忍者の誤算
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「やぁ、待たせたね。来てくれて嬉しいよ、音速のソニック」
「無駄な挨拶はいらん。さっさと本題に入れ」
腕を組んで壁に凭れかかったソニックは、不機嫌そうに眉を寄せて自分を呼び出した男に鋭い視線を向ける。
以前、依頼を受けて数週間ほど用心棒をしてやった金持ちの男から連絡が来たのは昨夜のことだった。
『キミの腕を見込んで、息子がどうしても頼みたいことがあるらしい』
今のソニックは宿敵を見つけ、彼に勝つまでは鍛練に専念する為に依頼を受けるつもりはなかった。
そうハッキリと断ったのだが、男はどうやら親バカだったらしい。『日数はかからない』『息子の為に、どうか頼む!』と執拗に食い下がってきた。
あまりにしつこいので心底辟易したが、しかし金払いがいいことはわかっていたので、とりあえず話だけは聞いてやろうと思ったソニックは気乗りしないながらも、わざわざこうして出向いてきたのだった。
「それで?俺のような『凄腕の忍者にしかできない』依頼とは何だ?」
ソニックに促された金持ちの男の息子、もとい今回の依頼主はニヤリと口元を歪める。
それだけで、良からぬ内容であることは容易に察しがついた。
「この女性をここに連れて来てほしい。もちろん傷ひとつ付けずにね」
依頼主が懐から取り出した写真を後ろに控えていた使用人に手渡す。
使用人を介して渡されたそれを受け取り視線を落としたソニックは、不可解そうに目を細めた。
「何だ、ただの小娘じゃないか」
明らかに隠し撮りされたそこに写っていたのは、1人の女だった。
見るからに華奢な身体、口元に手を当てて淑やかな笑みを浮かべる姿は可憐で美しいが、しかしだからこそ解せない。
この女を連れて来ることが、『凄腕の忍者にしかできない』依頼だと?
"傷ひとつ付けずに"という条件があるにしても納得がいかない。
「この娘、何者だ?」
「彼女は僕と同じ大学に通う学生だよ」
「学生…ただの学生だと?つまりは一般人ということか?」
「そう、ただの一般人だ。だからくれぐれも丁重に頼みたい。あぁ、もちろん連れて来るのは彼女1人だけにしてくれよ?」
「…念の為に訊く。俺をからかっているわけではないだろうな?」
ソニックの鋭い眼光が依頼主を射貫く。
ヒュッと喉を鳴らした依頼主は青ざめると、慌てて首と両手を振って否定した。
「ち、誓ってそんなつもりはないっ!」
「なら説明してもらおう。この娘を拐う依頼が、何故俺でなくてはならないのかを」
「そ、それは…」
すっかり余裕を失って情けない表情になった依頼主は、一度生唾を飲み込んでから恐る恐るといった様子で声を絞り出す。
「…実は…キミに頼む前に何度か裏の人間を雇って同じ依頼をしたんだ。けれど、奴らは悉く失敗して、今も病院のベッドの上さ」
「何だと?」
ソニックは眉をピクリと動かして訝しげに表情を歪ませた。
もちろん、裏の人間といっても実力に上下はある。しかしわざわざ報酬を出し惜しんで無能を雇うような愚かなことをしなければ、ただの一般人の誘拐などという簡単すぎる依頼を失敗するわけがない。
そういったことを専門にしている者も、それこそ腐るほどいる世界だ。
そんな連中が悉く失敗し、あまつさえ入院しなくてはならないほどに負傷したというのか?
