#3
夢小説設定
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少女の名前は、『名無し』というらしい。
園長に優しく促されて自己紹介をした時の彼女の不安そうに揺れる瞳が、ノボリとクダリの心に罪悪感を芽生えさせた。
今から自分達がやろうとしていることへの、罪悪感を。
それでも、彼らはやるしかなかった。
最初の行動として、彼らは園長に許可をもらい、名無しを公園へと連れ出した。
それほど時間は経っていないが、公園内には親子連れの姿が増えていた。
母親達はベンチに腰掛けて談笑し、子供達も仲良く遊具で遊んでいる。
そんなのどかな光景を眺めていると、砂場へ走っていた幼い男の子が躓いて転んだ瞬間が視界に映った。
「ちょっとごめんなさい」
一言そう言って名無しはすぐさま転んだ男の子の元に駆け寄っていった。
痛みに泣きじゃくる男の子の前にしゃがみ込んだ彼女は、小さな手で男の子の頭を撫でてあげてから立ち上がって水飲み場まで走り、ポケットから自分のハンカチを取り出して、躊躇うことなく水で濡らし始めた。
そしてすぐに男の子の元に戻ると、ハンカチで傷口を優しく拭いてあげている。
名無しの行動を見ていたノボリとクダリはそっと微笑んだ。
「優しいね」
「えぇ」
そして彼らも男の子と名無しに近付く。
「大丈夫でございますか?」
男の子が赤くなった目で2人を見上げる。
クダリはニッコリ笑って男の子の頭をよしよしと撫でた。
「大丈夫。痛いの、すぐ治る」
ね?と優しく小首を傾げると、男の子は鼻を啜ってコクリと頷いた。
「あなた様は、強い子でございますね」
ノボリも、クダリほどではないが柔らかく笑って、男の子の頭を撫でてあげる。
名無しは、そんな2人をじっと見上げていた。
そこに慌てた様子で、男の子よりも大泣きしている赤ん坊を抱いた女性が駆けてきた。
男の子は「ママ」と呼んで立ち上がると、女性にギュウッとしがみつく。
女性は我が子を見て、安心したように顔を綻ばせると「ありがとうございます」と3人に向かって頭を下げた。
「お礼なら、この子に」
クダリはそう言って名無しの後ろからその細い両肩に優しく手を添えた。
名無しは驚いた顔でクダリを見上げるが「ありがとうね」という声に顔を正面に戻す。
自分に優しく微笑みかける女性はまだ若いが、纏った雰囲気には確かに母親としての何かが感じられた。
名無しは少し瞳を揺らした後、小さく「…いえ」と呟いて、恥ずかしそうに下を向いた。
母親に連れられた男の子は3人に手を振りながら去っていく。
手を振り返しつつ、ノボリとクダリは、ふと名無しを見下ろした。
先程とは違う、どこか影が落ちたような表情。そして視線はじっと先程の母子を見つめている。
…羨ましい、のだろうか?母親という存在が。仲睦まじい親子というものが。
しかしそれを簡単に訊けるほど、彼らの心は図太くはない。
クダリは公園内を見回した。ブランコの所だけ、何故か人がいない。
それに気がついた彼は、なるべく明るい声で名無しに話しかけた。
「ね、ブランコ、乗ろう」
「え…?…はい…」
小さく頷く名無しを連れて3人でブランコの所へ歩いていく。
「座って座って」と名無しをブランコに座らせると、クダリはその後ろに回り、ゆっくりとブランコを揺らした。
慣れていないのか、左右の鎖を掴んだ名無しの両手が固く握り締められた瞬間をノボリは見ていた。
「怖いですか?」
「…いえ…久し振りで、ビックリしただけです…いつもは私が押してあげる方だから…」
「友達の?」
「同じ園の…子供達です。私より、小さい子…押してあげると喜ぶから…」
キィ、キィ、と鎖の擦れる音に掻き消されてしまいそうに、小さな声。
元々が人見知りなのか、それとも自分達を警戒しているのか、初めて会った彼らには窺い知ることができない。
しかし、距離を置かれていることは間違いないと直感的に感じ取った。
クダリはノボリに目配せする。
"本題、入る?"
