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【11.休日その1】
第一回目の会合も無事に終わり、クローバーの塔の皆様は2時間帯のお休みとなった。
いつもばたばたと忙しそうに行きかう人々の姿がなく、ひっそりと静まり返っている塔。変な感じだ。
みんなが休みの所を邪魔しても悪いので、私も部屋で読書をしたり、髪の毛の手入れをしたりしていた。(乙女だなぁ)
しかし、いよいよヒマになってきた。
「どうしよう。散歩でも行こうかなぁ」
でも外へ一人でまだ出たことがないのでちょっと怖い。
会合中は比較的安全だときいたけど、なんだか気が進まなかった。
「……珈琲でも飲もう」
とりあえずそう考えて私はキッチンへとてくてく歩いていった。
キッチンと言っても、ここは実はそんなに広くない。
ご飯を作るというちゃんとしたキッチンは別の場所だ。ここはいうなれば「給湯室」的な感じ。
仕事の休憩中にふらっと来て珈琲を淹れていく、カップ麺のお湯を入れていく、とかそんな感じなのだ。
どうやらここの住人の皆様は珈琲党が多いらしい。
紅茶ももちろんあるけれど、珈琲の消費量が半端じゃないのだ。
「働きマンばっかりだもんねぇ。リーダー以外は」
私は顔色のわるいリーダーを思い出して一人で笑う。
グレイもそうだけれど、彼の部下の皆様もそれはそれはよく働く人たちだ。
スーツで働く男の人っていいよね。うんうん。
私はそんなことを思いながら踏み台に乗って珈琲豆を取る。
その時だった。
「さっそく使ってくれているな、名無しさん」
はっと振り返ると、そこにはグレイがいた。
「あー、グレイ。こんにちは」
私は踏み台から降りて挨拶をする。
「やっぱりグレイが用意してくれたんだ? この踏み台」
「あぁ。この間名無しさんが苦労している所を見たからな」
「どうもありがとう。おかげで助かってます」
「それは良かった」
そう言いながらグレイは私の隣りへやってくる。
「あ、グレイも珈琲? 一緒に淹れようか」
「あぁ、ありがとう」
彼はそう言ってカップを取り出した。
休みだからか、なんだかいつもよりも穏やかに見える。
私はそんなグレイを見て、はたとあることが思い浮かんだ。
そして、もう一度踏み台に乗ってみる。
「……やっぱりこれくらいか……」
彼を見ながらそうつぶやくと、グレイが不思議そうに振り返って私を見た。
「なんだ?」
「いや、これに乗ればグレイと同じくらいの身長なのかなぁと思って」
私の言葉を聞いて、グレイは一瞬きょとんとしたがすぐに笑う。
「そうだな。同じくらいだろうな」
そう言いながらグレイは私の前に立った。
いつもと違って、真正面からグレイを見る形になる。
普段見上げている彼をこの位置から見るというのはすごく新鮮だった。
「この高さだといいね。高い所に手が届いてすごく便利だし、いろんなものが違って見えて新鮮」
自分とグレイの身長を測るように手のひらを宙で滑らせる。
「俺はこの高さに慣れているからあまりそれを感じないが、でも確かに名無しさんが俺と同じ目線なのは新鮮だな」
やたらと優しい目でそう言われたので、うっとなった。
視線が同じだとものすごくまっすぐに顔が見える。そして見られる。
つまりはとても緊張するということに今さらながら気づき、私はとたんに顔が熱くなった。
これ以上同じ目線には耐えられそうもない。
「ご、ごめん。こんな子どもっぽいことにつき合わせて」
よいしょ、と踏み台から降りて私はグレイから目をそらす。
「いや、もっと子どもっぽい人が近くにいるからな」
ふっと笑うグレイの気配。
私はちらりとグレイを見上げた。見慣れた角度からの彼。
「すみません、ナイトメアと一緒にご迷惑をおかけしてます。私もなるべく大人になります」
完全に子ども扱いだもんね。実際子どもっぽいことばっかりしてるしね私。そりゃあフラれるわけですよ。
がくりと肩を落とす。
すると、グレイは意外そうな顔をして言った。
「別に名無しさんはそのままでいいんじゃないのか?」