「(この娘…ただの一般人ではないのか?何か特殊な能力を持っているという可能性も…それとも人目につかないところに護衛の類が潜んでいる?)」
改めて写真に目を落とすソニック。
しかしどれだけ見ても、そこに写っているのは1人の人畜無害そうな女だけ。何もおかしな部分は見当たらなかった。
「…失敗した奴らからの情報は?何か聞いていないのか?」
「それが…皆一様に『記憶が曖昧だ』と…『何か衝撃を受けたような気はするが、目が覚めたら病院にいた』と言うんだよ」
「衝撃…」
ソニックは暫し厳しい表情で考え込む。
依頼主は息を飲み、不安そうに彼の次の反応を待った。
そして熟考の末、ソニックは口の両端を引き上げると、
「…いいだろう。この依頼、俺が受けてやる」
「あ、ありがとう!」
依頼主が歓喜の声を上げる。
父親から話を聞いているからか、ソニックならば必ず成功させると確信しているようだ。
「しかし、わざわざ裏の人間を何度も雇い、あまつさえ父親に泣きついて俺にコンタクトを取らせるとはな。随分と諦めの悪い男だ。それだけこの娘にご執心ということか」
「キミもその写真を見たんだからわかるだろう?」
依頼主は懐からまた1枚の写真を取り出す。
十中八九、標的の女が写っているのだろうと察したソニックは、一体どれだけの枚数を所持しているんだ、と内心ドン引きした。
「彼女は天使だよ…こんなにも美しく可憐な女性を、僕は見たことがない」
甘ったるい台詞にうっとりと蕩けた表情まで見せられて、とうとう不快を通り越して吐き気がしてくる。
このままでは依頼を受ける気がなくなりそうだ。
ソニックは一刻も早くこの場を去ろうと決め、マフラーを翻した。
「まぁ、せいぜい出迎えの準備でもしているといい。明日には連れて来る」
「あ、待ってくれ。もうひとつ、キミに訊きたいのだが」
「…何だ」
「ソニック、キミは本物の忍者なんだろう?惚れ薬のひとつでも作れたりはしないのか?」
「生憎とこれ以上、興味がないことに割く時間はない。話は終わりだな?帰るぞ」
「…そうか。まぁ、いいさ。僕には裏のルートで手に入れた"アレ"があるからね」
顔を見なくても、依頼主が今どんな醜い表情を浮かべているかは手に取るようにわかった。
「(くだらんな。どうせただの催淫剤の一種だろう。ならば本物であっても時間経過か肉体的接触をすれば解消される程度の効果しかないというのに)」
催婬剤…所謂、媚薬の類であるが、それらは偽物も多く出回っているうえ、本物であってもフィクションで見かける"惚れ薬"のような効果はない。
素人の依頼主はそれを知らないのだろう。
しかしわざわざ教えてやる義理もない為、ソニックは聞こえなかったフリをして、そのまま部屋を後にした。
翌朝。ソニックはすぐに依頼を完遂する為、行動に移した。
依頼主と同じ大学に通うという情報から、まず彼は大学の正門が見える位置に張り込み、標的の女が現れるのを待った。
彼女が朝から登校してくるとは限らない。それどころか休みである可能性もなくはない。
しかし、写真の印象から女は真面目な性格であると踏んだソニックは己の判断を信じ、気配を殺してその時を待った。
そして彼の予測通り、張り込みを始めてからさほど時間の経たないうちに正門をくぐる女の姿が確認できた。
次にソニックは、彼女を追って大学内へと潜入した。
けっして警備に不備があったわけではない。ただ忍者である彼にとっては、学舎のセキュリティを掻い潜ることなど造作もなかった。
それから暫く、ソニックは付かず離れずの距離から女を観察することにした。
本来であれば、見つけた時点で気絶でもさせて依頼主のもとへ連れて行くべきなのだが、しかし、裏の人間が何人も病院送りになったという依頼主の言葉がやはり気になったのだ。
女がただの一般人ではないのか、腕の立つ護衛がついているのか、はたまた別に理由があるのか。
もしかすると、多少の腕試しくらいは出来る機会があるかもしれない。
そんな淡い期待すら抱いていたのだが…
「あ、猫ちゃんだ。可愛い~」
大学からの帰り道。近道をするつもりだったのだろうか、ひとけのない寂れた公園を通り抜けようとした女は、自身の足元に擦り寄ってきた猫に気付いて歩みを止めた。
「人懐っこいねー、どこかの飼い猫ちゃんかな?よしよし~」
その場にしゃがみ込み、嬉しそうに顔を綻ばせて猫と戯れる姿はあまりに隙だらけだ。
「(結局、余程の無能を雇っただけだったか…)」
