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「ふふっ、まさかこんなに早くお会いできるなんて」
こみ上げてくる嬉しさを抑えられず、少女は花が綻ぶような笑顔を咲かせた。
日頃からほとんど日の差さない薄暗いその場所において、今日の彼女はまるで太陽の光のように目映く、男女問わず、すれ違う者達の目を奪っていく。
踊るように軽やかに、歌を口ずさみながら進んでいく姿はさながら舞台の上の踊り子のように優雅だ。
「(この姿、喜んでいただけるかしら?)」
逸る気持ちが少女の頬をほんのりと色づかせる。
朝早くから念入りに整え、何度もおかしくないか確認したその姿を、目的地で待っている相手に一刻も早く見てもらいたい。
もう何ヵ月も会えていない"彼ら"がどんな反応をするか、想像しただけで少女の胸は早鐘をうつ。
「(あぁ、待ち遠しい。早くお会いしたいわ)」
頭の中は、昨日からずっと"彼ら"のことばかり。
ご機嫌な少女は、すっかり浮かれていた。
だから、気付いていなかった。自分に向けられた、うっとりとした熱い視線にも。
じわじわと背後に迫る、怪しい影にも。
「初めて見るものばかり…さすが海の中の博物館」
珊瑚の海にある、アトランティカ記念博物館。
特別に貸切状態にあるその館内をあちこち見学しながら、ユウの口からは自然とそんな呟きが零れた。
普通の人間、それも別の世界から来た魔力を持たない自分が、まさかこんな体験をするなんて。この世界に来てそれなりに経ったけど、まだまだ驚くことばかりだ、と、目の前にある海のモンスターの骨格標本を見上げながら思う。
「おい、さっきからずっと口が開いてるぞ」
「デュースとグリムもな。つかスッゲー間抜け顔なんだけど」
呆れた顔のジャックがユウに指摘すると、続いてエースがからかうようにグリムとデュースを見てニヤリと笑った。
静かに閉口するユウ。その隣ではデュースがハッと我に返り、同時にグリムは慌てて言い返す。
「お、オレ様は口なんか開けてないんだゾ!」
「はい嘘ー、しっかり開いてましたー」
「ふなー!海の中じゃなかったら丸焦げにしてやるところなんだゾ!」
「(また始まった…お願いだから暴れて何か壊したりだけはしないでほしい)」
心の底からそう願いながら、ユウはいつもの騒がしいやり取りを見守る。
この世界に来てから、とにかく毎日がハプニングの連続だった。
けれど、そのハプニングがなければ、彼らと今こうして一緒にいることもなかっただろう。奇妙な縁で結ばれたものだ。
「本当にあなた方は元気が有り余っていますね」
「あは、楽しそうでイイじゃん」
「賑やかな遠足になって何よりです」
しかしその中でも今特に奇妙といえば彼ら、この場所に招待してくれたオクタヴィネル寮の3人との縁だ。
アズールもジェイドもフロイドも、先日までユウ達を散々困らせてきた挙げ句、ユウとグリムの居住地であるオンボロ寮まで奪おうとしてきた相手だというのに、今は、あのいざこざが嘘のように穏やかな様子で騒ぐグリムとエースを眺めている。
大変だった日々を思い返すユウ。
そして、訪れたこの平穏が少しでも長く続いてほしいと思っていた、その矢先。
「お兄様っ!」
その声はあまりにも濁りなく美しく館内に響き渡り、グリムとエースですらピタリと口喧嘩を止めてしまった。
一同の視線が一斉に声のした方へ向く。
「あー、やっと来たぁ♪」
と、最初に口を開いたのは嬉しそうに顔を綻ばせるフロイドだった。次にジェイドが少し驚いた表情で「おや」と一言。
そしてアズールが「なっ…!?」と動揺を見せた瞬間、
「お兄様…っ!」
声の主は、飛び込むようにフロイドとジェイドの2人に抱きついた。
「あぁ、お兄様、本当に、本当にお会いしたかったです…!」
感極まったように2人を見上げる声の主。その正体は、とても美しく可憐な少女だった。
オクタヴィネル寮の3人以外は突然のことに思わず言葉を失い、少女に見惚れる。
そんな彼らに意識がいくよりも先に、少女は何かを思い出したようにハッとした。
そしてその愛らしく整った顔をみるみる泣きそうに歪めていくと、
「ごめんなさい、お兄様…せっかく再会できたばかりなのに、私、ご迷惑を…」
「ん?」
「どうしたんです?」
少女は細い肩を小さく震わせて言い淀む。何かがあったと瞬時に察する双子。優しげに綻んでいた顔が険しくなる。
「お願い、お兄様…助けてください…!」
振り絞るような声で、少女は言った。
