短編
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【姉弟】
名無しさんと初めて出会ったのはバラ園だ。
このバラ園を知っているのは私とハートの女王である姉だけで
バラ園の存在はおろか、私達が姉弟であることも誰かに教えようなどと決して思っていなかった。
しかし、姉が名無しさんをここに誘ったらしい。余所者がハートの城に滞在していることは知っていたが、会ったことはこれまで1度もなかった。
「初めまして、名無しさんです」と挨拶をしてきた彼女。
私たちが姉弟関係にあるということを知った時の名無しさんは、一瞬驚いた表情を見せたが余計な詮索を一切しなかった。ただあるがままに状況を受け止めた彼女に興味を持った。
驚くべきことに、あの姉が名無しさんといると別人のように穏やかだった。
名無しさんと何かを話してはくすくす笑いあっていたり、バラの品種について私に尋ねてきたりされても悪い気はしなかったし、夕暮れを見つめている2人を遠くから眺めているのも悪くない、と思う自分がいることに最近気づいた。
2人がよくこのバラ園に来るようになったある日、姉が一人でやってきた。
なんとなく名無しさんを探してしまう私に、姉はくすくす笑う。
「今日はわらわ一人じゃ。残念だったな、ブラッド」
「別に。一緒に遊んでもらえなくなったのか?」
「ふふふ。今日はアリスにとられてしまった」
姉はそう言って私を見た。
「……変わったな、お前」
「そういう姉貴こそ、表情が別人だ」
「それはそうじゃ。名無しさんほどわらわにとって大切な人間などおらぬからな。
お前にはやらんぞ?まぁ、名無しさんがお前のようなチャラチャラフラフラした男にひっかかるとも思えんが」
「真面目でつまらない男に名無しさんをやるのは惜しいと思うがね」
「ふふふ。くだらん男どもになどやるものか。名無しさんはわらわのものじゃ」
「……姉貴が言うと冗談に聞こえないな」
思わず苦笑すると、姉はつまらなそうな表情でため息をついた。
「はぁ、わらわも冗談だと思いたい。……こんなスカした男のどこがいいのやら」
「?」
ちらりとこちらを見る姉に、思わず眉をひそめてしまう。
「名無しさんはお前をやたらと評価しているようだからな。ブラッド、お前名無しさんにつけ込むような真似をしたんじゃないだろうね?」
「まさか。どうせ姉貴が城に名無しさんを閉じ込めているんだろう?名無しさんと2人で話したこともなければ、屋敷にすら来てもらえないぞ」
「ふん、腰抜けめ。自分から女に声をかけられないような奴は死んでいいぞ」
「……」
相変わらず手厳しい姉だ。
それからしばらく経ったある夜、今度はバラ園に名無しさんが一人でやってきた。
「こんばんは、ブラッド」
「やぁ、名無しさん。今日は1人なのか? 珍しい」
「えぇ。ビバルディは舞踏会の準備で忙しいみたい」
舞踏会……そういえばそろそろそんな時期だ。
「ブラッドも舞踏会に来るんでしょう?」
「あぁ、ルールだからね」
「舞踏会って踊ったりするんだよね?」
「一般的にはそうだな」
「ふぅん。ブラッドって色んな人から踊ってくださいって言われそうだね。すごくモテそう」
予想外の言葉に名無しさんを見ると、彼女はいたずらっぽく笑った。
「優しいし、花が好きだし、物知りだし」
「ものすごく意外な評価だな」
外見を褒められたことはこれまでもあったが、彼女のような言葉をもらうのはあまりなかった。
「意外な評価なの?」
「あぁ。名無しさんは私のことを知らないからそういう評価をしてくれるんだろう」
「知らないって……帽子屋ファミリーのボスとしてのブラッドを?」
「そう。世間の評判を聞いていれば、私を優しいなどとは言わないはずだが」
「うーん、そうだねぇ。でも、私は目の前のブラッドのことしか知らないから」
ビバルディだって周囲の評判とは全然違うし……と言いながら考えるように空を見つめる名無しさん。
「……騙されやすそうだな、名無しさんは」
「それビバルディにも言われた」