ソニックは小さく溜め息を吐く。
今日1日、女を見続けていたが変わったところは何もなかった。
真面目に講義を受け、友人達と笑い合い、幸せそうに食事をし、サークルの勧誘を丁寧に断り、日が暮れる前に帰路に着く。
何ということはない、ただの規則正しい学生の1日である。
彼女の周囲にも、手練れの気配を纏う人間は誰1人として確認できなかった。
「(時間を無駄にしたな)」
さっさと済ませよう。
決めるや否や、ソニックは一瞬の内に音もなく彼女の背後に立った。
そのまま、まったく気付く気配もないその無防備な首元を狙い、手刀を振り上げる。
「おーい、名無し」
しかし手を振り下ろす直前に人の気配を感じ、ソニックは咄嗟に飛び退いて近くの木の上に身を隠した。
続けて少し離れた所から間延びした声が聞こえてくると、顔を上げた女は嬉しそうにパァッと瞳を輝かせる。
「あ、サイタマお兄ちゃん!ジェノス!」
「そんな所で何してんだ?」
「ひとけのない場所に長居はするなと忠告した筈だが?」
「ご、ごめんなさい。猫ちゃんがいたから、つい…」
「猫か。なら仕方ないな」
「先生、甘やかしてはいけません」
「えへへ、仕方ないよねー。お兄ちゃんもなでなでする?この子、人懐っこいよ」
「んじゃ、ちょっとだけ…あ」
「あ、逃げちゃった…」
「…。」
「お前…何故しっかり押さえておかない?先生、すぐに俺が捕まえてきます」
「いや、いいよ。無理に撫でたいわけじゃねーし」
「ごめんね、お兄ちゃん。さっきまですごくリラックスしてたんだけど…」
「気にすんな。猫は気まぐれって言うからな」
標的の女、名無しは近付いてきた男達の名前を呼び、親しげに会話を交わしている。
その様子を盗み見ながら、ソニックは感情の昂りを感じずにはいられなかった。
想定外の邂逅に肩が震える。口角が上がるのを抑えられない。
すべて、納得がいった。
何故、何人もの裏の人間が、警戒心のまったくない女1人を拐えず返り討ちに遭っていたのか。
間違いない。"この男"の仕業だったのだ。
「ク…ククク…そういうことか。なるほどな。この依頼、確かに俺以外の奴には荷が重いだろう」
「ん?」
「…!生体反応…そこの木の上か」
警戒を露にしたジェノスが掌を近くの木に向ける。
しかしそんなもの脅威でも何でもないというように、ソニックは素早く地面に降り立ち、3人の前に姿を現した。
「貴様…」
「お前は…」
ジェノスとサイタマは見覚えのある顔に反応を見せる。
しかし、次の言葉が続かない。
「えーっと…何とかの…あれ?何だったかな…確か…」
腕を組んだサイタマは、うーんと唸りながら記憶を手繰り寄せていく。
そして、ふとジェノスの手に下げられたスーパーの袋が目に入ると、パッと表情を緩めてスッキリとした声で言った。
「あぁ、春菊のソニック!」
「音速だ!貴様、いつもいつもわざとだろう!?」
「お兄ちゃんの知り合い?ヒーローのお友達?」
「友達?冗談じゃない、この男と俺はライバ…」
「こいつはサイタマ先生の厄介なストーカーだ」
「えっ…!」
ソニックの声を遮ってジェノスが冷たく言い放つと、名無しは大きく目を見開いて両手で口元を押さえた。
「お…お兄ちゃんの…ストーカーさん…?」
「違う!俺はサイタマのライバルだ!」
「あ、よかった…もう、ジェノスってばビックリさせないでよ…」
ホッと胸を撫で下ろす名無し。
それから「でも、ライバルって…?」と不思議そうに小首を傾けるが、サイタマは面倒くさそうに「気にすんな、向こうが勝手に言ってるだけだ」とだけ答えた。
そしてすぐにサイタマとジェノスは名無しを背に庇うようにして前に出ると、ソニックに対して眉を顰める。
「それで、今日は何だ?用があるなら早くしろ」
「フン、生憎と貴様に用はない。用があるのは、そこの娘だ」
そう言ってソニックが2人の背後にいる名無しを指し示した為、サイタマとジェノスは予想外の言葉に目を見張り、思わず振り返って名無しを見た。
そして名無し本人はというと、
「私…?」
キョトンと目を丸くして、今の状況をまったく理解できていないようだった。
そんな彼女に代わってジェノスが「どういう意味だ?」と警戒を強めてソニックに問う。
「俺の依頼主がその娘をご所望でな。傷ひとつ付けずに連れて来いと言っている」
「名無しを?」
「目的は何だ」
「そこまでは知らん(まぁ、おおかたの予想はつくがな)」