「え?」
その言葉に思わずグレイを見つめる。
「俺はこの方が落ち着く。身長もちょうどいい」
そう言いながら彼は私の頭をぽんとたたいた。
「!」
子ども扱いされている気がしつつも、悪い感じはしない。
というよりもどきりとしてしまった私。
告白でもされたような気分になってしまう。
あぁ、もう本当に期待というかそういうのを持たせるのはやめてほしい。ずるい。
変な期待をして舞い上がって、あとで深く傷つくのは嫌なんですけど。
変な男に気をつけろと心配してくれたり、踏み台を用意してくれたりするけど、肝心なところは無自覚だし鈍い。
一番女子を傷つけるタイプなのだこの人は。
「女の敵め……!」
すぐ隣にいるその人は、そんな私の言葉に気づいた様子もない。
あまり考えても仕方ないので、私は別の話題を振る。
「どう? 久々のお休みは? ゆっくり休めてる?」
「あぁ、久しぶりにぼんやりとしているよ。しかし、なんだか落ち着かなくてな」
「休むのは悪いことじゃないよ。グレイの場合、休みの日はずっと眠ってたっていいくらいだと思うな」
いつ会っても書類を片手に働いているグレイなのだ。
たまの休みくらいゆっくりしてもいいと思う。
「最近仕事ばかりだったからな。休日の過ごし方に戸惑っているんだ」
「そうなんだ……会いたい人もいないの?」
思い切って聞いてみた。
「いないな」
あっさりとそう言ったグレイ。
そしてため息をつく。
「休日を持て余すなんて、昔は考えもしなかった」
「昔は遊んでたの?」
「え、いや、まぁ……そうだな。そこそこに」
「ふぅん」
私はただうなずいただけだったのに、グレイは取り繕うように言葉を続ける。
「遊ぶというか……若い時は休むなんてこともせずに出歩いたりする。そういうものだろう?」
「え、う~ん……そうなのかな? っていうかなんで言い訳風?」
「いや、名無しさんが何か言いたげな顔をしていたからな」
何か言いたげな顔? してたかな??
「この前、ナイトメアからグレイはモテるって聞いたからさ。もしかして昔は休日女の人と派手に遊んでたのかなって思ったんだけど」
私の言葉にグレイは「派手に遊……」と言葉を詰まらせた。
「名無しさんは何か勘違いをしていそうだから言っておくが、俺は休みのたびに女遊びをしていたわけじゃないぞ。大体そんなにモテたわけじゃ……」
「えー?そうなの?」
本当にモテる人というのは、自分をモテるとは言わないと思う。よって、彼の言葉は信用できない。
私の不信感を感じ取ったらしい。グレイは更に言葉をつづけた。
「いい加減な男にはいい加減な女しか寄ってこない。そういうのはモテるとは言わない」
「グレイ、いい加減だったの?? 今みたいな大人なグレイでモテてたわけじゃなかったの??」
「!」
驚く私に、グレイはしまったという顔をする。
そんな彼が珍しいし、何よりも気になるので私は追及の手を緩めない。
「……いい加減てなに? 女の人にいい加減っていう意味?」
「いや、失言だった。忘れてくれ」
「えー、無理無理! いい加減な男だったのね? うわぁ、悪い大人って感じ。嫌だ~」
からかうように言うと、グレイはがくりと肩を落とした。
「本当だな。大人じゃなくてガキだったんだ。本当にいい加減だった。女に対してというか生き方そのものが」
「うわ、認めちゃった。本当にいい加減だったんだ。グレイって昔はやんちゃしていたっていうタイプだったのね?」
意外にも不良青年だったのか。想像できないけど。
「……そうだな。やんちゃで済む範囲ではなかった。ナイトメア様の命を狙ったりもしていたし」
「えぇっ!?」
それってやんちゃとか、女遊びとか、そういうレベルの話じゃない気が……。
「えぇと、でもほら昔やんちゃしてた人って、そういう諸々の経験をしてるからか大人になるとみんないい人だよね。人生経験豊富で優しいっていうかさ」
「そこまで必死にフォローをされると、逆になさけなくなるな」
はぁ、とため息をつくグレイの肩を、私はぽんぽんとたたいた。
