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【知らぬが仏】
ご機嫌で客室の窓閉めをしていく私。
グレイと普通に接することができたので、ほっとしたのと安心したので気分が軽い。
「あの感じならたぶんこれからもうまくやっていけそう」
うんうん、と一人うなずきながら次から次へと客室に入っては窓を閉めていく。
ナイトメアは「今後名無しさんのことを意識するということもある」と言ってくれた。
もしそうならすごく嬉しいけど……でも今はそこまで考えられない。
今は普通に接してもらっただけで十分だ。
これ以上望むのはちょっと贅沢な気がする。
2階の客室の窓を閉め、3階への階段を上がっていると見たことのない男の子たちが階段を下りてきた。
「お姉さんはどこにいるんだろう?」
「真面目だからきっと仕事をしているんじゃないかな」
「きっと会合間近だからってこき使われてるんだ、可哀想……」
「僕らがお姉さんを助けてあげよう。休憩させてあげなくちゃ」
そんなことを話しながら降りてくる青い服と赤い服の彼らは、顔がそっくりだった。顔っていうかもうすべてが同じ。
ここまでそっくりな双子ってなかなかいないと思う。
ここにいるってことは、もしかしてこの子たちも権力者だか役持ちだかなのだろうか?
まぁいいや。会合に出ない私には関係ない。
とにかく窓閉めだ。
私は視線を落として階段をのぼる。
すると降りてくる彼らの会話が、先ほどまでとは違うテーマになっていることに気づいた。
「ねぇ、兄弟。なんか面白そうな子がいるね」
「そうだね、兄弟。気のせいかお姉さんと同じ雰囲気を感じるんだけど……誰かな?」
……うわ、これ私のこと言ってるよね、明らかに。
見ないふり気づかないふり。
私はじぃっと自分の足元を見ながら階段を登る。
遠慮のない視線を感じ、冷や汗が出る。
階段の途中で立ち止まる彼らのブーツが目に映り、私はどうしようかと悩みながらもちらりと視線を上げてみた。
赤い目と青い目が私をじぃっと見ている。ばっちり目が合ってしまった(ガン見!?)
仕方なく私は軽く会釈して、すれ違おうとした。
しかしその時突然道を塞がれた。
初めはそれが何かわからなかったけれど、3秒後には斧だとわかった。
目の前でぎらぎらと刃が光る。
「!?」
「ねぇ、あんた誰?」
驚く私に、青い服の少年はごくごく普通に聞いてきた。
片手で大きな斧を持ち私を通せんぼしているのに、なんでそう普通なんだろう。
思わず階段を一歩降りる私だったけれど、すぐ後ろも気づけば斧で道がふさがれていた。
「顔なしじゃないみたいだね。顔がわかるもん」
赤い服の少年がおっとりとそう言った。
彼も重そうな斧を片手にしているとは思えない。
道を塞がれ私は仕方なく口を開く。
「私はただここに居候しているだけなんですけど」
「ふうん。……お姉さんと同じだね」
「うん。もしかしてお姉さんと同じ余所者だったりして」
「あ、うん。私余所者らしいです」
『お姉さん』てアリスのことかなぁ?と思いながら答えると、彼らはびっくりした顔をする。
「え! そうなの!?」
「ほんとに!?」
そう言いながらじろじろと私を見る2人。
……ほんと遠慮というものがない子たちだなぁ。
彼らはそれから2人で色々と余所者について話し合っていたけれど、しばらくして私の方を見た。
「僕ら余所者って結構好きなんだ。可愛いし面白いから」
「うんうん。お姉さんは可愛いし面白いよね」
「……えーと、私はアリスとは違うからそんなに可愛くも面白くもないけど」
否定する私の言葉なんて彼らには聞こえていないらしい。
突然の自己紹介が始まった。
「ねぇねぇ名前はなんていうの? 僕はトゥイードル=ディー」
「僕はトゥイードル=ダム」
「え、えぇと、私は名無しさん」
「名無しさんかー。うんうん、なんか面白そう!」
「ねぇ名無しさん、僕達しばらくここにいるんだよ! 一緒に遊ぼうね」
「会合なんてつまんないと思ってたけど、名無しさんもいるしお姉さんもいるし、最高に楽しいかもしれないね、兄弟」
「うんうん、きっと楽しいよ。あ、そのうちボリスも来るよね?」
「たくさん遊べるね、兄弟!」
きゃっきゃと楽しそうに話をする彼ら。
同窓会みたいな感覚なのだろうか?
