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【12.休日その2】
クローバーの塔の皆様はただいまお休み中。
前の時間帯はグレイとキッチンで遭遇した私。
今の時間帯は一人で街へ出てみた。
会合期間中はわりと安全だという話を聞いたので、勇気を出して買い物でもしてみようと思ったのだ。
塔の外へ出るのは、初めてグレイに外へ連れ出してもらったとき以来。
なんかドキドキするなぁ。
「会合記念セール……会合期間限定ランチ……会合記念特別フェア……すごいなぁ」
商魂たくましいというか、会合開催に乗っかって街中のお店が色々なことをしている。
人通りが多いのは会合期間中だからだとばかり思っていたけれど、お店側の涙ぐましい努力もあるのね。
不思議な感動を覚えつつ、私はあちこちを見て回る。
「あ、あれはいつも飲んでいる珈琲豆!」
見覚えのあるパッケージが目に飛び込んできた。
とある店で、クローバーの塔の皆さんがいつも飲んでいる珈琲豆が特別セールになっている。
「普段の値段がいくらか知らないけど買っていこうかなぁ。ストックもだいぶ減ってたし」
私はお店に入ると、思い切って5袋も珈琲豆を買った。
「……大人買いな気分……」
そうつぶやきながらお店を出た時だった。
「あー! 名無しさんだ!!」
「本当だ! 名無しさん~! こっちこっち!!」
いきなり名前を呼ばれてびっくりしながら辺りを見回すと、青と赤の服を着た少年たちが向かいのオープンカフェでにこにこと手を振っているのが目に留まった。
あの子たちは確か……
「ディーとダム?」
前にクローバーの塔の階段でばったり出会い、斧で通せんぼをしてきた双子達だ。
彼らは邪気なく笑って、私においでおいでと手招きをしている。
何も考えず、誘われるがまま彼らに近づいていった。
「名無しさん、買い物してたんだねー!」
「こっちに来てこっちに! ほら、座って!」
ディーとダムは椅子から立ち上がりながらそう言って、私を迎え入れてくれる。
「こんにちは、ディー、ダム……」
と声をかけてから気がついた。
ディーとダムと同じ席にもう2人の人物がいたことに。
「!」
「こんにちは、お嬢さん」
「おー、名無しさん! 元気そうだな!」
……ぼ、ボスとうさ耳……!
私は固まった。
変な帽子のボス・ブラッド=デュプレと、うさ耳の大男・エリオット=マーチが楽しそうに私を見ていたのだった。
「こ、こんにちは」
かろうじて挨拶を返すものの、どうしてディーとダムが彼らと一緒にいるんだろう?という疑問で頭が一杯になった。
「どうしたの?名無しさん、変な顔しちゃって」
「あ、もしかしてひよこウサギの前にある食べ物にドン引きしてるの? やだよねー、オレンジばっかりでさ」
ひよこウサギ?(ってなに?)
なにがなにやらわからないけれど……
「えぇと……みなさんお知り合い?」
思わずそう聞いてしまった。
すると彼らは全員目を丸くした。その反応を見る限り、私はかなり変な質問をしたらしい。
双子が怪訝な顔をして私を見た。
「え、名無しさん。それどういう意味?」
「僕らとボス達が知り合いかって意味?」
「う、うん」
ボスって言ったよね。今ブラッドに対してボスって言ったよね?
あれ? そういえばこの双子の男の子って何をしている人なの? 斧を持った役持ちだってことくらいしか知らない。
混乱する私に、ディーが簡潔に説明した。
「雇い主と門番」
『雇い主』はブラッドを指さし、『門番』は自分たちを指さしながら。
心のどこかで「やっぱり」と思いつつも、気持ちが追い付かない。
「え、えーと……門番? ディーとダムが? マフィアのボスの家の?」
「うん、そうだよ。あれ?知らなかった? 僕らとっても優秀な門番なんだ。誰にも門をくぐらせたことがないんだよ」
「そうそう。悪い奴はぜーんぶやっつけちゃうんだ。すごい? 偉い?」
ディーとダムは誇らしげにそう言って、私を見てきた。
門番というとてっきり筋肉モリモリの大男だとばっかり思っていたけど、そんな予想のはるかに上を行くこの世界の現実は恐ろしい。(門番がこんな可愛い男の子たちだなんて!)
