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【23.大人】
会合がとりあえず終わり、クローバーの塔に静けさが戻ってきた。
私はいつものように珈琲を淹れようとキッチンへ向かっている。
「やっぱり紅茶にしようかなぁ。ブラッドからもらった紅茶、まだたくさんあるし」
お菓子ばっかり食べて、紅茶がなかなか減らない。
この現状をブラッドが知ったらなんというだろう。
深くため息をつくか、じろりと睨まれるか、苦笑いされるか、どれかな気がする。
怒鳴り散らすタイプじゃないもんね。たぶん。
そんなことを思いながら廊下を歩いていると、少し先の方でスーツを着た人たちがいるのが見えた。
「あ、いたいた」
「ほんとだ。やっと見つけた」
という会話が聞こえてくる。
クローバーの塔でスーツの人が探すものと言えば「仕事をサボるナイトメア」だと相場は決まっている。
「……また隠れてたのね、ナイトメア」
私は思わず苦笑する。
どうせ見つかってグレイに怒られるんだから、大人しく仕事をすればいいのに。
グレイも大変だけど、ナイトメアを探す役目を仰せつかった部下の皆様も大変だ。
「お疲れ様です」
そう言ってナイトメア探しをしていたスーツの人の横を通り過ぎた時だった。
いきなり腕をガシリと掴まれた。
「わ!?」
思わず声をあげて振り向く。
礼儀正しいクローバーの塔の人々が、いきなり腕を掴むなんて、よっぽどのことだ。
これ以上先に進んではいけない理由があるのかもしれない。
一瞬にしてそう思った私だったけれど、自分の腕を掴む人の顔を見てその思いはさっと消え去った。
クローバーの塔の人だと思っていたスーツ姿の人は、まったく見覚えのない知らないお兄さん2人組だったのだ。
「こんにちは。名無しさん」
私の手を掴んだ彼らはそう言って笑った。
え……知り合い、だっけ?
私はまじまじとお兄さん達を見る。
2人はストライプのなんだかおしゃれな黒いスーツを着ていて、赤と青の色違いのネクタイをしていた。
顔は恐ろしくそっくりだったけれど、1人はさらさらの長い髪を青いリボンでひとつに束ねていて、もう1人は赤いピンで前髪をとめている。
彼らは私を見て楽しそうな笑みを浮かべていた。
私はぼんやりとそんな彼らを見つめる。
知らない人です。ハイ。
見た目はカッコいいけれど、きっとこのお兄さん達はちょっとアレな人だ。関わってはいけない。
私はそっと目をそらした。
すると、彼らはやたらと親しげにこう言った。
「元気そうだね。名無しさん」
「でも、通り過ぎちゃうなんてひどいんじゃない?」
私の名前を知っている上にやたら馴れ馴れしい。
やっぱり知り合いなのだろうか?
私はもう一度彼らをじぃっと見つめる。
すると、お兄さん達は楽しそうににこにこ笑った。
「そんなに見つめられると照れるな」
「でも熱視線って感じで悪くないよ。僕は嬉しいな」
照れると言いつつガン見してくる青いお兄さんと、嬉しいと言いながら小さく微笑む赤いお兄さん。
1人は爽やかにハキハキしゃべり、もう一人はやたらと色っぽいしゃべり方をする。
……やっぱりこんなお兄さんは知らない。
「あの……離してもらえますか?」
私の腕を掴んでいる青いお兄さんにそう言った。
すると彼はぱっと手を放す。
「あぁ、ごめんね名無しさん。痛かった? この姿だとちょっとまだ力加減がわからなくて」
そう言って笑う青いお兄さんを、赤いお兄さんがたしなめる。
「だめだよ、兄弟。僕らは今大人で、名無しさんが子どもなんだ。子どもには優しくしてあげないといけない」
「そうだったね兄弟。名無しさんが柔らかいのは知っていたけど、なんだかいつもよりもずっと柔らかい気がする。いつもよりも小さいし」
「うん。それにいつもよりも可愛い。小さいと可愛いんだね。すごく可愛い」
「なに言ってるの。いつもの名無しさんだって可愛いよ」
彼らは意味のよくわからないことを言ってうなずき合っている。(どうしよう、こんなにかっこいいのに変質者かもしれない)
なんだか怖くなった私は、逃げることにした。
「あの、すみません。なにか御用ならとりあえず上の者を呼んできますので……」
この場合はやっぱりナイトメアなのだろうか?
