短編
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【あなの底】
人生っていつ何が起こるかわからない。
「……はぁ」
私は一人ため息をついた。
とても信じられないのだけれど、落とし穴に落ちました。
森を歩いていたら突然どんと落ちたのだ。
驚きすぎて何がなんだか全く分からなかった。
ただ、大きな衝撃が私の体を襲い、痛みは後からやってきた。
暗くて狭いその穴は、私が立ち上がって手を伸ばしてもまだ足りないくらい深い。
しかも足を痛めてしまったらしく私にはどうすることもできなかった。
「だれかー!」
と散々叫んでみたけれど、自分の声がくぐもって聞こえるだけで、外には全く届かない。
疲れ果てて私は穴の底に座り込んでいるのだった。
「……どう考えたってディーとダムだよね。これは」
穴から出たら絶対しかりつけてやる……!!
怒りがふつふつと込み上げて来たけれど、彼らの落とし穴といえば恐ろしい仕掛けがあるのが仕様。
今回は作り途中なのか穴だけなので、私はこうして足を痛める程度で済んだのだ。
そう思うと心からほっとしたし、同じくらいにぞっとした。
おちおち散歩もできやしない。
暗い穴の中から空を見上げた。
ぽっかりと青い空が丸く高く見える。
空がものすごく遠く感じた時、私はあることにふと思い当たった。
「これ、出られなかったらどうしよう」
誰かに引っ張り上げてもらわないと出られない。
私はこの穴を掘ったであろう双子がそのうちやってくる、なんて思っていたけれど、
あの子たちはもうこの穴に飽きてどこかへ行ってしまったのかもしれない。
そうなると、事態はかなり厄介なことになる。
こんな所いつだれが通るかわからないし、通ったとしても気づいてくれるかわからない。
私の置かれている状況は結構マズイのかもしれない。
「どうしよう。これは本気で命の危機かもしれない」
銃弾飛び交う世界で、まさかこういう死に方をするなんて想定外だ。
私は一生懸命考えた結果、履いていた靴の片方を脱いで穴の外に放り投げてみた。
もしかしたら靴に気づいた人が、穴と私を見つけてくれるかもしれない。
しかし。
「……時間帯が変わっちゃった」
夜になってしまった。
さっきまで丸い青空がみえていたけれど、今度は丸い星空が見える。
私が滞在地に戻らなければ、きっとみんなが探しに来てくれるだろうけれど、果たしてここがわかるかどうか。
不安と心細さで泣きそうになった時だった。
「……名無しさん?」
その声に私ははっと顔を上げた。
見ると、丸い星空にエースの顔が浮かんでいたのだった。
「エース!!」
「あー、やっぱり名無しさんだ。この靴、名無しさんのでしょう?」
私の靴を持った彼は、いつもの笑顔でにこりと笑った。
その顔を見た瞬間にほっとした私はぽろぽろと泣き出してしまった。
「よかった~……」
「わ、どうしたの? なに? うれし泣き? 俺に会えたから?」
どんなボケだよ、と思ったけれどもうこの際どうでもいい。
「エース、助けて」
「うん。今行くね」
涙を拭ってそう言うと、エースが優しく笑った。
「よっ!」と言いながらとても軽やかにエースは穴の底に滑り降りてきた。
そして、なんとも軽い調子でこう言った。
「わー、上から見るよりも深いね。すごいな。あの双子君たちかな」
あまりに普通というかいつも通りなので、さっきまで命の危機を感じていた私も拍子抜けして普通に答えた。
「だと思う。あの子たちどうやって掘って、どうやって出たのかなぁ」
「自分の背より何倍も深い穴を掘るなんて、結構頑張り屋さんだよなぁ。はははっ!」
「感心してる場合じゃないでしょう」
呆れる私に、エースはにこやかにうなずいた。
「そうだね。名無しさんをこんな目に合わせたんだから、いたずらっ子にはお仕置きしなくちゃなぁ」
そう言いながら、彼は私の隣りにすとんと腰を下ろす。
「あぁそうだ。名無しさん、おなかすいてる? 俺、今良い物持ってるんだ」
のんきにそんなことを言うエース。
「おなかすいてないよ私」
空腹を感じる余裕すらなかったのだ。
今何かを食べたいなんて思えないし、とにかくここから出たい。
しかし、そんな私の思いを無視してエースはごそごそとポケットを探っている。
仕方なくそれを見守っていると、彼は小さな箱を取り出した。
「ほら、チョコレート。名無しさん好きだろ? この間アリスにもらったんだ」
食べる?