彼らの雇い主であるというブラッドは苦笑する。
「客だろうが通りすがりの者だろうが、すべて敵とみなしてしまう所はいささか問題だがね」
「そーそー。お前ら考えなしすぎるんだよ。すぐに斬りつける癖やめろよな」
「ひよこウサギに言われたくないね!」
「そうだよ馬鹿ウサギ!」
「んだと!?」
お互いに武器を取り出してわぁわぁとわめき始めた彼ら。
斧を持っていた時点で物騒だとは思っていたけど、この双子達もマフィアの一味だったのか。
びっくりしすぎて呆然としていると、ブラッドが私に声をかけてきた。
「いつものことだ。気にしないでくれ。それより名無しさん。君が持っているその袋の中身だが……」
そう言われて、私は思わず自分の手にある袋をみた。
「その中身はまさか珈琲豆ではないだろうね?」
「え、えぇうん。そう。珈琲豆だけど……」
そう答えた瞬間、ものすごーく大きなため息をつかれた。
「はぁ。名無しさん、君は珈琲派だとでも言うんじゃないだろうな?」
「え?えぇと、別にそういうわけじゃないけど、クローバーの塔の人は結構珈琲好きみたいで、いつも飲んでる珈琲豆が売ってたから……」
なんか言い訳じみた言い方になってしまった。別に悪いことをしたわけじゃないのに、なんだか気まずい。
「……名無しさん。そんなものはさっさと塔の奴らに飲ませて、君は別の物を飲むべきだ」
「別の物?」
そういえば、この人確かものすごい紅茶推しだったような……。
「この店はわりとまともなブレンドを出すんだ。よし、ここの茶葉を君にプレゼントしよう。本来ならば私の屋敷でお茶会をしたいところだが、会合期間が終わるまではそうもいかないからな」
「……でも塔にも茶葉はあるし、大丈夫だよ」
一応断ってみたけれど、彼の答えは早かった。
「いや、ダメだ。珈琲ばかり飲んでいる奴らに紅茶の良さなどわかるわけがない。どこの茶葉かわからないものよりも、私がきちんとした茶葉を君にプレゼントしよう」
そう言って、彼は店員を呼んだかと思うと茶葉のセレクトを始めた。
……この人ってマフィアのボスなんだよね? 紅茶会社の偉い人じゃないよね?
うーむ、と考え込む私にディーとダムがこそこそっと耳打ちをしてきた。
「名無しさん、ボスの紅茶好きは手におえないから、変に逆らわない方がいいよ」
「そうそう。美味しい物をタダでくれるっていうんだからいいじゃない」
「そっか。そうだよね! うん、わかった」
確かにそう考えれば気は楽だ。
「それじゃあブラッド、ありがたく美味しい茶葉をいただきます」
私の言葉にブラッドは満足そうにうなずいた。
隣のエリオットは「そうそう、女は素直が一番だぜ」とオレンジのお菓子をひたすら食べながら笑っていた。
マフィアって怖いというイメージがあるけど、そういえば具体的にどういう人たちなのか詳しいことはよく知らない。
この人たちは、いいマフィアなのかもしれない。
「……はぁ、重かった」
両手に大きな袋を抱えて、なんとかクローバーの塔に帰ってきた私。
袋の中身は茶葉。
私はブラッドセレクトの茶葉をたくさん持たされていたのである。
自分で買った珈琲豆よりも多い。
「ありがたいけど、量ってものを考えてほしいよね」
私は、うんしょうんしょ、と袋を抱えてキッチンへと向かう。
するとその時だった。
「名無しさん?」
「あ、グレイ!」
ばったりとグレイに会った。
彼は私の荷物を見て訝しげな顔をする。
「買い物に行ったのか? 一人で?」
「うん、勇気を出して行ってみた」
「そうか。だいぶ買い込んできたな」
「いや、それが帽子屋さん達に会っちゃって……」
「帽子屋達……」
顔をしかめるグレイ。表情から察するに、どうやら良く思ってはいないらしい。
「なんだかね、茶葉をたくさんもらっちゃったの。マフィアって言っても良い人たちだね」
「帽子屋が良い人?」
正気かお前、という目で見られた。
グレイってこんな目をするんだ。(あぁ、昔やんちゃだったって言ってたもんね)
「だってほら見て。結構高級なお店だったんだけど、そこの茶葉をこんなにたくさんわざわざ買ってくれたの」
「確かに奴は紅茶狂だが……帽子屋がいい人か」
どうにも納得が行かないらしいグレイ。
眉根を寄せてぶつぶつと言っている。(でもスルー!)