でもグレイの方が頼りになりそうだよね。
そう思いながらその場を離れようとした時だった。
今度は赤いお兄さんが私の肩を掴んだ。
「ちょっと待って、名無しさん。僕らは名無しさんに用事があるんだよ」
「え?」
「ほら、これ。お届け物」
青いお兄さんはそう言ってひらりと一枚の手紙を私に見せる。
「ボスからの招待状。名無しさん、一緒にお茶会しようよ」
「僕らも参加するんだよ」
「……ボス? お茶会?」
にこにこと笑う彼らの発言に、私の脳裏にはある一つの可能性がよぎった。
赤と青で、お互いを兄弟と呼び合う瓜二つのお兄さん。
そして「ボス」「お茶会」というキーワード。
まさか……。
「ディーとダムなの……?」
おそるおそる尋ねる私に、彼らはきょとんとした顔をする。
そして一言。
「うん。そうだよ。そうに決まってるでしょう?」
「なに言ってるの、名無しさん」
彼らはこくりとうなずいた。
「え? なんで? なんでそんなに大きくなってるの???」
まったく意味が分からない。
私は目の前のディーとダムであるらしいお兄さんをじぃっと見つめた。
すると彼らはあっけらかんと言う。
「なんでって、僕ら大人になるってこの間言ったでしょう?」
「名無しさんは大人が好きだっていうから大人になってみたんだ」
ねぇ、どう? どうかな??
まるで「この洋服似合うかな?」とでもいうようなお手軽感。
あまりに当たり前のように言われて、私は頭が混乱した。
彼らの年齢は知らないが、ついこの間まで私とほぼ同じくらいの少年達だったはずだ。
ほんの数時間帯で大人になるなんてことがあるのだろうか?
「あの……大人になるって……どうやったの?」
「え、どうって大人になりたいなーって思ったんだよ」
「そうそう。時間を早めただけだよ」
「へぇ……そうなんだ」
もう全然意味が分からない。
わからないけど、そういえばこの世界に常識は通じない。
彼らにはきっとなにか大人になる方法があるのだろう。全然納得できないけど、納得するしかない。
現に目の前のディーとダムは大人になっているのだ。
無理やり納得しようとする私をよそに、ディーとダムは相変わらずのマイペースでどんどん会話をしていく。
「ねぇ名無しさん、大人な僕達ってどうかな?」
「髪型はどっちの方が好み? どっちも好きなら嬉しいんだけど」
「スーツって大人っぽいでしょう? ちょっと動きづらいし、息苦しいけど仕方ないよね。うちのメイドが『大人の男はスーツだ』って言ってたんだ」
私は彼らの言葉に「はぁ」とか「そうだね」とかそんな当たり障りのない相槌を打つ。
というか、なんだか全然頭が働かないのだ。
どうして子どもだった子がいきなり大人になんてなるんだろう??
少年はある日突然大人になる、とでもいうアレなのだろうか?(いや、でもまさか現実にそんなことって……)
ぼんやりしている私に、ディーとダムはしびれを切らしたらしい。
「名無しさん。さっきから適当な返事ばっかりしてない?」
「それはちょっとひどいよ。僕ら名無しさんのために大人になったのに」
彼らはそう言って私をじっと見つめてきた。
背の高くなった彼らに見下ろされ、なんだかどきりとした。
思わず目を逸らした時だった。
ディーが私の頬にそっと触れる。
「ねぇ、名無しさんは僕らが大人になったら付き合ってくれるっていったよね?」
「え……」
暖かい指先が頬に触れ、私は言葉を失った。
「僕らのこと、好きになってくれるでしょう?」
動揺する私の髪の毛をそっと手に取りながらダムが言う。
彼は手に取ったそれに口づけながら私を見た。
「僕らは名無しさんが好きだよ」
その瞬間鼓動が跳ね上がった。
顔から耳までとにかく熱い。
なにこれ。
子どもの彼らに言われても「はいはい。ありがと」としか思えなかったのに、今のこのパンチ力はなんだろう。(恐るべし大人!)
