#6
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ライモンシティには、たくさんの名所がある。
その中でも、遠くにそびえる山々まで見渡せる観覧車は老若男女を問わず人気があった。
昔に比べると客は年々減ってきているが、今でも観光に来た人なら一度は乗りたいアトラクションだ。
そんな観覧車をすぐ前にして、
「…なんで今日なのー」
むぅ、と子供のように頬を膨らませたクダリがボヤいた。
「むくれないでくださいまし、クダリ」
「だってだって!せっかくの寄り道が!『観覧車で仲良し大作戦!』が!」
「"点検の為にお休みします"と書かれているのですから仕方ないでしょう。もう古くなってきたという噂も耳に致しました。そうでなくとも日々の"点検"がどれほど大切なことか、あなたも分かりますね?」
「う。それは…わかる…」
「でしたら、あまりダダをこねないでくださいまし」
ノボリに困り顔で溜息を吐かれ、クダリは口を噤んだ。
しかし諦めきれないクダリの目は、うらめしそうに観覧車を見上げている。
どれだけ睨んでみても、観覧車が動くわけはないのだが。
そんな彼の隣、下の方から声がした。
「クダリさん」
クダリが顔を向けると、声の主である名無しと視線がぶつかった。
大きな瞳は、心なしかキラキラしているように見える。
「私、こんなに近くで観覧車を見たの、初めてです。ありがとうございます」
クダリは目を瞬かせた。
しかし、「でも…」と力なく肩を落とす。
「乗れなかった。ぼく、3人で、乗りたかった」
「じゃあ、また3人で一緒に来ましょう?観覧車は逃げませんよ」
クダリはハッとした表情をすると、名無しを見つめた。
「…今度は、乗ってくれる?」
「はい。私でよければ乗ってみたいです」
「…。ノボリ…」
クダリは次にノボリを見る。
ノボリは頷いて同意した。
クダリの顔がみるみる喜びに満ち溢れていく。
「っ…うんっ、絶対来る!約束!」
「楽しみにしてます」
クダリは太陽のような笑みを浮かべて、名無しは柔らかく微笑んだ。
これでは、どちらが子供か分からない。ノボリは肩を竦め、苦笑する。
それからふと、
「しかし…この観覧車は、確か2人用ではありませんでしたか?」
「大丈夫!子供は、0.5人分!」
「(それでも2.5人分では、制限を超えてしまいますが…今はこれ以上言わないでおきましょう)それにしても名無し様は宥めるのがお上手でございますね。わたくしでさえクダリのワガママにはいつも手を焼いていますのに」
「上手なのかは分からないですけど…小さな子の面倒をみることが多かったので」
「なるほど。それは是非、コツを教えていただきたいものです」
「でも、クダリさんと子供達とは違いますし…」
「いえいえ、あまり違いはございませんよ。子供のまま身体だけが大きくなったようなものなので」
「ふふ…お2人はよく似てるのに、性格は正反対なんですね」
「よく言われます」
ノボリと名無しは、お互いの顔を見合わせて控えめに笑い合った。
自分にしか彼らの仲を取り持つことはできない、と思っていたクダリは首を捻る。
「(ぼく、何もしてないのに…何だか2人共、意気投合?)」
確かに、クダリ自身は特別に何かをしたわけではない。
しかし、2人の距離を近付けたのは間違いなくクダリであった。
「…ということがありまして。クダリは一度こうと決めたら、なかなか譲らない性格なので…言い聞かせるのに苦労したのでございます」
「あ…私にも、同じような経験があります。でも甘やかしすぎちゃダメだから、心を鬼にして説得して…」
「そうなのです!あまりに強い瞳で訴えてきて、揺らぎそうになることも…」
「すごくよく分かります…」
「…。(ぼく、話に入れない…)」
もっとも、本人は気付くどころか蚊帳の外で不満そうにしていたが。
それからあまり経たないうちに「2人共、ぼくを置いて仲良くなりすぎ!早く服、買いに行こう!」とクダリに急かされて、3人は、当初の目的地へとやって来た。