ふふふと笑う彼女に、思わず自分も笑う。
「でも、私騙されたことないの。悪い人に会ったことない」
「名無しさん……それがすでに騙されているんじゃないか?」
「そうかもしれないけど、でもそうやってだまし通そうとしてくれるから悪い人ではないんじゃない?」
名無しさんはそう言って私を見た。
「半端な優しさで『騙してました。ごめん』なんて言われたら苦しいよね。
ごめんねって謝ったから正直でいい人、なんて思えないよ。謝ることで自分だけ楽になろうとしてるって思っちゃう。
ほんとにその人を思うなら、自分が苦しくたってだまし続けるべきでしょう?」
そう言って笑う名無しさん。
それなりの人生経験がないと言えない言葉だ。
「大人の意見だね、名無しさん」
「そりゃあこう見えても立派な大人ですから!」
いたずらっぽく笑う名無しさんは、余裕の表情だ。
「でも名無しさん。私は君を騙すつもりなんてないし、騙しているつもりもない。
君が勝手に私を勘違いしているという場合もある」
「そうだねぇ。その場合は仕方ないかな。私がばかだったーってビバルディに泣きつくよ」
「……やめてくれ」
思わず出た私の言葉に、名無しさんがふふふと笑った。
「でもね、こんな綺麗なバラを咲かせられる人が悪人なわけないよ」
穏やかな顔でそう言うので、思わず彼女に手を伸ばす。
すると、名無しさんは大人しく私の腕におさまった。
「だから私はブラッドのことを信用してるの」
そう言ってちらりとこちらを見上げてくるので、そっと顔を寄せる。
「君は見る目がないな」
「それ、ビバルディにも言われた」
「!?」
姉弟だねぇと名無しさんがくすくす笑うので、完全にタイミングを逃してしまった。この体勢をどうしてくれるというのだ。
「腰抜けめ」という姉貴の言葉を思い出し、なんとも言えない気持ちになったのだけれど
名無しさんはそんなこちらの気持ちなどにはまるで気づいた様子はない。
「そっくり姉弟だよねぇ」とのんきに笑うので、彼女の髪の毛が乱れるようにわざと頭を撫でまわす。
「やめてー」と笑う名無しさんに、こちらも思わず笑ってしまった。
名無しさんと初めて出会ったのはバラ園だ。
このバラ園を知っているのは私とハートの女王である姉だけで
バラ園の存在はおろか、私達が姉弟であることも誰かに教えようなどと決して思っていなかった。
しかし、姉が名無しさんをここに誘ったらしい。余所者がハートの城に滞在していることは知っていたが、会ったことはこれまで1度もなかった。
「初めまして、名無しさんです」と挨拶をしてきた彼女。
私たちが姉弟関係にあるということを知った時の名無しさんは、一瞬驚いた表情を見せたが余計な詮索を一切しなかった。ただあるがままに状況を受け止めた彼女に興味を持った。
驚くべきことに、あの姉が名無しさんといると別人のように穏やかだった。
名無しさんと何かを話してはくすくす笑いあっていたり、バラの品種について私に尋ねてきたりされても悪い気はしなかったし、夕暮れを見つめている2人を遠くから眺めているのも悪くない、と思う自分がいることに最近気づいた。
2人がよくこのバラ園に来るようになったある日、姉が一人でやってきた。
なんとなく名無しさんを探してしまう私に、姉はくすくす笑う。
「今日はわらわ一人じゃ。残念だったな、ブラッド」
「別に。一緒に遊んでもらえなくなったのか?」
「ふふふ。今日はアリスにとられてしまった」
姉はそう言って私を見た。
「……変わったな、お前」
「そういう姉貴こそ、表情が別人だ」
「それはそうじゃ。名無しさんほどわらわにとって大切な人間などおらぬからな。
お前にはやらんぞ?まぁ、名無しさんがお前のようなチャラチャラフラフラした男にひっかかるとも思えんが」
「真面目でつまらない男に名無しさんをやるのは惜しいと思うがね」
「ふふふ。くだらん男どもになどやるものか。名無しさんはわらわのものじゃ」
「……姉貴が言うと冗談に聞こえないな」
思わず苦笑すると、姉はつまらなそうな表情でため息をついた。
「はぁ、わらわも冗談だと思いたい。……こんなスカした男のどこがいいのやら」