「えっと…全然身に覚えがないんですけど…」
困惑の表情を浮かべる名無し。
サイタマも怪訝な表情でソニックを見ると、低い声で彼に疑問を投げかけた。
「もしかして、最近やたらとコイツが拐われそうになってんのは、その依頼主とかいうヤツの差し金か?」
「だろうな。もっとも、貴様らの邪魔が入ってすべて失敗に終わったようだが」
「どこが傷ひとつ付けずにだ。どいつもこいつも力ずくで連れ去ろうとしてたぞ」
「他の連中のやり口は知らん。あくまで俺への依頼はそうだというだけだ」
「お前も名無しを拐うつもりか?」
「それは娘本人と貴様ら次第だな。おとなしくついてくるのなら手荒な真似はしない。そうでないのなら…実力行使に移すまでだ」
「できるものならやってみろ」
サイタマ、ジェノスとソニックの纏う空気が張り詰める。
互いに睨み合い、静かな公園内に一触即発の雰囲気が漂い始める。
「ま…待って!待ってください!」
そんな物々しい空気を破るように、名無しは微かに震えを含んだ声で叫んだ。
3人の視線が一斉に集まる中、いまだ困惑の表情をした彼女は両手を握り締め、おずおずと申し出る。
「あの…私、ソニックさんについて行きます。だから、痛いことも怖いこともしないでください…」
名無しの思わぬ発言に、サイタマとジェノスはギョッと目を見開いた。
「名無し、何言ってんだ?」
「まさかこんな奴の話に耳を貸すつもりか?必要ない」
「でも、また次の人が来ても困るし…ソニックさんは『傷ひとつ付けずに』って言われてるんですよね?だったら大丈夫かなって…」
「あのなぁ、誘拐しようとする相手がマトモなヤツなわけねーだろ。やめとけ」
「お兄ちゃん…」
「代わりに俺が行って、二度とお前に関わるなって言ってきてやる。おい、ソニック。お前の依頼主とやらのところに案内しろ」
「いえ、サイタマ先生の手を煩わせるまでもありません。俺が行って焼却してきます」
「フン、俺が素直に頷くと思うか?」
再び険悪になる男達に、名無しはおろおろと狼狽える。
しかし、すぐに意を決したように表情を引き締めると「だ、大丈夫!」と声を振り絞った。
「お兄ちゃん達に甘えてばかりじゃダメだから…私が自分で直接会って、『こういうのは困るのでやめてください』って伝えてくる!」
「名無し…」
「今までの人達とは違ってソニックさんはちゃんと説明してくれたし、ついて行く間に心の準備もできると思うから…だから私、頑張ってみる!」
そう言い切った名無しの瞳には、強い意志を感じる光が宿っていた。
頑張ってみる、と本人は言うが、正直不安を拭うことはできない。
ソニックも依頼主とやらもまったく信用ならないし、そもそも『やめてください』『わかった』で済む話なら、誘拐なんて物騒な真似をするとは思えない。どう考えても危険だ。
しかしサイタマは長い長い沈黙の後、ハァ…と溜め息をこぼすと、根負けしたように肩を竦めてみせた。
「仕方ねーな、行ってこい」
「先生!?」
「本人がこう言ってんだ。やりたいようにやらせてやろうぜ」
「しかし、あまりに危険すぎます…!」
「だな。けど俺らは部外者だし、名無し自身が考えて決めたことだ。これ以上の口出しはよくないだろ」
「…。」
ジェノスはいまだ納得できないように顔を顰めていたが、暫くして「…わかりました。先生がそうおっしゃるのなら」と反対の言葉をぐっと飲み込んだ。
「ごめんなさい、お兄ちゃん、ジェノス。いつも助けてもらっておいて、ワガママ言って…」
「謝ることねーよ。お前は自分の力で解決したいんだろ?その気持ちはえらいと思うぞ。その代わり、ちゃんとやり遂げて来いよな」
「うん…!」
「…。」
ソニックは表情にこそ出さなかったものの、心の内では意外な思いで彼らのやり取りを傍観していた。
自分の知るサイタマ達なら、今のように女の意思を尊重して身を引いていただろうか?
いつものように力ずくで自分をぶちのめそうとしたのではないか?無論、簡単にやられるつもりは毛頭ないが。
正直、サイタマ達が女と知り合いという時点で戦いになる覚悟はしていた。
それなのに、何だ?この気の抜けるような和やかな雰囲気は。
何人も病院送りにしたんじゃないのか?何故、今日に限って戦う意思を見せない?
「(腑抜けたか、サイタマ…いや、元々そう見える奴ではあるが…)」
肩透かしを食らった気分になるソニック。
そんな彼を「ソニックさん」と澄んだ声が呼んだ。
「案内、よろしくお願いします」