事情を訊き返すよりも先に、彼らの耳は遠くから近付いてくる複数の男の声を捉えた。
「いたか?」
「いや、あっちじゃないな…こっちか!」
「っ…!」
ビクンと少女の身体が跳ねる。
すぐに、すべてを理解した双子の顔から一瞬にして表情が消えた。
「…アズールぅ」
「少しの間、お願いします」
「…わかっています」
小さな身体を更に縮めて不安げにする少女の背中を優しく押してアズールのもとへ向かわせると、双子は近付いてくる声の主達を待ち構える。
「ほら、やっぱりこっちに…げっ!?」
「ヒッ…り、リーチ兄弟ッ!?」
「何で…今は陸にいる筈じゃ…!?」
息を切らして現れたのは、若い男の人魚達だった。双子に気付いた途端、サッと青ざめて動揺を露にする。
「オマエらさぁ、何勝手に入ってきてんの?」
「本日、この博物館は『モストロ・ラウンジ』の研修旅行の為、貸切となっております。お引き取りを。…と本来ならば、それだけで済んでいましたが」
「アハッ、無事に帰すわけねーじゃん」
「そうですね。僕も見過ごすことはできません」
「オレらの目を盗んで何しよーとしてたワケ?…覚悟はできてんだろうな、あ?」
「にっ、逃げろッ!」
フロイドに凄まれて、男の人魚の1人が叫んだ。その声を合図に男の人魚達は蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
「逃がさねーっつってんだろが」
「まったく、往生際が悪いですね」
しかし海の中、本来の人魚姿になっている双子のスピードには敵わず、男の人魚達が逃げた先から聞こえてくる、絶叫にも近い悲鳴。
アズールと少女以外は今起きているであろう凄惨な光景を想像し、冷や汗を流した。
「(あの中心にいた人魚は、確か…)」
「あ、あの、アズールさん…」
「ん?」
「ごめんなさい、問題事を持ってきてしまって…」
申し訳なさそうに自分を見上げてくる少女。その距離の近さに、自分がほとんど無意識に彼女の両肩に手を添えて、その華奢な身体を抱き寄せていたことに気付く。
パッ、と手を放したアズールは取り繕うように眼鏡を上げる仕草を見せてから、平静を装って口を開いた。
「いえ、構いません。このような些細な問題、別に気にしませんよ。ええ。僕は慈悲深い人魚なので」
「よかった…」
「しかし、こうなった事情は訊いても?…あなたがここにいるのは大体の察しがつきますが」
「はい…」
「おい、アズール!」
しゅんとなって説明しようとする少女を大きな声で遮ったのは、グリムだった。
「一体何がどうなってるんだゾ?」
「つか、誰すかそのスッゲー美少女!」
「お兄様、とか聞こえた気が…」
次から次へと興味津々といった様子で質問してくるグリムやエース達。
アズールは「落ち着いてください」と彼らを制止すると、僅かな間の後、
「…仕方がないので紹介しておきましょう。この子は名無し。ジェイドとフロイドの妹です」
あからさまに気が進まないという顔をして、そう言った。
『ええっ!?』
「ふなっ!?」
エース達とグリムが同時に素っ頓狂な声を上げる。
紹介された少女、名無しはようやく彼らに気付いたようで慌ててそちらに向き直ると、ワンピースの裾の両端をつまみ、礼儀正しくお辞儀をしてみせた。
「初めまして、名無し・リーチと申します」
にこり、と微笑む名無し。その可愛らしさのあまり、周囲に花が咲いているような錯覚に陥る一同。
「オ、オレ様はグリムなんだゾ!」
「オレ、エース・トラッポラ。よろしく!」
興奮気味のグリム、エースに続いてユウ、デュース、ジャックもそれぞれ挨拶をし終えると、名無しは彼らとアズールを交互に見て、制服や腕章の違いに気付く。
「皆さんは、オクタヴィネル寮の方ではないのですね?ということは…」
「えぇ。彼らは陸の人間です。一部、獣の方もいますが」
「まぁ、やっぱり!陸の方々とお話ができるなんて嬉しいです♪それに…」
チラリと名無しの大きくて澄んだ瞳がグリムに向く。
「グリムさんのような方は初めて見ました…とっても可愛らしいです。あの、よろしければ、少し触っても?」
「ふな?ま、まぁ、特別に触らせてやってもいいんだゾ」
「ありがとうございます!」
許可を得た名無しはグリムのもとへ行くと、恐る恐るその頭に手を乗せた。
そのまま優しく撫でているとグリムも気持ちが良いのか「ふなぁ…」と目を細める。
「はわぁ…すごいです、フワフワです、可愛いです、ぬいぐるみみたいです…!」
嬉しそうに顔を綻ばせる名無し。
