同窓会
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「こんにちはー」
「いらっしゃ…」
シンは最後まで言い切ることなく、中途半端に振り向いた体勢のまま固まった。
両目に映るのは、店の入口に立つ常連客の女。
しかし普段とは印象の違うその姿に、シンは頬を上気させて口を半開きにしたまま、思わず見惚れてしまう。
「いらっしゃい」
「名無し、今日は何だかおめかししてるネ!大人っぽいヨ!」
一方、普通に来客を出迎える坂本とルー。
名無しは胸に手を当てると安心したように、
「えへへ…よかった、ちゃんと大人っぽく見えてて」
と小さくはにかんだ。
普段の彼女らしいその仕草にハッと我に返ったシンは、動揺を誤魔化すように軽く咳払いをした。
「何だよ、どっか出掛けんのか?」
「うん。これから同窓会に行くんだ」
「同窓会?」
「高校のクラスメイトとね、前から『全員が飲酒できる歳になったら時期を見て集まろう』って話してたの」
「名無し、お酒ヘイキなノ?」
「苦手なんだけど、仲良しの子が幹事をやってくれてるから、せっかくだし参加して来ようかなって」
「それで気合い入れてオシャレしてるってわけネ!もしかして、昔好きだった男でもいるノ?」
ルーはあくまでも純粋な興味で訊いただけだったが、坂本とシンはピクリと耳をそばだてて必要以上に名無しの反応に注目した。
名無しは控えめに笑いをこぼすと、
「そんなんじゃないよー。場所が居酒屋だから、未成年に間違えられないようにと思って」
安堵の息が2人分、重なった。
照れるでも動揺するでもなく素直に答えた姿を見る限り、嘘を言ったわけでも誤魔化したわけでもなさそうだ。
胸を撫で下ろす坂本とシンに気付いていない名無しは更に言葉を続ける。
「でも私、大人っぽい格好ってあんまりしたことなかったから、ちょっと不安で…だから昨日、アドバイスをもらいに殺連に行ったの」
「殺連!?何で!?」
「大人っぽい女の人、いっぱいいるから」
「(それってハニトラ専門の殺し屋達だろ…!)」
かつて殺連に所属していた坂本とシンは、接点こそないものの"そういう"殺し屋がいること自体は知っていた。
「だけど、エレベーターの前で南雲に会って…」
『あれー?名無しちゃん、偶然だね!今日はどうしたの?え?大人っぽい格好のアドバイス?だったら僕に任せてよ!』
『えっと、変装したいわけじゃなくて…』
『わかってるわかってる。変装じゃなくて、ちゃーんとオシャレで大人っぽい名無しちゃんにしてあげるよ!じゃあ、さっそく服から買いに行こっか!』
「…って、そのままお店に連れて行かれて…今日も仕事前に家まで来てくれて、コーディネートもメイクも全部してくれたの」
「へぇー、何か意外ネ。アイツ、変態のクセにセンスいいんダネ。名無し、とっても可愛いヨ!」
「えへへ…ありがとう、ルーちゃん」
「(南雲、ナイス)」
「(今回ばかりは見直したぜ…!)」
今の名無しは確かに普段よりも大人らしく見える。
しかしそれは露出を増やして派手な化粧をしたというような安易なものではなく、むしろその逆だった。
昨日新調したであろう服は肌の露出を極力抑えてあって品があり、全体的に落ち着いた色味に纏まっている。化粧もかなりナチュラルで清楚な印象だ。
元々控えめな性格の彼女らしさを消すことなく、注文通りの出来に仕上げた南雲の腕前は見事としか言いようがないだろう。
「しっかし、よくアイツがおとなしく送り出したな。正直、『同窓会なんか行かせたくないー』とかごねるタイプだと思っ…」
その時、シンの脳内に名無しの思考が流れ込んできた。