「えぇと……大人になって恋人がお互いにいなかったらって話だったよね?」
なんとか意識を冷静に保とうと努力をしながら、そう言った私。
すると、彼らはふふふと笑った。
「僕らは名無しさんに恋人がいても関係ないって言ったよ」
「そうだよ。僕らは名無しさんが好きなんだから、全然気にしない。むしろ恋人から奪ってあげる」
その方が楽しそうだよね。もりあがりそう。
そんな恐ろしいことを言ってのける彼ら。
私はくらりと眩暈がした。
「あのね……二人とも良く聞いて。大人は『恋人のいる人を奪う』とかそういうことはしないものなの」
「ふぅん、そうなんだ。僕ら大人になりたてだからよくわからないや」
彼らはしれっと都合の良いことを言いながら、じりじりと迫ってくる。
気付けば壁際に追い詰められていた私。
「大人って色々と面倒そうな気がするけど、名無しさんのためなら我慢するよ」
「うんうん。僕らちゃんとした大人になる」
妖艶な笑みを浮かべる彼ら。
ディーとダムは子ども時もたまにこういう表情を見せることがあった。
内心どきりとしていたけれど、大人の彼らにこの表情をされると『どきり』では済まない。
息が詰まるかと思った。
私は何の抵抗もしないと思われたらしい。
彼らは静かに笑うと、そっと顔を近づけてきた。
子どもの頃は可愛らしいという印象だったはずなのに、今の彼らはもう完全にお色気標準装備のお兄さんだった。
いいように遊ばれているというか、言うことを聞くだろう、くらいに思われているのがどうにも癪だった私。
動揺しつつも力いっぱい彼らのおでこをぐいっと押し返した。
「ちゃんとした大人はこんな所で女子を襲いません!!」
「いたっ!」
「!?」
おでこを押され、かくんと上を向く格好になった彼ら。
私が手を離すと、2人そろって首を押さえながら口を尖らせてこちらを見た。
「えー?」
「えぇ~?」
「えー、じゃない! 当り前でしょう!? 大人は紳士であるべきなのです!」
「なにそれ。面倒だなぁ」
「子どもの時なら何しても許されたのに」
「……今までそう思ってたんだ?」
子どもの時も今後は許すまい。
「とにかく離れて。ほら、ブラッドからの招待状を渡しに来たんでしょう?」
私が手を差し出すと、ディーはしぶしぶ招待状を差し出した。
「お茶会は次の夜だよ」
「来てくれるよね?」
「うん、行くけど……二人とも子どもの姿になっていてね? 大人のあなた達は見慣れてないから、なんだか子どもの方がいい気がする」
やんわりとそう言ったけれど、本音を言えば大人の彼らには身の危険を感じたのだ。
相手は2人、しかも大人ときたらかなり分が悪い。
「大人が好きとか、子どもがいいとか、名無しさんはわがままだなぁ」
「本当わがまま。でも、僕ら名無しさんのわがままならなんでも聞き入れてあげるよ」
ディーとダムはそう言って、素早く私の頬にキスをした。
突然のことに固まるを私を見て、彼らはふふんと笑った。
「ただじゃ帰れないからね」
「そうそう。今日はこれだけにしておいてあげるけどね」
それじゃあお茶会でね。
彼らはそう言って手をひらひら振ると行ってしまった。
どうやら今回は、あえて身を引いてくれたらしい。
「……ぜんぜんついていけない……」
怒涛の展開が繰り広げられた廊下で、私はぼんやりとつぶやいた。
会合がとりあえず終わり、クローバーの塔に静けさが戻ってきた。
私はいつものように珈琲を淹れようとキッチンへ向かっている。
「やっぱり紅茶にしようかなぁ。ブラッドからもらった紅茶、まだたくさんあるし」
お菓子ばっかり食べて、紅茶がなかなか減らない。
この現状をブラッドが知ったらなんというだろう。
