マッドハッターズ!
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【15.夜のピクニック 後編】
時計塔にほど近い公園に落ち着いた私達。
シートに座り、メイドさんが用意してくれたお弁当を広げた。
夜のピクニックなんて初めての経験。
ピクニックというだけで楽しいけれど、それが夜となると余計にワクワクしてくる。
いつもとは違う、特別な感じ。
……だと思っているのに、私の周囲はいつも通りだった。
「名無しさん、これうまいから食ってみ?」
「やめときなよ、名無しさん! どうせにんじんが挟まってるだけのパンだよ」
「そうそう。ウサギのエサなんて食べない方がいいよ」
エリオットが私の前に差し出してきたサンドイッチを、ディーとダムが押し返した。
こうなるといつものパターンだ。
がーがーと言い争いが始まる。
彼らに挟まれて座る私としては、非常に困る。
「はぁ……」
思わずため息をつきながら、ちらりとブラッドを見た。
お弁当を挟んで私の前に座る彼は、部下がわいわい騒いでいても気にする様子が全くない。
ただひたすら紅茶を飲んでいる。
わざわざティーカップを持ってきている辺りがさすがだなぁ。
ブラッドとはここへ来る途中に少し会話をしたっきりだ。
それからずっと双子やエリオットの会話に巻き込まれていた私。
別にブラッドと話したいことがあるわけでもないからいいんだけど、話を聞いているだけというのも彼にしては珍しい。
たいてい絡んでくるのだこの男は。
いつもされることをされないというのは、こうも気になるものなのね。
私はそんなことをぼんやり考えながら彼を見た。
すごく綺麗な黒髪に、長いまつ毛。
ルックスがいいって得だろうなぁ、うらやましい。
こんなにティーカップの似合う人もなかなかいないんじゃないかなぁ。
気づけばブラッドの観察をしていた私。
その時ふと、彼が視線を上げた。
ばちりと目があう。
黒のような深い青の瞳。
「!」
ドキリとして思わず目を逸らしてしまった。
うわ、我ながらあからさますぎだ。
またからかわれる。
そんなに見つめるなって面白がられる。
逸らした視線を定めようと、私は必死に自分の膝を見つめ続ける。
そして見つめていた言い訳を考えながらブラッドの言葉を待った。
しかし……。
「……」
言葉はなかった。
おそるおそるブラッドを見ると、彼は無言で紅茶を飲み続けていた。
からかわれもしなければ、変に含み笑いをされることもなかった。
というよりも、私のことなんてまるで気にしていない(というか気づいていない)ようだった。
私は彼から視線を外す。
……おかしい。
何か言われると思った私が自意識過剰なのかもしれないけど、でもブラッドらしくない。
すごく気になるけど、もう一度彼を見る勇気は出ない。
あぁ、もうなんだかさっきから調子が狂わされっぱなしだ。
まるで私がブラッドを好きみたいじゃないですか!
いやいや、違う。それは断じて違う!
私は別にブラッドが好きなわけじゃない。
ブラッドが変に迫ってきたから意識しているだけなのだ。
でも……今は全然私に関わろうとしてこない。
やっぱり、からかわれてただけなのかもしれない。
そして、もう飽きたのかもしれない。だから何も言ってこないのかもしれない。
そう思い当って、胸にぽっかりと穴が開いたような気分になった。
あぁ、私って嫌な女。
自分は彼を好きじゃないのに、彼には自分を好きでいて欲しいだなんて。
ぐるぐると考え込む私の耳に、のんきな声が聞こえてきた。
「うわぁ、すごいなー。マフィアの幹部が勢ぞろいだ。なにやってるの?」
顔をあげると、夜でも爽やか全開のエースが立っていた。
真っ赤なコートが闇夜に浮かび上がっている。
「うわ! 最悪! なんで迷子騎士が来るんだよ!」
「そうだよ、あっちへ行け!」
エリオットと揉めていた双子が、エースを見て心底嫌そうな顔をした。
しかし当のエースは、そんな双子の様子を気に留める素振りなど全く見せない。
「あはは! 君たち夜でも元気だね。楽しそうで何よりだ」
うんうん、と一人うなずいてからエースは私を見て笑いかける。
「こんばんは、名無しさん。君、すごいね。このメンツに囲まれて過ごすのって……疲れない?」
このメンツ……。
私はちらりとそのメンツを見渡した。双子に№2にボス。
