#9
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
『タブンネっ!』
「あっ、タブンネ~!」
パタパタと慌てた様子で室内に入ってきたタブンネに、近くにいた子供達が次々に抱きついていく。
そんな子供達に埋もれながらも異常がないかを確認するようにキョロキョロと室内を見回すタブンネは、オモチャ箱を見つめる小さな背中に気付き、首を傾けた。
『?』
「あのね、あの中になにかいるの…」
「いま、おねえちゃんが見てくれてるんだよ」
そんな子供達の声を背に、名無しはじっと小さな生き物と見つめ合う。
オモチャ箱の中でたくさんのオモチャに埋もれたまま、顔だけを出して強く睨みつけてくるその生き物には見覚えがあった。
「(…この子、エモンガだ。絵本で見た…)」
この部屋で初めて読んだ絵本に出てきた主役ポケモンであり、この街でも時々トレーナーと一緒にいるところを見かけることがある。
ただ、これほど間近で本物を見たのは初めてで、名無しはついつい目が離せなくなってしまった。
「(すごく汚れてるけど、可愛い…でも…)」
最初こそ素直に可愛らしいポケモンだと興味深く見つめていた。しかし、よくよく観察していて名無しは気付く。
目の前のエモンガは顔だけではなく全身が砂や泥で汚れていた。そのうえ、何かで引っ掻いたような小さな傷もあちこちにできている。
「(怪我してるから、こんなに警戒してるのかな…治療が怖くて逃げてきちゃった、とか…?)」
じっとしたまま考え込む名無し。
そんな彼女の様子を不思議に思い、近付いてきたタブンネと何人かの子供達も、後ろから同じようにオモチャ箱を覗き込んだ。
「わぁ、ぽけもんだぁ!」
「ダメッ、近づいちゃ!エモンガはビリビリを出すんだよ!」
無邪気にエモンガに近付こうとする小さな男の子を、傍にいた女の子が慌てて引き止める。
その声にハッとした名無しは「(そうだ、ぼんやりしている場合じゃない)」と頭を振った。
「(とにかく、この子をジョーイさんの所に連れて行かなくちゃ)」
その場に膝をついた名無しは、なるべく刺激しないように注意しながらエモンガに目線を近付ける。
「あっ、名無しおねーちゃん!危ないよ…!」
「大丈夫」
そして、一呼吸置いて心を落ち着けると、エモンガに優しく話しかけた。
「…初めまして。ねぇ、あなたはどこから来たの?トレーナーさんは?」
『エモ…!』
途端にエモンガは威嚇するように歯を剥き出した。両頬からはバチバチと電気の火花が散るのが見える。
タブンネが慌てて、名無しとエモンガの間に割って入ろうとするが、
「大丈夫だよ」
名無しはなおも優しく、落ち着いた声音でエモンガに語りかける。
「何も怖いことはしないから。ね?」
『…。』
エモンガからの敵意が僅かに薄らいだのを、タブンネは感じ取った。
しかしまだ油断はできない。名無しに怪我をさせるわけにはいかない。
タブンネは、いつでも彼女を庇えるように傍に立ち、1人と1匹を緊張した面持ちで見守る。
じっと見つめ合う名無しとエモンガ。互いに視線は逸らさないまま、静寂が辺りを包み込む。
少しして、先に動きを見せたのは名無しの方だった。
ゆっくりと、両手を控えめに広げて、柔らかく微笑みかけながら彼女は言った。
「おいで」
『…!』
エモンガの鋭く細められていた目が、途端に大きく見開かれた。
全身を走った衝撃はまるで落雷を受けたかのようで、普段ならばまったく平気な筈のそれが、今のエモンガには効果バツグンだった。
タブンネはそんなエモンガの感情の変化を再び感じ取ると、事の収束を悟って胸を撫で下ろす。
次の瞬間。オモチャ箱から勢い良く飛び出した小さな身体を、名無しはしっかりと抱きとめるのだった。
「楽しかった!すっごい勝負ばっかりで、ぼく、まだドキドキしてる!」