深くため息をつくか、じろりと睨まれるか、苦笑いされるか、どれかな気がする。
怒鳴り散らすタイプじゃないもんね。たぶん。
そんなことを思いながら廊下を歩いていると、少し先の方でスーツを着た人たちがいるのが見えた。
「あ、いたいた」
「ほんとだ。やっと見つけた」
という会話が聞こえてくる。
クローバーの塔でスーツの人が探すものと言えば「仕事をサボるナイトメア」だと相場は決まっている。
「……また隠れてたのね、ナイトメア」
私は思わず苦笑する。
どうせ見つかってグレイに怒られるんだから、大人しく仕事をすればいいのに。
グレイも大変だけど、ナイトメアを探す役目を仰せつかった部下の皆様も大変だ。
「お疲れ様です」
そう言ってナイトメア探しをしていたスーツの人の横を通り過ぎた時だった。
いきなり腕をガシリと掴まれた。
「わ!?」
思わず声をあげて振り向く。
礼儀正しいクローバーの塔の人々が、いきなり腕を掴むなんて、よっぽどのことだ。
これ以上先に進んではいけない理由があるのかもしれない。
一瞬にしてそう思った私だったけれど、自分の腕を掴む人の顔を見てその思いはさっと消え去った。
クローバーの塔の人だと思っていたスーツ姿の人は、まったく見覚えのない知らないお兄さん2人組だったのだ。
「こんにちは。名無しさん」
私の手を掴んだ彼らはそう言って笑った。
え……知り合い、だっけ?
私はまじまじとお兄さん達を見る。
2人はストライプのなんだかおしゃれな黒いスーツを着ていて、赤と青の色違いのネクタイをしていた。
顔は恐ろしくそっくりだったけれど、1人はさらさらの長い髪を青いリボンでひとつに束ねていて、もう1人は赤いピンで前髪をとめている。
彼らは私を見て楽しそうな笑みを浮かべていた。
私はぼんやりとそんな彼らを見つめる。
知らない人です。ハイ。
見た目はカッコいいけれど、きっとこのお兄さん達はちょっとアレな人だ。関わってはいけない。
私はそっと目をそらした。
すると、彼らはやたらと親しげにこう言った。
「元気そうだね。名無しさん」
「でも、通り過ぎちゃうなんてひどいんじゃない?」
私の名前を知っている上にやたら馴れ馴れしい。
やっぱり知り合いなのだろうか?
私はもう一度彼らをじぃっと見つめる。
すると、お兄さん達は楽しそうににこにこ笑った。
「そんなに見つめられると照れるな」
「でも熱視線って感じで悪くないよ。僕は嬉しいな」
照れると言いつつガン見してくる青いお兄さんと、嬉しいと言いながら小さく微笑む赤いお兄さん。
1人は爽やかにハキハキしゃべり、もう一人はやたらと色っぽいしゃべり方をする。
……やっぱりこんなお兄さんは知らない。
「あの……離してもらえますか?」
私の腕を掴んでいる青いお兄さんにそう言った。
すると彼はぱっと手を放す。
「あぁ、ごめんね名無しさん。痛かった? この姿だとちょっとまだ力加減がわからなくて」
そう言って笑う青いお兄さんを、赤いお兄さんがたしなめる。
「だめだよ、兄弟。僕らは今大人で、名無しさんが子どもなんだ。子どもには優しくしてあげないといけない」
「そうだったね兄弟。名無しさんが柔らかいのは知っていたけど、なんだかいつもよりもずっと柔らかい気がする。いつもよりも小さいし」
「うん。それにいつもよりも可愛い。小さいと可愛いんだね。すごく可愛い」
「なに言ってるの。いつもの名無しさんだって可愛いよ」
彼らは意味のよくわからないことを言ってうなずき合っている。(どうしよう、こんなにかっこいいのに変質者かもしれない)
なんだか怖くなった私は、逃げることにした。
「あの、すみません。なにか御用ならとりあえず上の者を呼んできますので……」
この場合はやっぱりナイトメアなのだろうか?
