俺はスカラビアに向いてない。
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「…あ"っつ"ぃ…」
さんさんと照りつける太陽の下を、心底うんざりしながら歩いていく。
ダラダラと流れ落ちる汗が、だらしなく半開きになっている口内に入ってきてしょっぱい。
うぇ、最悪だ。マジない、マジないわー、こればかりは進級しても慣れないわー、何なら新入生の方が慣れてるまであるわー。これが早朝とか冗談でしょ、太陽さん本気出し過ぎ。
列になって歩いていた筈なのに、気付けば他の奴らはすっかり先へ進んでしまったらしく、ゆらゆらと歪む視界に小さくなった後ろ姿がかろうじて見える。
「はぁ、若いっていいなぁ…」
「1つしか違わないのに何を言ってるんだ、お前は」
「無駄口を叩いてると余計に体力を奪われるぞ」なんて、ご親切なアドバイスが聞こえてきたのは俺の背後からだった。
うぉ、ビックリした。いつの間に…てっきり俺が最後尾だとばかり…。
「…先、行ってていいから…」
「倒れられたら困るんだよ」
「優しいなー、じゃあいっそのことサボらせてくれよ…」
「それは駄目だ」
「だと思った…」
それから暫く、砂を踏む音と自分の苦しげな息遣いしか聞こえなくなる。
気まずいと感じる余裕は既にない。そもそも相手が相手だから、無理に会話を絞り出す必要もないし。
ただ、後ろにいることを知ってしまったが故に、無言の圧というか、プレッシャーはヒシヒシと感じるようになってしまった。
「早く歩いて追いつけ」と背中に念でも送られている気分だ。
「はぁ…はっ…はぁ…う、わっ」
砂の上、特にこんな砂漠は不安定で歩きづらいことこの上ない。
だから、多少慣れてきたとはいえ元々運動神経の悪い俺にとっては躓かない方がおかしいのだ。ちなみにこれ本日3回目な。
あぁ、また砂まみれになる。覚悟というよりは諦めの気持ちで倒れ込む俺の身体が、前のめりの状態でピタリと止まる。
後ろから腕をがっしりしっかり掴まれて、何とか転倒は免れたようだ。
「…サンキュー副寮長サマ…」
「礼より先に自力で立ってくれないか」
手を離される前に身体を起こし、脱力した足に再び力をこめる。
立っているのもやっとだが、先へ進むしか選択肢はなくて…ああもう辛い。泣いちゃう。
「もう見えてきた。あと少しだ、踏ん張れ」
ポン、と背中を叩かれて視線を上げる。確かに、うっすらとだけど皆が足を止めて集まっているのが見える気がする。
でもなー、あれオアシスだけど枯れてんだよなー。わかってるからあんまりモチベ上がんないんだよなー。
「早く追い付かないと、そろそろ気付かれるぞ」
「おーい、名無しー!ジャミルー!」
「ほらな」
面倒くさげなジャミルの呟きから間を空けず、遠くから快活な声が俺達を呼んだ。
あぁ、眩しい。スッゲー眩しい。まるで太陽みたいな奴が朝日を背負ってキラッキラの笑顔で駆け寄ってくる。最早凶器である。
「どうした、大丈夫か?」
「カリム…」
「がんばれ!オアシスまでもう少しだ。みんな待ってるぞ!」
悪意ゼロのカリムはニカッと笑って俺の手を掴む。抵抗する力のない俺はそのままグイグイ引っ張られ、何とかオアシスで休憩している寮生のもとまで辿り着いた。
「みんなー、名無しとジャミルも着いたぞー!」
「お疲れ様です、ジャミル副寮長、名無し先輩!」
カリムがよく通る元気な声で叫ぶものだから、寮生達がこちらに注目して声をかけてくる。
やめてくれ、注目しないでくれ、こんなダメダメボロボロな姿の俺を見ないでくれ。いや普段から注目されたくはないけども。特に今は誰の目にも触れられず屍のように休みたいんだ…!
「ほら、名無し。水だぞ。いくらでもおかわりしていいからな!」
「あ、ありがとう…」
いたたまれなさで頬を引きつらせていた俺に、カリムがコップを差し出してくる。
もちろん喉はカラカラだし、砂やら何やらが口に入って不快感がすごい。有り難く受け取ったそれを俺は一気にあおった。
「う、うまい…」
干からびそうだった身体の隅々まで染み渡るような感覚。けっして冷たすぎず、かといってぬるすぎない優しい温度。
いつ飲んでも美味いが、砂漠を行軍した後に飲むこの水は本当に絶品だ。
この時代に、水の美味しさと大切さに気付くことができたのは、間違いなくこの寮に入ったおかげだとつくづく実感する。
「そうか、美味いか!よかった!」
「どんどん飲んでいいぞ」と笑うカリムに甘え、ついつい3杯ほどおかわりしてしまったところでハッとする。
そうだ、このオアシスはゴールだけどゴールじゃない。まだ、"帰り"があるんだった…。
「(あの道のりをもう一度歩かなきゃならない…考えなしに水分摂ってたら、酷いめにあう…)」
かつて、空っぽだった胃袋を水だけで満たした帰りの行軍中、突然の気持ち悪さから冷や汗が止まらなくなり、ついには意識が遠退き色々リバースしかけたことを思い出す。何とか耐えたけどな!
