#10
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帰宅してからも、エモンガは名無しにベッタリだった。
『エモ♪エモ♪』
「くすぐったいよ…」
リビングのソファに座る名無しの膝の上でご機嫌なエモンガは、スリスリと名無しに頬や尻尾を擦りつけて声を弾ませる。
名無しも苦笑いは浮かべているものの満更ではないようで、その手はエモンガの柔らかな背中をあやすように撫でていた。
しかし、
「本当に、よく懐いていらっしゃいますね」
『モンガァ…!』
「だ、ダメだってば、エモンガ…!」
慌ててエモンガを抱き締めて止める名無し。
ガルル…と唸るように牙を剥いて、エモンガは隣に座るノボリを睨みつける。
ほんの数時間の間に、何度このやり取りをしただろうか。
このエモンガの野生みを感じさせない愛くるしい姿と態度は、あくまで名無しに対してだけだった。
ノボリとクダリが少しでも話しかけようものなら、今のように即座に豹変し、制止しなければ容赦なく飛びかかろうとしてしまう。
その姿は、本当に同じエモンガなのかと目を疑ってしまうほどだ。
「エモンガ、ノボリさんとクダリさんは私がお世話になっている人なの。すごく優しい人達だから、怖がらなくていいんだよ」
『モンッ!』
名無しは諭すように腕の中のエモンガを見て言うが、プイッと顔を逸らされてしまった。
先程までのご機嫌さはどこへやら、自分にくっつきながらも反抗的な態度をとるエモンガに名無しは困ってしまい、眉を下げる。
「エモンガ…」
「お気になさらず」
「でも…」
「自分のポケモン以外ではよくあることでございます。野生のポケモンは特に警戒心が強いことが多いので」
「むしろ威嚇だけで済ませてくださるとは、大変お行儀の良いエモンガかと。即座に電気を放つ子もいらっしゃいますから」と、ノボリは至って冷静に話すが、名無しはエモンガがクダリに飛びかかった時のことを思い出す。
あの行動も威嚇の一種で、攻撃の意思はなさそうだったと2人は言っていた。
しかし、またあんなことが起きて、もしも2人に怪我をさせてしまったら。ノボリが今言ったように電気を放ってしまったら。
そんな不安で頭がいっぱいになる。
「(やっぱり、何とかしてエモンガにわかってもらわなくちゃ)」
そう決意して表情を引き締める名無しの隣で、ノボリは彼女とエモンガのやり取りを静かに観察していた。
「(野生ポケモンがこれほど懐くとは…やはり名無しさんは、どこか不思議な魅力のある方ですね)」
恐らくは、警戒心を露にした時の姿こそが、このエモンガの本来の姿なのだろう。
野生では特に警戒心が強いポケモンも多い、とは言ったが、ノボリが今まで見てきた野生ポケモンの中でも、このエモンガは上位に入るほどの警戒心の強さだ。
しかし、名無しに対してだけは違う。
出会ってからほんの僅かな時間で、何か特別なことをしたわけでもないらしいのに、ここまで甘えるほど信頼されるとは。
「(これならば、わたくしどものポケモン達ともお会いしていただいて良いのでは…)」
ノボリとクダリは話し合い、自分達のポケモンをギアステーションに預けて帰宅するようにしていた。
名無しはポケモンの実在しない世界から戻ったばかりなので、急に何匹ものポケモンと一緒に暮らすことになると怖がらせてしまうかもしれないから、という彼らなりの配慮だった。
けれど、名無しとエモンガのやり取りを見ているとそれは2人の杞憂であり、自分達の大切なポケモン達ともすぐに仲良くできるのではないかと思えてしまう。
そうであればいいのに、という希望的観測も含んでいるが。
「(まだ早いでしょうか…?一度、クダリと相談してみましょう)」
そんなノボリの心中に気付くこともなく、名無しは唇を尖らせ拗ねているエモンガを自分に向き直させると、その瞳をまっすぐに見つめた。
「エモンガ」
『?』
「エモンガは、私にぎゅーってしてくれるよね?それって、私のことを好きだからだよね?」
『えもっ♪』
うんうん、と嬉しそうに何度も首を縦に振るエモンガ。