先程までいた観覧車前から少し進んだ先、看板に『ライモンシティジム』と書かれた建物だ。
「ここ…ですか?」
建物を見上げて、名無しが尋ねる。
ジムという名前といい、外観といい、いまいち店のようには見えなくて不思議そうだ。
尋ねられた2人は、「そうだよ」「そうでございます」と、揃って頷いた。
2人と建物を交互に見る名無し。やっぱり疑問は拭えない。
するとそんな名無しに気付いてか、クダリが口を開く。
「ここは、いつもはジムとファッションショーをしてる所。今日ぼく達が会いに来たカミツレちゃんって人は、ジムリーダーだけど、モデルさんもしてる。でも今日はオフって言ってた。だから、待ち合わせはここにした。ここなら服、いっぱい。カミツレちゃん、事情を話したら、『是非いらっしゃい』って言ってくれた」
「えっと…つまり、ここはお店じゃないけど、服を譲っていただけるということですか?」
名無しはジムやジムリーダーなど分からない単語がいくつか出てきて混乱したが、何とか要点を纏めて理解する。
クダリは「そう」とニコニコ笑顔で名無しの手を握った。
「カミツレちゃんなら、名無しちゃんに似合う服、選んでくれる」
その反対側からノボリも名無しの手を握る。
「参りましょうか」
「は、はい」
3人はジムの中に入った。
今日はジムも休みのようで、中は仄かな明かりしかなく人の姿もない。
「こんにちはー」
「失礼致します。お約束していた、サブウェイマスターのノボリとクダリでございます。カミツレ様はいらっしゃいますでしょうか?」
2人の声がジム内に響き渡る。
次の瞬間、ファッションショーでモデル達が歩くステージ上を、丸いライトがパッと照らした。
「いらっしゃい。待っていたわよ」
凛とした声とコツ、コツ、と床を叩く足音が近付いてくる。
誰が動かしているのか、すべてのライトがステージの一番奥へと向かい、そこに立つ人物を、眩しいほどに照らしつけた。
「ライモンジムへ、ようこそ」
名無しは初めて見たその人に、一瞬で目を奪われた。
そして、この人が、クダリの言っていたカミツレという人物だと理解した。
それほどに、現れた彼女が発するオーラは強かった。
あまりにも無駄なく洗練された美しさは、まるで精巧に作られた陶器人形のようにも思えた。
「キラキラしてる…(とってもキレイ…モデルさんってすごい)」
名無しは思わず頬を上気させて呟いた。
聞こえたのか、カミツレは名無しを見てニッコリと微笑むと、こちらへまっすぐ歩いてきた。
「初めまして。あなたが、名無しさんね。話は彼らから聞いているわ」
「は、はいっ…初めまして。名無しです」
「私は、このライモンジムのジムリーダー、カミツレです」
よろしくね、と手を差し出されたので、名無しもつられるように手を伸ばして握手を交わす。
カミツレは、ふふっと含むような笑みで名無しの左右に立つ友人達に、それぞれ視線を送る。
「話の通り、とっても可愛らしいお嬢さんね」
「でしょ!」
「何故クダリが誇らしげにしているのですか。それよりもカミツレ様、本日はわたくし共のお願いを聞いていただき、感謝致します」
「最初は驚いたわ。だってまさかあなた達に『暫くの間、親戚の女の子を預かることになったから、服を見立ててほしい』なんて相談される日が来るとは思ってもいなかったもの」
カミツレは、その時のことを思い出したのかクスクスと笑う。
「(親戚の女の子…)」
そして名無しは、"親戚"という単語に反応して、ノボリとクダリを見た。
クダリと目が合うと、ウィンクを返された。どうやら事情を説明したとは言っても真実を話してはいないようだ。
確かに、真実は少々信じがたい話なので賢明な判断であると言えよう。
名無しもそれを理解し、2人に話を合わせることを決めた。
「だけど、親戚とはいえあまり似ていないのね?」
「遠い親戚だから。ね?」
「は、はい」