グレイたちがあれだけ働いて準備している会合なのになぁ、と苦笑する。
「ね、名無しさん。仲良くしてね」
「僕らちょっとお姉さんに会いに行くから、その後遊ぼうね!」
「え、いや、私は……」
「じゃあまた後でね!!」
彼らはにこやかに手を振って階段を下りて行ってしまった。
その後姿を呆然とみる私。
あの子たちといい、この間会った赤い人やピンクの人といい『役持ち』って普通の人じゃないのかしら。
ナイトメアもちょっとアレだしなぁ、と思いながら私は階段を登り始めた。
赤と青の双子と別れてから、私は3階の客室の窓を片っ端から閉めてまわった。
そして、最後の一部屋に足を踏み入れた瞬間に「わ!?」と声を上げてしまった。
窓辺に一人の男の人が立っていたのだ。
誰もいないはずの部屋に人がいたら、そりゃあ誰だって驚くと思う。
思わず声を上げた私に、その人はゆっくりと振り返ると静かに視線を向けた。
「お邪魔しているよ」
ふふふっと笑って私を見るその男の人は黒い髪に白い服を着ており、胸元にはリボンを結んでいる。
「え……えーと、すみません。開けちゃって……」
混乱していた私はそう言って部屋を出ようとした。
冷静に考えれば、勝手に入っているのはあの人の方なのだけれど、あまりに堂々としているので私が悪いような気がしたのだ。
「いや、構わないよ。ここは私の部屋でもなんでもないからね」
彼はそう言いながら私の近くにやってきた。
若くてすらりとした人だけれど、なんていうかこう……全体的に気だるげな感じがするなぁ。
思わず観察してしまった私を見て、彼は小さく笑った。
「君は余所者のようだね」
なんでわかったんだろうと思いつつ、この人ってなんでも知ってそうだなぁ、頭良さそうなどとのんきに思う私。
「あなたは役持ちなんですか?」
「あぁ、そうだよ。会合が始まるというから仕方なく来たんだ。宿は別に取ってあるからここには泊まらないがね」
ふぅん。なんかお金持ち発言……。見た目はカッコいいけど、こだわりのありそうな人だ。(きっとめんどくさいタイプだわ)
「……なにか言いたげな顔をしているね?」
「え!? い、いやいや別に何も!!」
彼の言葉に慌てる私。
鋭い人だ。いや、私が顔に出やすいのかな?(気を付けよう)
「余所者は見ていて退屈しない。あのお嬢さん同様、君も私を楽しませてくれそうだ」
「……いや、私は普通なので」
さっきの双子といい、この人といい「余所者はおもしろい」という評価がつくのはなぜだろう?
アリスってば一体何をやらかしているのかなぁ、と考えていると、彼は突然こんな質問をした。
「君はお茶会は好きかね?」
「お茶会?」
……ってアフタヌーンティー的なあれのこと?
2、3段になってるお皿にお菓子がてんこ盛り、という認識しかない。(あれは憧れる!)
残念ながら私はそんなハイセンスな趣味は持っていなかった。
「お茶会ってしたことがないです」
正直な私の返事に、彼は息を飲んだ。
信じられない、と表情が物語っている。
え……そこまで驚くことなの?
彼の様子に、お茶会を知らないのは、ものすごく恥ずかしいことのような気がしてきた。
「それはいけない。今すぐにでもお茶会に参加するべきだ。ここが屋敷だったら今すぐに君を招待するのに」
「え、いや、そんな……いいです」
「良いわけがない。お茶会を知らずに生きていることに何の意味がある? 君は即刻お茶会に参加するべきだ」
えー? なんだかすごい大袈裟だなぁ。
でもそんなこと言えないし、私はとりあえず社交辞令で返す。
「じゃあ機会があれば……」
「ぜひとも私のお茶会に参加してくれ。また後日改めて招待させていただくよ」
「あ、はい……。ありがとうございます」
この人、お茶会が好きなんだ。(きっとセレブだセレブ)
「私はブラッド=デュプレだ。お嬢さん、君の名は?」
「私は名無しさんです」
「名無しさんか。君の初めてのお茶会を最高のものにしよう」
「はぁ……それはどうも」
なんかよくわかんない人だなぁ。ブラッドって。
そう思っていたら、ドカドカと慌ただしい足音が聞こえてきた。
「あぁ!!ここにいたのか! 探したぜブラッド!!」
大きな声に振り返ると、そこにはものすごく大きな人が立っていた。
……ってうさ耳?