「えぇ。熱量のあるブラボーなお客様ばかりでございました…!」
「今日は、ぼく達の勝ちだった。でも、次はどうなるかまったくわからない。またワクワクするバトル、できると嬉しい!」
「その為に、わたくしどもも更に高みを目指さねばなりませんね!」
ギアステーションに停車したマルチトレインから、サブウェイマスターの2人が未だ興奮冷めやらない様子で姿を現した。
次の発車時刻までに必要な準備と束の間の休憩を取る為、彼らは並んで構内を歩いていたが、
「なぁ、聞いた?さっき、この街のポケモンセンターで停電が起きたんだってさ」
ピタリ。急停止する2人。しっかりと磨かれた靴からキレの良い甲高い音が響いた。
まったくの同時に振り向けば、他の電車から降りてきたであろうトレーナー達が階段へと向かう背中が見えた。
「停電?何で?」
「さぁ…ほんの一瞬だったらしいけど、何かトラブルでも起きたのかな?」
「ポケモン達も回復させたいし、この後ちょっと行ってみる?」
「そうだな」
そんな何気ない会話を交わしながら去っていくトレーナー達を無言で見送ってから、 サブウェイマスターの2人は顔を見合わせる。
「「…。」」
そして、どちらからともなく再び歩き出した。
「就業時間まで、後どれくらいだっけ?」
「およそ3時間ほど…でしょうか」
「そっか」
「えぇ」
「…また、時間が経つのが遅く感じそう」
「わたくしも、今度は同意致します…」
「それじゃ、お先に失礼しまー…」
「「こんばんはッ!」」
「うわぁっ!?」
日も沈み、ひとけの少なくなったポケモンセンター。
交代の同僚に引き継ぎを終えて帰宅しようとしたショップ店員の横を、酷く慌てた様子の男性2人が駆け抜けていった。
「あっ、ごめん!」
「大変申し訳ございません!お怪我などございませんでしたか!?」
「だ、大丈夫です、ビックリしただけですから…!」
振り返って謝罪してくる同じ顔をした2人組に心臓をバクバクさせながら、ショップ店員は大袈裟に手を振って平気だとアピールする。
そして気付いた。
「(うわぁ、サブウェイマスターだ!初めて見た!)」
生で見るライモンシティの有名人達に、ファンではないが若干の興奮を覚えるショップ店員。
奥から出てきたジョーイが彼らに話しかけるのをチラチラ見ながら、何となくこのまま帰宅するのは惜しい気がしてしまい、そっと近くのソファに腰をおろした。
「お帰りなさい、お2人共。そんなに慌ててどうされたんですか?」
「名無しちゃんを!」
「お迎えにあがりました!」
いつもと違う勢いに少し面食らいながらも、ジョーイは「少々お待ちくださいね」とタブンネに名無しを呼びに行くよう頼む。
タブンネが返事をして奥へと消えていく背中を見送るジョーイ。
そんな彼女に「あの…」と声をかけたのはノボリだった。
「不躾ながら、本日こちらが停電したというお話を小耳に挟んだのですが…」
言いづらそうに切り出したノボリに「あら、ご存じだったんですね」と答えてから、ジョーイは困ったように眉を下げる。
「そうなんです。すぐに予備電源で復旧したので大きなトラブルは起きなかったんですが…」
「そっか、よかった。怪我したポケモン達、停電すると大変。だけど、どうしてポケモンセンターだけ停電しちゃったのかな?ギアステーションは何ともなかった」
「実は野生のポケモンが迷い込んできて、怪我をしているようだったので治療しようとしたんですけど…すごく暴れて、その時に…」
「なるほど、それで…」
ポケモンが原因で起きる電気系統のトラブルは特別珍しいことではなく、ギアステーションでも稀にではあるが起きることがある。
しかし、ポケモンセンターも含めた病院や人々のライフラインに関わる重要な設備を扱う場所では、特に厳重な対策がなされている筈だ。
「ポケモンセンターを停電させちゃうくらい強い子だったんだ。すごいね!」
「クダリ、不謹慎ですよ」
