#4
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
「園長先生ー。ただいま戻りましたー」
「「せんせー、ただいまー!」」
「おかえりなさい。疲れたでしょう?夕ご飯の準備をする前に少し休んでくださいな」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
「せんせ!ぼくね、にもつ持ったよ!」
「あたしもあたしも!」
「あとね、あとね、おかし欲しかったけどね、がまんしたよ!」
「おやつ、たべたから、がまんしたよ!」
「あらあら、えらいわねぇ」
「へへー。でもね、ほんとはね、おねーちゃんに、おみやげ欲しかったの!」
「きのうね、おねえちゃんがね、おやつ、わけてくれたの。だから、ありがとうってしたかったの」
「そうなの。じゃあ、2人の得意な折り紙で何か作ってあげたらどうかしら?きっと喜んでくれると思うわ」
「おりがみ!」
「うんっ、つくる!いこっ!」
「はーい!」
「あ、そんなに走って…!転ばないように気をつけてよー!…もう、本当に、元気いっぱいですね」
「良いことだわ。元気で、笑顔で。あんな風に楽しそうな姿を見ていると、こっちまで嬉しくなって。あの子達も、随分慣れてくれたようですね」
「えぇ」
「これも皆やあの子の…あら…?」
「どうかしましたか?園長先生」
「あの子…あの子は…おかしいわねぇ。ねぇ、あの子達が、『お姉ちゃん』って呼んでいた子は、誰だったかしら…?」
「え?えーっと…?あぁ、たかし君ですよ。ほら、よく外で一緒に遊んでますし、多分、あの子達が一番懐いてる子です。ちょっと髪が長いから『お姉ちゃん』なんて呼んじゃってるんでしょうねー」
「そう…そうだったわね。おかしいわ、私ったら。どうしてかしら、あの子達の言う『お姉ちゃん』が誰だったか分からなくなるなんて…」
「でも、一致しなくても仕方ありませんよ。たかし君は男の子ですからね。普通なら『お兄ちゃん』って呼びますもの」
「…えぇ、そうね。さて、お茶でも淹れましょうか」
「…戻ってきた?」
「そのようですね」
ノボリとクダリは、いつも見慣れている閉鎖的な空間に自分達が立っていることを確認して、安堵の息を漏らした。
が、それも束の間。2人はハッと思い出して、辺りを見回す。
その小さな探しものは、すぐに見つかった。
彼らの後ろ、座席の上で、こてんと横になっている少女に、クダリは表情を和らげる。
「よかった…名無しちゃん、いた」
ノボリも今度こそ安堵の息を漏らす。
「どうやら、眠っておられるようですね…起こしてはいけませんよ、クダリ」
「わかってるー」
声を潜めて答えたクダリは腰を屈めて名無しの寝顔を見つめると、ふにゃりと笑みを浮かべる。
「可愛い寝顔。ちょっと涙のあと、残ってるけど」
「セレビィはまだ戻っていらっしゃらないようですね」
「うん。早く、戻ってこないかな」
この場にセレビィの姿はなかったが2人はあまり気にしなかった。
最初の【時渡り】の時も、自分達が向こうの世界に着いて少ししてから、セレビィは声をかけてきた。
きっと能力を使った本人は僅かに遅れて来るのだろう、そう思っているからだ。
そして案の定、自分達から少し遅れて、何もない虚空に光の珠が現れた。
「あ、来た!」
光の珠は、初めて見た時と同じように一際強い光を放ち、続いてポンッという音が響いた。
眩しさに目を覆った手をどけると、そこにはやはりセレビィの姿。
しかし、喜ぶ筈だった2人の表情は、驚愕に強張った。
小さな身体が重力に身を任せ、ゆっくりと下へ落ちていく。
「「セレビィ!?」」
慌てて受け止めた2人だったが、セレビィの顔色を見た瞬間、息を飲んだ。
『ハァ…ハァ…』
息は荒く、まるで熱にうかされているようなのに、その顔色は限りなく白に近かった。