その人の耳を見つめると、彼は私に気づいたようだった。
「ん? 誰だ、こいつ?」
見下ろされていることに居心地の悪さを感じて、たじろぐとブラッドが笑った。
「彼女は名無しさん。ここに滞在している余所者だ」
「え!? マジで!? あんたが2人目の余所者かー!! へぇ~」
そう言いながら私を上から下までじろりと見る彼。
ただでさえ大きい人だが、そうやって見られると迫力があるというか怖い。
この人は正直に言って見た目が怖いのだ。よく言えばやんちゃそう。素直に言えばガラが悪そう。
「エリオット。女性をそんなにじろじろと見たら失礼だぞ」
ブラッドにたしなめられて、エリオットと呼ばれた彼ははっと我に返ったようだった。
「わ、悪ぃ。そんなつもりじゃなかったんだけどさ。しっかし、あんたもちっこいなー。余所者ってサイズがおかしくね?」
いやいや、あなたが大きすぎるんです。そう言おうと思った時だった。
「俺はエリオット=マーチだ。よろしくな!」
にぱっという効果音が聞こえた気がした。
ものすごい笑顔で彼は笑って私に手を差し出してきたのだった。
……なにこの人。可愛い……!!
ガラが悪そうという第一印象はその瞬間に音をたてて崩れ落ちた。
私は差し出された手を取って握手をする。
「はー。やっぱちっこいなー。これ大丈夫か? すぐ折れんじゃねーの?? ちゃんと食えよ! にんじんとか!!」
握手した手を見ながら彼はそう言った。
……なんでにんじん? と思った瞬間彼の頭上に目が行った。
あぁ、そうか。
うさぎ……。大きなうさぎだわ。
もしかして、アリスが言ってた「うさ耳をはやした大きな男」ってエリオットのことかもしれない。
そんなことをぼんやりと思っていたら、エリオットは何かを思い出したらしい。
私の手をぱっと放すと、ブラッドに向き直った。
「そーだ! ブラッド、あの門番どもに自由時間をやったって本当か?」
「あぁ、うるさいから遊んで来いと言った」
内輪の話を始める彼ら。
このブラッドという人はどうやら偉い人みたいだ。
そしてエリオットはそのお付き。
ナイトメアとグレイみたいな感じかもしれない。
でもブラッドの場合、門番までいるというのだから相当だろう。(きっとゴツゴツの大きな人が門番なんだろうな)
「おいおい、お前ほんとに人が良すぎるぜ! あのサボリ魔共当分戻ってこないぜ!?」
「別にいいさ。私は保護者じゃない。そのうち帰ってくるだろう。それよりもエリオット、私は茶が飲みたい。宿に戻るぞ」
「え? あぁ、そうだな。確かに俺も腹が減った。にんじんケーキが食いたいな」
「……」
るんるんのエリオットに冷たい視線をやりながらブラッドはため息をつく。
そして、私を見た。
「さて、それじゃあ私たちはお暇するよ。お騒がせしたね、お嬢さん」
そう言いながら、彼は近くのテーブルへ行くと『あるもの』を手に取った。
え、と思いながらその『あるもの』を見つめる私。
彼はそんな私の視線など気にせず、『あるもの』を頭に乗せる。
そう、それはなんというか……やんわりと言うならば、かなり個性的な帽子だった。バラがたくさんついている。
変だけれどやたらと彼に似合うその帽子。
私はその帽子を見た瞬間、ざーっと血の気が引いた。
『変な帽子をかぶっているからすぐわかるわよ』というアリスの言葉と、
『変な帽子をかぶっていたら目を合わせない(ボスだから)』という自分で書いたノートを思い出す。
……まさかこの人ってマフィアの……
「あー、そうだ。さっき街でこないだの奴らが絡んできたから、撃っちまったけど、いいよな?」
「会合前だからいいんじゃないか? まぁ、いつだって関係ないが」
凍り付く私をさらに凍りつかせる会話をする彼ら。
マフィアのボスとその部下はくるりと振り返って固まる私を見た。
「では名無しさん。君とのお茶会を楽しみにしているよ」
「またな! 名無しさん」
穏やかな感じでそう言い残し、彼らは行ってしまった。
「…………」
マフィアのボスなんて言うからもっと渋いおじさまだと思っていたのに……。
特徴を教えるには、変な帽子というのがわかりやすいと思ったのだろう。
確かにインパクトはあるけれど……もっと身体的特徴を聞いておけば良かった。
アリス。
あの人……帽子かぶってなかったよ。
私は心の中でアリスに報告した。
ご機嫌で客室の窓閉めをしていく私。
グレイと普通に接することができたので、ほっとしたのと安心したので気分が軽い。
「あの感じならたぶんこれからもうまくやっていけそう」
うんうん、と一人うなずきながら次から次へと客室に入っては窓を閉めていく。
ナイトメアは「今後名無しさんのことを意識するということもある」と言ってくれた。
もしそうならすごく嬉しいけど……でも今はそこまで考えられない。
今は普通に接してもらっただけで十分だ。
これ以上望むのはちょっと贅沢な気がする。
2階の客室の窓を閉め、3階への階段を上がっていると見たことのない男の子たちが階段を下りてきた。
「お姉さんはどこにいるんだろう?」
「真面目だからきっと仕事をしているんじゃないかな」
「きっと会合間近だからってこき使われてるんだ、可哀想……」
「僕らがお姉さんを助けてあげよう。休憩させてあげなくちゃ」
そんなことを話しながら降りてくる青い服と赤い服の彼らは、顔がそっくりだった。顔っていうかもうすべてが同じ。
ここまでそっくりな双子ってなかなかいないと思う。
ここにいるってことは、もしかしてこの子たちも権力者だか役持ちだかなのだろうか?