と聞きつつ、彼はばらばらとチョコレートを私の手のひらに乗せる。
「それを食べれば元気になるんじゃない?」
にこりと笑う彼の笑顔を見た瞬間に、私は衝動的にエースに抱きついた。
先ほどまでの恐怖から解放されたことを改めて感じたのだ。
「わ!?」
珍しく予想外だったらしい。
私を受け止めきれずに、エースはごつんと頭を後ろの壁に打ち付けてしまった。
「あ、ごめん」
思わず体を離すと、エースは後頭部をさすって苦笑いしていた。
「いや、うん、びっくりした。名無しさんってばこんな密室で積極的」
「べ、別にそんなつもりじゃ……!」
エースの言葉にはっとする私。
彼から離れようとしたら、一歩早く抱きしめられた。
「うん、わかってる。よかったよ。俺が名無しさんを見つけてあげられて。怖かった?」
優しい声でそんなことを言われたら、張りつめていた気持ちが一気に崩れる。
私はうんうんうなずいて、彼の胸で泣いてしまった。
エースはよしよしと、私の頭をやら背中やらをなでてくれる。
そして私が落ち着いた頃、楽しそうな声でこう言った。
「双子くんにはお仕置きとお礼の両方をしとかないと、ね」
「?」
「名無しさんをこんな目に遭わせたのは許せないけど、おかげでこんな状況になったわけだしさ」
エースは私の頬に触れて涙を拭う。
至近距離で見つめあう私とエース。
月の光で、彼の顔はいつもより白く見える。
「落とし穴も悪くないかもね」
落とし穴に落ちて命の危機を感じた後に、その深い穴底でエースとキスをするなんて、人生って何が起こるか本当にわからない。
人生っていつ何が起こるかわからない。
「……はぁ」
私は一人ため息をついた。
とても信じられないのだけれど、落とし穴に落ちました。
森を歩いていたら突然どんと落ちたのだ。
驚きすぎて何がなんだか全く分からなかった。
ただ、大きな衝撃が私の体を襲い、痛みは後からやってきた。
暗くて狭いその穴は、私が立ち上がって手を伸ばしてもまだ足りないくらい深い。
しかも足を痛めてしまったらしく私にはどうすることもできなかった。
「だれかー!」
と散々叫んでみたけれど、自分の声がくぐもって聞こえるだけで、外には全く届かない。
疲れ果てて私は穴の底に座り込んでいるのだった。
「……どう考えたってディーとダムだよね。これは」
穴から出たら絶対しかりつけてやる……!!