言葉は理解できているようだ。ならば、よりわかりやすく行動で説明すれば、きっとわかってくれる筈。
「じゃあ…」
そう考えた名無しは、ノボリの腕にぎゅうっと抱きついた。
「!?」
「エモンガ、見て。ぎゅーってするのは、好きだからでしょ?私、ノボリさんのこと好き。だからエモンガにも、ノボリさんのこと好きになってもらいたいの。怪我させたり、電気を放ったりしないで。ね?お願い」
ノボリの腕にしっかりと抱きついたまま、名無しはエモンガを見つめて懇願する。
エモンガは名無しの行動にショックを受けたような顔をしていたが、真剣な瞳に僅かにたじろいだ様子を見せ、そして…
『…エ"モ"…』
渋々ではあったが、小さく頷いた。本当に渋い、心底嫌々といった顔で。
素直に従ってくれるかはまだわからないが、少なくとも理解はしてくれたと受け取って良いだろう。きっとこれからは頑張って我慢してくれる筈だ。
「よかった…!」
名無しは一安心してノボリから離れると、ホッと胸を撫で下ろした。
「…。」
ところでノボリはといえば、名無しの突然の行動からずっとフリーズしてしまっているのだが、そうなった原因の張本人は、まったく気付いていないのであった。
「はー、サッパリした。…あれ?ノボリ、どうしたの?」
そんなリビングに、頭にタオルをかけたクダリが戻ってくる。
ソファに座る2人と1匹を見るなり、彼はノボリの異変にすぐに気付き「何だか固まってる」と不思議そうに小首を傾げた。
「(そうだ、今度はクダリさんのこともちゃんとわかってもらわなくちゃ…!)」
クダリを見た名無しはエモンガを自分の膝の上からソファへ下ろして立ち上がると、パタパタと彼に近付いていく。
そしてすぐさま、先程ノボリにしたのと同じようにその腕にぎゅーっと抱きついた。
これにはさすがのクダリも状況を理解できないまま身体を硬直させ、片割れと同じくその動きと思考を止める。
「…?…!?」
「エモンガ、もうわかってくれるよね?私、クダリさんのことも好き。好きだから、ぎゅーってするんだよ」
「ね?だからもう、2人に飛びかかったりしちゃダメだよ」と念を押す名無し。
エモンガは更に嫌々、わなわなと身体を震わせながら頷いた。
そしてもちろん、クダリもカチコチにフリーズしてしまっていることに、名無しが気付くことはないのだった。
「「ハァー…」」
ほとんど同時に吐き出した溜息が、静かなリビングに溶けていく。
「おやすみなさい」と、眠そうに目を擦るエモンガを連れた名無しが部屋に戻ってから、数分が経っていた。
無垢な少女の突然の行動にすっかり動揺してしまった2人だったが、ようやく落ち着きを取り戻したようだ。
「…ノボリ、どう思った?」
「どう、と言われましても…恐らくは、クダリと同じではないかと」
「そっか…そうだよね」
数秒間の静寂の後、2人は再び同時に溜息を、そして心の声を吐露した。
「あれは…ずるいよねー…!」
「えぇ…大変…不意打ちでございました…」
上気し緩む頬を隠すように両手で顔を覆いながら、2人は名無しがエモンガに向けて発した言葉を思い返す。
「好きって、名無しちゃん、言ってくれた。聞き間違いじゃないよね?心を許してくれてるって、自惚れちゃってもいいのかな?」
「そうであれば、大変嬉しいのですが…」
「うん、嬉しい。けど!嬉しいけど、あれはだめ!心の準備、全然できてなかった!」
「えぇ、えぇ…!正直に申し上げますとわたくし、あまりの衝撃であの後からの記憶が朧気でございます…」
「ぼくも。今は落ちついたけど、思い出すとまだちょっとだめかも…。ノボリに話したいこと、色々あったけど」
「今日はお互い、早く休んだ方が良いかもしれませんね。話は冷静な判断ができる時に致しましょう」
「そうだね」
未だ冷めやらない熱を抱えたまま、2人は同時にソファから腰をあげる。
「では、おやすみなさい、クダリ」
「おやすみ、ノボリ」
そのままそれぞれの寝室へと向かう2人だが、今夜は困ったことに、なかなか寝付けそうにないのだった。
「(あったかい…)」
今よりも幼かった頃、毎晩ぬいぐるみを抱き締めて眠っていたことを思い出す。
そうしなければ、漠然とした不安や心細さで眠れなかったから。