まぁいいや。会合に出ない私には関係ない。
とにかく窓閉めだ。
私は視線を落として階段をのぼる。
すると降りてくる彼らの会話が、先ほどまでとは違うテーマになっていることに気づいた。
「ねぇ、兄弟。なんか面白そうな子がいるね」
「そうだね、兄弟。気のせいかお姉さんと同じ雰囲気を感じるんだけど……誰かな?」
……うわ、これ私のこと言ってるよね、明らかに。
見ないふり気づかないふり。
私はじぃっと自分の足元を見ながら階段を登る。
遠慮のない視線を感じ、冷や汗が出る。
階段の途中で立ち止まる彼らのブーツが目に映り、私はどうしようかと悩みながらもちらりと視線を上げてみた。
赤い目と青い目が私をじぃっと見ている。ばっちり目が合ってしまった(ガン見!?)
仕方なく私は軽く会釈して、すれ違おうとした。
しかしその時突然道を塞がれた。
初めはそれが何かわからなかったけれど、3秒後には斧だとわかった。
目の前でぎらぎらと刃が光る。
「!?」
「ねぇ、あんた誰?」
驚く私に、青い服の少年はごくごく普通に聞いてきた。
片手で大きな斧を持ち私を通せんぼしているのに、なんでそう普通なんだろう。
思わず階段を一歩降りる私だったけれど、すぐ後ろも気づけば斧で道がふさがれていた。
「顔なしじゃないみたいだね。顔がわかるもん」
赤い服の少年がおっとりとそう言った。
彼も重そうな斧を片手にしているとは思えない。
道を塞がれ私は仕方なく口を開く。
「私はただここに居候しているだけなんですけど」
「ふうん。……お姉さんと同じだね」
「うん。もしかしてお姉さんと同じ余所者だったりして」
「あ、うん。私余所者らしいです」
『お姉さん』てアリスのことかなぁ?と思いながら答えると、彼らはびっくりした顔をする。
「え! そうなの!?」
「ほんとに!?」
そう言いながらじろじろと私を見る2人。
……ほんと遠慮というものがない子たちだなぁ。
彼らはそれから2人で色々と余所者について話し合っていたけれど、しばらくして私の方を見た。
「僕ら余所者って結構好きなんだ。可愛いし面白いから」
「うんうん。お姉さんは可愛いし面白いよね」
「……えーと、私はアリスとは違うからそんなに可愛くも面白くもないけど」
否定する私の言葉なんて彼らには聞こえていないらしい。
突然の自己紹介が始まった。
「ねぇねぇ名前はなんていうの? 僕はトゥイードル=ディー」
「僕はトゥイードル=ダム」
「え、えぇと、私は名無しさん」
「名無しさんかー。うんうん、なんか面白そう!」
「ねぇ名無しさん、僕達しばらくここにいるんだよ! 一緒に遊ぼうね」
「会合なんてつまんないと思ってたけど、名無しさんもいるしお姉さんもいるし、最高に楽しいかもしれないね、兄弟」
「うんうん、きっと楽しいよ。あ、そのうちボリスも来るよね?」
「たくさん遊べるね、兄弟!」
きゃっきゃと楽しそうに話をする彼ら。
同窓会みたいな感覚なのだろうか?