傍にやって来た名無しが柔和な笑みを浮かべて、ソニックに向かって礼儀正しく頭を下げる。
自身を誘拐しに来た相手だとわかっていて、しかもサイタマ達と睨み合った場面もしっかり見ていたにも関わらず、彼女からは相変わらず警戒心がまったく感じられなかった。
ソニックはますます調子が狂うと思いながらも、とりあえず一言「…あぁ」とだけ返すのだった。
「…で、貴様らはどこまでついてくる気だ」
目的地の高層ビルに到着したところで、眉を顰めたソニックは背後から圧を放ち続ける男達を振り返った。
「お前と名無しを2人だけで行かせるわけねーだろ」
「妙な動きを見せれば、すぐに焼却する」
「(こいつら…全然納得してないじゃないか)」
先程は名無しの心意気を買って納得したようだったにも関わらず、ずっと後をついて来たサイタマとジェノス。
もちろんソニックは気付いていた。というか普通にすぐ後ろを歩いていたので気付かない方がおかしいのだが。
それでもソニックは、抵抗せず素直に従った名無しに免じて、ここまでは敢えて彼らの勝手を見逃してやっていた。
だが、さすがにここから先に行かせるわけにはいかない。
「断っておくが、依頼主からはこの娘『だけ』を連れて来るよう言われている。貴様らを同行させるつもりはないぞ」
「別にいいよ、勝手についてくから」
「貴様…」
やはり実力行使で排除するしかないか、とソニックは刀に手を伸ばしかけるが、
「お兄ちゃん、ジェノス、私は大丈夫だから」
隣を歩いていた名無しが、2人に向かってニコリと微笑んだ。
「お買い物の帰りなのに、ここまで一緒に来てくれてありがとう。でも、ソニックさんも依頼通りにしないと怒られちゃうかもしれないし。ちゃんと『やめてください』って言ってくるから」
「ね?」と小首を傾ける名無し。
サイタマとジェノスは数秒ほど沈黙すると、
「…仕方ねーな。じゃ、下で待ってるから」
「すぐに終わらせて来い。あまり時間がかかるようなら突入する」
「ふふ、ありがとう。行ってきます」
先程までとは打って変わった様子で頷いた2人に呆気に取られるソニック。
名無しから「行きましょう、ソニックさん」と声をかけられ、「あぁ…」と少しぎこちなく返しながらも、共にビルに入っていく。
サイタマもジェノスも、今度は素直に2人を見送った。
エレベーターに乗り込んで依頼主の待つ最上階へのボタンを押してから、ソニックは背後にいる名無しを見る。
「わぁ、高い…」と呑気に窓の外を眺める姿は、ただの一般人にしか見えないが…
「(あれほど心配していた奴らがおとなしく身を引くとはな…この女に随分と絆されているようじゃないか。確かに容姿は悪くないが…)」
「(どんどん上がっていくなぁ…何だかちょっと怖くなってきちゃったかも…うぅ、だんだん足元もフワフワしてきて、下に吸い込まれそうな感覚が…)」
「おい」
「っ、はい…?」
ビクリと肩を揺らした名無しが、勢い良くソニックに振り返る。
「(さっきより表情が固いな…さすがに警戒し始めたか)」
「(よ、よかった、ソニックさんが声をかけてくれて。もう、このまま外は見ないようにしてよう…)」
ソニックは見当違いをしていたが、構わずそのまま疑問を投げかけた。
「お前、サイタマのことを"お兄ちゃん"と呼んでいたが…まさか奴の妹なのか?」
「あ、いえ、妹ではなくて…小さい頃のご近所さんで、よく遊んでもらっていたので」
「昔馴染みというやつか(どちらにしろ、この女はサイタマの過去を知る人物…何かあの男の弱みを聞き出せるかもしれないが、警戒心を抱いた今では難しいか…)」
「あの…私からも訊いていいですか?」
「何だ」
「ソニックさんは…本当にお兄ちゃんのストーカーさんじゃないんですよね?」
そう訊いた名無しの顔は真剣だった。
ソニックは思ってもいなかった質問に脱力し、ガクンと身体のバランスを崩してしまう。
「当たり前だ!」
「じ、じゃあ、お兄ちゃんのことを好きとかじゃ…?」
「気色の悪いことを言うな。というか、今日のやり取りを見ていて何故そんな疑問が出てくるんだ…!」
体勢を立て直し、頭を押さえながら心底呆れたような声を絞り出すソニック。
しかし名無しはそんな彼のリアクションを気にすることはなく、ただ答えの内容のみを受け止めて表情を綻ばせた。
「よかった…」
安堵で胸を撫で下ろす名無しに、ソニックは両目を瞬かせる。
よかった?どういう意味だ?
