#7
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『名無しちゃん!』
『たかしくん、どうしたの?』
『見て、これ。クローバー。四つ葉のやつだよ』
『わぁ、すごいね。ほんとにあるんだ』
『ねぇ、一緒に園長先生に見せに行こうよ』
『うん…でも』
『どうかしたの?』
『…ううん。ただ、今日もまた見つからなかったなって…』
『いつも言ってる、ふしぎなお友達?』
『うん…』
『そっか…でもきっといつか会えるよ。そうだ!この四つ葉のクローバー、名無しちゃんにあげる!』
『え?でも、それはたかしくんが…』
『ぼくはまた探すからいいんだ。四つ葉のクローバーって、見つけると幸せになれるんだよね?だから、ぼくから名無しちゃんに幸せをおすそ分け!はい!』
『…ありがとう、たかしくん』
『へへへ。あ、ねぇねぇ、明日は名無しちゃんも一緒に四つ葉のクローバー探さない?いっぱいあったら、もっと幸せになって、そうしたらお友達もすぐに見つかるよ』
『…うん、探す!クローバーもあの子も、見つかるといいな』
「では、行って参ります」
「行ってらっしゃい」
「本当に、大丈夫?寂しくならない?ぼく、心配」
「私は大丈夫です。皆さんにも、迷惑をかけないように気をつけます」
「…何かあったら…」
「約束した通り、すぐに連絡します」
「…。…わかった。じゃあぼくも行ってくる」
「はい。行ってらっしゃい」
「…うん。行ってきます」
余程不安なのか、何度も何度も振り返っては手をヒラヒラさせるクダリ。
その数歩先ではノボリが呆れた表情で彼を急かしている。
名無しは2人がギアステーションに入って姿が見えなくなるまで、小さく手を振りながら見送っていた。
まだ少しだけ肌寒い朝のライモンシティ。
一昨日の夜とも昨日とも違った静けさが漂っている。
その場から見える街の景色を何となく眺めた名無しは、先程までいた建物の中へと戻っていった。
「あら。お見送りは終わったの?」
受付で仕事をしていた若い女性が穏やかな顔で微笑みかけてくる。
「はい…あの…これから、お世話になります」
「こちらこそ。何かあれば遠慮しないで言ってくださいね」
「…はい」
名無しは小さくはにかんだ。
ここはポケモンセンター。ポケモン達の為の医療を主とした施設だ。
他にもポケモンバトル用の商品を扱うショップや、休憩所などもあり、ポケモントレーナー達にとっての憩いの場にもなっている。
更に、様々なバトル施設が存在するこのライモンシティには小さな子供を連れたトレーナーも数多く訪れる為、ポケモンセンターは託児所の役割も兼ねていた。
しっかりしていても名無しもまだ子供。家で1人きりにさせるわけにはいかない、という理由でノボリとクダリが仕事の間だけ、このポケモンセンターで預かってもらうことになったのだ。
ポケモンセンターの責任者である女性、ジョーイにも事情を話し、了承は得ている。
少しだけジョーイと他愛ない言葉を交わした後、名無しは、託児所として開放されている部屋に向かう。
働く人々の邪魔をしたくないので、なるべく室内で静かに過ごすつもりだったのだが、
「…わぁ…」
部屋に入って、思わず目を輝かせた。
さすがは小さな子供を預かる場所だ。オモチャや絵本、ぬいぐるみ、画用紙にクレヨン、更に隅っこには子供用の布団まで置いてある。
「(何だか、園を思い出すな)」
頬を緩めたのは束の間で、すぐに表情を曇らせて、名無しは俯いた。
「(何で、あんな夢、見たんだろう…)」
思い返すのは、今朝見た夢の内容。
まだ幼かった頃、おぼろげな記憶だけを頼りに毎日のように不思議な友達…セレビィを探していた頃の夢だった。
友達の優しさが嬉しくて、今でも、あの時の気持ちは鮮明に思い出せる。
だからこそ。良い思い出であるからこそ、今はまだ、思い出したくなかった。
友達とはもう会うことができない。それどころか友達は自分のことを忘れている。
まだ、たった2日しか経っていない。