その必要がなくなったのは、いつ頃からだったか。
今その必要がないのは、自分が成長したからだろうか。
前者はもう覚えていない。後者は、何となく違うような気がした。
「(やわらかい…ぬいぐるみとは、違う…ちゃんと生きてる…)」
すやすやと眠る幼気な寝顔。皆が言うように、自分に対して心から気を許してくれているのがよくわかる安心しきったその姿に、名無しは目元を綻ばせる。
小さな子に懐かれるのは、人だろうとポケモンだろうと変わらず嬉しいものだと改めて思った。
「(ねぇ、エモンガ…あなたはどこから来たの?家族は?お友達は?どうして私に懐いてくれたの?…おうちには、帰らなくてもいいの?)」
眠っているエモンガを起こさないように、心の中で聞きたいことを思い浮かべる名無し。
これらはすべて、ポケモンセンターにいた時に既に一度、エモンガに尋ねた問いだった。
しかし、エモンガの反応からわかったことは、何ひとつなく…
「(セレビィみたいに、あなたも言葉を話せたらいいのに。私に、ポケモンの言葉がわかればいいのに)」
きゅ、と唇を引き結ぶ名無し。
今日はノボリとクダリの善意で連れて帰ることにしたが、このエモンガは野生のポケモンだ。いつまでもこのまま一緒にいるわけにはいかない。
一緒にいたければ、モンスターボールでゲットする。そうしないのであれば、元いた場所に帰すべきだ。
そう名無しは考えていた。
「(お2人は優しいから、『このままいつまでもいていい』って言ってくれるかもしれない。でも、それじゃあダメ。お2人の優しさに甘えてばかりじゃ…)」
名無しはポケモンセンターに2人が迎えに来てくれた時のことを思い返す。
エモンガのことを、名無しは自分から何も話せなかった。
こうなった経緯はジョーイやショップの店員が説明してくれて、ノボリとクダリからは連れて帰ることを提案してもらって。
まわりの大人達の気遣いに、ただただ甘えてしまった。
本来なら、自分がやらなくてはいけないことだったのに。
事情を説明して、自分がエモンガをどうしたいのかも、ちゃんと決めて言わなければいけなかったのに。
「(そうだ…甘えちゃダメ。ちゃんとしなきゃ。迷惑も、心配もかけないように。ワガママを言って、困らせたりしないように)」
ぬいぐるみを抱き締めて眠っていた頃の幼い自分とは、もう違うのだから。
「…。」
名無しの脳裏に、かつて大人達から向けられた視線が蘇る。
それは数年前、名無しがセレビィとの時渡り中に離ればなれになり、別世界へと飛ばされた後のことだった。
意識を取り戻して目を開けると、まったく見覚えのない天井が視界に映った。
そこは病院だった。
名無しは近所の公園の木の傍で気を失って倒れていたところを、公園の向かいにある養護施設の園長先生に偶然発見され、運び込まれたのだと聞かされた。
この時、名無しの記憶は既に失われた後だった。
自分の名前と、日常生活を送る為に必要なこと以外の記憶が、ほとんどなかったのだ。
検査の結果、脳への損傷はなく、身体の不調も特にないことから、解離性健忘症の一種であると診断されたが、幼い名無しには難しくて理解できなかった。
その後は、様々な大人達が入れ替わり立ち替わりに現れては名無しに色々な質問をし、最終的には正式な手続きを経て、名無しは園長先生の養護施設に引き取られることとなったのだった。
施設での生活は、名無しにとってけっして悪いものではなかった。
施設の皆のことは今も大好きだし、園長先生には本当に心から感謝しているし、あの世界でのあの場所は名無しにとって間違いなく、大切な居場所だった。
しかし、本人がどれだけそう思っていようが、まわりの一部の大人達にとっての名無しは紛れもなく、"可哀想な子供の1人"であった。
そんな大人達は、表面上は優しい言葉をかけながらも、名無しや施設の子供達を憐れみ、時には蔑み、見えない所では話の種にしていたりもした。
もちろん、本心はわからない。悪意のない同情もあっただろう。
それでも名無しは、そんな大人達が自分を見る時の目が、視線が、とても苦手だった。
だから、少しでも同情されないように。
