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【6.これはきっと好きなんだ】
クローバーの塔の広い広い会議室。
ここに各地の権力者が集まるらしい。
議長席にはナイトメア。
そして、私とアリスは彼と向かい合う形で普通の席に座る。グレイはナイトメアのすぐそばに立っていた。
これからナイトメアのスピーチ練習をするらしい。人前では上がってしまうという彼のために、私達は練習台として呼び出された。
「さて、それでは練習を始めますよ。ナイトメア様」
資料を片手にナイトメアをちらりと見ながらグレイが言った。
しかし、ナイトメアはというとげっそりした表情。
「嫌だ……練習なんてやりたくない」
「ダメです。あなたは人前でいつも緊張してしどろもどろになってしまうでしょう。ちゃんと練習して慣れておかなければ」
「私はその場で感じたことを、その時の言葉で、そのまま伝えたいんだ!」
「素晴らしい! ご立派な心がけです。ですが、それができるようになるためには地道な練習が必要なんです。という訳で、資料を見てください」
口を尖らせつつもグレイに従うナイトメア。
「グレイってナイトメアの扱いが上手いわよね」
「そうだね。褒めて伸ばす。そんな感じだよね。何気に酷いことも言ってるけど」
私は隣に座るアリスとくすくす笑いあう。
そこからナイトメアの練習そっちのけで、アリスはグレイ観察に入りだした。
実はこれまでもアリスとは『グレイがいかに大人か、いかに素敵か』を話し合っていた。女の子同士ではよくある話。
でも、それはあくまで『グレイを憧れとして見ていられる』ということが前提だった。
しかし、今の私はちょっとその前提に自信がない。「憧れ」を通り過ぎているような気がするのだ。
でもそんなことはアリスに言えないので、とりあえずいつも通り彼女の話に乗る。
「やっぱり大人って感じよね。横顔すら素敵」
「うんそうだね。大人だしカッコいい。欠点が見当たらない」
アリスと話をしながら、自分の鼓動がどんどんと早まっているのを感じた。
「煙草が似合うしね」 煙草の匂いが好きになってしまった
「指が綺麗だよね」 あの指に触れてみたいと思ってしまった
「声もかっこいいよね」 名前を呼ばれるたびにドキリとする
「あぁ見えて優しいよね」 保護者っぽい所があるけどね
アリスの発言にドキドキしながら、大きくうなずく私。
目の前にいるグレイを見ながら、彼とのやりとりを思い出してしまう。
どうしよう、これって憧れとかファンで収まっている感情とはとても言えないと思うのですけれど。
悩む私に気づく様子もなく、アリスは楽しそうに話を続ける。
彼女を見ている限り、私と同じような感情をグレイに抱いているとは思えない。
私ばっかりが彼に本気になってきてしまったのだ。きっと。
「勉強とか教えてもらってもそれどころじゃないと思わない、名無しさん?」
「うん。勉強そっちのけだよね」
「で、聞いてるのか?とか言われちゃうんでしょ?」
「あ~・・・・・・いいな、それ。なぜかときめくなぁ」
こそこそきゃいきゃいと盛り上がっていく私達。
しかし、さすがに盛り上がりすぎたらしい。
ナイトメアが「ごほん!」と大きな咳ばらいをした。
私とアリスはナイトメアを見る。すると彼は苦々しげな顔をしてこう言った。
「君たちはさっきからとんでもないことばかり話しているな」
「え、聞こえてた?」
「やだ、ガールズトークを聞くなんて最低!」
「あれだけ大きな声でしゃべれば嫌でも聞こえるだろう! 私は今スピーチの練習をしているんだぞ! なのにくだらない話をベラベラベラベラと!!大体、そういう話は本人の前でしないものなんじゃないのか!?」
「「あ……」」
「…………」
ナイトメアに言われてグレイを見ると、彼は気まずそうに私達から視線を逸らした。
さすがにこれは気まずいと思ったが、アリスは開き直ったらしい。