よほど力のあるポケモンだったのだろうと興味深げに目を輝かせるクダリを咎めるようにノボリは目を細める。
「申し訳ございません」と片割れの代わりに謝罪をする彼に「いえ、お気になさらず」と笑みを返したジョーイだったが、続けて躊躇うように口を開いた。
「それで…あの、そのことでお2人にお伝えしなければいけないことがあるんです」
「「?」」
「名無しちゃんのことなんですけど…あ、ちょうど来ましたね。実際に見てもらった方が早いかと」
2人がジョーイの言葉に疑問符を浮かべていると、タブンネに連れられて名無しがゆっくりと、その姿を現した。
「ノボリさん…クダリさん…おかえりなさい…」
困ったような戸惑ったような表情で、迎えに来てくれた2人の名前を呼ぶ名無し。
その両腕は、まるでぬいぐるみを抱き締めるかのように1匹のポケモンを抱えていた。
「名無しさん、その子は…」
「エモンガだ」
一瞬目を丸くした2人だったが、すぐにそれがエモンガであると気付く。
汚れはキレイさっぱりなくなり、傷も手当てして目立たなくなったエモンガはご機嫌な様子で名無しに抱き抱えられており、とても愛らしいその姿からは野生みがまったく感じられなかった。
「わぁ、可愛いね。名無しちゃんにとっても懐いてるみた…」
しかし、クダリが近付いて覗き込んだ途端にエモンガは豹変する。
ギロリと眼光を鋭くさせ、鬼の形相になると、クダリの顔面めがけて飛びかかったのだ。
「わぷっ」
「え、エモンガ、だめっ…!」
『モンガァ…!』
「ダメだってば!クダリさんからはなれて…!」
一生懸命両手を伸ばしてクダリの顔面に張り付いたエモンガを引き剥がそうとする名無し。
そんな状況を眺めながら、ノボリは冷静に先程のジョーイの話を思い返していた。
「エモンガは電気タイプ…もしや、先程の野生のポケモンというのは…」
「お察しの通り、そのエモンガです」
『タブンネ』
こくん、とジョーイがタブンネと一緒に頷いた。
「ご覧の通り、警戒心がとても強い子なんですが、名無しちゃんにだけはすっかり懐いてしまったみたいで…。彼女が宥めてくれたおかげで治療も終わったし、野生に帰そうとはしてみたんですが…嫌がって離れようとしないんです。あまりしつこくすると、今のクダリさんのようになってしまうし…」
「何と、そうでしたか…」
「ふむ…」と顎に手を当てるノボリ。
確かにエモンガが名無しに懐いているのは明らかだが、名無しはどうなのだろうか?先程から見ているが、表情はずっと困惑したままだ。
「(名無しさんは、未だこちらの世界での記憶が曖昧な状態…ポケモンと接する機会が増えることは、良い刺激になるとは思いますが、あまり性急過ぎては無理をさせてしまうかもしれません…)」
どうするべきかと思案するノボリ。
その答えを出す前に、モフモフの身体から何とか解放されたクダリが明るく言った。
「じゃあ、名無しちゃんがゲットしてあげたらいいと思う!」
「えっ…」
「クダリ、聞こえていたんですね」
「うん。息は苦しかったけど、耳は平気だった」
ニコニコと満面の笑みのクダリは続ける。
「名無しちゃんがゲットしてあげれば、エモンガは名無しちゃんと一緒にいられる。野生に帰さなくてよくなる」
「…。」
名無しは何度か瞬いた後、改めて抱き抱えたエモンガに視線を落とす。
そのまま黙ってしまったのを見て小首を傾げてから、そういえば名無しはポケモンをゲットしたことがないのだとクダリは気付いた。
「あ。ゲットはね、モンスターボールを使えばできる。待ってて、そこのショップで買って…」
「あー、それなら…」
と、ショップに走ろうとしたクダリを止めるように声をかけてきたのは、ソファに座って一部始終を見ていたショップ店員だった。
おずおずと片手をあげながら「すみません、急に部外者が口を挟んで…」と申し訳なさそうにしながらも彼女は続ける。