「元気出しなよ。昔があって今があるんだからね。ほら私今いいこと言ったよ?」
慰めるように言うと、彼はちらりと私を見た。
「そうだな。……昔の俺で君に会わなくて良かった」
「え?」
「俺は昔の自分が好きじゃない。あの頃の俺が名無しさんに会ったら、きっと君を脅したり傷つけたりしたかもしれない」
これはよっぽどのワルだったと見た。
彼の言葉に思わずそう確信してしまう私。
「私、遊ばれてたかもしれないね?」
「……やめてくれ。ほんとに落ち込む」
「あ、逆に相手にもされなかったかも?」
「……名無しさん、君は俺をいじめたいんだな?」
「ごめんごめん」
恨めし気に私を見るグレイ。
笑いをこらえて謝る私。
「なんか人間らしくて、逆にいいと思う。特にグレイみたいに完璧な人には、そういう過去があった方が」
お湯が沸いたので火を止めながらそう言うと、グレイがコーヒーフィルターに粉を入れた。
「名無しさんは俺を過大評価しすぎだ」
困ったように笑ってグレイは私にそう言った。
過大評価なんてしてないつもりだけどな。
「だって大人だし面倒見もいいし、踏み台も用意してくれたし……」
そこで一度言葉を止めて、この先を言ってもいいかと考える。
しかし私の言葉を待っているグレイを見た瞬間に、ぽんと言葉がでた。
「それに私はグレイのファンだからね」
言っちゃった。
でももういいや。今さら隠すことでもない。
恋愛としての好意を彼に伝える勇気はないけど、ファンとしての好意なら受け止めてくれる気がする。
でも、やっぱりグレイの反応は気になるわけで……
「迷惑??」
「いや、むしろ名無しさんにがっかりされる日がくるかと思うと怖いな」
グレイはそう言って小さく笑った。
がっかりなんてたぶんしない。知れば知るほど私は彼を好きになる自信がある。
でもそれは秘密。
「がっかりさせないでね?」
「……そう言われると、真面目に生きていかざるを得なくなるな」
グレイは苦笑しながら私を見た。
「名無しさんは俺の扱いが上手いのかもしれない」
「それは光栄だなぁ」
珈琲を淹れながらそう答えた私。
でも、私はグレイの扱いが上手くなりたいわけじゃない。
ただ好きなだけなのだ。
第一回目の会合も無事に終わり、クローバーの塔の皆様は2時間帯のお休みとなった。
いつもばたばたと忙しそうに行きかう人々の姿がなく、ひっそりと静まり返っている塔。変な感じだ。
みんなが休みの所を邪魔しても悪いので、私も部屋で読書をしたり、髪の毛の手入れをしたりしていた。(乙女だなぁ)
しかし、いよいよヒマになってきた。
「どうしよう。散歩でも行こうかなぁ」
でも外へ一人でまだ出たことがないのでちょっと怖い。
会合中は比較的安全だときいたけど、なんだか気が進まなかった。
「……珈琲でも飲もう」
とりあえずそう考えて私はキッチンへとてくてく歩いていった。
キッチンと言っても、ここは実はそんなに広くない。
ご飯を作るというちゃんとしたキッチンは別の場所だ。ここはいうなれば「給湯室」的な感じ。
仕事の休憩中にふらっと来て珈琲を淹れていく、カップ麺のお湯を入れていく、とかそんな感じなのだ。
どうやらここの住人の皆様は珈琲党が多いらしい。
紅茶ももちろんあるけれど、珈琲の消費量が半端じゃないのだ。
「働きマンばっかりだもんねぇ。リーダー以外は」
私は顔色のわるいリーダーを思い出して一人で笑う。
グレイもそうだけれど、彼の部下の皆様もそれはそれはよく働く人たちだ。
スーツで働く男の人っていいよね。うんうん。
私はそんなことを思いながら踏み台に乗って珈琲豆を取る。
その時だった。
「さっそく使ってくれているな、名無しさん」
はっと振り返ると、そこにはグレイがいた。
「あー、グレイ。こんにちは」
私は踏み台から降りて挨拶をする。
「やっぱりグレイが用意してくれたんだ? この踏み台」
「あぁ。この間名無しさんが苦労している所を見たからな」
「どうもありがとう。おかげで助かってます」
「それは良かった」
そう言いながらグレイは私の隣りへやってくる。