「だって誰かさんと違ってグレイって大人で素敵なんだもの」
「なっ! 誰かさんって…………!!? アリス、私の名前を心の中で叫ぶんじゃない!」
「心の中ならいいじゃない」
「だめだだめだ!! 大体私は大人で素敵な上司だぞ!!」
「大人は自分でそんなこと言わないわよ」
アリスとナイトメアのやりとりに、思わず顔を見合わせた私とグレイ。
ばちりと目が合って慌ててそらしてしまった。
私は彼女みたいに開き直れそうもない。
なんだか気まずいので、一度体勢を立て直そう。
「すみません! ナイトメア様」
私はぴっと手をあげて彼を呼ぶ。
アリスと言い争いをしていたナイトメアはぱっと私を見る。アリスもつられて私を見た。
「私、気分転換に珈琲を淹れてきます!」
「あ、あぁ。わかった。ありがとう」
「じゃあちょっと行ってきます!」
私が立ち上がるとグレイが声をかけてくる。
「名無しさん、俺も行こう」
「大丈夫だよ。ここで待ってて! ナイトメアが逃げても困るでしょ? グレイは見張ってないとね」
私はそう言って笑うとその部屋から出て行った。
キッチンについて私はほぉっとため息をつく。
「……グレイの話をするだけであんなにドキドキするなんて……これはマズすぎるよ私!」
再び大きなため息をつくと私は気を取り直して、珈琲の準備を始めた。
お湯を沸かして、カップを揃えて……。
「珈琲豆はっと……」
珈琲豆を取ろうと上の棚に手を伸ばす。
「……くっ! と、届かない!」
高い棚であるうえ、少し奥まった所に行ってしまったらしい。
いつもはかろうじて届く珈琲豆が届かない。
私はきょろきょろと辺りを見回し、踏み台的なものを探した。
しかし。
「はい、ないですね」
ひとり呟くと、再度珈琲豆を取ろうと背伸びをする。
指先がかろうじて珈琲豆に触れたけれど、それによって余計奥に行ってしまった感じがする。
「う~~……ダメだ~」
諦めて何か椅子でも持ってこよう。
そう思った時だった。
すっと後ろから手が伸びてきて、珈琲豆を取り出した。
ふわりとたばこの匂いが鼻をかすめる。
私は背伸びした体制のまま後ろを振り返った。
「グレイ!」
「どうぞ」
「ありがとう」
珈琲豆を差し出され、私は爪先立ちをやめる。
思いのほか近いグレイとの距離にドキリとした。
しかし、彼はそんなことに気づく様子もない。
私のすぐ後ろで棚に触れながら話を続ける。
「この棚は名無しさんにとっては高いんだな。いつもこんな苦労をしていたのか」
「ここまでの苦労は初めてだけどね。でもいつも背伸びしてたよ」
「そうか。この塔には女性があまりいないからな。気づかなかった。来てみてよかったよ」
グレイは手際よくコーヒーフィルターをセットし始めた。
どうやら手伝ってくれるらしい。
「ナイトメア様には専用の珈琲を用意しているんだ。名無しさんにも教えておこう」
「え!? あの人だけ専用でいつも別に淹れてたの!?」
「あぁ。味にうるさい人でね。他の人と同じものを出すと濃いだの苦いだのと騒ぐんだ。まぁ、あの方の場合はあまり濃いとすぐ胃にくるんだが」
「……ほんとわがままっ子だねぇ。グレイのせいじゃない?」
「近頃は反省しているよ」
冗談半分で言ったら、彼は笑いながら素直にうなずいた。
そして今、『ナイトメア用の珈琲』の淹れ方を教えてもらっている私。
でも、それは聞いた傍からするすると私の耳から抜けて行く。
ドキドキしてしまって、それどころじゃないのだ。
さっきアリスと話していた「勉強を教えてもらってもそれどころじゃないよね」というアレを、今まさに体験している私。
「このくらいの分量で……」などと私に手元を見せてくるグレイ。
見えないからと私が手元を覗き込むと、彼も自然とさらに近づいてくる。
うわ。ち、近い……!
どうしようもなくドキドキする。
これはもう、ある意味ではナイトメアに感謝かもしれない。(専用珈琲しか飲めなくてありがとう!)