怒りがふつふつと込み上げて来たけれど、彼らの落とし穴といえば恐ろしい仕掛けがあるのが仕様。
今回は作り途中なのか穴だけなので、私はこうして足を痛める程度で済んだのだ。
そう思うと心からほっとしたし、同じくらいにぞっとした。
おちおち散歩もできやしない。
暗い穴の中から空を見上げた。
ぽっかりと青い空が丸く高く見える。
空がものすごく遠く感じた時、私はあることにふと思い当たった。
「これ、出られなかったらどうしよう」
誰かに引っ張り上げてもらわないと出られない。
私はこの穴を掘ったであろう双子がそのうちやってくる、なんて思っていたけれど、
あの子たちはもうこの穴に飽きてどこかへ行ってしまったのかもしれない。
そうなると、事態はかなり厄介なことになる。
こんな所いつだれが通るかわからないし、通ったとしても気づいてくれるかわからない。
私の置かれている状況は結構マズイのかもしれない。
「どうしよう。これは本気で命の危機かもしれない」
銃弾飛び交う世界で、まさかこういう死に方をするなんて想定外だ。
私は一生懸命考えた結果、履いていた靴の片方を脱いで穴の外に放り投げてみた。
もしかしたら靴に気づいた人が、穴と私を見つけてくれるかもしれない。
しかし。
「……時間帯が変わっちゃった」
夜になってしまった。
さっきまで丸い青空がみえていたけれど、今度は丸い星空が見える。
私が滞在地に戻らなければ、きっとみんなが探しに来てくれるだろうけれど、果たしてここがわかるかどうか。
不安と心細さで泣きそうになった時だった。
「……名無しさん?」
その声に私ははっと顔を上げた。
見ると、丸い星空にエースの顔が浮かんでいたのだった。
「エース!!」
「あー、やっぱり名無しさんだ。この靴、名無しさんのでしょう?」
私の靴を持った彼は、いつもの笑顔でにこりと笑った。
その顔を見た瞬間にほっとした私はぽろぽろと泣き出してしまった。
「よかった~……」
「わ、どうしたの? なに? うれし泣き? 俺に会えたから?」
どんなボケだよ、と思ったけれどもうこの際どうでもいい。
「エース、助けて」
「うん。今行くね」
涙を拭ってそう言うと、エースが優しく笑った。
「よっ!」と言いながらとても軽やかにエースは穴の底に滑り降りてきた。
そして、なんとも軽い調子でこう言った。
「わー、上から見るよりも深いね。すごいな。あの双子君たちかな」
あまりに普通というかいつも通りなので、さっきまで命の危機を感じていた私も拍子抜けして普通に答えた。
「だと思う。あの子たちどうやって掘って、どうやって出たのかなぁ」
「自分の背より何倍も深い穴を掘るなんて、結構頑張り屋さんだよなぁ。はははっ!」
「感心してる場合じゃないでしょう」
呆れる私に、エースはにこやかにうなずいた。
「そうだね。名無しさんをこんな目に合わせたんだから、いたずらっ子にはお仕置きしなくちゃなぁ」
そう言いながら、彼は私の隣りにすとんと腰を下ろす。
「あぁそうだ。名無しさん、おなかすいてる? 俺、今良い物持ってるんだ」
のんきにそんなことを言うエース。
「おなかすいてないよ私」
空腹を感じる余裕すらなかったのだ。
今何かを食べたいなんて思えないし、とにかくここから出たい。
しかし、そんな私の思いを無視してエースはごそごそとポケットを探っている。
仕方なくそれを見守っていると、彼は小さな箱を取り出した。
「ほら、チョコレート。名無しさん好きだろ? この間アリスにもらったんだ」
食べる?
と聞きつつ、彼はばらばらとチョコレートを私の手のひらに乗せる。
「それを食べれば元気になるんじゃない?」
にこりと笑う彼の笑顔を見た瞬間に、私は衝動的にエースに抱きついた。
先ほどまでの恐怖から解放されたことを改めて感じたのだ。
「わ!?」
珍しく予想外だったらしい。
私を受け止めきれずに、エースはごつんと頭を後ろの壁に打ち付けてしまった。
「あ、ごめん」
思わず体を離すと、エースは後頭部をさすって苦笑いしていた。
「いや、うん、びっくりした。名無しさんってばこんな密室で積極的」
「べ、別にそんなつもりじゃ……!」
エースの言葉にはっとする私。
彼から離れようとしたら、一歩早く抱きしめられた。
「うん、わかってる。よかったよ。俺が名無しさんを見つけてあげられて。怖かった?」
優しい声でそんなことを言われたら、張りつめていた気持ちが一気に崩れる。
私はうんうんうなずいて、彼の胸で泣いてしまった。
エースはよしよしと、私の頭をやら背中やらをなでてくれる。
そして私が落ち着いた頃、楽しそうな声でこう言った。
「双子くんにはお仕置きとお礼の両方をしとかないと、ね」
「?」
「名無しさんをこんな目に遭わせたのは許せないけど、おかげでこんな状況になったわけだしさ」
エースは私の頬に触れて涙を拭う。
至近距離で見つめあう私とエース。
月の光で、彼の顔はいつもより白く見える。
「落とし穴も悪くないかもね」
落とし穴に落ちて命の危機を感じた後に、その深い穴底でエースとキスをするなんて、人生って何が起こるか本当にわからない。