いつもなら「オレ様はぬいぐるみじゃねー!」と文句を言いそうなグリムも満更ではないようだ。
「あのあの、抱っこしてもいいですか?ぎゅ~ってしたいです」
「仕方ないんだゾ、ちょっとだけなんだゾ」
「(グリムがすっかり骨抜きに…!)」
ご満悦な様子で、されるがままのグリム。いつもの生意気さは見る影もない。
「うっわ、マジで今のグリム、ぬいぐるみに見えてきた。いつもああなら可愛げもあるんだけどな」
「オレ様はぬいぐるみじゃねーんだゾォ、ふなぁ…」
「あ、こっちには突っ込むのね」
「それにしても、ジェイド先輩とフロイド先輩、妹がいたんだ…」
「いや、でも先輩たちは人魚っすよね?けど…」
ぬいぐるみ扱いされてとろけているグリムを見ながら、意外そうに呟くユウと、名無しを見て冷静に指摘をするジャック。
確かにジャックの指摘通り、名無しのワンピースの裾からすらりと伸びているのは魚の尾ビレではなく、細くてしなやかな、どう見ても人間の足そのものである。
「魔法薬の効果ですよ。僕だって今は人間の姿でしょう?」
「いやいや、足以前に、そもそもあの2人とはまったく似てないんだゾ。スッゲー可愛くて、優しくて、とてもあの凶悪な双子と兄妹とは思えな…」
「あは、アザラシちゃんも絞められてーの?」
「ふなぁっ!?」
グリムを抱き締めていた名無しの背後から、いつの間に戻ってきたのかフロイドがぬっと顔を出してニッコリとグリムを見下ろす。
グリムは慌てて名無しの腕から抜け出すと、一番ガタイの良いジャックの背中に身を隠した。
「お待たせしました」
「おかえりなさい、フロイド、ジェイド。丁重にお帰りいただきましたか?」
「えぇ、もちろん」
「ちゃ~んと念入りに絞めといたから、安心していいよぉ」
「えぇ、念入りに…ね」
「「フフフ…」」
「ふなぁ…やっぱり全然似てねぇんだゾォ…」
グリムがジャックの後ろから涙目で呟くと、
「当然じゃん。オレら、血繋がってねーもん」
「そうですね。義理の兄妹ですから」
双子は揃って、事も無げにそう言った。
「えっ、そうなんですか!?」
「うん、そーだよ。名無しはね、ちっちゃい頃、ジェイドと散歩してる時に見つけて拾ってきたの」
「ひろ…っえ!?」
「なんかー、1匹でピーピー泣いてて、話しかけたら迷子で親もわかんねーって言うから、じゃあ持って帰るかーって」
「そ、そんな物みたいに簡単に…」
「まぁ、あの場には他に誰もいませんでしたし、あまり安全な場所でもなかったので…保護したと考えていただければ」
「そーそー。あのままにしてたら、こわーいサメにでも食べられてたかもしんねーし?」
「そんな危険な場所を子供が散歩するってのがそもそもおかしいんだゾ…」
「先輩達らしいといえば、らしいけど…」
衝撃的な話を聞いて驚くと同時に、彼らは幼い頃から"こう"だったのだということと、兄妹が似ていない理由に納得するユウ達。
だが似ていないと言われても、名無しにとってリーチ兄弟は兄であることにかわりなく、
「お兄様…」
後ろにいるフロイドを見上げて、そう小さな声で呼びかける名無し。
フロイドは先程までとはうって変わり、ご機嫌な笑顔で両腕を広げる。
「ん♪」
おいで、と促されて、名無しはフロイドの胸に飛び込んだ。
「フロイドお兄様…!」
「はーい、お兄ちゃんだよぉ。あは、名無し、何かまたちっちゃくなった気ぃするね?」
「そんなことないですけど、私も何だか以前よりお兄様を大きく感じます」
ぎゅーっとフロイドに抱き締められても名無しは苦しむどころか幸せそうに、自らもフロイドに頬ずりして抱き締め返している。
まわりからすれば、ただでさえ人間姿の時より大きな人魚姿のフロイドに、華奢な名無しが潰されてしまわないかとハラハラせずにはいられないのだが。
しかしそれもアズールとジェイドにとっては慣れた光景のようで、
「おやおや。名無し、ジェイドお兄様の方には来てくれないんですか?」
「行きます、ジェイドお兄様!」
「フフ、良い子ですね。よしよし」
「ちぇー、オレももっとぎゅーってしたかったのにぃ」
「独り占めは駄目ですよ、フロイド」
「(この兄妹は、まったく…)」
今度はジェイドの胸に飛び込む名無しに、そんな妹を優しく抱き留めて頭を撫で、額に唇を落とすジェイド。
人目も気にせずイチャイチャとスキンシップを繰り返すリーチ兄妹の姿に、アズールは堪らず顔を押さえた。
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