マッドハッターズ!
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バラ風呂に入ったり、お茶をしたりと、ハートの城で2時間帯を過ごしてきた私。
もう仕事からみんな帰ってるかもしれない。
そう期待を込めて、屋敷に戻ってみたがメイドさんの一言で一気にテンションが下がった。
「まだ、お戻りになっていませんよ」
馴染みのメイドさんはあっけらかんとそう答えた。
「けっこう面倒な案件みたいですからね~。あと1時間帯くらいはかかるんじゃないかしら~?」
「そうなんだ」
私とメイドさんのやり取りを近くで聞いていた使用人さんも苦笑する。
「こっちもこっちで面倒でしたけどねー」
「そうそう。大変でしたわ~」
「どういうこと?」
大変、面倒、というわりにはいつも通りだるだるな彼らに質問をする。
「ボスたちがいないのをいいことに~、屋敷に乗り込んでくる人もいるんですよね~」
「そうそう。相手をするのが面倒でー。こういう時門番のお二人がいらっしゃるとラクなのにー」
「……いや、面倒とかそういう話じゃないよね、それは」
物騒にもほどがあると思うのですが。
「でも~、考えようによってはストレス発散にはなったわよね~。ボスもエリオット様もいらっしゃらないから~、好きな感じで懲らしめることができたもの~」
「確かに好きなやり方で懲らしめることができて楽しかったですー」
「懲らしめる……好きなやり方で……」
そんな可愛いものだったのだろうか。(そういえば絨毯が新品になってるよ?)
唖然とする私。
エリオットが城にいろ、といった意味が分かった気がした。
私が屋敷に戻ってきてすでに2時間帯が過ぎた。
つまり、ブラッド達が仕事に出てから4時間帯が過ぎたことになる。
エリオットは2時間帯くらいで戻るって言ってたけどな。
私は従業員用の食堂で、ブラッドの嫌がる珈琲を飲みながらため息をついた。
彼がいない時じゃないと飲めない珈琲。
外は明るい昼。
ここ最近は昼と夕方ばっかりが入れ替わっている。
ブラッドは昼に外へ出ない人だから、仕事どころじゃないかもしれない。
昼のせいで思考力が鈍って、状況が不利になっていたらどうしよう。
あぁ、でもブラッドだって一応ボスだし、いくらなんでもそれはないかな。
ディーとダムだって怪我をしてくるかもしれない。あの子たちはちょっと調子に乗っちゃうところがあるから。
エリオットもすぐに相手の挑発に乗って、状況を悪くしちゃってるかもしれない。
考えれば考えるほど心配でたまらなくなる。
でも、どうしようもない。
信じて待つしかないのだ。
すると、その時わいわいと賑やかな声が聞こえてきた。
はっと窓の外に目をやると、双子を先頭にブラッド達が屋敷内の道を歩いてくるのが見えた。
私はがたりと椅子から立ち上がると、食堂を飛び出した。
「あー、つっかれたー!」
「お風呂入ろうお風呂!」
双子が賑やかに玄関に入ってくる。
「おかえりなさい」
「あ、名無しさん!ただいま!!」
彼らは私を見るなり駆け寄ってきた。
予想通りとはいえ、小さな怪我や返り血で染まっている。
「大丈夫? 怪我してるんじゃないの?」
「え? あぁ、これ? 平気だよ!全然平気!」
「心配してくれるなんて優しいなぁ、名無しさんは!」
彼らはぶんぶんと私の手を取ってにこにこ笑う。
「おいおい、お前らそんな汚い手で名無しさんに触るんじゃねぇよ。風呂へ直行しろ」
エリオットが背後から双子をいさめる。
「お帰りなさい、エリオット」
「ただいま。予想よりちょーっと遅くなっちまったな。名無しさんは大丈夫だったか?」