「あ、グレイも珈琲? 一緒に淹れようか」
「あぁ、ありがとう」
彼はそう言ってカップを取り出した。
休みだからか、なんだかいつもよりも穏やかに見える。
私はそんなグレイを見て、はたとあることが思い浮かんだ。
そして、もう一度踏み台に乗ってみる。
「……やっぱりこれくらいか……」
彼を見ながらそうつぶやくと、グレイが不思議そうに振り返って私を見た。
「なんだ?」
「いや、これに乗ればグレイと同じくらいの身長なのかなぁと思って」
私の言葉を聞いて、グレイは一瞬きょとんとしたがすぐに笑う。
「そうだな。同じくらいだろうな」
そう言いながらグレイは私の前に立った。
いつもと違って、真正面からグレイを見る形になる。
普段見上げている彼をこの位置から見るというのはすごく新鮮だった。
「この高さだといいね。高い所に手が届いてすごく便利だし、いろんなものが違って見えて新鮮」
自分とグレイの身長を測るように手のひらを宙で滑らせる。
「俺はこの高さに慣れているからあまりそれを感じないが、でも確かに名無しさんが俺と同じ目線なのは新鮮だな」
やたらと優しい目でそう言われたので、うっとなった。
視線が同じだとものすごくまっすぐに顔が見える。そして見られる。
つまりはとても緊張するということに今さらながら気づき、私はとたんに顔が熱くなった。
これ以上同じ目線には耐えられそうもない。
「ご、ごめん。こんな子どもっぽいことにつき合わせて」
よいしょ、と踏み台から降りて私はグレイから目をそらす。
「いや、もっと子どもっぽい人が近くにいるからな」
ふっと笑うグレイの気配。
私はちらりとグレイを見上げた。見慣れた角度からの彼。
「すみません、ナイトメアと一緒にご迷惑をおかけしてます。私もなるべく大人になります」
完全に子ども扱いだもんね。実際子どもっぽいことばっかりしてるしね私。そりゃあフラれるわけですよ。
がくりと肩を落とす。
すると、グレイは意外そうな顔をして言った。
「別に名無しさんはそのままでいいんじゃないのか?」
「え?」
その言葉に思わずグレイを見つめる。
「俺はこの方が落ち着く。身長もちょうどいい」
そう言いながら彼は私の頭をぽんとたたいた。
「!」
子ども扱いされている気がしつつも、悪い感じはしない。
というよりもどきりとしてしまった私。
告白でもされたような気分になってしまう。
あぁ、もう本当に期待というかそういうのを持たせるのはやめてほしい。ずるい。
変な期待をして舞い上がって、あとで深く傷つくのは嫌なんですけど。
変な男に気をつけろと心配してくれたり、踏み台を用意してくれたりするけど、肝心なところは無自覚だし鈍い。
一番女子を傷つけるタイプなのだこの人は。
「女の敵め……!」
すぐ隣にいるその人は、そんな私の言葉に気づいた様子もない。
あまり考えても仕方ないので、私は別の話題を振る。
「どう? 久々のお休みは? ゆっくり休めてる?」
「あぁ、久しぶりにぼんやりとしているよ。しかし、なんだか落ち着かなくてな」
「休むのは悪いことじゃないよ。グレイの場合、休みの日はずっと眠ってたっていいくらいだと思うな」
いつ会っても書類を片手に働いているグレイなのだ。
たまの休みくらいゆっくりしてもいいと思う。
「最近仕事ばかりだったからな。休日の過ごし方に戸惑っているんだ」
「そうなんだ……会いたい人もいないの?」
思い切って聞いてみた。
「いないな」
あっさりとそう言ったグレイ。
そしてため息をつく。
「休日を持て余すなんて、昔は考えもしなかった」
「昔は遊んでたの?」
「え、いや、まぁ……そうだな。そこそこに」
「ふぅん」
私はただうなずいただけだったのに、グレイは取り繕うように言葉を続ける。
「遊ぶというか……若い時は休むなんてこともせずに出歩いたりする。そういうものだろう?」
「え、う~ん……そうなのかな? っていうかなんで言い訳風?」
「いや、名無しさんが何か言いたげな顔をしていたからな」
何か言いたげな顔? してたかな??