スプーンをもつ手も素敵だしね、教えてくれる声もいいしね。
……はぁ。ダメだ。私これ、完全にハマってる。グレイからは何も教われないや。
そうぼんやりと考えていたら、グレイが私を見た。
「聞いているのか? 名無しさん」
「え? えぇ、あぁごめん」
ツッコまれた。
っていうかこれ、グレイわざとじゃないの?
さっきの私達の話をそのまま再現してくれるというサービスでもしてくれているんじゃ……?
恥ずかしさと混乱で私はとりあえずうなずいていたが、
「……とりあえずうなずいておけばいいというものではないぞ」
さらにツッコまれた。
「え! あ、うんごめんなさい」
そう言ってこくこくとうなずく私に、グレイは「全然聞いてないな?」と楽しそうに笑う。
はい、全然聞いてません。
全然聞いてないけど、彼が楽しそうでなんだか嬉しい。
それと同時にいたずら心が芽生えた。
「ねぇグレイ。このナイトメアの珈琲さ、ちょっといたずらしない?」
「いたずら?」
「そう。珈琲だと見せかけて、実は麦茶とか、ホットと見せかけてアイスだったり」
「……それはすぐにバレるんじゃないか? なんせあの人は食事に薬を少量混ぜても気づくんだぞ」
「じゃあ、初めからすっごく甘い珈琲にしておくとか」
確かナイトメアは自分でミルクと砂糖を入れていた気がするけど。
私はそう考えながらグレイを見る。
あー、やっぱりダメかな。「やめておきなさい」とばっさり却下されるかなぁ。
すると彼は一言。
「……おもしろそうだな」
「!」
乗ってきた!
グレイがいたずらに乗ってきたよ!?
「よし! じゃあ決まり~!! ものすごく甘くしちゃおう!!」
そう言うが早いか、私はナイトメアの珈琲に砂糖を山盛り3杯いれた。
どうですか?という意味を込めてグレイを見る。
すると彼はとてもクールな表情で、
「まだ足りないな」
と言いながら、さらに山盛り3杯の砂糖を入れた。
大胆な彼に私はびっくりしつつも、ノリの良さに感心してしまった。真面目なだけじゃないんだなぁ。
「……グレイもなかなかいたずらっ子なのねぇ」
「たまにはな」
そう言ってにやりと笑う彼に私もつられて笑った。
くすくすと笑いながら珈琲の用意を続ける私達。
「しかし、こういうことをするのは初めてだな」
「そうなの? じゃあ反応が楽しみだね!」
「あぁ、楽しみだ。大騒ぎするんだろうな」
「そりゃもうすごい大騒ぎするんだろうね」
そう言って、私たちはまたもやくすくすと笑いあう。
グレイが私を見た。
「君はおもしろいことを考えるな」
「……どうせ子どもっぽいって言いたいんでしょ」
こういうことばっかりやってるからいけないのか、私。
「いや、すごく新鮮だよ。名無しさんといると飽きないな」
さらりとそう言うと、グレイはカップをのせたトレイを持つ。
「行こう、名無しさん」
そう言ってキッチンを出るグレイは、私が今どう思っているかなんてきっと全然わかってないんだろうな。
「一緒にいて飽きないなら、ずっと一緒にいてください」
思わずそう言いそうになって、私はあわてて口を紡ぐ。
どこの乙女ですか私は。
恥ずかしい子だと自分で思ったけど、本当にそう思ったのだから仕方がない。
これはきっと好きなんだ。はっきりとそう思ってしまった。
「うっ……!!? な、なんだこれは!?」
珈琲を一口飲んだナイトメアが素晴らしい反応を見せた。
大騒ぎをはじめるナイトメアに、私とグレイはお互いに目配せをして笑いをこらえていたけれど、彼が珈琲を吹き出す姿を見てもうダメだった。
「吐血よりはましだけど、何やってんの」というアリスのセリフも手伝って、私は笑い死にするかと思ったくらいに笑った。
共犯者のグレイも珍しく肩を震わせながらくつくつと笑っていて、なんだかすごく嬉しかった。
クローバーの塔の広い広い会議室。