俺がサイタマを好きじゃなくてよかったという意味か?つまりそれは…
「…お前、まさか…」
ソニックが言いかけた時、彼の声を遮ってエレベーターが最上階への到着を告げた。
いまいちスッキリとしないが、凄腕の忍者を自称するソニックは自分の感情よりも依頼を優先させる為、すぐに思考を切り替える。
「行くぞ」
短く告げて名無しを促し、エレベーターを降りる。
まっすぐ伸びた短い廊下を進み、見るからに豪奢な扉を開いて部屋の中へ。
広々とした室内には純白のタキシード姿の男が1人立っていて、名無しの姿を見るや否や顔を赤らめて上擦った声をあげた。
「まっ、ままままま、待っていたよ、名無しくん…!」
「あなたは…」
男の姿を見た名無しは、目をぱちくりさせると、
「えっと…ごめんなさい。どこかでお会いしましたか…?」
と、申し訳なさそうに首を傾げた。
ソニックはエレベーターの時と同様、ガクリと脱力する。
「い、いや、こうして顔を合わせるのは今日が初めてになるよ。だけど僕はキミが編入してきた時からキミを知っている」
「(隠し撮り写真でまさかとは思っていたが、本当に一方的に懸想していただけか…!)」
「編入ということは…同じ大学の方ですか?」
「あぁ、同級生だよ…クラスも専攻も違うけどね…」
「そうだったんですね。私を連れて来るようにソニックさんや色々な方々に依頼をされていたそうですけど…同じ大学の方なら、学内で声をかけてくださればよかったのに…」
もっとも過ぎる指摘である。
しかし名無しからは困惑の色こそ見て取れるが、不快感のような感情は感じられなかった。
だからなのか、依頼主は変わらずヘラヘラと浮わついた表情で名無しを見つめている。
ところが、
「あの、単刀直入にお伝えします。こんな風に無理矢理連れて来ようとするのはもうやめてください。とても困っているんです」
名無しからハッキリとそう告げられて、依頼主の顔は一気に青ざめた。
「い、いや、僕はただ、キミに話をっ…!」
「話…?何ですか?」
「ぼ、僕は…」
ぐっと唇を一文字に引き結んでゴクリと喉を上下させる依頼主。
そして彼は己の胸に手を当てて、叫んだ。
「キミを一目見た瞬間から、僕の心はキミに奪われてしまった!キミは僕の運命の人だ!名無しくん、僕と結婚を前提に付き合ってくれたまえ!」
しん、と室内が静まり返る。
ソニックは退出するタイミングをすっかり逃したことを後悔していた。
「(何故ガキの青臭い告白シーンを見せられなければならないんだ…というか、認知されていきなり告白はないだろう)」
案の定、名無しはポカンと呆気に取られて固まっていた。
しかし依頼主は咄嗟に告白してしまったことを焦る様子もなく、それどころかやり遂げたような表情を浮かべている。
「…へ?」
たっぷり時間をかけてから、間の抜けた声を出す名無し。
ようやく依頼主の言葉を理解したらしい。
そして、彼女はすぐに依頼主に向かって深く頭を下げた。
「ごめんなさい」
理解は遅かったが、返答はあまりにも早かった。
「私、好きな人がいるんです」
キッパリとそう言い切った名無しに、ソニックは僅かに目を見張る。
意外だった。今までの彼女を見た限りでは、こんなにもハッキリと断るようなタイプには思えなかった。
サークルの勧誘を断った時よりも、はるかに強い拒絶の意思表示だ。
ソニックでさえ予想外だったのだ。もちろん、彼女を外見以外ほとんど知らない依頼主の受けた衝撃は、あまりにも大きかった。
「…え…あ、そ、即答…?す、少し、考えたり、は…」
「どれだけ考えても私の答えは変わりません。ですから、ごめんなさい」
再び室内が静寂に包まれる。
先程よりも重苦しい空気の中、依頼主は顔面蒼白になり、フラリと身体をよろめかせた。
「…そう、か…」
崩れ落ちそうになる身体を支えるようにテーブルに手をついて、彼は俯いたまま弱々しい声で言う。
「キミの気持ちは、わかったよ…すまなかったね…」
そして、テーブルに置いてあった液体の入ったグラスを手に取ると、ゆっくりとした足取りで名無しに近付き、それを優しく差し出した。
「せめて、飲み物を。今までのお詫びだ」
「…じゃあ、いただきます」
せっかくの厚意を無下にはできないと思ったのか、名無しは困ったように微笑んで差し出されたグラスを受け取る。
依頼主の口角が上がったのを、ソニックは見逃さなかった。
「(あの飲み物…例の薬が入っているな、下衆め)」
眉を顰めるソニック。
依頼は果たした。その後のことは自分には関係ない。本来なら既に部屋を出ていてよかったのだ。
しかし、何故だか無性に気に入らないと思った。
次の瞬間、ソニックの手は名無しの持つグラスを奪っており、そのまま彼は一気に注がれた液体を呷った。
「なぁっ!?」
ギョッと目を剥く依頼主と、キョトリとする名無し。
僅かに口の端から零れた液体を腕で乱暴に拭うと、ソニックは小さく吐息を漏らした。
「なななっ、何をやってるんだ、ソニック!?」
動揺して声を荒げる依頼主。
そんな彼との距離を一瞬で詰めたソニックは、その耳元に顔を寄せると冷たく低い声で呟く。
「…悪いことは言わん。今後一切、この娘に関わるな」
命が惜しければな。
「ひっ…」
依頼主は青ざめ、蛇に睨まれた蛙のように身体を竦めて硬直した。
その間にソニックはすぐに彼から離れてグラスをテーブルに置くと、今度は名無しのもとに近付いてその小さな手を掴んだ。
そのまま強引に彼女を引っ張り、2人で部屋を後にする。
エレベーターに乗り込んで名無しから手を離し、1階のボタンを押したソニックは、自身の行動に戸惑いを感じずにはいられなかった。
「(何をやっているんだ、俺は…)」
確かに依頼主のやり口を気に入らないと思った。
しかしだからといって、薬が混ぜてあるとわかっている飲み物を代わりに飲み干すなど…!
