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【27.いつでもそばに】
グレイからひたすら逃げることにした私。
とりあえずディーとダムに任せてきちゃったけど、まさか流血騒ぎなんかになってないよね?
今さらながら心配になる。
あぁ、もう私は一体何を考えているんだろう?
自分がよくわからなくなってきた。
走りつかれて廊下を歩いている私は、いつのまにか自分の部屋ではなくて、いつものキッチンに向かっていた。
私にとってはなんだかんだ落ち着く場所なのだ。
何か飲めば冷静になれるかもしれない。
そう思ってキッチンに入った私。しかし……。
「やぁ、お嬢さん」
「!ブラッド!?」
キッチンには先客がいた。
彼はやかんを火にかけて機嫌よさそうに(勝手に)紅茶を選んでいた。
「珈琲ばかり飲んでいるようだね。以前プレゼントした茶葉はお気に召さなかったかな」
たくさん残っている茶葉を見たのだろう。
彼は戸棚から取り出した茶葉をいくつか手にしながらそう言った。
意外な人物に驚きすぎて、私は言葉に詰まる。
「ブラッド……なんで?」
「会合が始まるからね。少し早めに来てみたんだ。君に会いたかったということもあるがね」
「……そう」
彼の言葉にもうまく反応できない。
うつむく私をちらりと見て、ブラッドはふぅとため息をついた。
「何かあったようだね、名無しさん」
するどいなぁと思いつつ、こんな小さなキッチンにあんな大きなお屋敷を持つ彼が立っていることがすごく不思議な気がして笑ってしまった。
ブラッドは急に笑い出した私を見て首を傾げながら、紅茶を淹れはじめた。
ざっくりと今までの事情を説明すると、ブラッドはずばりと言った。
「それはつまり遊ばれていたということか」
「……やっぱりそういうことになっちゃうかなぁ?」
絶対に信じたくないけど。
「仕事ばかりで会う機会が減って落ち込んでいる時に、他の女にプロポーズしている所を見るなんて、名無しさんもなかなか波乱の人生を送っているな」
「……そういうまとめ方はやめてほしいなぁ」
口を尖らせる私に、ブラッドは紅茶用の砂時計をひっくり返しながら追い打ちをかける。
「でもそういうことだろう? まぁ、あいつも昔はけっこうな感じでやりたい放題やっていたようだったし、ここに来て本性が出たか」
「やめてよー! もうそれすごく嫌!!」
ブラッドは私の反応を面白がって言っているようだけれど、私にはかなりダメージの大きい発言だ。
しかも今の私には全てが真実に思えてしまう。
「グレイのこと信じたいけど、あんなにはっきり現場を見ちゃったからどうしていいのかわからないし、うまく聞く自信もないし、もし本当だったらと思うと怖い」
砂時計がさらさらと落ちていくのを見ながら、私はそう言った。
ブラッドもそれを眺めているらしい。
しばらく黙って2人でそれを眺めていると、不意に彼がこう言った。
「名無しさん。私の所に来ればいい」
「え?」
「私ならもっと君との時間を持てる。寂しい思いはさせないよ」
「……ボスのくせに何言ってんの。あなた忙しい人でしょう」
「そうでもないよ。仕事というものは下の人間にさせればいい。君の恋人よりは自由が利くよ」
「悪い上司」
私は笑ってそう言ったけれど、彼はどうやら本気で言っているらしい。
笑みを浮かべているが目は真剣だった。
「……グレイの仕事が忙しいのは仕方ないと思うよ。私が見ていても大変そうだもの。それを責めるなんてできない」
「責める責めないという話じゃない。本当の気持ちを言うか言わないかだよ。どうせ君のことだから、奴の都合を考えて邪魔にならない答えをしていたんだろう?」
ブラッドの言葉に私はどきりとした。
すると彼は「図星のようだ」と笑う。
砂時計が落ち切ったのを確認し、彼はカップに紅茶を注いだ。
あたたかな湯気と紅茶の香りがふわりと漂う。
ティーカップを手にすると、ブラッドはそこで私を見てこう言った。
「会いたいならそう言えばいいし、納得いかないなら聞けばいい。どうして何も言わずに一人で悩んでいる? それで何が変わるんだ?」
「……どうしていちいち正論を言うの?」
彼の言葉が胸にぐさぐさと突き刺さった私は苦笑した。
私を応援してくれているのか、突き落としたいのかわからない。
すると、ブラッドは淹れたての紅茶を一口飲んでからさらりと言った。
「そんなの名無しさんが欲しいからに決まっているだろう」
予想外の言葉に思わずブラッドを見ると、まっすぐにこちらを見つめる彼と目が合った。
なんとなく気まずくて目を逸らすと、彼はそっと私を抱きしめた。
ほのかにバラの香りがする。
「名無しさん、君を置いて他の女を口説く男なんてやめておきなさい」
ブラッドの言葉に、さっきのグレイとアリスの姿を思い出して泣きそうになる。
息を止めて涙をこらえていたら、ブラッドが腕をゆるめて私の顔を見た。
「私の所においで、名無しさん」
からかっているわけではないらしい。
ブラッドはまっすぐに私を見ている。
「いつでもそばに名無しさんがいるなんて甘い考えを持っている奴に、君を渡すのは惜しい」
ブラッドのその言葉に私ははっとした。
いつでもそばに私がいる、グレイはそう思ってくれていたのかな?
