#5
夢小説設定
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夜も更けていた為、いつもライトアップされているライモンシティといえども、ほとんどの店は既に扉を閉ざしている。
仕方ないのでギアステーション内にある売店にて夕食を購入して、小さな女の子を連れたサブウェイマスターは、帰路に着いた。
「到着!」
ライモンシティ内に建つマンション、その最上階にエレベーターが着くと、クダリが元気の良い声で言った。
「この階が、ぼく達の家。ぼく達しかいない。貸し切り」
「このマンションは、ギアステーションで働く人々の…いわば寮のようなものとなっております。わたくし達の顔見知り以外の住人はいませんし、この階に他の住人が来ることも、例外を除けば滅多にございません」
「例外って言うのは、お掃除のこと。ぼく達、あんまり家に帰らない。だからぼく達の仕事仲間、代わりにぼく達の部屋のお掃除、してくれる。あっ!でも勝手に来たりはしない!だから安心して!」
「…はい」
「「…。」」
ノボリとクダリの心中は、あまり穏やかなものではなかった。
電車から降りて、ギアステーションを出て、ここまでの帰り道の中で名無しは返事以外で口を開くことをしなかった。
その表情もどこか暗く、自分達を見上げる時の瞳には初めて挨拶した時と同じ不安の色が浮かんでいる。
とにかくリラックスしてもらわないと、と思って色々と話しかけてはみたものの、今のところ変化は見えず、『女の子をリラックスさせるということは、こんなにも難しいのか…』と、2人は痛感する。
しかし、まだ諦めはしない。諦めるわけにはいかない。
セレビィと、約束した。セレビィが戻るまで、名無しは自分達が責任を持って預かると。
彼がいつ戻ってくるかも分からない以上、このままギクシャクしているのはお互いにとって良くない筈だ。
だから、諦めない。しかし…
「(どうしようどうしよう…どうすれば名無しちゃん、安心してくれるかなぁ?ノボリ)」
「(そ、そう訊かれましても…わたくしにもサッパリ分かりません!クダリ、あなたなら、女性の喜びそうな話をしてさしあげることができるのではないですか…!?)」
「(えぇー!ぼく、無理!ポケモンの話くらいしか思いつかない!だけど名無しちゃん、ポケモン、詳しくないって言ってた…どうしよう、ノボリ~!)」
2人は名無しの上の方で、静かに焦っていた。
しかし彼らは目だけで意思疎通ができるうえに『人間らしくないほどポーカーフェイスですね』と周囲から評判なので、誰かが今の彼らを見ても、単にいつもの仏頂面とニッコリ顔で、目を合わせているだけに見えるだろう。
ただ、何故か名無しはそんな2人を見上げて、眉を八の字に下げると
「あ…の…ごめんなさい」
弱々しい声にノボリとクダリは目を丸くして名無しを見る。
「何で、謝るの?」
「私…愛想がなくて…お2人を、困らせてしまってるので…」
「そ、そんなことはありません!これはわたくし達が至らぬせいであって、けっして名無し様が悪いわけでは…」
「そうだよ!名無しちゃん、何も悪くない!」
両手を振って慌てて否定する2人。
けれど名無しは俯き「私のせい…です」と呟くと、両手をギュッと握り締めた。
「私…人見知りで…大人の人が、ちょっと苦手です…。お2人はセレビィと一緒に私を迎えにきてくれて…いい人だってわかってるんです、けど…まだ、ちょっとだけ…上手にお話ができません…。…ごめんなさい…」
カタカタと、細い肩が震えていた。
自分の本心を打ち明けることが、それほど怖かったのだろう。
…当たり前だ。今の言葉で2人がもし、不快な思いをしたら。もし、この状況で見捨てられてしまったら。
小さな子供が、たった1人、右も左も分からない場所に、置き去りにされたら。
名無しは歳の割に賢く、しっかりした子だと2人は思っていた。
そんな子が、恐怖を感じていないわけがない。
頭の中が急に冷静になっていった。
あれほど考えても浮かばなかった"答え"が、ストン、と落ちてきた。
「…ううん。やっぱり、ぼく達が悪い」