ここに各地の権力者が集まるらしい。
議長席にはナイトメア。
そして、私とアリスは彼と向かい合う形で普通の席に座る。グレイはナイトメアのすぐそばに立っていた。
これからナイトメアのスピーチ練習をするらしい。人前では上がってしまうという彼のために、私達は練習台として呼び出された。
「さて、それでは練習を始めますよ。ナイトメア様」
資料を片手にナイトメアをちらりと見ながらグレイが言った。
しかし、ナイトメアはというとげっそりした表情。
「嫌だ……練習なんてやりたくない」
「ダメです。あなたは人前でいつも緊張してしどろもどろになってしまうでしょう。ちゃんと練習して慣れておかなければ」
「私はその場で感じたことを、その時の言葉で、そのまま伝えたいんだ!」
「素晴らしい! ご立派な心がけです。ですが、それができるようになるためには地道な練習が必要なんです。という訳で、資料を見てください」
口を尖らせつつもグレイに従うナイトメア。
「グレイってナイトメアの扱いが上手いわよね」
「そうだね。褒めて伸ばす。そんな感じだよね。何気に酷いことも言ってるけど」
私は隣に座るアリスとくすくす笑いあう。
そこからナイトメアの練習そっちのけで、アリスはグレイ観察に入りだした。
実はこれまでもアリスとは『グレイがいかに大人か、いかに素敵か』を話し合っていた。女の子同士ではよくある話。
でも、それはあくまで『グレイを憧れとして見ていられる』ということが前提だった。
しかし、今の私はちょっとその前提に自信がない。「憧れ」を通り過ぎているような気がするのだ。
でもそんなことはアリスに言えないので、とりあえずいつも通り彼女の話に乗る。
「やっぱり大人って感じよね。横顔すら素敵」
「うんそうだね。大人だしカッコいい。欠点が見当たらない」
アリスと話をしながら、自分の鼓動がどんどんと早まっているのを感じた。
「煙草が似合うしね」 煙草の匂いが好きになってしまった
「指が綺麗だよね」 あの指に触れてみたいと思ってしまった
「声もかっこいいよね」 名前を呼ばれるたびにドキリとする
「あぁ見えて優しいよね」 保護者っぽい所があるけどね
アリスの発言にドキドキしながら、大きくうなずく私。
目の前にいるグレイを見ながら、彼とのやりとりを思い出してしまう。
どうしよう、これって憧れとかファンで収まっている感情とはとても言えないと思うのですけれど。
悩む私に気づく様子もなく、アリスは楽しそうに話を続ける。
彼女を見ている限り、私と同じような感情をグレイに抱いているとは思えない。
私ばっかりが彼に本気になってきてしまったのだ。きっと。
「勉強とか教えてもらってもそれどころじゃないと思わない、名無しさん?」
「うん。勉強そっちのけだよね」
「で、聞いてるのか?とか言われちゃうんでしょ?」
「あ~・・・・・・いいな、それ。なぜかときめくなぁ」
こそこそきゃいきゃいと盛り上がっていく私達。
しかし、さすがに盛り上がりすぎたらしい。
ナイトメアが「ごほん!」と大きな咳ばらいをした。
私とアリスはナイトメアを見る。すると彼は苦々しげな顔をしてこう言った。
「君たちはさっきからとんでもないことばかり話しているな」
「え、聞こえてた?」
「やだ、ガールズトークを聞くなんて最低!」
「あれだけ大きな声でしゃべれば嫌でも聞こえるだろう! 私は今スピーチの練習をしているんだぞ! なのにくだらない話をベラベラベラベラと!!大体、そういう話は本人の前でしないものなんじゃないのか!?」
「「あ……」」
「…………」
ナイトメアに言われてグレイを見ると、彼は気まずそうに私達から視線を逸らした。
さすがにこれは気まずいと思ったが、アリスは開き直ったらしい。
「だって誰かさんと違ってグレイって大人で素敵なんだもの」