"そうしましょうか"
まず口を開いたのはクダリの方だった。
「名無しちゃん、って呼んでいい?」
コクリ、と小さく頷く名無し。
「じゃあね、名無しちゃんに質問。ポケモン、知ってる?」
すると名無しは顔を上げて、後ろにいるクダリを見つめた。
「…ポケモン?ピカチュウとか、ですか?」
ポケモンの名前が出てきたことに、クダリはパッと顔を綻ばせる。
「そう!ピカチュウ、知ってるんだ?」
クダリの声が高くなる。
セレビィは『ポケモンは存在できない世界だから』と悲しそうに言っていたが、この子は、ちゃんとポケモンのことを覚えているじゃないか。
しかし、名無しの次の言葉で、それはぬか喜びだと知ることになる。
「ゲームは、やったことないけど…アニメを、園の皆と、よく見てます。皆も大好きですよ…ポケモン」
ゲーム?アニメ?
それって、つまり…。
ノボリもクダリもすぐに理解した。
ポケモンは、『存在』していても『実在』はしていないのだと。
そして、名無しはポケモンを、アニメやゲームで知っているだけなのだと。
「…っ、で、でもっ」
それでも、クダリはまだ希望を捨てられなかった。捨てたくなかった。
「あの子…セレビィのことは…覚えてるよね…?」
だって、そうじゃなかったら、あんなに頑張っていた、あの子が…。
「セレ…ビィ…?」
名無しの瞳がじっとクダリを見る。
知らない、と。その瞳は言っていた。
そしてトドメの一言が耳に届く。
「…ごめん、なさい…私、あまり詳しくはなくて…」
クダリの胸がズキンと痛んだ。
「…そっ…か…」と返して、顔に出さないように口角を無理やり引き上げる。
ノボリとは違って、作り笑いは得意だった。
しかし、何故だかクダリを見上げる名無しの顔が心配そうに歪む。
「(あれ?おかしい、ぼく、ちゃんと、笑ってるのに…)」
これにはクダリ本人だけではなくノボリも不思議に思った。
クダリの作り笑いを見抜ける人間は自分を含めても数人しかいない。
それなのに、まさかこの小さな女の子は、初対面であるにも関わらず、気付いているというのか?
「(…いえ、今はそれよりも)」
ノボリは頭を振って「名無し様」と口を開いた。
名無しは、様付けされたことに驚いたのか、ノボリを見て目をパチクリさせる。
「急に話を変えてしまい申し訳ありませんが、少し、込み入ったことをお訊きしてもよろしいでしょうか?」
「は…はい…」
「ありがとうございます。では、お訊きしたいのですが…あなた様には幼い頃、不思議なご友人がいたことはございませんか?」
「不思議な…?」
「えぇ。人ではない…こう、可愛らしい感じの…」
「(ノ、ノボリ!)」
思わずクダリは、ノボリに尊敬の眼差しを向けた。
ノボリは、もしかすると記憶の奥底ではセレビィを覚えているのではないかと思い、手でそれとなくセレビィの形を示し、名無しが思い出せるように促しているのだ。
しかし、それには1つ問題があることに、クダリはすぐに気がついた。
「(ノボリっ、それ、違う!それじゃあセレビィじゃなくて、メタモンっ!)」
慣れていないせいか、ノボリは、ジェスチャーがとても下手だった。
案の定、
「…?」
名無しは首をコテンと傾げるだけだった。
ガックリと項垂れる2人。
「(どうしよう、ノボリ…本当にこのまま連れ去るの?セレビィ、絶対、悲しむ…)」
「(しかしこの子はこの世界の人間ではありませんし、セレビィの努力を無駄にしない為にもやはり連れて帰らなくてはなりません)」
「(じゃあ、じゃあ、何とかして思い出してもらわなきゃ!)」
目だけで作戦会議を行う2人。
急に黙ってしまった彼らを見て、名無しはやっぱり首を傾げていたが、ふと小さく呟いた。
「私の…不思議な、お友達…」
その声はノボリとクダリの耳にも届き、2人はバッと反応する。
「思い出した!?」
「いらっしゃいましたか!?」
名無しは2人があまりにも食いついてきた為にビクリとしたが、恐る恐る頷いた。
「…夢の中で、なんですけど…小さな私には…とっても可愛くて元気なお友達がいたんです」
名無しは地面に視線を落として、ポツリポツリと言葉を紡いでいく。