いや、顔色だけではなく全身から色が失われているというべきだろうか。
「…セレ、ビィ…っ」
「何故、こんな…!?」
言葉を詰まらせるノボリとクダリ。
セレビィが僅かに目を開いた。
あんなにイキイキとしていた丸い瞳が、今は光を失って虚空をさまよっている。
『おか…しいなぁ…まだ…大丈夫だと…思ったのに…』
カラカラに乾き、しゃがれた声。震える瞼は今にも閉じてしまいそうだ。
何かを探すように少しだけ両目を動かすセレビィ。
しかしそんな力さえ残っていないのか、吐息混じりに言葉を発した。
『お、にいさん達…名無し…は…?名無し…ちゃんと…いる…?』
不安そうなセレビィに、ノボリはしっかりとした声で答える。
「えぇ、いらっしゃいますよ」
揺らさないように、セレビィの身体を名無しの方へ向ける。
ゆっくりと視線だけで、身体を丸めて眠る名無しの姿を確認した瞬間、セレビィは『よかっ…た…』と、表情を和らげた。
そして、ヨロヨロと上半身を起こす。
「セレビィ、無理、しないで」
クダリが心配そうに小さな背中を支える。
しかしセレビィは首を振った。
『まだ…ボクの役目、は…終わって…ない…』
「役目?」
『うん…名無しを…連れ、て…帰ら…なきゃ…。あの頃、には…できないけど…せめて…元いた、本来の…居場所に…』
「その身体で、また力を使われるつもりですか?無茶でございます!」
「ノボリの言う通り!ねぇ、休もう、セレビィ。ポケモンセンター、行こう?」
『…ありがとう。でも、平気…それに…ポケモン…センター、じゃ…治らない、から…』
「治らない…?それって…」
まさか…と、2人が最悪な結末を想像して顔を強張らせた、その時。
「…セレビィ?」
不思議そうな、そして舌っ足らずな声がした。ギクリとして、2人が振り向く。
目を覚ました名無しが、まだ少し眠たそうな目でこちらを見ている。
名無しはセレビィを視界に捉えて、キョトンとした。
数秒の間を空け、その姿の異様さを理解すると途端に驚きと不安の入り混じった表情になる。
「セレビィ、どうしたの…!?」
と、慌てて駆け寄ってきた名無しにクダリが言った。
「名無しちゃん、セレビィ、止めて。こんな身体なのに無茶しようとしてる」
「無茶?」
名無しが尋ねると、今度はノボリが深刻そうに頷いて言う。
「恐らくセレビィがこれほど弱っているのは力を使いすぎたからでしょう。それなのに、セレビィは、今度はあなた様を本来いるべき場所に戻すのだとおっしゃって力を使おうとしているのです」
「私を、戻す為に…?そんな…」
『名無し…』
と、セレビィが名無しに手を伸ばした。
名無しはその手を両手で握り締める。
セレビィはその両手を弱々しく握り返すと、表情を和らげた。
『ごめん…ね…すぐに、元の居場所に戻すから…』
「ダメ!」
名無しが声を荒げた。
『…?名無し…?』
不思議そうに、セレビィは名無しを見つめる。
そんなセレビィを、名無しは厳しい顔で見つめ返す。
「私、セレビィに無茶させてまで帰りたい場所なんてない」
強く、ハッキリと名無しは言い切る。
え…?とセレビィは戸惑って上手く言葉が出せなかった。
「だから」と名無しが続けた。
「セレビィ、お願い。元気になるまでは休んで」
『でも…』
「でも、じゃない。…お願いきいてくれないなら、私、セレビィのことキライになっちゃう」
『や…やだ…!わかった…ちゃんと、休む…』
セレビィはシュンとしてしまったが、この一言に3人は胸を撫で下ろした。
「(やっぱり、仲良しなだけある。名無しちゃん、セレビィのこと、よくわかってる)」
「(さすがでございます、名無し様)」
感心しているノボリとクダリには気付かないまま、名無しはセレビィの頭をよしよしと撫でている。
「ありがとう、セレビィ。…ねぇ、どうすれば元気になる?お医者さんにみてもらえば、なおる?」
『…ううん、これは…お医者さんには、なおせないんだ…。でも、大丈夫だよ…森で休めば…すぐに元気になるから…』