もしかしたら、そう思っていたのは私の方かもしれない。
私はうっかり者だし、この世界のことを良くわかっていないから、グレイに色々迷惑をかけてきた。
でも彼はいつも笑って許してくれたし、フォローしてくれていた。
私のくだらないいたずらに乗ってくれたし、私の話をいつでもちゃんと聞いてくれていた。
仕事が忙しくても合間を縫って会ってくれたし、仕事で会えなくなった時はなんども謝ってくれた。
私はグレイのことが好きで仕方なくて、忙しい彼のことを支えられたらいいなぁと思っていたけれど、支えられていたのは私の方だ。
いつでもそばにグレイがいてくれるから、安心してこのよくわからない世界で過ごしてこられたのだ。
グレイに甘えていたのは私だ。
いつでもそばで私のことを支えてくれていた彼を、どうして私は疑ってしまったんだろう。
グレイに会ってちゃんと話をしないとダメだ。
私がその結論に至った時、ブラッドがそっと顔を近づけてきた。
私は慌てて身を反らす。
「ちょっ、ちょっと待って!」
ブラッドはぴたりと動きを止めると、すっと私に視線を向ける。
「私は本気だよ、名無しさん。君が欲しい。こんなところにいるよりも、私の所へ来た方が君のためだと思うがね」
「……ありがとうブラッド。でも、それはできない」
私の答えに不満そうな表情をするブラッド。
「名無しさん、あいつはこの先もきっと変わらないよ。病弱な上司の世話ばかり焼き、仕事ばかりをする。君は言いたいことを言えずに我慢する。それでもいいのか?」
確かにブラッドの言う通りかもしれない。
この状況は今に始まったことじゃない。ずっと続いているグレイの日常だ。
それが今すぐ変わることなんてたぶん不可能に近い。
でも……。
「私が変わるから大丈夫」
そうきっぱりと笑ってみせると、ブラッドは一瞬目を見開いた。
「言いたいことは言うし、上司の世話なら私も一緒にする。仕事の合間に時間を作ってもらったらちゃんとありがとうって言うし、会えなかったら寂しいってちゃんと言う。なによりもグレイをちゃんと信じる」
きっとグレイなら受け止めてくれるはずだ。
どうしてそのことに思い当たらなかったんだろう。
私をじっと見つめていたブラッドがふっと笑った。
「前向きというか強情というか、面倒な性分だね君も」
「だって私はグレイが好きなんだもん」
ブラッドはがくりとおでこを私の肩にうずめると深いため息をついた。
「私の腕の中でそれを言うのは勘弁してほしいな」
「じゃあ離してよ。私はグレイがいいの」
そう言った時だった。
「ということだそうだが?」
「?」
いきなりのブラッドの言葉を不思議に思った時だった。
「……名無しさん」
「!?」
その声に私の体は飛び跳ねた。
慌ててブラッドから距離を取ると、私は振り返る。
「グレイ!?」
「探したぞ。名無しさん」
あちこち探しまわったらしいグレイはほっとした表情で私を見た。
するとブラッドはつまらなそうに言う。
「君の登場がもう少し遅ければ、少々強引に彼女をもらおうと思ったのだが……」
「そんなことになっていたらお前を血で染めていたかもしれないな、帽子屋」
「ふふふ。恋人を不安にさせるような男に言われたくない。
名無しさんが何も言わないのをいいことに彼女を放っておいたんじゃないのか? こういう子は爆発すると手におえないぞ?」
「……」
おかしな展開に私はただ茫然と2人を見つめる。
すると、ブラッドが振り向いて私を見た。
「名無しさん、彼に飽きたら私の所へおいで。いつでも歓迎するよ」
思わず笑うと、ブラッドもふふんと笑う。
「さて、私はお暇しよう。その紅茶を飲んで話し合うといい。君の好きなアールグレイだ」
彼は私の肩をポンとたたくと、そのままグレイの横を通り過ぎてキッチンから出て行った。
ブラッドの飲みかけのティーカップとティーポットが並び、私とグレイがその場に残された。
グレイからひたすら逃げることにした私。
とりあえずディーとダムに任せてきちゃったけど、まさか流血騒ぎなんかになってないよね?