いくら大人びていても名無しは子供だ。心の整理がつく筈もない。
あの場所には戻れないという寂しさと、親しかった人々が自分のことを忘れてしまったという恐怖。
目が覚めた直後は、泣き出しそうになった。
今も、ふと思い出しただけで胸がズキンと痛んだ。
1人になって気を張る必要がなくなったせいか、また今朝のように目の奥から熱いものが込み上げてくる。
「っ…いけない」
ふるふると首を左右に振って深呼吸した名無しは、絵本の並ぶ棚へと向かう。
「えっと…ポケモンがいっぱい出る本は…」
ざっと背表紙を見て、まず手に取ってみたのは、【エモンガと森に住むポケモンたち】という、可愛らしい絵本だった。
「このポケモンがエモンガかな…?可愛い…」
名無しは、棚のすぐ隣に行儀良く座って絵本を開く。
お話は、子供のエモンガが両親とはぐれて森に迷い込んでしまい、寂しくて泣いていたところを、森に住むポケモン達に助けてもらう、というものだった。
クルミルやフシデ、ヤナップ、バオップ、ヒヤップといった、たくさんのポケモン達が子供のエモンガの為、皆で力を合わせて両親を探してくれるのだ。
最後は無事に両親のエモンガと再会することができるのだが、実は両親も、森に住む別のポケモン達に子供を探すのを協力してもらっていた。
しかも両親を助けてくれたのは、子供を助けてくれたポケモン達とは仲が悪く、いつも喧嘩をしていたグループのポケモン達だった。
親子を助けたことで、森に住むポケモン達はお互いが本当は優しいポケモンなのだと知り、仲直りをする。
「(…それからその森では、エモンガ親子を含めた皆が、いつまでも仲良く楽しく、平和に暮らしていくのでした…)」
とても優しく心温まるストーリーに、読み終わった名無しの表情は自然と綻んでいた。
絵本を閉じて、元の場所に戻す。そして次は、他の本を手に取る。
それから他の子供達が来るまでの間、名無しは絵本を読み耽った。
壁に掛かった時計の短針が11に近付くにつれて子供達、特に女の子達がソワソワし始めた。
「(どうしたんだろう?)」
その様子を不思議に思う名無しだったが、幼い子供達が次々に「これ、よんで!」と渡してくる絵本を読み聞かせていて、結局訊くことはできなかった。
しかし、ついに11時になって壁掛け時計からマメパトの人形が現れた瞬間、
『タブンネ』
部屋の扉を開けて、タブンネが顔を覗かせた。
途端に楽しそうな声があちこちから上がる。
手招きするタブンネの元に子供達がパタパタと駆けていく。
「ぼくたちもいこ、おねえちゃん」
と名無しの膝の上に乗ってワクワクした顔でお話を聞いていた幼い男の子が言う。
名無しはその子と手を繋ぐと、タブンネや子供達についていく。
「ねぇ、どこに行くの?」
「ごはんー」
「ご飯って…お昼ご飯?」
「そうだよぉ」
と、前を歩いていた幼い女の子がトテトテとやって来て、男の子とは反対の名無しの手を握る。
「おひるごはんを、みんなでつくるんだぁ。あとあと、パパにもね、おべんとうつくってあげるのぉ」
「そうなんだ…だから女の子達があんなにソワソワしてたんだね」
なるほど、と名無しが納得していると、目的の部屋に着いたらしい。
中に入るとジョーイが穏やかな笑顔で迎えてくれて、大きな机の上には色々な形のパンや、具材、ジャムなどが揃っていた。
「それじゃあ、皆、好きな物を挟んで美味しいサンドイッチを作りましょうねー」
子供達は『はぁーい!』と元気の良い返事をして、まず流し台で、手を洗い始めた。
ジョーイは名無しに近付くと、
「名無しさんは今日が初めてよね。このポケモンセンターでは、週に何度か子供達自身でお昼ご飯を作る日があるの。自分達の分と、ご家族の方へのお弁当も作ることができるから、名無しさんもノボリさんとクダリさんにどうかしら?きっととても喜ばれると思いますよ」
「…。」
サンドイッチを楽しそうに作る子供達を見て、名無しは少し考えるように目を伏せた。
頭の中で、ノボリとクダリの笑顔を思い浮かべる。
…喜んで…くれる、かな…?