「その通りでございますね」
2人はゆっくりと屈んで、名無しと同じ目線になる。
名無しは恐る恐る2人を見つめた。
「わたくし達は急ぎすぎました。名無し様が早くリラックスしてくださる為にはどうすればいいのか…そればかり考えていて、本当に大事なことを見落としていたのです」
「ぼく達、名無しちゃんに押しつけてた。早く安心して、早く打ち解けて、って。ぼく達、大人なのに大人気なかった。ごめんなさい!」
「申し訳ございません!」
頭を下げる2人に、名無しは大きな目をパチクリさせる。
「え、あ、そんな…」
困惑したその顔は年相応に幼かった。
大人びて見えても、きっとこちらが彼女の素顔なのだと2人は思った。
本当にそうなのか?それはこれからの生活の中で、分かっていけばいいだろう。
「よーし、反省、一旦終わり!とにかく家に入る!で、ご飯たべる!」
「そうしましょう。名無し様、どうぞ」
セレビィの元へ案内した時のように2人は名無しの手を取る。
左からクダリがニッコリ笑顔で、右からノボリが微かな笑みで。
自分達の(否、これからは、"3人"になる)家に導いた。
「ようこそ」
「今日からここが、キミのお家!ぼく達、3人のお家だよ!」
マンションの1室とはいえ、中は3人で住むには充分すぎるほど広かった。
名無しは随分と緊張しつつも珍しそうに目をパチパチ瞬かせていて、訊けば、彼女は施設以外の家を知らないのだという。
恐らく彼女にもこの世界のどこかに本当の家があるのだろうが、セレビィのことを忘れていたようにまだ思い出せないのかもしれない。
あまり家には帰ってこないというだけあり、家の中は生活感がなく、家具なども少なかった。
ただ必要な物はキッチリ揃っているし、掃除も隅々まで行き届いていて、まるで新居のようだった。
といっても、本当に新居なわけではなく、ノボリとクダリにとってこの家は勝手知ったる何とやら。名無しに部屋を案内することなど朝飯前ならぬ夕飯前。
幸い名無しの理解も早く、今まで住んでいた所での生活と違ったこともほとんどないらしく、一通り案内するまでにそう時間はかからなかった。
案内が終わり、3人はリビングでようやく腰を下ろし、遅めの夕食をとる。
パンと即席でできるスープ、それにミルタンクのモーモーミルクが今晩のメニューだ。
「いただきます…」
名無しが、きちんと両手を合わせてからパンを手に取った。
一口大に千切って、それを、ぱくり、と口に含む。
ノボリとクダリが、ドキドキしながら反応を待っていると、
「…おいしい」
名無しの頬が小さく緩んだ。
2人はパッと表情を明るくする。
「でしょっ!?いっぱい食べて!」
「甘いのはお好きでしょうか?こちらはクリーム入りでたいへん美味なのでございますよ」
「これ!こっちもオススメ!モモンの実のジャム、おいしい!」
次々パンをすすめる2人の勢いに名無しは目を丸くする。
しかし、
「…ふふ…そんなにいっぱいは食べられないです」
戸惑いは残っているものの、最初よりも確実に、その表情は柔らかくなっていた。
時計の短針と長針が揃って天辺を指した頃。
ノボリとクダリはリビングで向かい合って座り、天井を眺めてぼんやりしていた。
「…いろんなこと、あったねー」
「えぇ…とても、不思議な体験でした」
「何だか、夢の中のことみたいだった。でも、夢じゃない」
「そうです。これは夢ではありません」
真っ白な天井を見つめたまま、ポツリ、ポツリ、2人は言葉を交わす。
「これから名無しちゃんと一緒の生活。わからないこと、きっとあると思う。教えてあげなきゃ。今日みたいな失敗は、もうしないように」
「その通りです、クダリ」
まったく同じタイミングで顔を見合わせて、頷く。
思わぬ出会いと初めての体験で、疲労はかなりのものだった。
しかし何故だろう。その表情はセレビィと出会う前よりも、晴れ晴れとしていた。
「名無し様に不自由な思いをさせないよう、最善を尽くしましょう。回復したセレビィがここに戻っていらっしゃるその時まで」
「頑張ろう、ノボリ!」
「えぇ、クダリ!」