グレイたちがあれだけ働いて準備している会合なのになぁ、と苦笑する。
「ね、名無しさん。仲良くしてね」
「僕らちょっとお姉さんに会いに行くから、その後遊ぼうね!」
「え、いや、私は……」
「じゃあまた後でね!!」
彼らはにこやかに手を振って階段を下りて行ってしまった。
その後姿を呆然とみる私。
あの子たちといい、この間会った赤い人やピンクの人といい『役持ち』って普通の人じゃないのかしら。
ナイトメアもちょっとアレだしなぁ、と思いながら私は階段を登り始めた。
赤と青の双子と別れてから、私は3階の客室の窓を片っ端から閉めてまわった。
そして、最後の一部屋に足を踏み入れた瞬間に「わ!?」と声を上げてしまった。
窓辺に一人の男の人が立っていたのだ。
誰もいないはずの部屋に人がいたら、そりゃあ誰だって驚くと思う。
思わず声を上げた私に、その人はゆっくりと振り返ると静かに視線を向けた。
「お邪魔しているよ」
ふふふっと笑って私を見るその男の人は黒い髪に白い服を着ており、胸元にはリボンを結んでいる。
「え……えーと、すみません。開けちゃって……」
混乱していた私はそう言って部屋を出ようとした。
冷静に考えれば、勝手に入っているのはあの人の方なのだけれど、あまりに堂々としているので私が悪いような気がしたのだ。
「いや、構わないよ。ここは私の部屋でもなんでもないからね」
彼はそう言いながら私の近くにやってきた。
若くてすらりとした人だけれど、なんていうかこう……全体的に気だるげな感じがするなぁ。
思わず観察してしまった私を見て、彼は小さく笑った。
「君は余所者のようだね」
なんでわかったんだろうと思いつつ、この人ってなんでも知ってそうだなぁ、頭良さそうなどとのんきに思う私。
「あなたは役持ちなんですか?」
「あぁ、そうだよ。会合が始まるというから仕方なく来たんだ。宿は別に取ってあるからここには泊まらないがね」
ふぅん。なんかお金持ち発言……。見た目はカッコいいけど、こだわりのありそうな人だ。(きっとめんどくさいタイプだわ)
「……なにか言いたげな顔をしているね?」
「え!? い、いやいや別に何も!!」
彼の言葉に慌てる私。
鋭い人だ。いや、私が顔に出やすいのかな?(気を付けよう)
「余所者は見ていて退屈しない。あのお嬢さん同様、君も私を楽しませてくれそうだ」
「……いや、私は普通なので」
さっきの双子といい、この人といい「余所者はおもしろい」という評価がつくのはなぜだろう?
アリスってば一体何をやらかしているのかなぁ、と考えていると、彼は突然こんな質問をした。
「君はお茶会は好きかね?」
「お茶会?」
……ってアフタヌーンティー的なあれのこと?
2、3段になってるお皿にお菓子がてんこ盛り、という認識しかない。(あれは憧れる!)
残念ながら私はそんなハイセンスな趣味は持っていなかった。
「お茶会ってしたことがないです」
正直な私の返事に、彼は息を飲んだ。
信じられない、と表情が物語っている。
え……そこまで驚くことなの?
彼の様子に、お茶会を知らないのは、ものすごく恥ずかしいことのような気がしてきた。
「それはいけない。今すぐにでもお茶会に参加するべきだ。ここが屋敷だったら今すぐに君を招待するのに」
「え、いや、そんな……いいです」
「良いわけがない。お茶会を知らずに生きていることに何の意味がある? 君は即刻お茶会に参加するべきだ」
えー? なんだかすごい大袈裟だなぁ。
でもそんなこと言えないし、私はとりあえず社交辞令で返す。
「じゃあ機会があれば……」
「ぜひとも私のお茶会に参加してくれ。また後日改めて招待させていただくよ」
「あ、はい……。ありがとうございます」
この人、お茶会が好きなんだ。(きっとセレブだセレブ)
「私はブラッド=デュプレだ。お嬢さん、君の名は?」
「私は名無しさんです」
「名無しさんか。君の初めてのお茶会を最高のものにしよう」
「はぁ……それはどうも」
なんかよくわかんない人だなぁ。ブラッドって。
そう思っていたら、ドカドカと慌ただしい足音が聞こえてきた。
「あぁ!!ここにいたのか! 探したぜブラッド!!」
大きな声に振り返ると、そこにはものすごく大きな人が立っていた。
……ってうさ耳?