「あとね、なんか茶葉に合うお菓子というのもたくさん買ってくれたよ。私、棚買いって初めて見たよ」
私なんて普通の珈琲豆5袋で大人買い気分だったというのに。
「……ある意味営業妨害だな」
袋の中身を覗きながら言う私に、グレイはため息をついた。
そして、私の手からその袋をすっと取り上げる。
「グレイ?」
「名無しさん、餌付けでもされているんじゃないだろうな?」
つまらなそうに言うグレイ。
「餌付け?」と思わず首を傾げると、彼はちらりと私を見てからまたため息をついた。
「とりあえず運ぼう。棚に入りきるかが問題だが」
グレイはさらにもう片方の手を差し出して、私の持っている袋を要求するように手を振った。
素直が一番だというエリオットの言葉を思いだして、私はそっと袋を彼に手渡す。
「ありがとう」
お礼を言いながら、グレイの標準装備な優しさに思わずにやけてしまいそうになった。
慌ててうつむいた時、自分の持っている小さな袋が目に留まり、その存在を思い出した。
「あ、あとね、いつも飲んでる珈琲を買って来たよ。ストックも残り少なかったから」
「そうか。ありがとう。仕事中は珈琲を飲む方が多いからな。俺もこの塔の連中も」
「そうだよね。そう思って5袋買ってみました」
えへんと胸を張って言ってみると、グレイはふっと笑った。
「気が利くな。助かるよ」
「グレイたちの仕事は手伝えないけど、雑用くらいはできるからね」
「雑用か。それはかなり大事な仕事だな」
「え? そう?」
「あぁ。細かい所まで気が回らないとできない仕事だし、細かいことこそきちんとしないと全体が機能しなくなるからな」
グレイはそう言って私を見た。
まっすぐに見つめられてどきりとする。
「名無しさんがいてくれると助かるよ」
またこの人はさらりとそういうことを言う。ずるい。
私にとってグレイの言葉がものすごく意味を持ってしまうということに、グレイ本人は気づいていないのだ。
「……グレイは私の扱いが上手いよね」
前の時間帯に、グレイから言われたセリフをそのまま返した。ちょっぴり非難の意味も込めて。
すると彼は小さく笑う。
「だとすれば、お互い様だな」
「!」
『お互い様』という言葉がなんだかものすごく嬉しかった。
お互いにお互いの扱いが上手いだなんて素敵な気がした。
仕事上でのことだとしても、必要とされている気がする。私ってなんて単純なんだろう。
「よーし! ものすごくできる雑用係になってみせます!」
そう宣言してみると、グレイは優しい顔で笑った。
「期待してるよ、名無しさん」
「うん、グレイの期待に応えられるように頑張ります!」
私の答えに楽しそうな顔で微笑んだグレイだったけれど、しばらくしてこう言った。
「名無しさん」
「ん?」
「……今度外へ行くときは、俺に一声かけてくれ」
「え?」
思わぬ言葉に私はじっと彼を見つめてしまった。
するとグレイも気まずそうに視線を外しながら言う。
「知らないうちに手を出されていたら困る」
小さな声だったけれど、はっきりとそう聞こえた。
「心配症だなー。自分で否定するのも悲しいけど、絶対そういうことはないよ、私」
さすがグレイ。
保護者っぽいなぁ。
私は笑いながら彼の言葉を流したけれど、彼が複雑そうな表情をしていることには全く気付かなかった。
クローバーの塔の皆様はただいまお休み中。
前の時間帯はグレイとキッチンで遭遇した私。
今の時間帯は一人で街へ出てみた。
会合期間中はわりと安全だという話を聞いたので、勇気を出して買い物でもしてみようと思ったのだ。
塔の外へ出るのは、初めてグレイに外へ連れ出してもらったとき以来。
なんかドキドキするなぁ。