……まぁ、すごいメンツではあるかもしれないけど。
「別に疲れないよ。むしろエースと一緒にいる方が疲れる」
「あはは! ひっどいなー。俺は品行方正な騎士だぜ? 名無しさんを疲れさせるようなことなんてしてないだろ」
彼の言葉に空気が一瞬凍りついた気がした。
追い打ちをかけるかのように、ディーがぽつりとつぶやいた。
「名無しさんを疲れさせるようなこと?」
そしてエースを見据えたまま続ける。
「名無しさんを疲れさせるようなことってなんだろうね、兄弟?」
「さぁ? 僕ら子どもだからわかんないけど、きっと許しがたいことだと思うよ兄弟」
ディーと同様、視線をエースに向けたままうなずくダム。いつのまにか斧を構えている。
「これに関しては俺も同意見だな。お前、名無しさんに手を出したらどうなるかわかってんだろうな?」
さっきまでにんじんにんじんと言っていた人とは思えないほど、ドスの聞いた声でエリオットがエースを睨みつけている。
「おいおい、何か勘違いしてない? 俺はまだ名無しさんに手を出してないよ」
爽やかに否定するエースだったけれど、彼の言葉は火に油を注ぐだけだった。
「当たり前だろ! あんた馬鹿じゃないの?」
「名無しさんに手を出したら切り刻んでやるよ! 迷子騎士!」
「つーか手を出す前にぶっ殺す!!」
珍しく3人の息はぴったりだった。
いつの間にか彼らは立ち上がって、臨戦態勢に入っている。
3対1という状況に怯むどころか、エースは楽しそうに笑った。
「はははっ! こわいなー。そんなに怒らなくたって名無しさんには手を出さないよ。……たぶん」
「『たぶん』?」
その一言に反応する3人。
あぁもう! さっきから余計なひと言が多いよ、エース。(その気もないくせに!)
面倒事になる前に、私は立ち上がった。
「こら!」
「いてっ!」
エースの元まで行くと、私は彼に容赦なくチョップをお見舞いした。
そして、おでこを押さえて目をぱちくりさせるエースを睨みつける。
「煽るのはやめてよね! ……エリオット達も武器なんてしまって! この人は相手にするだけ無駄なんだからさ」
「……名無しさんがそういうなら」
しぶしぶ身を引くエリオットと双子。
そして「わー、名無しさんってばひどいなぁ」と苦笑するエース。
「ほら、エースは時計塔に行くんじゃないの?」
早く状況を落ち着かせようと声をかけると、エースは驚いたように私を見た。
「あれ、良くわかったね。そうなんだよ。俺、時計塔に行きたいんだ」
「すぐそこに見えてるでしょう。まっすぐ行けばつくから!」
目の前の高い塔を指さすと、エースはそれを見上げて「おー、本当だ」とつぶやいた。(なんでこの距離で迷ってるんだろうこの人……)
「ありがとう、名無しさん。 もし、アリスやユリウスになにか伝言があれば伝えておくけど?」
「うーん……それじゃあ、今度遊びに行きますって伝えておいて」
エースの申し出に甘えて、私は伝言を託す。
すると、彼はにこにこと笑った。
「了解。伝えておくよ。あ、ねぇ名無しさん。俺しばらくは時計塔にいるからさ、その間に遊びに来てよ」
「うん、わかった」
にこにこと笑う彼に、私もうなずいたのだが……気のせいだろうか?
エースがだいぶ私との距離を詰めている。
不審に思っていたら、彼はにこにこ笑いながらさらに距離を詰めてきた。
「また一緒にユリウスをからかっ……いや、ユリウスと遊ぼうぜ」
「う、うん、わかったけど……ちょっ、近いよエース!」
横にピタリとつく、というのを通り越して、エースは私の腰に手を回した。
私は彼をぎゅうぎゅうと押し返すが、さらに引き寄せられる。
「なんだったらこれから一緒に時計塔に行かない?その方が俺も嬉しいしね……っておわっ!?」
突然エースが声を上げたかと思ったら、さっと何かを掴んだ。
目の前をすごい勢いで何かが飛んで行った気がしたが、たぶんそれをエースが掴んだのだろう。
「な、なに? 大丈夫??」
「危ないなぁ。さすがの俺もびっくりしたぜ」
びっくりしたと言いつつも爽やかに笑うエースが掴んだものは、なんとフォークだった。
「え、なんでフォーク?」
唖然とする私。
気づくと、私以外の全員の視線がとある人物に集まっていた。
視線を集めている人物は、ただ一人シートに座ったまま優雅に紅茶を飲んでいる。
「……ブラッド?」
思わず名前をつぶやくと、彼はさらりと言った。
「手が滑った」
……はい?