「…で、ノボリ。どう頑張ろう?ぼく達、女の子のお世話なんてしたことないから、わかんない」
「…それを、今から話し合うのでございます」
カーテンの隙間から白い光が差し込む。
いつも地下にこもりきりだったノボリとクダリにとっては、その僅かな日光すら刺すように眩しくて、最初はまともに目も開けられなかった。
けれど、昨夜決めたスケジュールを進行させる為、力を振り絞って行動を開始する。
彼らの仕事は常に時間厳守。そのせいで彼らは、例え私生活でもキッチリ予定通りに行動する癖がついてしまっていたのだ。
おかげで名無しがリビングに現れた時には、既に朝食の用意ができていて、早めに起きたつもりの彼女はいささか驚いたようだった。
「昨日は、眠るのが遅かったし…2人共、まだ寝てるかなって思ってました…朝に強いんですね」
その時の名無しは、尊敬したような顔で2人を見ていた。
それから朝食をとり、色々な話をしながら時間を潰した後、3人は家を出た。
目的地はライモンシティにある、大型デパート。目的は名無しが使う日用品を買う為だ。
朝食の時、ノボリとクダリに『これから生活する間、必要になる物もあるだろうから』と提案され、名無しは申し訳なさそうにしつつもその提案を受け入れた。
確かに、どうしても必要で、尚且つ2人が絶対に持っていないであろう物について名無しは心当たりがあり、どうしようかと悩んでいたのだ。
だから、迷惑はなるべくかけたくなかったが、好意に甘えることにした。
しかしいざデパートで購入した中に、それらは入っていなかった。
『あ、これ可愛い!名無しちゃん、見て見て!星と、花と、水玉!ねっ、どれが好き?』
『え?あ…えっと…お花、好きです…』
『じゃあ、これ!食器決定!』
『名無し様。よろしければ、触って確かめていただきたいのですが…こちらなど如何ですか?とてもなめらかな肌触りでございます』
『あ、本当ですね…気持ちいい。色も可愛くて素敵です』
『では、寝具はこちらに致しましょう。今日中に家まで届けていただけるように話をして参ります』
ノボリとクダリに勧められるまま、買ってもらったのは予定外のものばかり。
気付いた時には(いや、もしかすると最初からだったのかもしれない)名無しはすっかり、彼らのペースに流されてしまっていた。
『必要な物、これで全部?』
『リストに書いていた物は以上になりますね』
そのうえ、2人は必需品がすべて揃ったと思っているらしい。
いよいよ慌てた名無しは勇気を出して、口を開いた。
「あ、の…ごめんなさい…私、まだ欲しい物、あります…」
2人は驚いた顔をした。
「えっ?わ、まだあった!?」
「それは気付かず、申し訳ございませんでした…!ではもう一度、売り場へ参りましょう。何でございますか?」
「遠慮しないで、言って。何でも買うよ。ぼく達、こう見えてお金持ち!」
「ふ…」
「「ふ?」」
「…服、とか…その…着るものが…」
真っ赤な顔で、声を絞り出す名無し。
「「あ」」
キョトンとした2人を、名無しは恐る恐る見上げる。
「そっか…ごめん!ちゃんと説明してなかった」
「え…?」
「衣類については別の場所で購入しようと考えていたのです」
「別…ですか?」
「そう。ファッションにすっごく詳しい知り合いがいる。連絡したら、是非おいでって」
「ですからこの後、そちらへ向かおうと思っていたのでございます」
「そ、そうだったんですか…」
名無しはホッと胸を押さえた。
よかった、忘れられてたわけじゃなかったんだ…と。
「申し訳ございません。説明が至らないばかりに不安にさせてしまったようで…」
「い、いえ、大丈夫ですから…」
頭を下げるノボリ。そんな彼に、慌てて両手を振る名無し。
真面目な彼と彼女はまだまだ他人行儀で固い。
…この空気、変えられるのはぼくだけ。
クダリは唇でニッコリと弧を描くと、彼と彼女の手を取った。
「ノボリ、名無しちゃん。突然だけど、ぼくからの提案。ちょっとだけ寄り道しよう!」
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