今さらながら心配になる。
あぁ、もう私は一体何を考えているんだろう?
自分がよくわからなくなってきた。
走りつかれて廊下を歩いている私は、いつのまにか自分の部屋ではなくて、いつものキッチンに向かっていた。
私にとってはなんだかんだ落ち着く場所なのだ。
何か飲めば冷静になれるかもしれない。
そう思ってキッチンに入った私。しかし……。
「やぁ、お嬢さん」
「!ブラッド!?」
キッチンには先客がいた。
彼はやかんを火にかけて機嫌よさそうに(勝手に)紅茶を選んでいた。
「珈琲ばかり飲んでいるようだね。以前プレゼントした茶葉はお気に召さなかったかな」
たくさん残っている茶葉を見たのだろう。
彼は戸棚から取り出した茶葉をいくつか手にしながらそう言った。
意外な人物に驚きすぎて、私は言葉に詰まる。
「ブラッド……なんで?」
「会合が始まるからね。少し早めに来てみたんだ。君に会いたかったということもあるがね」
「……そう」
彼の言葉にもうまく反応できない。
うつむく私をちらりと見て、ブラッドはふぅとため息をついた。
「何かあったようだね、名無しさん」
するどいなぁと思いつつ、こんな小さなキッチンにあんな大きなお屋敷を持つ彼が立っていることがすごく不思議な気がして笑ってしまった。
ブラッドは急に笑い出した私を見て首を傾げながら、紅茶を淹れはじめた。
ざっくりと今までの事情を説明すると、ブラッドはずばりと言った。
「それはつまり遊ばれていたということか」
「……やっぱりそういうことになっちゃうかなぁ?」
絶対に信じたくないけど。
「仕事ばかりで会う機会が減って落ち込んでいる時に、他の女にプロポーズしている所を見るなんて、名無しさんもなかなか波乱の人生を送っているな」
「……そういうまとめ方はやめてほしいなぁ」
口を尖らせる私に、ブラッドは紅茶用の砂時計をひっくり返しながら追い打ちをかける。
「でもそういうことだろう? まぁ、あいつも昔はけっこうな感じでやりたい放題やっていたようだったし、ここに来て本性が出たか」
「やめてよー! もうそれすごく嫌!!」
ブラッドは私の反応を面白がって言っているようだけれど、私にはかなりダメージの大きい発言だ。
しかも今の私には全てが真実に思えてしまう。
「グレイのこと信じたいけど、あんなにはっきり現場を見ちゃったからどうしていいのかわからないし、うまく聞く自信もないし、もし本当だったらと思うと怖い」
砂時計がさらさらと落ちていくのを見ながら、私はそう言った。
ブラッドもそれを眺めているらしい。
しばらく黙って2人でそれを眺めていると、不意に彼がこう言った。
「名無しさん。私の所に来ればいい」
「え?」
「私ならもっと君との時間を持てる。寂しい思いはさせないよ」
「……ボスのくせに何言ってんの。あなた忙しい人でしょう」
「そうでもないよ。仕事というものは下の人間にさせればいい。君の恋人よりは自由が利くよ」
「悪い上司」
私は笑ってそう言ったけれど、彼はどうやら本気で言っているらしい。
笑みを浮かべているが目は真剣だった。
「……グレイの仕事が忙しいのは仕方ないと思うよ。私が見ていても大変そうだもの。それを責めるなんてできない」
「責める責めないという話じゃない。本当の気持ちを言うか言わないかだよ。どうせ君のことだから、奴の都合を考えて邪魔にならない答えをしていたんだろう?」
ブラッドの言葉に私はどきりとした。
すると彼は「図星のようだ」と笑う。
砂時計が落ち切ったのを確認し、彼はカップに紅茶を注いだ。
あたたかな湯気と紅茶の香りがふわりと漂う。
ティーカップを手にすると、ブラッドはそこで私を見てこう言った。
「会いたいならそう言えばいいし、納得いかないなら聞けばいい。どうして何も言わずに一人で悩んでいる? それで何が変わるんだ?」
「……どうしていちいち正論を言うの?」
彼の言葉が胸にぐさぐさと突き刺さった私は苦笑した。
私を応援してくれているのか、突き落としたいのかわからない。
すると、ブラッドは淹れたての紅茶を一口飲んでからさらりと言った。
「そんなの名無しさんが欲しいからに決まっているだろう」
予想外の言葉に思わずブラッドを見ると、まっすぐにこちらを見つめる彼と目が合った。
なんとなく気まずくて目を逸らすと、彼はそっと私を抱きしめた。
ほのかにバラの香りがする。
「名無しさん、君を置いて他の女を口説く男なんてやめておきなさい」
ブラッドの言葉に、さっきのグレイとアリスの姿を思い出して泣きそうになる。
息を止めて涙をこらえていたら、ブラッドが腕をゆるめて私の顔を見た。
「私の所においで、名無しさん」
からかっているわけではないらしい。
ブラッドはまっすぐに私を見ている。
「いつでもそばに名無しさんがいるなんて甘い考えを持っている奴に、君を渡すのは惜しい」
ブラッドのその言葉に私ははっとした。
いつでもそばに私がいる、グレイはそう思ってくれていたのかな?