なに言ってるんだろう、と頭をフル回転させる私の隣りでエースが笑った。
「やだな、帽子屋さん。フォークは投げる物じゃないぜ? 意外とそそっかしいんだな。はははっ!」
「いや……そう言う問題じゃないでしょ」
どうツッコむべきかと悩む私に、エースが私の頭をぽんと撫でながら言った。
「名無しさんが大事ってことだよ。俺にフォークを投げつけるくらいにね」
彼はすごく爽やかに言ってくれたけど、それを今この場で言われても困る。
私はおそるおそるブラッドを見た。
彼はティーカップを持ったまま、表情を変えずにエースを見ている。
そんな視線など気にも留めず、エースはフォークを私に握らせた。
「さて、じゃあ本当に行くよ。これ以上帽子屋さんの機嫌を損ねたくないしね」
ひらひらと手を振って歩き出すエース。
「さっさと行けよ」
「2度と来るな!」
双子がそんなことを叫んでいる。
エリオットはぶつぶつ文句を言いながら、再びにんじんサンドを食べ始めた。
私は、エースから受け取ったフォークを見たまま立ち尽くす。
投げつけるか? 普通、これを。
『名無しさんが大事ってことだよ。俺にフォークを投げつけるくらいにね』
エースの言葉を思い出して、私はそっとブラッドに視線を移す。
相変わらず優雅に紅茶を飲んでいるその人は、何を考えているんだろう。
「ほんとにわかんない」
わからないけど、エースの言葉通りならいいのにと思う。
やっぱり私はブラッドから好かれたいのかもしれない。
時計塔にほど近い公園に落ち着いた私達。
シートに座り、メイドさんが用意してくれたお弁当を広げた。
夜のピクニックなんて初めての経験。
ピクニックというだけで楽しいけれど、それが夜となると余計にワクワクしてくる。
いつもとは違う、特別な感じ。
……だと思っているのに、私の周囲はいつも通りだった。
「名無しさん、これうまいから食ってみ?」
「やめときなよ、名無しさん! どうせにんじんが挟まってるだけのパンだよ」
「そうそう。ウサギのエサなんて食べない方がいいよ」
エリオットが私の前に差し出してきたサンドイッチを、ディーとダムが押し返した。
こうなるといつものパターンだ。
がーがーと言い争いが始まる。
彼らに挟まれて座る私としては、非常に困る。
「はぁ……」
思わずため息をつきながら、ちらりとブラッドを見た。
お弁当を挟んで私の前に座る彼は、部下がわいわい騒いでいても気にする様子が全くない。
ただひたすら紅茶を飲んでいる。
わざわざティーカップを持ってきている辺りがさすがだなぁ。
ブラッドとはここへ来る途中に少し会話をしたっきりだ。
それからずっと双子やエリオットの会話に巻き込まれていた私。
別にブラッドと話したいことがあるわけでもないからいいんだけど、話を聞いているだけというのも彼にしては珍しい。
たいてい絡んでくるのだこの男は。
いつもされることをされないというのは、こうも気になるものなのね。
私はそんなことをぼんやり考えながら彼を見た。
すごく綺麗な黒髪に、長いまつ毛。
ルックスがいいって得だろうなぁ、うらやましい。
こんなにティーカップの似合う人もなかなかいないんじゃないかなぁ。
気づけばブラッドの観察をしていた私。
その時ふと、彼が視線を上げた。
ばちりと目があう。
黒のような深い青の瞳。
「!」
ドキリとして思わず目を逸らしてしまった。
うわ、我ながらあからさますぎだ。
またからかわれる。
そんなに見つめるなって面白がられる。
逸らした視線を定めようと、私は必死に自分の膝を見つめ続ける。
そして見つめていた言い訳を考えながらブラッドの言葉を待った。
しかし……。
「……」
言葉はなかった。
おそるおそるブラッドを見ると、彼は無言で紅茶を飲み続けていた。
からかわれもしなければ、変に含み笑いをされることもなかった。
というよりも、私のことなんてまるで気にしていない(というか気づいていない)ようだった。
私は彼から視線を外す。
……おかしい。
何か言われると思った私が自意識過剰なのかもしれないけど、でもブラッドらしくない。
すごく気になるけど、もう一度彼を見る勇気は出ない。
あぁ、もうなんだかさっきから調子が狂わされっぱなしだ。
まるで私がブラッドを好きみたいじゃないですか!