「その子は小さくて…空が飛べるんです。私は、いつもその子と一緒に空を飛んで…色々な所に行ったんです…朝も夜も、いつも一緒で…」
だけど…と、大きな瞳が悲しげに揺れた。
「気付いた時には…あの子はもうどこにもいなくて…でも、あの頃の私は小さかったから、また会えると思って…会いたくて…ずっとあの子を探してました。あれが夢だったって理解するまで…ずっと…」
つまり、今の名無しはもう夢だったと思っているのだ。諦めているのだ。
よかった、と心から思った。
彼が諦めなくて。彼が力を手に入れて。
そして自分達が、彼女を見つけられて。
「夢じゃ、ないよ」
「…え?」
クダリが優しく目を細めた。
「その子の名前、ぼく達、知ってる。セレビィっていうんだよ」
「セレビィ…?でも、それはポケモンの名前…なんですよね?」
「その通りでございます」
「…それって、どういう…」
名無しちゃん。名無し様。
名前を呼んで、2人はそれぞれ名無しの手を取った。
華奢なその手を引いて立ち上がらせる。
「これからぼく達が」
「夢ではないという証拠をお見せ致します」
鏡のようにそっくりな2人は、ゆっくりと歩き出す。
手を引かれる名無しは、ただただ不思議そうな顔で彼らを見上げた。
木々の隙間を通り、彼らは歩みを止めた。
ノボリとクダリが、セレビィと最後に話をした木を、前にして。
そして彼らは同時に名無しに笑いかけた。
「「さぁ、再会の時間(でございます!)(だよ!)」」
それが合図であったかのように、カッと強い光が辺りを包み込んだ。
思わず目を瞑る3人。
次の瞬間、すぐ近くで3人のものとは違う声がした。
『ありがとう、お兄さん達』
名無しが、恐る恐る目を開いていく。
3人は何もない空間に立っていた。
どこまでも続く真っ白な空間。先がまったく見えない、いや、先があるのかすら分からない、けれど不思議とあたたかさを感じる空間。
その中に1つだけ存在する色があった。
小さいながらも確かな存在感を放つその生き物に、名無しは大きく目を見開いた。
夢の中の存在だと思っていた。だから、もう何年も前に探すのをやめた。
それなのに今、目の前に浮かぶ姿はあの頃のまま。
『連れ出してくれるだけでいいって言ったのに、ボクのこと、気遣ってくれたんだね。ボク、全部見てたよ。やっぱり、お兄さん達はいい人間さんだった!』
ニコッと可愛らしい笑顔を浮かべるセレビィ。
そうだ、"セレビィ"だ。
この子は、私の、大切で大好きな…。
「…どうして…忘れちゃってたんだろう…」
名無しのほんのり色づいた頬を、一筋の雫が流れ落ちた。
「どうして…名前を聞いても、思い出せなかったんだろう…私、いつも呼んでたのに…っ」
ポタポタと、大粒の涙がとめどなく溢れ、下に落ちていく。
ノボリとクダリは、そんな彼女を黙って見守っていた。
今はそれがベストだと、彼女と彼の再会の瞬間を邪魔してはいけないと思った。
「懐かしいなぁ…あなたは、あの頃のままなんだね…セレビィ」
セレビィが、その表情を歪めた。
『名無し…』
大きな瞳がみるみる水気を帯びていく。
名無しは、ノボリとクダリからゆっくりと手を離すと、その両手をセレビィに向けた。
「セレビィ…会いたかったよ」
堪えきれなくなった涙がその瞳から零れた瞬間、セレビィは名無しの腕の中に飛び込んでいった。
『うん…!うんっ…!名無し…ボクも…ボクもっ、ずっと会いたかった…っ!会いたかったよぉっ…!』
小さな子供のように大きな声で泣くセレビィ。
名無しは彼を優しく抱き締めて、静かに涙を流した。
今まで会えなかった時間を埋めるように、その寂しさを流すように、彼らはただただ、泣いていた。
ノボリとクダリが、顔を見合わせる。
胸にこみ上げてくるあたたかなものが、彼らを自然と優しい笑顔にさせていた。
やがて、周囲がぼんやりと白んでくる。まるで霧に包まれるようにしてすべての輪郭を隠していく。
次に、ノボリとクダリが目を覚ました時、彼らは見慣れた箱の中にいた。
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