『やっぱり心配だな~。我ながら名無しちゃんの新たな魅力を引き出し過ぎちゃったよ。送り出すの嫌だなー、このまま閉じ込めちゃいたいなー』
『南雲、離して…髪の毛ぐしゃぐしゃになる…』
『あーあ、何で今日の僕、仕事なんだろ~。これじゃあ心配で集中できないよ~。絶対殺し方ザツになっちゃうよ~』
『…怪我したりしないでね?』
『あぁもう、何でそんな可愛いこと言うの!?逆効果だよ、それ!やっぱり今日の仕事キャンセ…』
『お仕事、気をつけてね。行ってらっしゃい』
『…はぁーい…』
「…わけねぇか(めちゃくちゃごねてやがった…!)」
名無しの家の玄関前で、名無しをギュウギュウと抱き締めて頬擦りしながらごねまくる南雲の姿が、シンにはハッキリと視えてしまった。
「…その髪留めも、南雲が?」
「うん。一番大事な大人ポイントだから絶対外さないようにって」
「そうか…」
「マスター、どう?似合ってる…?」
「あぁ」
「よかった…!実はね、私もすごくオシャレにしてもらえたと思ってて…嬉しかったから、マスター達にも見てもらいたくて、つい来ちゃった」
「そうか」
「葵さんと花ちゃんは?」
「買い物だ。少し前に出かけたばかりだから、帰るまではまだかかるだろうな」
「そっか、残念…」
「あ、それなら写真に撮っておけばいいネ!シン、スマホ出しテ!」
「はぁ?何で俺が…」
「早く早く!」
「仕方ねぇなー…」
「ほら」とシンに渡されたスマホを構えたルーは、「それじゃあ、いくヨー!名無し、ニッコリ笑ってポーズしテ!」と楽しげに名無しを促す。
最初は「そ、そこまでしてもらわなくても…」と恥ずかしがっていた名無しだったが、結局ルーの押しに負けるようにして、控えめに挙げた手でピースサインを作った。
パシャッ、とスマホから音と眩い光が発せられた後、撮影の出来を確認したルーは満足げに笑みを深める。
「ばっちりネ!2人が帰ってきたら、これ見せとくヨ」
「ありがとう、ルーちゃん」
「2人もきっと喜ぶ」
「そうだと嬉しいな。あ、買い物もして行っていい?飴と絆創膏が少なくなってきてて」
「まいど」
坂本と言葉を交わしてから、名無しは商品棚の方へ歩いていった。
その後ろでルーは、シンの肩をちょいちょいと突っつき、
「はい、シン。保存してあるから、葵さんと花ちゃんが帰ってきたら見せてネ」
とスマホを手渡す。
「あぁ、わかっ…」
「その後、写真をどうするかはシンに任せるヨ」
「はっ…!?」
「私に感謝するがいいネ」
ニヤリ、と意味深な笑みを浮かべるルー。
シンは彼女の言わんとしている意味を察して顔を真っ赤にすると、わなわなと身体を震わせた。
「べっ…別に俺はっ…!ふ、2人に見せたら、もう用はねぇし!?」
「強がってるの丸わかりヨ~」
「るせぇ!」
ルーがシンをからかっている間に、名無しは坂本のレジで会計を済ませる。
「それじゃあ、行ってくるね」
「帰りが遅くなるようなら連絡しろ。迎えに行く」
「あっ、だったら俺が行きます!」
「大丈夫だよ。お酒は呑まないし、タクシー呼べば来てくれるから」
「…なら、ちゃんと帰ったら連絡しろ」
「うん、わかった。心配してくれてありがとう、マスター」
嬉しそうに微笑んだ名無しは、「行ってきます」と軽く手を振りながら店を後にしていった。
数秒後、客のいない静かな店内で、坂本がポツリと呟く。
「…あの髪留め、盗聴器がついていた。南雲の仕業だな」
「 マジっすか!?」
「うわぁ…やっぱりアイツ、ヤバい変態ネ」
まったく気付いていなかったシンは驚き、ルーはドン引きして顔を引きつらせる。
名無し本人も、もちろん気付いていないだろう。
