼の頭に長い耳があることに気づいて、ものすごく納得してしまった。
あぁ、そうだよね。ウサギさんだもんね。にんじん好きだよね。
そう思ったときだった。
彼がふと手を止めて私を見た。不審そうな顔。
うわ、じろじろ見過ぎちゃった。失礼極まりないよ私!
ウサギさんとはいえ、こんなに大きな男の人(しかもなんだか迫力のある人だ)に見下ろされると怖い。
私は慌てて「すいません」という意味を込めて小さく頭を下げる。
すると、大きな彼はにっと笑った。
う……!
な、なにこの人。
大きくてちょっと怖そうなくせに、そんな満面の笑みを見せてきたよ!?
思わぬ笑顔に動揺しつつ、私は彼から視線を外した。
そんな私に構うことなく、ウサギな彼はまたにんじんをかごに入れ始める。
……ていうかどれだけ買うんだ、この人。
この勢いだと私の分がなくなる!シチューにはにんじんを入れたい!
私もにんじんを手に取ろうとする。
隣のこの人も適当に入れてるっぽいし、なんだっていいか。にんじんなんてどれも同じよね。
そう考えた私は、すぐそばにあったにんじんに手を伸ばした。
するとその時だった。
「あ、それやめた方がいいぜ」
そんな声が隣りから聞こえた。
「え?」
思わず手が止まる。
「こっちにしとけよ。美味いから」
もう一度声がして、私は隣を見る。
すると、例の大きなウサギのお兄さんが私を見ていた。
手に持ったにんじんを私に差し出している。
「……うまい?」
「あぁ。こっちのが絶対とれたてで美味い。あんたが持ってるやつは色がよくないし、ちょっと細すぎる」
そう言われて、私は自分の手にしたにんじんを見てみた。
確かに彼が差し出しているにんじんの方が色艶もいいし、ちょっと太めな感じだった。絵にかいたような可愛らしいにんじんだ。
「色が濃くてツヤツヤしてるやつがいいんだ。それからひげ根がないやつな。あ、あとこの茎の所が細い方が柔らかくて美味いらしいぜ」
「はぁ……そうなんですか」
聞いてもいないのに、彼は楽しそうに説明してくれた。
でもなんだか嬉しかったので、私はにんじんの山の中から彼が教えてくれた理論で「美味しいであろうにんじん」を選んでみた。
「あの、これはどうですか?」
「おー!いいんじゃねぇか?」
「もしかしてこれも?」
「そうそう! それ絶対美味いやつだぜ。あ、ちなみにこれも絶対美味い」
彼はにこにこと上機嫌で笑いながら、にんじんを私のかごに入れた。
「おっと、悪い。俺実は仕事を抜けてきたんだ。にんじんがお買い得って看板を見て、ついつい立ち寄っちまっただけだからさ」
「そうなんですか?」
「おう。それじゃあな!」
「あ、はい。どうもありがとうございました」
ぺこりと頭を下げると、彼はにこりと笑いながら、ひらひらと手を振って行ってしまった。
大量のにんじんを入れたかごと共に。
私はそんな彼の後ろ姿をぼんやりと見送る。
きっとあの人はコックさんだったのかもしれない。
にんじん料理のエキスパートとかそんな感じのやつ。
仕事の合間を縫ってにんじんを買いに来るくらいなんだから。
すごいなぁ、プロ意識が高いなぁ。
なんてのんきに思っていたけれど、はっと自分のかごの状況に気づいた。
私のかごには、にんじんが10本ほど入っていたのである。
ユリウスと私の2人だけだし(もしかしたらエースが来るかもしれないけど)、こんな大量のにんじんはいらないよね。
そう思ったけれどさっきの彼の笑顔を思い出して、なんだかにんじんを売り場に戻すことができなかった。
結局大量のにんじんを入れた買い物袋を持って歩く私。
すごく重かったけれど、大きなくせにほんわかしたウサギのお兄さんがにんじんを熱く語る姿を思い出して、なんだか楽しくなってしまった。
もしまた彼に会うことがあれば、「美味しいにんじんを選べるようになりました」と言いたいな。
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