「そう…でも本当に大丈夫なの?あなた達、今まではずっと仕事ばかりだったでしょう?心配だわ」
「大丈夫!ぼく達、これでも、やる時はやる」
「…クダリくんが言うとあまり説得力がないわね」
「えぇーっ!?」
なんでー!?と不満そうに声を上げるクダリをカミツレはスルーし、軽く屈んで名無しと目線を合わせた。
「困ったことがあったら、いつでも私に相談してくれていいからね」
ニッコリと微笑むカミツレに、名無しはまた顔を赤くした。
至近距離からの微笑みは威力倍増だ。
「さてと…それじゃあ、始めましょうか」
そして、カミツレによる名無しの『コーディネート』は開始された。
「まずは、シンプルに清楚に。どうかしら?2人共」
「白いワンピース!可愛い!」
「反対に子供らしさを際立たせるならギャップを引き出してみるのも有りよね」
「それは確か、サロペット、というものでございますね。なるほど、ボーイッシュなのも大変お似合いです!」
「こんな変わり種もあるわよ!パジャマ代わりにいかが?」
「可愛い!着ぐるみパジャマ、すっごく可愛い!さすがカミツレちゃん!さすがスーパーモデル!」
「そして一押しは、これね!お人形さんみたいに可愛いこの子にピッタリよ!」
「そ、それは所謂、ホワイトロリータというものですね…!ブラボー!スーパーブラボー!」
「あぁもうっ、どれも予想以上に素敵!名無しさん、あなた、とっても輝いているわ!キュートすぎてクラクラしちゃう…!」
カミツレもノボリもクダリも、瞳をイキイキと光らせていてテンションが高い。
しかし、当の本人、もはや着せ替え人形と化した名無しはというと、
「(着替えるのって…こんなに疲れることだったんだ…)」
3人の大人達とは反対に、すっかり疲れ果てた顔をしていたのだった。
「カミツレちゃん、今日はありがとう」
「いいのよ。私も充実したオフを過ごせたわ」
「とっても可愛い服をたくさん、本当にありがとうございます。大切に着ます」
「またいつでも遊びに来てね。次はもっとあなたをキラキラさせちゃう衣装を用意しておくから」
「本当にありがとうございました。このお礼は後日、必ず。それでは失礼致します」
来た時と同じように手を繋ぎ、3人は、ジムを後にした。
その後ろ姿を見送りながら、カミツレは、まるで仲の良い親子みたいね、と笑みを零す。
それからふと、名無しの着替え中に友人達と交わした会話を思い返した。
『カミツレちゃんに訊きたい。名無しちゃんのこと、どう思う?』
『?どう、って…素直な感想を言えばいいのかしら?可愛い子だと思うわよ』
『それだけ?』
『…そうね…1つ、少し気になるところもあったわ。あの子、表情を作る…いえ、隠すことが上手で、それが"癖"みたいになっているようにも感じたの。それに、人の視線にとても敏感…。もう少し度胸をつければモデルに向いているんだけど』
『…そっか…やっぱりカミツレちゃん、すごい観察眼』
『ジムリーダー兼スーパーモデルだもの。人を見る目は鍛えているつもり。…少なくとも友人の嘘を見抜けるくらいにはね』
『…やはり気付いていらっしゃいましたか』
『え?それって…』
『別に責めているわけじゃないし、無理に訊くつもりもないから話す必要もないわ。ただ…これだけは言わせてちょうだい。何かあったら相談して。これは、あなた達の為だけじゃなくて、あの子の為にもね』
名無しが彼らの親戚でないことは、話を聞いた時点から薄々気付いていた。
彼らとはそれなりに長い付き合いだ。だからこそ、彼らが意味もなく嘘を吐く人間でないことも理解している。
「…何か、よっぽどの事情があるんでしょうけど」
一度言葉を区切り、カミツレは今日の彼らの表情を思い出した。
そして、ふ…と柔らかく、まるで絵画のように美しい微笑を浮かべた。
「あなた達にとっては、良い兆しみたいね」
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