「あのまま行かせてよかったんですか…?」
「…今回は、気付かなかったことにしよう」
「(坂本さんも、やっぱ心配なんだな…)っす」
日が暮れた頃。名無しはとある居酒屋にて、かつての級友達と再会を果たしていた。
「やほー、名字ちゃん!元気してたぁ?」
「ああぁぁぁあああ、名字さん!ひひひ、久し振り…!ますます天使っぷりに磨きがかかって…ももも、もはや女神…!」
「アッハハ、アンタは相変わらずの名無し信者だね。でも確かに、今日の名無しは随分とめかし込んでるじゃん」
「未成年に間違われないように頑張ったんだってさ」
「「かっわいい~!」」
大部屋の一室を貸し切っての同窓会は店内でも一際賑やかで、あちらこちらで級友同士が思い出話や近況報告で盛り上がっている。
名無しのまわりでも、それは例外ではなく…
『(名無しちゃん、内気なわりにはクラスメイト達と上手くやってたんだね。ちょっと安心したかも)』
同時刻。仕事現場である、とあるビル内の廊下を歩く南雲は、イヤホンから聴こえてくる名無しと級友達の会話に耳を傾けていた。
『何だテメェは!?どこから入っ…ぎゃあぁ!』
『殺連か!野郎、ぶっ殺…ごふっ!?』
仕事の真っ最中ではあったが、南雲の意識は目の前の標的達よりも、イヤホンの先に向けられている。
そうとは知らず、侵入者を撃退しようと襲いかかってくる標的達が、一瞥すらされずに片手で返り討ちにされていく様は、もはや憐れみすら覚える光景であった。
『(楽しそうだな…本当は、男もいる飲み会なんか行かせたくなかったけど…名無しちゃんが楽しんでるなら、我慢して送り出してよかった)』
「名無しもアルコールはNGだったよね?」
「うん、ごめんね」
「いいよいいよ!うちのクラス、結構下戸多いみたいだし、車で来てて呑まない人もいるから気にしないで。その分、いっぱい食べな」
「ありがとう」
『(クラスメイトだった子達も良い子達みたいだし、今のところは近くで男の声もしない。このまま平穏に終わるといいなー)』
『ボス、来ました!』
『待っていたぞ…貴様、ORDERだな?何人かは既に殺られたようだが、この人数を1人で相手にできると思っているのか?』
ビルの一室の扉を開けると、強面の男達が各々武器を手に侵入者を待ち構えていた。
その一番後ろでは、ボスと呼ばれた男が余裕たっぷりに不敵な笑みを浮かべてふんぞり返っている。
その瞬間、微かに反応を見せた南雲。
ゆっくりと扉を閉めながら、しかし目線は横に逸れている。
彼が反応したのは、やはりイヤホンから聴こえてくる声に対してだった。
「よぉ、名字。久し振り」
『(…男の声)』
「俺のこと覚えてる?」
「もちろん。3年間、クラスだけじゃなくて委員会も一緒だったんだから忘れないよ」
「はは、そっか、そりゃそうだよなー!」
声が近付く。恐らく隣に座ったであろう男の上機嫌な声が、盗聴器を通して南雲の耳に届く。
南雲は表情を僅かに顰めた。
『どうした?さすがに怖じ気付いたか?』
「名字、甘いもん好きだったろ?自販機のイチゴミルク、いつも買ってたもんな。売り切れてた時なんか、すげーわかりやすくテンション低くてさ」
「ど、どうして覚えてるの?恥ずかしい…」
『(あーもう、可愛いなぁ)』
『ふん、さっきから目を逸らしてどうした?逃げる算段でも考えているのか?』
馴れ馴れしく話しかける男の声は不快だったが、彼の言葉から学生時代の名無しの姿を想像して、南雲はほっこりとした気持ちになった。
「今でも甘いもん嫌いじゃねーよな?」
「うん、好きだよ」