「森?」
『うん…。ボクの、いた所…』
「それ、どこの森?私、連れていく」
『無理だよ…ここから…とっても遠いから…。でも、ボクだけなら…何とか飛んでいける…だけど…』
チラリとセレビィは心配そうに名無しを見上げる。
彼の言いたいことをノボリとクダリはすぐに察した。
「名無しちゃんのことなら」
「わたくし達にお任せくださいまし」
『おにいさん達…』
思ってもいなかった申し出にセレビィが目を丸くする。
「セレビィが元気になって迎えに来るまで、ぼく達が責任持って、名無しちゃんを預かる!」
「ですから何も心配なさらず、静養してきてくださいまし」
『…ありがとう…』
会えたのがお兄さん達でよかった。
そう途切れ途切れな声で伝えると、セレビィは、ゆっくりと宙へ浮かび上がった。
『名無し…』
「なに?セレビィ」
『…ボク…あやまらないと…』
「え?」
眉を八の字にしてセレビィが続ける。
『…向こうの世界、で…名無しと関わった人達の記憶…ボクが全部、忘れさせたの。"名無しの、記憶"…。だからね…向こうの人達は、もう…皆、名無しのこと…忘れちゃったの』
名無しは僅かに目を開いて、固まった。
『約束…だったから…"痕跡"は…絶対に残しちゃダメだって…言われたから…』
ごめんなさい。
消え入るようなセレビィの声。名無しは何も言わない。
ノボリとクダリも驚いて言葉を失う。
静まり返る車内。
やがて、その沈黙を破ったのは、
「…ううん」
名無しだった。
ゆっくりと首を振り、名無しは落ち着いた声で言う。
「その方がよかったの」
『え…?どうして…?』
「だって…園長先生も皆も、とっても優しい人達だったから。もしも、私のことを覚えてたら、きっと私がいなくなったことを心配して、悲しい気持ちになっちゃうと思う。だから、謝らなくていいの。ありがとう、セレビィ」
名無しは微笑んだ。
嘘ではなく、本当にそう思っているからこその、優しいその微笑みに、セレビィは瞳を潤ませた。
そして小さな声で、『お礼を言うのは…ボクの方だよ…』と囁くと、その身体は徐々に光に包まれていった。
最後の力を使って、森へ帰ろうとしているのだ。
『…ここからは…遠いけど…』
声が響く。
『元気になったら…絶対に…迎えに来るから…待ってて…』
「…うん。私、もう忘れたりしないから。だから安心して、ゆっくり休んでね」
最後に聞こえたのは、小さな小さな笑い声。
そしてセレビィを包み込んだ光の珠は、キラキラと輝く光の粒だけを残して消えていった。
その砂のような粒を受け止めようと名無しは手の平を出したが、触れる寸前、それは空気に溶けて、見えなくなった。
静かに目を伏せる。
…セレビィ、早く、元気になってね。
心の中で祈ってから、名無しはノボリとクダリに向き直った。
「あの…ありがとうございました。セレビィと会わせてくださって…本当に、感謝しています」
すると2人は面食らったように、キョトンとした顔になる。
「い、いえ、わたくし達は、ただセレビィに言われたことをしただけですので」
「そうそう。それに、そんな畏まらなくていい。ぼく達、これから一緒。もっと楽に、仲良くしよう?」
「そうでございます。もっと気楽になさってくださいまし」
「…ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げる名無しの態度は少しぎこちないが、それも仕方ない、ほとんど初対面みたいなものなのだから。
ノボリとクダリは目を合わせて同時に頷いた。
…とにかく、まずはリラックスしてもらわないと。
「よし。じゃあ、帰ろう!」
「そうですね、帰りましょう」
「え…?帰るって…どこに、ですか?」
「それはもちろん」
「ぼく達の家に!」
NEXT
―――――
H25.12(R6.11移転につき移動)
1/1ページ