でもグレイの方が頼りになりそうだよね。
そう思いながらその場を離れようとした時だった。
今度は赤いお兄さんが私の肩を掴んだ。
「ちょっと待って、名無しさん。僕らは名無しさんに用事があるんだよ」
「え?」
「ほら、これ。お届け物」
青いお兄さんはそう言ってひらりと一枚の手紙を私に見せる。
「ボスからの招待状。名無しさん、一緒にお茶会しようよ」
「僕らも参加するんだよ」
「……ボス? お茶会?」
にこにこと笑う彼らの発言に、私の脳裏にはある一つの可能性がよぎった。
赤と青で、お互いを兄弟と呼び合う瓜二つのお兄さん。
そして「ボス」「お茶会」というキーワード。
まさか……。
「ディーとダムなの……?」
おそるおそる尋ねる私に、彼らはきょとんとした顔をする。
そして一言。
「うん。そうだよ。そうに決まってるでしょう?」
「なに言ってるの、名無しさん」
彼らはこくりとうなずいた。
「え? なんで? なんでそんなに大きくなってるの???」
まったく意味が分からない。
私は目の前のディーとダムであるらしいお兄さんをじぃっと見つめた。
すると彼らはあっけらかんと言う。
「なんでって、僕ら大人になるってこの間言ったでしょう?」
「名無しさんは大人が好きだっていうから大人になってみたんだ」
ねぇ、どう? どうかな??
まるで「この洋服似合うかな?」とでもいうようなお手軽感。
あまりに当たり前のように言われて、私は頭が混乱した。
彼らの年齢は知らないが、ついこの間まで私とほぼ同じくらいの少年達だったはずだ。
ほんの数時間帯で大人になるなんてことがあるのだろうか?
「あの……大人になるって……どうやったの?」
「え、どうって大人になりたいなーって思ったんだよ」
「そうそう。時間を早めただけだよ」
「へぇ……そうなんだ」
もう全然意味が分からない。
わからないけど、そういえばこの世界に常識は通じない。
彼らにはきっとなにか大人になる方法があるのだろう。全然納得できないけど、納得するしかない。
現に目の前のディーとダムは大人になっているのだ。
無理やり納得しようとする私をよそに、ディーとダムは相変わらずのマイペースでどんどん会話をしていく。
「ねぇ名無しさん、大人な僕達ってどうかな?」
「髪型はどっちの方が好み? どっちも好きなら嬉しいんだけど」
「スーツって大人っぽいでしょう? ちょっと動きづらいし、息苦しいけど仕方ないよね。うちのメイドが『大人の男はスーツだ』って言ってたんだ」
私は彼らの言葉に「はぁ」とか「そうだね」とかそんな当たり障りのない相槌を打つ。
というか、なんだか全然頭が働かないのだ。
どうして子どもだった子がいきなり大人になんてなるんだろう??
少年はある日突然大人になる、とでもいうアレなのだろうか?(いや、でもまさか現実にそんなことって……)
ぼんやりしている私に、ディーとダムはしびれを切らしたらしい。
「名無しさん。さっきから適当な返事ばっかりしてない?」
「それはちょっとひどいよ。僕ら名無しさんのために大人になったのに」
彼らはそう言って私をじっと見つめてきた。
背の高くなった彼らに見下ろされ、なんだかどきりとした。
思わず目を逸らした時だった。
ディーが私の頬にそっと触れる。
「ねぇ、名無しさんは僕らが大人になったら付き合ってくれるっていったよね?」
「え……」
暖かい指先が頬に触れ、私は言葉を失った。
「僕らのこと、好きになってくれるでしょう?」
動揺する私の髪の毛をそっと手に取りながらダムが言う。
彼は手に取ったそれに口づけながら私を見た。
「僕らは名無しさんが好きだよ」
その瞬間鼓動が跳ね上がった。
顔から耳までとにかく熱い。
なにこれ。
子どもの彼らに言われても「はいはい。ありがと」としか思えなかったのに、今のこのパンチ力はなんだろう。(恐るべし大人!)