『(名無しちゃん、そこは頷くだけでいいから。好きとか気軽に言ったら勘違いさせちゃうよ。っていうかこの相手…絶対に学生時代、名無しちゃんに気があったよね)』
「じ、じゃあさ、コレ代わりに呑んでくんね?俺、甘いの苦手なのに間違って頼んじゃってさ。あ、もちろん一切口つけてないから安心して!」
『(ん?)』
「え?うん、いいけど…」
「よかった、助かるよ。じゃあ、コレ」
「ありがとう」
『(…もしかしなくても、これは…)』
『おい、貴様!ボスの言葉を聞いているのか!?』
それどころではない南雲は標的達に背を向けてイヤホンを押さえると、その先の音だけに集中した。
「…これ…」
数秒後、ぽつりと名無しが呟いた。
嫌な、予感が、する。
「…でも、もう呑んじゃったし…1杯だけなら…」
その独り言を聞き取った南雲は、額に手を当てて目を閉じる。
嫌な、予感が、的中した。
『(…あーあ)』
『背中を見せるとは隙だらけだな。お前ら、殺れ!生きて帰すな!』
『ハァ…さっきから何かごちゃごちゃうるさかったけど、僕、急用ができたんだよね。ってわけで、さっさと終わらせるから』
宣言通り、瞬く間に仕事を終わらせた南雲の周囲は静寂に包まれた。
『まったく…良い子過ぎるのも困りものだね』
苦笑をこぼしてから、南雲は踵を返して血生臭い部屋を後にする。
それから暫くして、「あ!ちょっと、名無しに酒呑ませたの誰ー!?」とイヤホンの先で声が響いた。
「名無し、平気?気分悪くない?」
「んー…だい、じょぶ…」
「この後、行けるメンバーは二次会だけど、アンタはもう帰った方がいいね」
「ん、そうするぅ…」
幹事の友人に寄り添われながら店を出る名無し。
いまにも下りてきそうな上瞼を何とか開き、ぼんやりとした頭で友人に返事をする。
「ああぁ…私がお手洗いに行っている隙に名字さんが酔わされるなんて…くっ、何たる不覚…っ!」
「名字ちゃんってホントお酒弱いんだね~。だいじょぶ?タクシー呼ぼっか?でも車の中で寝ちゃうかな?」
「うーん、確かに1人で帰すのはちょっと心配かも…」
気にかけてくれる友人達に「ほんとに、だいじょぶだよぉ…」と笑う名無しだが、ふにゃりとしたその顔は安心させるどころか、むしろ逆効果となった。
そんな彼女達のやり取りを、1人の男が少し離れた所から密かに窺っている。
そしてついに男は、意を決した様子でわざとらしく明るい声を上げ…
「あ!だったら俺が送っ…」
「あー、やっぱり」
…たのだが、これまたわざとらしく間延びした声が、彼の声を遮った。
「思った通り、酔っちゃってるねー。迎えに来て正解だったよ」
先程の間延びした声の主はコートのポケットに両手を突っ込んだまま、店から出てきた名無し達に向かってニコリと笑いかける。
主に女性陣から「えっ、誰?すごいイケメン!」「背高ぁい!カッコいい!」と浮き足立った声があがる。
そんな声や好奇の視線を気にすることなく、ズカズカと大股で近付いてきた声の主は、そのまま名無しの前まで来て足を止めた。
突然、影が降ってきて不思議に思った名無しはゆっくりと顔を上げ、自分を見下ろす男の名前を呼ぶ。
「…なぐも?」
「そうだよ」
「なんで…?」
「仕事が早く終わったから、心配になって迎えに来ちゃった」
「…わたし、ばしょ、言ったっけ…?」
「言ってたよ~、今朝」
「そうだっけ…?」と首を傾げる名無し。
実際には、名無しは同窓会の場所について『居酒屋』とは話したが、店の名前までは教えていなかった。
南雲が店の場所、というよりも名無しの居場所を知っていたのは、盗聴器にGPS機能も付いているからだった。
つまり南雲は笑顔を崩すことなく平気で嘘を吐いたわけなのだが、そのことに気付く者は誰1人いない。