「この前、ナイトメアからグレイはモテるって聞いたからさ。もしかして昔は休日女の人と派手に遊んでたのかなって思ったんだけど」
私の言葉にグレイは「派手に遊……」と言葉を詰まらせた。
「名無しさんは何か勘違いをしていそうだから言っておくが、俺は休みのたびに女遊びをしていたわけじゃないぞ。大体そんなにモテたわけじゃ……」
「えー?そうなの?」
本当にモテる人というのは、自分をモテるとは言わないと思う。よって、彼の言葉は信用できない。
私の不信感を感じ取ったらしい。グレイは更に言葉をつづけた。
「いい加減な男にはいい加減な女しか寄ってこない。そういうのはモテるとは言わない」
「グレイ、いい加減だったの?? 今みたいな大人なグレイでモテてたわけじゃなかったの??」
「!」
驚く私に、グレイはしまったという顔をする。
そんな彼が珍しいし、何よりも気になるので私は追及の手を緩めない。
「……いい加減てなに? 女の人にいい加減っていう意味?」
「いや、失言だった。忘れてくれ」
「えー、無理無理! いい加減な男だったのね? うわぁ、悪い大人って感じ。嫌だ~」
からかうように言うと、グレイはがくりと肩を落とした。
「本当だな。大人じゃなくてガキだったんだ。本当にいい加減だった。女に対してというか生き方そのものが」
「うわ、認めちゃった。本当にいい加減だったんだ。グレイって昔はやんちゃしていたっていうタイプだったのね?」
意外にも不良青年だったのか。想像できないけど。
「……そうだな。やんちゃで済む範囲ではなかった。ナイトメア様の命を狙ったりもしていたし」
「えぇっ!?」
それってやんちゃとか、女遊びとか、そういうレベルの話じゃない気が……。
「えぇと、でもほら昔やんちゃしてた人って、そういう諸々の経験をしてるからか大人になるとみんないい人だよね。人生経験豊富で優しいっていうかさ」
「そこまで必死にフォローをされると、逆になさけなくなるな」
はぁ、とため息をつくグレイの肩を、私はぽんぽんとたたいた。
「元気出しなよ。昔があって今があるんだからね。ほら私今いいこと言ったよ?」
慰めるように言うと、彼はちらりと私を見た。
「そうだな。……昔の俺で君に会わなくて良かった」
「え?」
「俺は昔の自分が好きじゃない。あの頃の俺が名無しさんに会ったら、きっと君を脅したり傷つけたりしたかもしれない」
これはよっぽどのワルだったと見た。
彼の言葉に思わずそう確信してしまう私。
「私、遊ばれてたかもしれないね?」
「……やめてくれ。ほんとに落ち込む」
「あ、逆に相手にもされなかったかも?」
「……名無しさん、君は俺をいじめたいんだな?」
「ごめんごめん」
恨めし気に私を見るグレイ。
笑いをこらえて謝る私。
「なんか人間らしくて、逆にいいと思う。特にグレイみたいに完璧な人には、そういう過去があった方が」
お湯が沸いたので火を止めながらそう言うと、グレイがコーヒーフィルターに粉を入れた。
「名無しさんは俺を過大評価しすぎだ」
困ったように笑ってグレイは私にそう言った。
過大評価なんてしてないつもりだけどな。
「だって大人だし面倒見もいいし、踏み台も用意してくれたし……」
そこで一度言葉を止めて、この先を言ってもいいかと考える。
しかし私の言葉を待っているグレイを見た瞬間に、ぽんと言葉がでた。
「それに私はグレイのファンだからね」
言っちゃった。
でももういいや。今さら隠すことでもない。
恋愛としての好意を彼に伝える勇気はないけど、ファンとしての好意なら受け止めてくれる気がする。
でも、やっぱりグレイの反応は気になるわけで……
「迷惑??」
「いや、むしろ名無しさんにがっかりされる日がくるかと思うと怖いな」
グレイはそう言って小さく笑った。
がっかりなんてたぶんしない。知れば知るほど私は彼を好きになる自信がある。
でもそれは秘密。
「がっかりさせないでね?」
「……そう言われると、真面目に生きていかざるを得なくなるな」
グレイは苦笑しながら私を見た。
「名無しさんは俺の扱いが上手いのかもしれない」
「それは光栄だなぁ」
珈琲を淹れながらそう答えた私。
でも、私はグレイの扱いが上手くなりたいわけじゃない。
ただ好きなだけなのだ。