「?」
ちらりとこちらを見る姉に、思わず眉をひそめてしまう。
「名無しさんはお前をやたらと評価しているようだからな。ブラッド、お前名無しさんにつけ込むような真似をしたんじゃないだろうね?」
「まさか。どうせ姉貴が城に名無しさんを閉じ込めているんだろう?名無しさんと2人で話したこともなければ、屋敷にすら来てもらえないぞ」
「ふん、腰抜けめ。自分から女に声をかけられないような奴は死んでいいぞ」
「……」
相変わらず手厳しい姉だ。
それからしばらく経ったある夜、今度はバラ園に名無しさんが一人でやってきた。
「こんばんは、ブラッド」
「やぁ、名無しさん。今日は1人なのか? 珍しい」
「えぇ。ビバルディは舞踏会の準備で忙しいみたい」
舞踏会……そういえばそろそろそんな時期だ。
「ブラッドも舞踏会に来るんでしょう?」
「あぁ、ルールだからね」
「舞踏会って踊ったりするんだよね?」
「一般的にはそうだな」
「ふぅん。ブラッドって色んな人から踊ってくださいって言われそうだね。すごくモテそう」
予想外の言葉に名無しさんを見ると、彼女はいたずらっぽく笑った。
「優しいし、花が好きだし、物知りだし」
「ものすごく意外な評価だな」
外見を褒められたことはこれまでもあったが、彼女のような言葉をもらうのはあまりなかった。
「意外な評価なの?」
「あぁ。名無しさんは私のことを知らないからそういう評価をしてくれるんだろう」
「知らないって……帽子屋ファミリーのボスとしてのブラッドを?」
「そう。世間の評判を聞いていれば、私を優しいなどとは言わないはずだが」
「うーん、そうだねぇ。でも、私は目の前のブラッドのことしか知らないから」
ビバルディだって周囲の評判とは全然違うし……と言いながら考えるように空を見つめる名無しさん。
「……騙されやすそうだな、名無しさんは」
「それビバルディにも言われた」
ふふふと笑う彼女に、思わず自分も笑う。
「でも、私騙されたことないの。悪い人に会ったことない」
「名無しさん……それがすでに騙されているんじゃないか?」
「そうかもしれないけど、でもそうやってだまし通そうとしてくれるから悪い人ではないんじゃない?」
名無しさんはそう言って私を見た。
「半端な優しさで『騙してました。ごめん』なんて言われたら苦しいよね。
ごめんねって謝ったから正直でいい人、なんて思えないよ。謝ることで自分だけ楽になろうとしてるって思っちゃう。
ほんとにその人を思うなら、自分が苦しくたってだまし続けるべきでしょう?」
そう言って笑う名無しさん。
それなりの人生経験がないと言えない言葉だ。
「大人の意見だね、名無しさん」
「そりゃあこう見えても立派な大人ですから!」
いたずらっぽく笑う名無しさんは、余裕の表情だ。
「でも名無しさん。私は君を騙すつもりなんてないし、騙しているつもりもない。
君が勝手に私を勘違いしているという場合もある」
「そうだねぇ。その場合は仕方ないかな。私がばかだったーってビバルディに泣きつくよ」
「……やめてくれ」
思わず出た私の言葉に、名無しさんがふふふと笑った。
「でもね、こんな綺麗なバラを咲かせられる人が悪人なわけないよ」
穏やかな顔でそう言うので、思わず彼女に手を伸ばす。
すると、名無しさんは大人しく私の腕におさまった。
「だから私はブラッドのことを信用してるの」
そう言ってちらりとこちらを見上げてくるので、そっと顔を寄せる。
「君は見る目がないな」
「それ、ビバルディにも言われた」
「!?」
姉弟だねぇと名無しさんがくすくす笑うので、完全にタイミングを逃してしまった。この体勢をどうしてくれるというのだ。
「腰抜けめ」という姉貴の言葉を思い出し、なんとも言えない気持ちになったのだけれど
名無しさんはそんなこちらの気持ちなどにはまるで気づいた様子はない。
「そっくり姉弟だよねぇ」とのんきに笑うので、彼女の髪の毛が乱れるようにわざと頭を撫でまわす。
「やめてー」と笑う名無しさんに、こちらも思わず笑ってしまった。