そして、そんなニコニコ笑顔の爽やかで優しそうな雰囲気を醸し出す好青年を、年頃の女性陣が放っておく筈もなく、
「お兄さん、名無しちゃんと知り合いですか!?えっ、もしかしてカレシ!?」
「んー、ご想像にお任せしようかな?」
「すごーい!タトゥー似合ってる~、カッコいいー!」
「アハハ、ありがと~」
キャッキャとまわりではしゃぐ女性陣からの声に適当に返事をしながら、南雲は名無しを支えていた幹事の友人に笑顔を向ける。
「後は僕が責任持って連れて帰るよ」
「えっ、あ、はい…」
若干戸惑い気味の友人から、名無しの身体を自らの方へと引き寄せた南雲は、背中を丸めて名無しの顔を覗き込んだ。
「名無しちゃん、歩ける?抱っこしようか?」
「…だいじょーぶ、じぶんであるける…」
「そっか。でもフラフラしてるし、支えてあげるね。寄りかかっていいよ」
慣れたように肩を抱き寄せると、まわりからは黄色い声があがった。
「あ、タクシー呼びます…!」
「大丈夫大丈夫。少し夜風に当たった方が酔いも覚めるだろうし、ちゃんと家まで送るから」
ね?と名無しにも確認を取るように声をかけると、こくりと頷きが返ってくる。
友人もそれを見ていたので、「じゃあ…」と頷いた。
「すみません。お手数かけますが、よろしくお願いします」
「気にしないで」
ニコリ、と南雲は今日一番の笑顔を浮かべると、
「どうせ帰る家は同じだしね」
一際黄色い歓声が上がる一方で、一部の男達は密かにざわついていた。
「同じって…」
「それじゃ、僕達はこれで。名無しちゃんがお世話になりましたー。また遊んであげてね~」
名無しを連れて歩き出した南雲は、途中で男性陣に視線を向ける。
その中には、同窓会中に名無しに話しかけ、自分が名無しを送ると言い出しかけた男もいた。
瞳が冷たく細められたのは、ほんの一瞬。
それでも、まるで背中にナイフでも当てられたような寒気が男の全身を襲う。
再び人好きのする笑顔を浮かべた南雲は、わざと明るい声で念押しするように言った。
「…友人として、純粋にね♪」
南雲に連れられて帰っていく名無しを見送りながら、女性陣は2人の関係についてキャッキャしながら妄想を語り合い、男性陣は失恋が確定してすっかり固まってしまった男の肩を同情するように叩くのだった。
「…なぐも…」
「んー?何?」
「いつから…いたの…?」
「少し前だよ」
「そっか…さむくなかった…?」
「ぜーんぜん大丈夫」
「…ありがと…むかえに来てくれて…」
「どういたしまして~」
名無しの歩幅に合わせながら、2人はゆっくりとひとけのない夜道を歩く。
騒がしくギラギラと明るい街からようやく離れ、民家や街灯の明かりだけが照らす静かな道を暫く進んでいると、小さな公園に差し掛かった。
「(名無しちゃん、だいぶ眠そうだな)少し休んで行く?」
何とか睡魔に負けまいと先程から会話を交わしていた名無しだったが、限界が近いのは明らかだった。
眠りに落ちたら落ちたで、南雲は自分が抱えて帰ればいいと思っていたのだが。
ぽふ、と名無しが南雲の胸元に顔を埋めてきた。
「…えっ?名無しちゃん?」
「…いいにおい…」
「あ、えと…一応着替えて来たからかな?ほら、仕事の後だったから…」
「んー…そっかぁ…」
「(落ち着け。落ち着け僕。名無しちゃんは素面じゃないんだから)」
予想外の行動に南雲の心臓が早鐘をうつ。
自分からちょっかいをかけるのは良いが、名無しからの不意打ちにはまだまだ弱い。
赤くなった顔を逸らして、必死に平静を保とうとする南雲。
「…あったかい…なんか、ずっとこうしてたい…かも…」