「えぇと……大人になって恋人がお互いにいなかったらって話だったよね?」
なんとか意識を冷静に保とうと努力をしながら、そう言った私。
すると、彼らはふふふと笑った。
「僕らは名無しさんに恋人がいても関係ないって言ったよ」
「そうだよ。僕らは名無しさんが好きなんだから、全然気にしない。むしろ恋人から奪ってあげる」
その方が楽しそうだよね。もりあがりそう。
そんな恐ろしいことを言ってのける彼ら。
私はくらりと眩暈がした。
「あのね……二人とも良く聞いて。大人は『恋人のいる人を奪う』とかそういうことはしないものなの」
「ふぅん、そうなんだ。僕ら大人になりたてだからよくわからないや」
彼らはしれっと都合の良いことを言いながら、じりじりと迫ってくる。
気付けば壁際に追い詰められていた私。
「大人って色々と面倒そうな気がするけど、名無しさんのためなら我慢するよ」
「うんうん。僕らちゃんとした大人になる」
妖艶な笑みを浮かべる彼ら。
ディーとダムは子ども時もたまにこういう表情を見せることがあった。
内心どきりとしていたけれど、大人の彼らにこの表情をされると『どきり』では済まない。
息が詰まるかと思った。
私は何の抵抗もしないと思われたらしい。
彼らは静かに笑うと、そっと顔を近づけてきた。
子どもの頃は可愛らしいという印象だったはずなのに、今の彼らはもう完全にお色気標準装備のお兄さんだった。
いいように遊ばれているというか、言うことを聞くだろう、くらいに思われているのがどうにも癪だった私。
動揺しつつも力いっぱい彼らのおでこをぐいっと押し返した。
「ちゃんとした大人はこんな所で女子を襲いません!!」
「いたっ!」
「!?」
おでこを押され、かくんと上を向く格好になった彼ら。
私が手を離すと、2人そろって首を押さえながら口を尖らせてこちらを見た。
「えー?」
「えぇ~?」
「えー、じゃない! 当り前でしょう!? 大人は紳士であるべきなのです!」
「なにそれ。面倒だなぁ」
「子どもの時なら何しても許されたのに」
「……今までそう思ってたんだ?」
子どもの時も今後は許すまい。
「とにかく離れて。ほら、ブラッドからの招待状を渡しに来たんでしょう?」
私が手を差し出すと、ディーはしぶしぶ招待状を差し出した。
「お茶会は次の夜だよ」
「来てくれるよね?」
「うん、行くけど……二人とも子どもの姿になっていてね? 大人のあなた達は見慣れてないから、なんだか子どもの方がいい気がする」
やんわりとそう言ったけれど、本音を言えば大人の彼らには身の危険を感じたのだ。
相手は2人、しかも大人ときたらかなり分が悪い。
「大人が好きとか、子どもがいいとか、名無しさんはわがままだなぁ」
「本当わがまま。でも、僕ら名無しさんのわがままならなんでも聞き入れてあげるよ」
ディーとダムはそう言って、素早く私の頬にキスをした。
突然のことに固まるを私を見て、彼らはふふんと笑った。
「ただじゃ帰れないからね」
「そうそう。今日はこれだけにしておいてあげるけどね」
それじゃあお茶会でね。
彼らはそう言って手をひらひら振ると行ってしまった。
どうやら今回は、あえて身を引いてくれたらしい。
「……ぜんぜんついていけない……」
怒涛の展開が繰り広げられた廊下で、私はぼんやりとつぶやいた。