いやいや、違う。それは断じて違う!
私は別にブラッドが好きなわけじゃない。
ブラッドが変に迫ってきたから意識しているだけなのだ。
でも……今は全然私に関わろうとしてこない。
やっぱり、からかわれてただけなのかもしれない。
そして、もう飽きたのかもしれない。だから何も言ってこないのかもしれない。
そう思い当って、胸にぽっかりと穴が開いたような気分になった。
あぁ、私って嫌な女。
自分は彼を好きじゃないのに、彼には自分を好きでいて欲しいだなんて。
ぐるぐると考え込む私の耳に、のんきな声が聞こえてきた。
「うわぁ、すごいなー。マフィアの幹部が勢ぞろいだ。なにやってるの?」
顔をあげると、夜でも爽やか全開のエースが立っていた。
真っ赤なコートが闇夜に浮かび上がっている。
「うわ! 最悪! なんで迷子騎士が来るんだよ!」
「そうだよ、あっちへ行け!」
エリオットと揉めていた双子が、エースを見て心底嫌そうな顔をした。
しかし当のエースは、そんな双子の様子を気に留める素振りなど全く見せない。
「あはは! 君たち夜でも元気だね。楽しそうで何よりだ」
うんうん、と一人うなずいてからエースは私を見て笑いかける。
「こんばんは、名無しさん。君、すごいね。このメンツに囲まれて過ごすのって……疲れない?」
このメンツ……。
私はちらりとそのメンツを見渡した。双子に№2にボス。
……まぁ、すごいメンツではあるかもしれないけど。
「別に疲れないよ。むしろエースと一緒にいる方が疲れる」
「あはは! ひっどいなー。俺は品行方正な騎士だぜ? 名無しさんを疲れさせるようなことなんてしてないだろ」
彼の言葉に空気が一瞬凍りついた気がした。
追い打ちをかけるかのように、ディーがぽつりとつぶやいた。
「名無しさんを疲れさせるようなこと?」
そしてエースを見据えたまま続ける。
「名無しさんを疲れさせるようなことってなんだろうね、兄弟?」
「さぁ? 僕ら子どもだからわかんないけど、きっと許しがたいことだと思うよ兄弟」
ディーと同様、視線をエースに向けたままうなずくダム。いつのまにか斧を構えている。
「これに関しては俺も同意見だな。お前、名無しさんに手を出したらどうなるかわかってんだろうな?」
さっきまでにんじんにんじんと言っていた人とは思えないほど、ドスの聞いた声でエリオットがエースを睨みつけている。
「おいおい、何か勘違いしてない? 俺はまだ名無しさんに手を出してないよ」
爽やかに否定するエースだったけれど、彼の言葉は火に油を注ぐだけだった。
「当たり前だろ! あんた馬鹿じゃないの?」
「名無しさんに手を出したら切り刻んでやるよ! 迷子騎士!」
「つーか手を出す前にぶっ殺す!!」
珍しく3人の息はぴったりだった。
いつの間にか彼らは立ち上がって、臨戦態勢に入っている。
3対1という状況に怯むどころか、エースは楽しそうに笑った。
「はははっ! こわいなー。そんなに怒らなくたって名無しさんには手を出さないよ。……たぶん」
「『たぶん』?」
その一言に反応する3人。
あぁもう! さっきから余計なひと言が多いよ、エース。(その気もないくせに!)