もしかしたら、そう思っていたのは私の方かもしれない。
私はうっかり者だし、この世界のことを良くわかっていないから、グレイに色々迷惑をかけてきた。
でも彼はいつも笑って許してくれたし、フォローしてくれていた。
私のくだらないいたずらに乗ってくれたし、私の話をいつでもちゃんと聞いてくれていた。
仕事が忙しくても合間を縫って会ってくれたし、仕事で会えなくなった時はなんども謝ってくれた。
私はグレイのことが好きで仕方なくて、忙しい彼のことを支えられたらいいなぁと思っていたけれど、支えられていたのは私の方だ。
いつでもそばにグレイがいてくれるから、安心してこのよくわからない世界で過ごしてこられたのだ。
グレイに甘えていたのは私だ。
いつでもそばで私のことを支えてくれていた彼を、どうして私は疑ってしまったんだろう。
グレイに会ってちゃんと話をしないとダメだ。
私がその結論に至った時、ブラッドがそっと顔を近づけてきた。
私は慌てて身を反らす。
「ちょっ、ちょっと待って!」
ブラッドはぴたりと動きを止めると、すっと私に視線を向ける。
「私は本気だよ、名無しさん。君が欲しい。こんなところにいるよりも、私の所へ来た方が君のためだと思うがね」
「……ありがとうブラッド。でも、それはできない」
私の答えに不満そうな表情をするブラッド。
「名無しさん、あいつはこの先もきっと変わらないよ。病弱な上司の世話ばかり焼き、仕事ばかりをする。君は言いたいことを言えずに我慢する。それでもいいのか?」
確かにブラッドの言う通りかもしれない。
この状況は今に始まったことじゃない。ずっと続いているグレイの日常だ。
それが今すぐ変わることなんてたぶん不可能に近い。
でも……。
「私が変わるから大丈夫」
そうきっぱりと笑ってみせると、ブラッドは一瞬目を見開いた。
「言いたいことは言うし、上司の世話なら私も一緒にする。仕事の合間に時間を作ってもらったらちゃんとありがとうって言うし、会えなかったら寂しいってちゃんと言う。なによりもグレイをちゃんと信じる」
きっとグレイなら受け止めてくれるはずだ。
どうしてそのことに思い当たらなかったんだろう。
私をじっと見つめていたブラッドがふっと笑った。
「前向きというか強情というか、面倒な性分だね君も」
「だって私はグレイが好きなんだもん」
ブラッドはがくりとおでこを私の肩にうずめると深いため息をついた。
「私の腕の中でそれを言うのは勘弁してほしいな」
「じゃあ離してよ。私はグレイがいいの」
そう言った時だった。
「ということだそうだが?」
「?」
いきなりのブラッドの言葉を不思議に思った時だった。
「……名無しさん」
「!?」
その声に私の体は飛び跳ねた。
慌ててブラッドから距離を取ると、私は振り返る。
「グレイ!?」
「探したぞ。名無しさん」
あちこち探しまわったらしいグレイはほっとした表情で私を見た。
するとブラッドはつまらなそうに言う。
「君の登場がもう少し遅ければ、少々強引に彼女をもらおうと思ったのだが……」
「そんなことになっていたらお前を血で染めていたかもしれないな、帽子屋」
「ふふふ。恋人を不安にさせるような男に言われたくない。
名無しさんが何も言わないのをいいことに彼女を放っておいたんじゃないのか? こういう子は爆発すると手におえないぞ?」
「……」
おかしな展開に私はただ茫然と2人を見つめる。
すると、ブラッドが振り向いて私を見た。
「名無しさん、彼に飽きたら私の所へおいで。いつでも歓迎するよ」
思わず笑うと、ブラッドもふふんと笑う。
「さて、私はお暇しよう。その紅茶を飲んで話し合うといい。君の好きなアールグレイだ」
彼は私の肩をポンとたたくと、そのままグレイの横を通り過ぎてキッチンから出て行った。
ブラッドの飲みかけのティーカップとティーポットが並び、私とグレイがその場に残された。