「なっ! 誰かさんって…………!!? アリス、私の名前を心の中で叫ぶんじゃない!」
「心の中ならいいじゃない」
「だめだだめだ!! 大体私は大人で素敵な上司だぞ!!」
「大人は自分でそんなこと言わないわよ」
アリスとナイトメアのやりとりに、思わず顔を見合わせた私とグレイ。
ばちりと目が合って慌ててそらしてしまった。
私は彼女みたいに開き直れそうもない。
なんだか気まずいので、一度体勢を立て直そう。
「すみません! ナイトメア様」
私はぴっと手をあげて彼を呼ぶ。
アリスと言い争いをしていたナイトメアはぱっと私を見る。アリスもつられて私を見た。
「私、気分転換に珈琲を淹れてきます!」
「あ、あぁ。わかった。ありがとう」
「じゃあちょっと行ってきます!」
私が立ち上がるとグレイが声をかけてくる。
「名無しさん、俺も行こう」
「大丈夫だよ。ここで待ってて! ナイトメアが逃げても困るでしょ? グレイは見張ってないとね」
私はそう言って笑うとその部屋から出て行った。
キッチンについて私はほぉっとため息をつく。
「……グレイの話をするだけであんなにドキドキするなんて……これはマズすぎるよ私!」
再び大きなため息をつくと私は気を取り直して、珈琲の準備を始めた。
お湯を沸かして、カップを揃えて……。
「珈琲豆はっと……」
珈琲豆を取ろうと上の棚に手を伸ばす。
「……くっ! と、届かない!」
高い棚であるうえ、少し奥まった所に行ってしまったらしい。
いつもはかろうじて届く珈琲豆が届かない。
私はきょろきょろと辺りを見回し、踏み台的なものを探した。
しかし。
「はい、ないですね」
ひとり呟くと、再度珈琲豆を取ろうと背伸びをする。
指先がかろうじて珈琲豆に触れたけれど、それによって余計奥に行ってしまった感じがする。
「う~~……ダメだ~」
諦めて何か椅子でも持ってこよう。
そう思った時だった。
すっと後ろから手が伸びてきて、珈琲豆を取り出した。
ふわりとたばこの匂いが鼻をかすめる。
私は背伸びした体制のまま後ろを振り返った。
「グレイ!」
「どうぞ」
「ありがとう」
珈琲豆を差し出され、私は爪先立ちをやめる。
思いのほか近いグレイとの距離にドキリとした。
しかし、彼はそんなことに気づく様子もない。
私のすぐ後ろで棚に触れながら話を続ける。
「この棚は名無しさんにとっては高いんだな。いつもこんな苦労をしていたのか」
「ここまでの苦労は初めてだけどね。でもいつも背伸びしてたよ」
「そうか。この塔には女性があまりいないからな。気づかなかった。来てみてよかったよ」
グレイは手際よくコーヒーフィルターをセットし始めた。
どうやら手伝ってくれるらしい。
「ナイトメア様には専用の珈琲を用意しているんだ。名無しさんにも教えておこう」
「え!? あの人だけ専用でいつも別に淹れてたの!?」
「あぁ。味にうるさい人でね。他の人と同じものを出すと濃いだの苦いだのと騒ぐんだ。まぁ、あの方の場合はあまり濃いとすぐ胃にくるんだが」
「……ほんとわがままっ子だねぇ。グレイのせいじゃない?」
「近頃は反省しているよ」
冗談半分で言ったら、彼は笑いながら素直にうなずいた。
そして今、『ナイトメア用の珈琲』の淹れ方を教えてもらっている私。
でも、それは聞いた傍からするすると私の耳から抜けて行く。
ドキドキしてしまって、それどころじゃないのだ。
さっきアリスと話していた「勉強を教えてもらってもそれどころじゃないよね」というアレを、今まさに体験している私。
「このくらいの分量で……」などと私に手元を見せてくるグレイ。
見えないからと私が手元を覗き込むと、彼も自然とさらに近づいてくる。
うわ。ち、近い……!
どうしようもなくドキドキする。
これはもう、ある意味ではナイトメアに感謝かもしれない。(専用珈琲しか飲めなくてありがとう!)