その人の耳を見つめると、彼は私に気づいたようだった。
「ん? 誰だ、こいつ?」
見下ろされていることに居心地の悪さを感じて、たじろぐとブラッドが笑った。
「彼女は名無しさん。ここに滞在している余所者だ」
「え!? マジで!? あんたが2人目の余所者かー!! へぇ~」
そう言いながら私を上から下までじろりと見る彼。
ただでさえ大きい人だが、そうやって見られると迫力があるというか怖い。
この人は正直に言って見た目が怖いのだ。よく言えばやんちゃそう。素直に言えばガラが悪そう。
「エリオット。女性をそんなにじろじろと見たら失礼だぞ」
ブラッドにたしなめられて、エリオットと呼ばれた彼ははっと我に返ったようだった。
「わ、悪ぃ。そんなつもりじゃなかったんだけどさ。しっかし、あんたもちっこいなー。余所者ってサイズがおかしくね?」
いやいや、あなたが大きすぎるんです。そう言おうと思った時だった。
「俺はエリオット=マーチだ。よろしくな!」
にぱっという効果音が聞こえた気がした。
ものすごい笑顔で彼は笑って私に手を差し出してきたのだった。
……なにこの人。可愛い……!!
ガラが悪そうという第一印象はその瞬間に音をたてて崩れ落ちた。
私は差し出された手を取って握手をする。
「はー。やっぱちっこいなー。これ大丈夫か? すぐ折れんじゃねーの?? ちゃんと食えよ! にんじんとか!!」
握手した手を見ながら彼はそう言った。
……なんでにんじん? と思った瞬間彼の頭上に目が行った。
あぁ、そうか。
うさぎ……。大きなうさぎだわ。
もしかして、アリスが言ってた「うさ耳をはやした大きな男」ってエリオットのことかもしれない。
そんなことをぼんやりと思っていたら、エリオットは何かを思い出したらしい。
私の手をぱっと放すと、ブラッドに向き直った。
「そーだ! ブラッド、あの門番どもに自由時間をやったって本当か?」
「あぁ、うるさいから遊んで来いと言った」
内輪の話を始める彼ら。
このブラッドという人はどうやら偉い人みたいだ。
そしてエリオットはそのお付き。
ナイトメアとグレイみたいな感じかもしれない。
でもブラッドの場合、門番までいるというのだから相当だろう。(きっとゴツゴツの大きな人が門番なんだろうな)
「おいおい、お前ほんとに人が良すぎるぜ! あのサボリ魔共当分戻ってこないぜ!?」
「別にいいさ。私は保護者じゃない。そのうち帰ってくるだろう。それよりもエリオット、私は茶が飲みたい。宿に戻るぞ」
「え? あぁ、そうだな。確かに俺も腹が減った。にんじんケーキが食いたいな」
「……」
るんるんのエリオットに冷たい視線をやりながらブラッドはため息をつく。
そして、私を見た。
「さて、それじゃあ私たちはお暇するよ。お騒がせしたね、お嬢さん」
そう言いながら、彼は近くのテーブルへ行くと『あるもの』を手に取った。
え、と思いながらその『あるもの』を見つめる私。
彼はそんな私の視線など気にせず、『あるもの』を頭に乗せる。
そう、それはなんというか……やんわりと言うならば、かなり個性的な帽子だった。バラがたくさんついている。
変だけれどやたらと彼に似合うその帽子。
私はその帽子を見た瞬間、ざーっと血の気が引いた。
『変な帽子をかぶっているからすぐわかるわよ』というアリスの言葉と、
『変な帽子をかぶっていたら目を合わせない(ボスだから)』という自分で書いたノートを思い出す。
……まさかこの人ってマフィアの……
「あー、そうだ。さっき街でこないだの奴らが絡んできたから、撃っちまったけど、いいよな?」
「会合前だからいいんじゃないか? まぁ、いつだって関係ないが」
凍り付く私をさらに凍りつかせる会話をする彼ら。
マフィアのボスとその部下はくるりと振り返って固まる私を見た。
「では名無しさん。君とのお茶会を楽しみにしているよ」
「またな! 名無しさん」
穏やかな感じでそう言い残し、彼らは行ってしまった。
「…………」
マフィアのボスなんて言うからもっと渋いおじさまだと思っていたのに……。
特徴を教えるには、変な帽子というのがわかりやすいと思ったのだろう。
確かにインパクトはあるけれど……もっと身体的特徴を聞いておけば良かった。
アリス。
あの人……帽子かぶってなかったよ。
私は心の中でアリスに報告した。