少しして名無しは、
「…はい。作りたい…です」
と、とても小さく頷いた。
一生懸命作った家族へのお弁当を持ち、子供達が一斉にポケモンセンターを飛び出していく。
向かう場所ごとに何人かのグループに分かれていて、それぞれ1匹のタブンネが同行するようになっていた。
名無しの目的地は、ギアステーション。今日は名無し以外に向かう子はいない。
ポケモンセンターで借りたリュックにお弁当を2つ詰めて、名無しはタブンネと手を繋いで、ギアステーションにやって来た。
「(わ…前に来た時より明るい。それに、広い…)」
初めて来たのはこの世界に戻った時で、今回は一応二度目になる。
しかし、あの時は夜だったうえ、まわりの景色を気にする余裕はほとんどなかった。
「(いっぱい階段がある…。地下鉄ってことは、駅のホーム…?)」
馴染みのない場所に、もしも迷子になったら…という不安が過ぎって、名無しは無意識にタブンネと繋いでいる手に力を込めた。
タブンネは辺りをキョロキョロ見回し、駅員らしき女性の後ろ姿を見つけて『タブンネ~』と声をかける。
振り向いた女性はすぐに用件に気付いたようだ。
「あら。いらっしゃい、タブンネ。今日は誰のお子さんかしら?」
近付いてきた女性は名無しと目線を合わせる為に腰を屈めて、優しく笑いかけた。
「こんにちは。ご家族の方に、お弁当を届けに来たのね。ご家族のお名前、教えてもらえるかな」
名無しは、こくんと頷いて、
「あの…ノボリさんとクダリさんに…」
「えっ!」
女性が、いきなり素っ頓狂な声を上げた。
「…?あの…」
「あ、ご、ごめんなさい。少し待っててね」
慌てた様子の女性が足早に去っていく。
「私…何かおかしかったのかな…?」
名無しは小さく首を傾けた。
女性に言われた通り、タブンネと一緒にその場で待ち始めて数分後、カツカツという靴音が近付いてきた。
とても急いでいるようで、ほとんど走っている印象の音だった。
そして次の瞬間、
「名無し様!お待たせして、申し訳ございません!」
地下鉄内に響き渡るような声に名無しはビクリとして、肩を竦めた。
振り向くと早歩きとは思えない恐ろしいスピードのノボリが、
「どうされました!?何かお困りでございますか!?」
その仏頂面に微かな焦りを浮かべて詰め寄られる。
さすがにちょっと怖いのか、名無しはタブンネの腕にしがみついた。
「あ、あの、ノボリさ…」
「はい!わたくしは、サブウェイマスターのノボリでございます!何なりとお申し付けを!」
「お…落ち、着いて…ください…」
ハッとしたノボリはその場で身体を引いた。
「も、申し訳ございません。わたくし、少々取り乱していたようでございます」
「いえ…」
冷静さを取り戻したノボリにホッとした名無しは、すぐに目的を思い出して、リュックを肩から外す。
「あの…お昼ご飯は、もう食べましたか…?」
「え?いえ、まだでございます」
「そうですか…よかった。じゃあ、これ、もしよかったら…クダリさんと一緒に食べてください」
名無しがリュックから出したのは、2つのお弁当箱。
思ってもみなかった状況にノボリはキョトンとする。
名無しとお弁当箱を交互に見て、
「これは…」
「サンドイッチの、お弁当…です。ポケモンセンターで作ったので…」
「名無し様が!?」
「…ノボリさん…」
「ハッ…!わ、忘れておりました。重ね重ね、申し訳ございません…」
ノボリが「コホン」と、咳払いをする。
「では、改めて…。これは名無しさんがお作りになられたのでございますか?」
「…はい。ジョーイさんや他の子供達と一緒に。お口に合うといいんですが…」
恥ずかしそうに俯く名無し。
ノボリは、宙を見上げ、すぅっ…と息を吸い込むと腰を屈めた。
小さな両手で2つのお弁当箱を持つ名無しの手を包み込むように、己の手を重ねる。
「ありがとうございます。大切に…大切にいただきます」
名無しは顔を上げてノボリを見た。パチパチ、と大きくて丸い両目を瞬かせる。
そして、桜色に染まった頬を綻ばせた。
お弁当を渡せた名無しは来た時と同じくタブンネと手を繋いで、ギアステーションを後にした。
その後ろ姿を見送って、ノボリは手元に目を落とす。
「…クダリはきっと『ぼくだって名無しちゃんから渡されたかった!』と拗ねるでしょうね…」
踵を返すノボリ。
それを偶然見掛けた駅員は「あれ?今日のボス達は服を交換してるのか?」と思ったらしい。
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