面倒事になる前に、私は立ち上がった。
「こら!」
「いてっ!」
エースの元まで行くと、私は彼に容赦なくチョップをお見舞いした。
そして、おでこを押さえて目をぱちくりさせるエースを睨みつける。
「煽るのはやめてよね! ……エリオット達も武器なんてしまって! この人は相手にするだけ無駄なんだからさ」
「……名無しさんがそういうなら」
しぶしぶ身を引くエリオットと双子。
そして「わー、名無しさんってばひどいなぁ」と苦笑するエース。
「ほら、エースは時計塔に行くんじゃないの?」
早く状況を落ち着かせようと声をかけると、エースは驚いたように私を見た。
「あれ、良くわかったね。そうなんだよ。俺、時計塔に行きたいんだ」
「すぐそこに見えてるでしょう。まっすぐ行けばつくから!」
目の前の高い塔を指さすと、エースはそれを見上げて「おー、本当だ」とつぶやいた。(なんでこの距離で迷ってるんだろうこの人……)
「ありがとう、名無しさん。 もし、アリスやユリウスになにか伝言があれば伝えておくけど?」
「うーん……それじゃあ、今度遊びに行きますって伝えておいて」
エースの申し出に甘えて、私は伝言を託す。
すると、彼はにこにこと笑った。
「了解。伝えておくよ。あ、ねぇ名無しさん。俺しばらくは時計塔にいるからさ、その間に遊びに来てよ」
「うん、わかった」
にこにこと笑う彼に、私もうなずいたのだが……気のせいだろうか?
エースがだいぶ私との距離を詰めている。
不審に思っていたら、彼はにこにこ笑いながらさらに距離を詰めてきた。
「また一緒にユリウスをからかっ……いや、ユリウスと遊ぼうぜ」
「う、うん、わかったけど……ちょっ、近いよエース!」
横にピタリとつく、というのを通り越して、エースは私の腰に手を回した。
私は彼をぎゅうぎゅうと押し返すが、さらに引き寄せられる。
「なんだったらこれから一緒に時計塔に行かない?その方が俺も嬉しいしね……っておわっ!?」
突然エースが声を上げたかと思ったら、さっと何かを掴んだ。
目の前をすごい勢いで何かが飛んで行った気がしたが、たぶんそれをエースが掴んだのだろう。
「な、なに? 大丈夫??」
「危ないなぁ。さすがの俺もびっくりしたぜ」
びっくりしたと言いつつも爽やかに笑うエースが掴んだものは、なんとフォークだった。
「え、なんでフォーク?」
唖然とする私。
気づくと、私以外の全員の視線がとある人物に集まっていた。
視線を集めている人物は、ただ一人シートに座ったまま優雅に紅茶を飲んでいる。
「……ブラッド?」
思わず名前をつぶやくと、彼はさらりと言った。
「手が滑った」
……はい?
なに言ってるんだろう、と頭をフル回転させる私の隣りでエースが笑った。
「やだな、帽子屋さん。フォークは投げる物じゃないぜ? 意外とそそっかしいんだな。はははっ!」
「いや……そう言う問題じゃないでしょ」
どうツッコむべきかと悩む私に、エースが私の頭をぽんと撫でながら言った。
「名無しさんが大事ってことだよ。俺にフォークを投げつけるくらいにね」
彼はすごく爽やかに言ってくれたけど、それを今この場で言われても困る。
私はおそるおそるブラッドを見た。
彼はティーカップを持ったまま、表情を変えずにエースを見ている。
そんな視線など気にも留めず、エースはフォークを私に握らせた。
「さて、じゃあ本当に行くよ。これ以上帽子屋さんの機嫌を損ねたくないしね」
ひらひらと手を振って歩き出すエース。
「さっさと行けよ」
「2度と来るな!」
双子がそんなことを叫んでいる。
エリオットはぶつぶつ文句を言いながら、再びにんじんサンドを食べ始めた。
私は、エースから受け取ったフォークを見たまま立ち尽くす。
投げつけるか? 普通、これを。
『名無しさんが大事ってことだよ。俺にフォークを投げつけるくらいにね』
エースの言葉を思い出して、私はそっとブラッドに視線を移す。
相変わらず優雅に紅茶を飲んでいるその人は、何を考えているんだろう。
「ほんとにわかんない」
わからないけど、エースの言葉通りならいいのにと思う。
やっぱり私はブラッドから好かれたいのかもしれない。