いくら里での過酷な修行で薬の類への耐性がついているからといって…
「ソニックさん…?」
ハッとして顔を上げると、心配そうに自分を見つめる名無しがすぐ傍にいた。
ドクン…!
その澄んだ瞳と目が合った途端、何故だか心臓が、大きく脈打つ感覚がした。
「(…何だと?)」
己の身体の変化に、ソニックはますます戸惑いを強くする。
「あの…大丈夫ですか?」
控えめな声。自分を気遣わしげに見つめる表情。
呼吸が上手くできなくなる。心臓がうるさい。目が、離せない。
「ごめんなさい。まさかあんなに喉が乾いてたなんて気付かなくて…」
「来る途中にいくつか自販機もお店もあったのに…」などと呟きながら、見当違いな心配で申し訳なさそうにする名無しだが、ソニックはそれに呆れる余裕すらなかった。
「(まさか薬が効いて…いや、そんな筈はない。たかが催淫剤如き…だが、そうだとするなら…)」
ソニックが、名無しを閉じ込めるように彼女の背後の壁に片手をつく。
「?」
そしてもう片方の手で、彼は名無しの頬に優しく触れた。
「(これが薬のせいならば…肉体的接触で効力は薄まる筈だ)」
さすがにこんな場所で本格的に事に及ぶつもりはない。
しかし多少の症状緩和にはなるかもしれないと考えたソニックは、頬を撫でるように添えた手をゆっくりと動かした。
名無しがくすぐったそうに目を閉じる。
その仕草に煽られるように、ソニックはゴクリと喉を鳴らした。
頬に添えていた手を離し、今度は顎に手をかけて名無しの顔を上げさせる。
「ソニックさん…?」
名無しは抵抗しなかった。
ただただ不思議そうに、何もわかっていない表情でソニックを見つめ返している。
そんな彼女の唇に、ソニックはゆっくりと己のそれを近付けていき…
「え…」
後数cmというところで甲高い音が鳴り、エレベーターの扉がゆっくりと開いていった。
「何やってんだ」
いつもと変わらない表情をしたサイタマが、そこにいた。
「ったく…やっぱついて行きゃよかったぜ。名無し、本当にソニックに何もされてないんだな?」
「う、うん…私は何も…。でもお兄ちゃん、いきなり殴るのはよくないよ…」
「いいんだよ。あれはどう見たってアイツが悪い」
エレベーターが開いた直後、サイタマの拳がソニックを窓ガラスごと建物の外までブッ飛ばした。
遠くの方で激しく何かが壊れる音が聞こえてきたが、サイタマはそのまま知らん顔で、ポカンと立ち尽くしている名無しの手を引くと、ジェノスと共にビルを後にする。
そんな3人での帰り道、名無しはソニックの安否を気遣いながらも、サイタマとジェノスから発せられる「気にしなくていい」というオーラに負けて、口を噤んだ。
「(ソニックさん、酷い怪我してないといいけど…)」
「ところで、誘拐犯の方はどうだった?大丈夫だったか?」
「あ…うん。ちゃんと話したら納得してくれたよ」
「本当か?」
「うん。謝ってくれたし、気持ちはわかったって言ってたから」
「そっか、よかったな」
「これで先生の手を煩わせる事案が1つ減りましたね」
「お兄ちゃん、ジェノス、ありがとう。心配かけてごめんね」
「気にすんな。で、話って何だったんだ?」
「えっ?えっと…」
急に動揺する名無しにサイタマとジェノスが疑問符を浮かべる。
2人からの視線を受けて、名無しは頬を赤らめるとポツリと呟くように言った。
「告白、されて…」
「「…告白?」」
「う、うん…やっぱりビックリしちゃうよね?同じ大学の人だったみたいなんだけど」
「そ、それで?ちゃんと断ったんだよな?」
「もちろん!全然知らない人だったし…(私が好きなのはサイタマお兄ちゃんだし…)」
「だ、だよな!あー、よかったよかった!これで一件落着だな!うん!」
「ですが、同じ大学なら再び接触してくる可能性があるかもしれません。ただの告白の為だけに誘拐しようだなどと考える輩…やはり信用はできないかと」
「だ、大丈夫だよ。ソニックさんも『関わるな』って言ってくれたから」
「ソニックが?」
「うん。冷たい人かと思ったけど、優しい人だったよ」
「「有り得ない」」
「えぇ…?」
ソニックに対しては途端に冷めた反応になる2人を見て、名無しは困ったように苦笑した。
「…今日も動きはなしか」
数日後。ソニックは、とあるビルの屋上に立っていた。
依頼をこなした日から今日まで、こうして依頼主だった男の動向を観察しているが、男はあれからずっと父親所有の高級マンションの自室に引きこもっているようだ。