「会合記念セール……会合期間限定ランチ……会合記念特別フェア……すごいなぁ」
商魂たくましいというか、会合開催に乗っかって街中のお店が色々なことをしている。
人通りが多いのは会合期間中だからだとばかり思っていたけれど、お店側の涙ぐましい努力もあるのね。
不思議な感動を覚えつつ、私はあちこちを見て回る。
「あ、あれはいつも飲んでいる珈琲豆!」
見覚えのあるパッケージが目に飛び込んできた。
とある店で、クローバーの塔の皆さんがいつも飲んでいる珈琲豆が特別セールになっている。
「普段の値段がいくらか知らないけど買っていこうかなぁ。ストックもだいぶ減ってたし」
私はお店に入ると、思い切って5袋も珈琲豆を買った。
「……大人買いな気分……」
そうつぶやきながらお店を出た時だった。
「あー! 名無しさんだ!!」
「本当だ! 名無しさん~! こっちこっち!!」
いきなり名前を呼ばれてびっくりしながら辺りを見回すと、青と赤の服を着た少年たちが向かいのオープンカフェでにこにこと手を振っているのが目に留まった。
あの子たちは確か……
「ディーとダム?」
前にクローバーの塔の階段でばったり出会い、斧で通せんぼをしてきた双子達だ。
彼らは邪気なく笑って、私においでおいでと手招きをしている。
何も考えず、誘われるがまま彼らに近づいていった。
「名無しさん、買い物してたんだねー!」
「こっちに来てこっちに! ほら、座って!」
ディーとダムは椅子から立ち上がりながらそう言って、私を迎え入れてくれる。
「こんにちは、ディー、ダム……」
と声をかけてから気がついた。
ディーとダムと同じ席にもう2人の人物がいたことに。
「!」
「こんにちは、お嬢さん」
「おー、名無しさん! 元気そうだな!」
……ぼ、ボスとうさ耳……!
私は固まった。
変な帽子のボス・ブラッド=デュプレと、うさ耳の大男・エリオット=マーチが楽しそうに私を見ていたのだった。
「こ、こんにちは」
かろうじて挨拶を返すものの、どうしてディーとダムが彼らと一緒にいるんだろう?という疑問で頭が一杯になった。
「どうしたの?名無しさん、変な顔しちゃって」
「あ、もしかしてひよこウサギの前にある食べ物にドン引きしてるの? やだよねー、オレンジばっかりでさ」
ひよこウサギ?(ってなに?)
なにがなにやらわからないけれど……
「えぇと……みなさんお知り合い?」
思わずそう聞いてしまった。
すると彼らは全員目を丸くした。その反応を見る限り、私はかなり変な質問をしたらしい。
双子が怪訝な顔をして私を見た。
「え、名無しさん。それどういう意味?」
「僕らとボス達が知り合いかって意味?」
「う、うん」
ボスって言ったよね。今ブラッドに対してボスって言ったよね?
あれ? そういえばこの双子の男の子って何をしている人なの? 斧を持った役持ちだってことくらいしか知らない。
混乱する私に、ディーが簡潔に説明した。
「雇い主と門番」
『雇い主』はブラッドを指さし、『門番』は自分たちを指さしながら。
心のどこかで「やっぱり」と思いつつも、気持ちが追い付かない。
「え、えーと……門番? ディーとダムが? マフィアのボスの家の?」
「うん、そうだよ。あれ?知らなかった? 僕らとっても優秀な門番なんだ。誰にも門をくぐらせたことがないんだよ」
「そうそう。悪い奴はぜーんぶやっつけちゃうんだ。すごい? 偉い?」
ディーとダムは誇らしげにそう言って、私を見てきた。
門番というとてっきり筋肉モリモリの大男だとばっかり思っていたけど、そんな予想のはるかに上を行くこの世界の現実は恐ろしい。(門番がこんな可愛い男の子たちだなんて!)