またあんな風になったらたまったもんじゃない。気をつけなければ。
「ごちそうさま」
「もういいのか?」
「あぁ。いつもありがとうな、カリム。お前のユニーク魔法で出してくれる水は世界一だ」
「へへっ、名無しが気に入ってくれて嬉しいぜ!」
お世辞じゃなく、本当にそう思う。
今までは水の違いなんて、軟水だとか硬水だとか言われてもサッパリわからなかった俺だけど、カリムが出してくれる水は何かが違っている。上手く言葉にはできないけど…ほら、あれだ、恵みの雨的な。そういう自然からの有り難さみたいなものを感じるっていうか。
あくまで俺個人の感想だけど。
とにかく、水分不足はすっかり解消した。
さて、次は木陰を探して足を休め…
「よーし、じゃあ帰りも張り切って行こうな!」
oh…無慈悲。水飲んで潤ってなきゃ死んでたね。
「うぐ…きもちわるい…」
スカラビア寮の自室にて。ベッドにうつ伏せの状態でぶっ倒れた俺は、最後の力を振り絞ってスマホに手を伸ばした。
もう、無理。まだ朝だけど1日分の体力をほぼ使い果たした。登校時間ギリギリまで寝よう…。
そう決めてアラームをセットし、パタリと脱力する。
早朝の砂漠行軍がある日は大体こんな感じで、寮に戻ってシャワーを浴びて、朝食を無理に詰め込んだら部屋でダウン。でも、一応これでも少しは成長しているのだ。
なにせ酷い時には、寮に着いて即ぶっ倒れて大騒ぎされたこともあったほどだからな。
目を覚ましたら見知らぬ天井。訳がわからないまま、カリムには「無事でよかったー!」と泣かれ、ジャミルには「どうしてあんなことになる前に言わないんだ」と呆れた様子で説教され、他の寮生達にも気遣われ…いやー、あれは俺人生の中でも、まあまあ上位に来る黒歴史だわ。
ちなみに見知らぬ天井の正体は、ジャミルの部屋だった。あの時、初めて入ったんだよなー。
「(懐かしい…そういえば、さっき部屋に戻る前、ジャミルが何か言ってたな…)」
うつらうつらと眠気に支配されかけた頭で、朝食を終えて部屋に戻る前、背後からかけられた言葉を思い出す。
『名無し。魔法薬学の課題、忘れて行くなよ』
「ヤベッ…!」
サッと血の気が引いて、一気に頭が覚醒する。
そうだ、課題!まだ途中までしかやってない!
しかも今日の魔法薬学、1限目じゃん!
「あぁぁ…昨夜は課題やってる途中で急な宴に呼び出されて、部屋に戻って先にゲームのデイリー終わらせて…そうしてたら日付変わってたから課題は明日の朝でいいやーって…」
そして、そのまま寝て今の今まで忘れていた、と。
しかも忘れたまま二度寝しかけた、と。
「ヤバイヤバイヤバイ…こんなボロボロな日に、更にクル先にまで怒られたら心身共にズタボロになる…っ!」
すぐに課題をやらなければ、と身体を起こす。
瞬間、ベッドシーツに思いっきり擦れた腕と、両足のふくらはぎに激痛が走り、「いっ…!」と声が漏れた。
「~っ、いってて…」
原因はわかっている。腕は砂漠の照りつける太陽による日焼け、そして両足のふくらはぎは行軍で酷使したせいで筋肉痛になり始めているのだ。
俺みたいなインドア派が、スカラビアの寮服みたいな腕丸出しの格好で砂漠行軍なんてすれば、そりゃこうなるのは当たり前なんだよなぁ…。
本当は、このまま部屋から出たくない。それどころかベッドから動きたくない。二度寝したいし、ベッドに寝転がってゲームでもしていたい。
しかし、お世辞にも成績優秀とは言えない至って普通の学生である俺は、せめて出席率くらいは良くないと、この名門校でどんどん肩身が狭くなってしまうことだろう。
つまり、サボりは許されない。だったら砂漠行軍の方をサボれば少しは楽だったのだが、あいにくと副寮長がそれを許してはくれないのだ。
うん…まぁ、スカラビア寮生としては砂漠行軍も宴も含めて、極力参加して寮生活も波風立たないようにしておく必要があるとは俺だって思ってるけど。
「ハァ…」
痛みを最小限に抑える為、そろそろと机に向かいながら、俺は溜め息と共にポツリと漏らした。
「やっぱり…俺はスカラビアに向いてない」
END
→
1/2ページ