「うん。お城にいたから」
「そりゃ良かった。どうせここの留守番組が暴れたんだろうからな」
エリオットは新品になっている絨毯を見て苦笑いをする。
それから、双子をひっつかむとずるずると引っ張り歩き出した。
「な、何すんだよ馬鹿ウサギ!」
「うるせー。お前らは風呂入れって言ってんだ! そんな返り血浴びまくりでダサすぎるっつーの」
「ふん、僕達は接近戦が好きなんだよ。お前みたいに遠くから銃で撃つような臆病な戦い方は嫌いなんだ」
「あぁ!? なんだと!?」
「悔しかったら銃なしで戦ってごらんよ、臆病ウサギ!」
ぎゃあぎゃあ言いながら彼らはそのまま行ってしまった。
取り残されたのは、私とブラッド。
だだっぴろい玄関で向き合うと私は口を開いた。
「おかえり」
「ただいま」
いつも通りのブラッドの様子に私は安堵する。
見た所怪我もないようだ。
「まさか出迎えてくれるとは思わなかったよ、名無しさん」
「だって遅かったから」
私の言葉にブラッドは小さく笑う。
「大丈夫だったの?」
「あぁ、何も問題はない。ただ何をやるにも面倒だっただけだ」
「ずっと昼だったしね?」
「そう。最悪だ。一向に夜にならない」
彼は顔をしかめながらそう言うと、私の背中を押して歩き始めた。
「疲れたよ。部屋でお茶を飲もう、お嬢さん」
疲れたなら休めばいいじゃない、とは言えなかった。
じゃあそうしよう、なんて言われたら嫌だったからだ。
一緒にいてもいいんだ、という嬉しさの方が大きかった。
ブラッドの部屋に来るのはこれで何回目だろう。
なんだかんだこの部屋で過ごすことも多くなってきたけれど、今ほど複雑な気持ちでいることはこれまでなかったと思う。
私は部屋のドアの前で立ち尽くしたまま、帽子や上着を脱いだり、書類の片づけをするブラッドを見る。
この人はマフィアのボスで、街を歩くと道ができるほど恐れられていて、仕事もすごく危険なことをしている、らしい。
物騒な人だけど、でも私はこの人が好きだ。
ブラッドがマフィアのボスである限り、危険な生活はずっと続くんだろう。
今回のように待つことしかできずに、1人で心配することしかできない時間がこれからもたくさんある。
そう思うとやり切れない気持ちになった。
私の様子を不審に思ったのだろう。
「名無しさん?」
ブラッドが声をかけてきたが、今何かを口にしたら涙が落ちそうな気がしたので無視をした。
すると、彼は私の元へやってきて顔を覗きこんだ。思わず顔をそむける。
「泣きそうな目をしている」
彼はそうつぶやいて、私を抱き寄せた。
その瞬間、こらえていた涙が一気にあふれ出す。
私はブラッドの胸の中で静かに泣いた。
なぜか涙がするすると落ちてくるのだ。
ブラッドは私を抱きしめたまま、しばらく黙っていた。
「何かあったのか?」
「……心配だっただけ」
ブラッドに何かあったらどうしよう、と怖かった。
「そうか」
彼はそう一言つぶやくと、また黙り込んだ。
私の涙が止まった頃、ブラッドは私にそっとキスをした。
意外なタイミングでびっくりしていると、唇を離した彼は一言こう言った。
「珈琲の味がする……」
「……別にいいじゃない」
「まぁ、悪くはないが……できれば紅茶の方が嬉しかったよ」
「ブラッドがいない間に私が何を飲もうと勝手でしょう。っていうか、今後もあまり遅くなるようなら珈琲を飲んで待ってることにするから」
私の言葉にブラッドは小さく笑った。
「なるほど。それなら今後はすぐに帰って来られるように仕事をしなければいけないな」
「……そうして」
心配して待っているのは嫌だから。
「心配させて悪かったね」
彼はそう言って再び珈琲味の私にキスをした。