「っ~!?(あぁもう!素面じゃない破壊力、ヤバすぎるんだけど!?)」
口元を押さえた南雲は「…やっぱり、早くまっすぐ帰ろう…」とくぐもった声で呟いた。
家に着くなり、名無しは吸い込まれるようにソファに横たわると、そのまますぐに眠りに落ちてしまった。
「…何も知らずに呑気に寝ちゃって」
はぁ…と溜め息を吐き出す南雲。
何だかどっと疲れた気がする。仕事よりも何倍も。
「(そうだ、坂本くん達に連絡入れてあげないと。心配してるだろうし)名無しちゃん、スマホ借りるね~」
名無しの鞄からスマホを取り出した南雲は、躊躇なくそれを操作し始めた。
彼女の打ち方の癖を真似して、あたかも本人が素面で無事に帰宅したかのようなメッセージを作ると、そのまま坂本達に送信する。
「よし、と」
南雲は一度伸びをしてから、ソファで眠る名無しに視線を向けた。
いくら大人っぽくオシャレな格好をしていても、あどけない寝顔と無防備な姿は、普段の彼女そのものだ。
「…こんな姿、見せるのは僕だけにしてほしいな」
盗聴器のついた髪飾りを外し、名無しの額に軽く唇を落とした南雲は、心から愛おしそうに目を細めて微笑んだ。
翌日。名無しが目を覚ますとそこは何故だか自分のベッドの上で、隣には自分を抱き枕のように抱き締めながら眠る南雲がいた。
そんな寝起きは慣れたもので特に驚きはしないのだが、南雲の腕の中から抜け出して自分のスマホを確認した途端に、名無しの眠気は一気に吹っ飛び、目をぱちくりさせる。
それから少し遅い朝食を2人分作り、いまだ眠そうにウトウトしながら起きてきた南雲と共に食卓につくと、名無しはすぐに彼に対して口を開いた。
「昨夜はありがとう。ぼんやりとしか思い出せないんだけど、南雲が迎えに来てくれて、家まで送ってくれたのは覚えてる」
「どういたしましてー。名無しちゃん、本当にお酒弱いんだね~。ふにゃふにゃしてて可愛かったよ」
「…からかわないでほしい…」
「からかってなんかないよ、僕の本心~♪」
ご機嫌な様子で朝食を食べ進める南雲に、「…ところで」と名無しは更に言葉を続けた。
「クラスメイト達から大量の質問攻めメッセージが来てるんだけど…一体何したの?」
「えぇ~、何だろ?特に何もしてないと思うけどなぁ」
「…。」
「あ、信じてない?ひどいなー、本当に身に覚えがないのに~」
南雲は平気で嘘を吐く。
それは坂本達から聞いているし、名無しも彼と会ってからこれまでの数年間で理解しているつもりだ。
そして、彼の言葉が嘘か真か、自分では見抜けないということもよくわかっている。
「(…とりあえず、今日が休みでよかった。ちょっとずつ返信していこう…)」
困ったように溜め息を吐いた名無しは、ようやく朝食を食べ始める為に両手を合わせて「いただきます」と呟いた。
「南雲…昨夜のメッセージはお前だな」
「あれ、バレちゃった?」
「名無しは『大好きな南雲』とは書かない」
「そうヨ。もっと言うと『大好きな南雲のおかげで皆に褒めてもらえて、とっても楽しい同窓会になったよ』なんて自画自賛にも程があるネ」
「あっちゃ~、僕としたことがウッカリ♪でも僕が迎えに行ったってわかって安心したでしょ?」
「(別の意味で心配になったっつーの…!)」
「コイツ、人のスマホ勝手に使っておいてまったく悪びれてないネ…名無し、怒った方がいいヨ?」
「あはは…もう慣れちゃったから…」
END
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R7.10
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