スプーンをもつ手も素敵だしね、教えてくれる声もいいしね。
……はぁ。ダメだ。私これ、完全にハマってる。グレイからは何も教われないや。
そうぼんやりと考えていたら、グレイが私を見た。
「聞いているのか? 名無しさん」
「え? えぇ、あぁごめん」
ツッコまれた。
っていうかこれ、グレイわざとじゃないの?
さっきの私達の話をそのまま再現してくれるというサービスでもしてくれているんじゃ……?
恥ずかしさと混乱で私はとりあえずうなずいていたが、
「……とりあえずうなずいておけばいいというものではないぞ」
さらにツッコまれた。
「え! あ、うんごめんなさい」
そう言ってこくこくとうなずく私に、グレイは「全然聞いてないな?」と楽しそうに笑う。
はい、全然聞いてません。
全然聞いてないけど、彼が楽しそうでなんだか嬉しい。
それと同時にいたずら心が芽生えた。
「ねぇグレイ。このナイトメアの珈琲さ、ちょっといたずらしない?」
「いたずら?」
「そう。珈琲だと見せかけて、実は麦茶とか、ホットと見せかけてアイスだったり」
「……それはすぐにバレるんじゃないか? なんせあの人は食事に薬を少量混ぜても気づくんだぞ」
「じゃあ、初めからすっごく甘い珈琲にしておくとか」
確かナイトメアは自分でミルクと砂糖を入れていた気がするけど。
私はそう考えながらグレイを見る。
あー、やっぱりダメかな。「やめておきなさい」とばっさり却下されるかなぁ。
すると彼は一言。
「……おもしろそうだな」
「!」
乗ってきた!
グレイがいたずらに乗ってきたよ!?
「よし! じゃあ決まり~!! ものすごく甘くしちゃおう!!」
そう言うが早いか、私はナイトメアの珈琲に砂糖を山盛り3杯いれた。
どうですか?という意味を込めてグレイを見る。
すると彼はとてもクールな表情で、
「まだ足りないな」
と言いながら、さらに山盛り3杯の砂糖を入れた。
大胆な彼に私はびっくりしつつも、ノリの良さに感心してしまった。真面目なだけじゃないんだなぁ。
「……グレイもなかなかいたずらっ子なのねぇ」
「たまにはな」
そう言ってにやりと笑う彼に私もつられて笑った。
くすくすと笑いながら珈琲の用意を続ける私達。
「しかし、こういうことをするのは初めてだな」
「そうなの? じゃあ反応が楽しみだね!」
「あぁ、楽しみだ。大騒ぎするんだろうな」
「そりゃもうすごい大騒ぎするんだろうね」
そう言って、私たちはまたもやくすくすと笑いあう。
グレイが私を見た。
「君はおもしろいことを考えるな」
「……どうせ子どもっぽいって言いたいんでしょ」
こういうことばっかりやってるからいけないのか、私。
「いや、すごく新鮮だよ。名無しさんといると飽きないな」
さらりとそう言うと、グレイはカップをのせたトレイを持つ。
「行こう、名無しさん」
そう言ってキッチンを出るグレイは、私が今どう思っているかなんてきっと全然わかってないんだろうな。
「一緒にいて飽きないなら、ずっと一緒にいてください」
思わずそう言いそうになって、私はあわてて口を紡ぐ。
どこの乙女ですか私は。
恥ずかしい子だと自分で思ったけど、本当にそう思ったのだから仕方がない。
これはきっと好きなんだ。はっきりとそう思ってしまった。
「うっ……!!? な、なんだこれは!?」
珈琲を一口飲んだナイトメアが素晴らしい反応を見せた。
大騒ぎをはじめるナイトメアに、私とグレイはお互いに目配せをして笑いをこらえていたけれど、彼が珈琲を吹き出す姿を見てもうダメだった。
「吐血よりはましだけど、何やってんの」というアリスのセリフも手伝って、私は笑い死にするかと思ったくらいに笑った。
共犯者のグレイも珍しく肩を震わせながらくつくつと笑っていて、なんだかすごく嬉しかった。