「私、そこのショップ店員なんですけど…実は私もクダリさんと同じことを思って、もう名無しちゃんにモンスターボールを渡してあるんです」
「そうでございましたか!お気遣いありがとうございます。お代を…」
「いえいえ、気にしないでください!名無しちゃんとは仲良くさせてもらっているので!お店のレイアウトとかの意見もよく参考にさせてもらってて、そのお礼も兼ねてプレゼントしたんです」
「そっか。じゃあ、お言葉に甘えちゃうね。ありがとう!ぼく、今度いっぱい買い物する!」
「感謝致します。わたくしも改めて買い物に行かせていただきます」
「あは、是非ともご贔屓に~…と、それよりも」
立ち上がって近付いてきたショップ店員は、サブウェイマスターの2人をちょいちょいと手招きした。
不思議そうにしつつ素直に従った2人と距離を詰めると、声を潜めて言う。
「えっとですね、話は戻るんですけど…名無しちゃん、エモンガのゲットにあんまり気乗りしてないみたいなんです…」
「気乗りしてない?」
「で、ございますか?」
「はい」
チラリと気遣わしげに名無しに視線を向けるショップ店員。
名無しは気付かず、エモンガと見つめ合っているのか俯いたままだ。
「あのエモンガのことが嫌とかじゃないと思うんです。可愛いって言ってたし、エモンガが大人しくしてる時はよく笑って相手してあげてましたし…だから私も『ゲットしたらどうかな?』って提案したんですけど…」
ショップ店員の提案に、名無しは最初ぱちくりと目を丸くしていたが、その意味を理解すると今のように俯いて黙ってしまったのだという。
ノボリとクダリは顔を見合わせる。
気に入ったポケモンで、そのうえ懐いてくれているならば、是が非でもゲットしたいと自分達ならば考える。しかし、名無しはそうではないらしい。
「(名無しちゃん、最近よく本でポケモンのこと、勉強してた。セレビィとは仲良しだし、きっと、ポケモンのこと好きな筈)」
「(しかしゲットには抵抗があるということでしょうか…?セレビィもパートナーではなく友達だとおっしゃっていましたし…)」
どうしてなのか?そして、その理由を訊いてもいいのだろうか?
2人でさえ判断に迷うのだ。最近親しくなったばかりのショップ店員ならば尚のこと、踏み込んでいいのかはかりかねていたことだろう。
「そんなわけなので、無理強いするのは良くないと思うんです…最初に提案しちゃった私が言うのもおかしいですけど」
「いえ、お教えいただけて大変有り難く思います。わたくしども、危うく間違えた道へ進むところでございました」
「ありがとう。名無しちゃんのこと考えてくれたの、とっても嬉しい」
ショップ店員は気恥ずかしそうに笑うと「じゃあ、私はこれで」と軽く会釈をして、今度こそ帰路についた。
その背中を見送ってから、もう一度改めて顔を見合わせた2人は、名無しのもとに戻り、優しく声をかけた。
「名無しさん、帰りましょうか。今夜はひとまず、エモンガも一緒に」
「そうだね。電気タイプの好きなポケモンフーズも家にあるから、大丈夫」
弾かれたように名無しが2人を見上げる。
しかしすぐに「あの…でも…」と申し訳なさそうに目線をさまよわせた。
「エモンガは、野生のポケモンなのに…一緒に帰っても、いいんでしょうか…?また暴れたりしたら…」
「今のエモンガを見ている限りでは、何も問題はないかと。名無しさんによく懐いていらっしゃいますので」
「ぼくもノボリと同じ気持ち。離れたくないのを無理に引き離すのは、やっぱり良くないと思う。名無しちゃんは、嫌?」
「…。」
名無しは2人を見つめた後、エモンガを抱えている腕に少しだけ力を込めて、ふるふると首を横に振った。
「ありがとうございます…」
その表情がようやく和らいだことに、2人、そしてずっと静かに見守っていたジョーイとタブンネは安堵した。
NEXT
―――――
R6.12
1/1ページ