名無しにキッパリとフラれたショックに加え、ソニックからの圧、そして何よりもその後の破壊されたエレベーターの惨状に恐怖を感じたらしく、手に入れた情報によれば大学も辞めるつもりらしい。
元々、金持ちの道楽で通っていただけで単位もろくに取っていなかったようなので、名無しにフラれた今、大学に未練などないのだろう。
「(しつこく次の手を打ってくるかと思ったが、杞憂だったな)」
もう男が名無しに近付くことはない筈だ。
隠し撮り写真も隙を見て忍び込み、すべて回収した。
「(報酬も受け取った。これでもう奴に用はない)」
ソニックは軽い身のこなしでその場を後にする。
そして次に彼は、名無しの大学からの帰り道に身を潜めた。
時刻を確認し、そろそろだなと思った矢先にこちらに歩いてくる女の姿を視界に捉える。
彼女が路地に差し掛かったところで偶然を装ってその姿を現すと、すぐに驚きを含んだ声がソニックの名前を呼んだ。
「あ…ソニックさん!」
「奇遇だな」
「本当ですね」
そんなわけがないと指摘するヒーロー達も、今はこの場にいない。
「この間はありがとうございました。おかげで最近は怪人以外には襲われなくなりました」
「(怪人には襲われているのか)」
「あの、お身体は大丈夫ですか?お兄ちゃんが勘違いして殴ってしまったので…あ、でも、お兄ちゃんは私の為にそうしてくれただけで、悪気はないと思うんです…!」
「フ…あの程度、俺にはまったく問題ない」
本当はあの後、暫く気を失っていたし、寝泊まりしている廃ビルまで身体を引き摺りながら何とか帰宅できたくらいにはダメージを負っていたが、ソニックは平然とした顔で嘘を吐いた。
もちろん名無しは彼の嘘に気付くことはなく「よかった…」と安堵で表情を和らげている。
その顔を見て、ソニックはつい無意識に彼女に向かって手を伸ばしそうになる。あの日のエレベーターの時のように。
けれどそれは一瞬で、すぐに本題を思い出したソニックは「それよりも」と話を切り替えた。
「丁度よかった。お前に訊いておこうと思ったことがある」
「何ですか?」
「お前、あの日『好きな人がいる』と言っていただろう。それはサイタマのことか?」
今日、彼女に会いに来た目的はこの質問をぶつける為だった。
ソニックがサイタマのストーカーではないとわかった時や好意を向けていないと伝えた時の安堵した様子、そして依頼主をフッた時の『好きな人がいる』という言葉。
それらを加味してソニックは、彼女がサイタマに想いを寄せていると考えた。
本当はあの日、依頼主のもとに向かうエレベーターの中で訊くつもりだったのだが、タイミング悪く最上階に到着したせいで訊きそびれていたのだ。
正直、あの時点ではそれほど興味を持ってはいなかった。
しかし今は違う。わざわざ待ち伏せて偶然を装って接触するほどに、ソニックは答えを欲していた。
「えっ…!?」
驚いて目を見開いた名無しの顔が、みるみる赤く染まっていく。
その反応で、答えは一目瞭然だ。
「…やはりそうか」
ソニックは得心し、小さく笑みをこぼす。
そのまま彼は名無しの返答を待つことなく、颯爽と踵を返した。
「いずれ奴は俺が倒す。この音速のソニックがな」
背後から名無しの戸惑うような声が聞こえたが、ソニックは風のように一瞬でその場から姿を消した。
「(サイタマ、やはり俺は貴様を倒さなければならない運命にあるようだ)」
少し離れた建物の上に立ち、不思議そうな顔をしたまま帰路に着く名無しの姿を見つめるソニック。
あの日、サイタマの一撃で気絶した後も、そしてボロボロの身体で帰宅して眠りについたその翌日も。
薬の効果などとっくに切れている筈なのに、名無しのことを思い出すと鼓動が妙に忙しなくなった。
その感情が何なのか、ソニックはまだ気付いていない。
ただ本能的に、己が名無しを求めているらしいということは理解ができていた。
そして、その為に障害となるのはやはり、あの底知れない強さを持つヒーローなのだということも。
「(貴様を倒し、あの娘を手に入れる…首を洗って待っていろ、サイタマ!)」
ソニックは1人、口角を引き上げ笑みを浮かべる。
彼の打倒サイタマの思いは以前よりもいっそう強く、激しく燃え上がっていた。
END
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R8.01
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