自分はけっして可哀想な子供でも、憐れまれる存在でもないのだと示したくて。
幸せなのだと、わかってもらいたくて。
精一杯、大人になろうと努力してきた。
「(気が緩んじゃってた…しっかりしなくちゃ。今だって私は、与えてもらってばかりなんだから。私がちゃんとしてないと、ノボリさんやクダリさんが…私に優しくしてくれてる人達が、悪く言われちゃう)」
『え、も…?』
「!あ…ご、ごめんね、エモンガ…!起こしちゃったね…」
くぐもった小さな声が聞こえてきて、名無しはハッとした。
いつの間にか、エモンガをぬいぐるみのように強く抱き締めてしまっていたようだ。
慌てて腕を放すと、エモンガはムニャムニャと口元を動かした後、名無しの身体にピッタリとくっつき直して、再び眠りに落ちていった。
「…。」
ほっと安堵の吐息を漏らして、名無しも早く眠りにつこうと目を閉じる。
しかし、一度ぐるぐると渦巻き始めた重たい感情はなかなか晴れてはくれなくて、名無しが意識を手放すことができたのは、暫く経ってからだった。
『えも、えも!』
「エモンガ、あんまり遠くに行っちゃダメだよ」
ご機嫌な足取りで進むエモンガと、その数歩後ろでエモンガを見守りながら歩く名無し。
よく晴れて雲ひとつない青空の下、1人と1匹はライモンシティの街中を仲良く散歩していた。
いつもならば、ノボリとクダリが出勤した後はポケモンセンターで過ごしていたのだが…
「(エモンガ、小さい子達が相手でもダメなんだ…)」
エモンガが、ポケモンセンターの人達だけではなく他の預けられている子供達にまで警戒心を露にする姿を見て不安になってしまい、問題を起こす前にという理由と、エモンガ自身にもストレスを与えないようにという理由から、名無しはジョーイの許可を取り、エモンガを連れて散歩に出掛けたのだった。
「(お昼には戻らなきゃいけないけど…大丈夫かな?子供達はエモンガに興味津々だし、仲良くできたらきっと皆喜ぶのに…)」
今の機嫌の良い状態のままいてくれれば…そう願いながら歩いていた名無しは、何気なくエモンガから視線をあげる。
「あ…」
そして気付く。
通りかかったそこは、観覧車乗り場だった。
以前ノボリとクダリと一緒に来た時は点検の為に休止しており、その後も【老朽化によるメンテナンスの為】として長らく動いていなかったのだが、
「(観覧車、今日からなんだ)」
観覧車はゆっくりと稼働しており、近くの看板には今日の日付で再開のお知らせが貼ってあった。
ゴンドラの昇降口には係員らしき人達の姿も見える。
「(今日帰ったら2人に教えなきゃ。クダリさん、喜ぶかな…)」
『エモ?』
立ち止まり、じっと観覧車を見つめたまま動かない名無しに気付いたエモンガが戻ってきて、不思議そうに首を傾げながら名無しを見上げる。
どうしたのかと、くいくい手を引っ張るエモンガに気付いて名無しが返事をしようとした、その時。
「キミも観覧車が好きなのかい?」
「え?」
突然、背後から聞こえた声に振り返る。
帽子を被った背の高い青年が虚ろな瞳で、しかし小さく微笑みながら、名無しのすぐ後ろに立っていた。
「(誰だろう…?)」
「だけどキミは1人みたいだね。この観覧車は2人乗り専用なんだ。キミとエモンガだけじゃ乗ることはできないだろう」
青年は早口で淡々と言葉を発する。
名無しは見覚えのない青年に話しかけられたことに戸惑い、エモンガは険しい顔で青年を睨みつけた。
そんな1人と1匹の様子などお構い無しに、青年はニコリと破顔すると、
「だから、ボクと乗りたまえ!」
パッ、とあいている方の名無しの手を取った。
「えっ…!?あ、あのっ…!」
驚いて動揺する名無しの小さい身体を引っ張って、青年はそのまま一直線に観覧車へと歩いていく。
2人と1匹はあっという間に、ゴンドラの中へと吸い込まれていった。
NEXT
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R7.01
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