彼らの雇い主であるというブラッドは苦笑する。
「客だろうが通りすがりの者だろうが、すべて敵とみなしてしまう所はいささか問題だがね」
「そーそー。お前ら考えなしすぎるんだよ。すぐに斬りつける癖やめろよな」
「ひよこウサギに言われたくないね!」
「そうだよ馬鹿ウサギ!」
「んだと!?」
お互いに武器を取り出してわぁわぁとわめき始めた彼ら。
斧を持っていた時点で物騒だとは思っていたけど、この双子達もマフィアの一味だったのか。
びっくりしすぎて呆然としていると、ブラッドが私に声をかけてきた。
「いつものことだ。気にしないでくれ。それより名無しさん。君が持っているその袋の中身だが……」
そう言われて、私は思わず自分の手にある袋をみた。
「その中身はまさか珈琲豆ではないだろうね?」
「え、えぇうん。そう。珈琲豆だけど……」
そう答えた瞬間、ものすごーく大きなため息をつかれた。
「はぁ。名無しさん、君は珈琲派だとでも言うんじゃないだろうな?」
「え?えぇと、別にそういうわけじゃないけど、クローバーの塔の人は結構珈琲好きみたいで、いつも飲んでる珈琲豆が売ってたから……」
なんか言い訳じみた言い方になってしまった。別に悪いことをしたわけじゃないのに、なんだか気まずい。
「……名無しさん。そんなものはさっさと塔の奴らに飲ませて、君は別の物を飲むべきだ」
「別の物?」
そういえば、この人確かものすごい紅茶推しだったような……。
「この店はわりとまともなブレンドを出すんだ。よし、ここの茶葉を君にプレゼントしよう。本来ならば私の屋敷でお茶会をしたいところだが、会合期間が終わるまではそうもいかないからな」
「……でも塔にも茶葉はあるし、大丈夫だよ」
一応断ってみたけれど、彼の答えは早かった。
「いや、ダメだ。珈琲ばかり飲んでいる奴らに紅茶の良さなどわかるわけがない。どこの茶葉かわからないものよりも、私がきちんとした茶葉を君にプレゼントしよう」
そう言って、彼は店員を呼んだかと思うと茶葉のセレクトを始めた。
……この人ってマフィアのボスなんだよね? 紅茶会社の偉い人じゃないよね?
うーむ、と考え込む私にディーとダムがこそこそっと耳打ちをしてきた。
「名無しさん、ボスの紅茶好きは手におえないから、変に逆らわない方がいいよ」
「そうそう。美味しい物をタダでくれるっていうんだからいいじゃない」
「そっか。そうだよね! うん、わかった」
確かにそう考えれば気は楽だ。
「それじゃあブラッド、ありがたく美味しい茶葉をいただきます」
私の言葉にブラッドは満足そうにうなずいた。
隣のエリオットは「そうそう、女は素直が一番だぜ」とオレンジのお菓子をひたすら食べながら笑っていた。
マフィアって怖いというイメージがあるけど、そういえば具体的にどういう人たちなのか詳しいことはよく知らない。
この人たちは、いいマフィアなのかもしれない。
「……はぁ、重かった」
両手に大きな袋を抱えて、なんとかクローバーの塔に帰ってきた私。
袋の中身は茶葉。
私はブラッドセレクトの茶葉をたくさん持たされていたのである。
自分で買った珈琲豆よりも多い。
「ありがたいけど、量ってものを考えてほしいよね」
私は、うんしょうんしょ、と袋を抱えてキッチンへと向かう。
するとその時だった。
「名無しさん?」
「あ、グレイ!」
ばったりとグレイに会った。
彼は私の荷物を見て訝しげな顔をする。
「買い物に行ったのか? 一人で?」
「うん、勇気を出して行ってみた」
「そうか。だいぶ買い込んできたな」
「いや、それが帽子屋さん達に会っちゃって……」
「帽子屋達……」
顔をしかめるグレイ。表情から察するに、どうやら良く思ってはいないらしい。
「なんだかね、茶葉をたくさんもらっちゃったの。マフィアって言っても良い人たちだね」
「帽子屋が良い人?」
正気かお前、という目で見られた。
グレイってこんな目をするんだ。(あぁ、昔やんちゃだったって言ってたもんね)
「だってほら見て。結構高級なお店だったんだけど、そこの茶葉をこんなにたくさんわざわざ買ってくれたの」
「確かに奴は紅茶狂だが……帽子屋がいい人か」
どうにも納得が行かないらしいグレイ。
眉根を寄せてぶつぶつと言っている。(でもスルー!)
「あとね、なんか茶葉に合うお菓子というのもたくさん買ってくれたよ。私、棚買いって初めて見たよ」
私なんて普通の珈琲豆5袋で大人買い気分だったというのに。
「……ある意味営業妨害だな」
袋の中身を覗きながら言う私に、グレイはため息をついた。
そして、私の手からその袋をすっと取り上げる。
「グレイ?」
「名無しさん、餌付けでもされているんじゃないだろうな?」
つまらなそうに言うグレイ。
「餌付け?」と思わず首を傾げると、彼はちらりと私を見てからまたため息をついた。
「とりあえず運ぼう。棚に入りきるかが問題だが」
グレイはさらにもう片方の手を差し出して、私の持っている袋を要求するように手を振った。
素直が一番だというエリオットの言葉を思いだして、私はそっと袋を彼に手渡す。
「ありがとう」
お礼を言いながら、グレイの標準装備な優しさに思わずにやけてしまいそうになった。
慌ててうつむいた時、自分の持っている小さな袋が目に留まり、その存在を思い出した。
「あ、あとね、いつも飲んでる珈琲を買って来たよ。ストックも残り少なかったから」
「そうか。ありがとう。仕事中は珈琲を飲む方が多いからな。俺もこの塔の連中も」
「そうだよね。そう思って5袋買ってみました」
えへんと胸を張って言ってみると、グレイはふっと笑った。
「気が利くな。助かるよ」
「グレイたちの仕事は手伝えないけど、雑用くらいはできるからね」
「雑用か。それはかなり大事な仕事だな」
「え? そう?」
「あぁ。細かい所まで気が回らないとできない仕事だし、細かいことこそきちんとしないと全体が機能しなくなるからな」
グレイはそう言って私を見た。
まっすぐに見つめられてどきりとする。
「名無しさんがいてくれると助かるよ」
またこの人はさらりとそういうことを言う。ずるい。
私にとってグレイの言葉がものすごく意味を持ってしまうということに、グレイ本人は気づいていないのだ。
「……グレイは私の扱いが上手いよね」
前の時間帯に、グレイから言われたセリフをそのまま返した。ちょっぴり非難の意味も込めて。
すると彼は小さく笑う。
「だとすれば、お互い様だな」
「!」
『お互い様』という言葉がなんだかものすごく嬉しかった。
お互いにお互いの扱いが上手いだなんて素敵な気がした。
仕事上でのことだとしても、必要とされている気がする。私ってなんて単純なんだろう。
「よーし! ものすごくできる雑用係になってみせます!」
そう宣言してみると、グレイは優しい顔で笑った。
「期待してるよ、名無しさん」
「うん、グレイの期待に応えられるように頑張ります!」
私の答えに楽しそうな顔で微笑んだグレイだったけれど、しばらくしてこう言った。
「名無しさん」
「ん?」
「……今度外へ行くときは、俺に一声かけてくれ」
「え?」
思わぬ言葉に私はじっと彼を見つめてしまった。
するとグレイも気まずそうに視線を外しながら言う。
「知らないうちに手を出されていたら困る」
小さな声だったけれど、はっきりとそう聞こえた。
「心配症だなー。自分で否定するのも悲しいけど、絶対そういうことはないよ、私」
さすがグレイ。
保護者っぽいなぁ。
私は笑いながら彼の言葉を流したけれど、彼が複雑そうな表情をしていることには全く気付かなかった。