#2
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最初に感じたのは、そよそよとコートを揺らす風だった。
ジャリッ…と土を踏みしめた音が自分の足下から聞こえる。
2人はいつの間にか閉じていた瞼をゆっくりと持ち上げていき、しかし久し振りに見る外の光が眩しくて、すぐに目を細めた。
「…外?」
「の、ようですね…」
「まぶしい…」
「えぇ。しかし良い天気です」
「うん。風も気持ちいい。久し振りだからかな」
「そうかもしれませんね」
目を開けたと同時に少しぼんやりとしていた頭も冴えてきた。
不思議な感覚だった。目を閉じて意識を沈めていた時間が、長かったようにも短かったようにも思える。
うたた寝から目覚めた時と少し似ているかもしれない。
遠くから、彼らにとって耳にしない日はないほどに聞き慣れた電車の走る音が聞こえてきた。
「電車、走ってる。ここ、本当に違う世界?」
「どうなのでしょう…見覚えのない景色であることは間違いありませんが」
冴えた頭はすぐに、自分達が何故こんな所にいるのかという問いに答えた。
自分達はセレビィというポケモンの能力【時渡り】によって、この場所に飛ばされてきたのだ。
彼の"友達"を見つける為に。
しかし、その友達が女の子だということ以外の情報をろくに聞けないまま飛ばされてしまった。
闇雲に探そうにも見知らぬ土地、しかも自分達にとって異世界といえる場所なのだ、下手な行動に出るのは避けたい。
これからどうするべきか、と考えを巡らせようとした、その時。
『お兄…さ…お…兄さ…ん達…き…こ…える…?』
小さな小さな声がした。
「セレビィ?」
キョロキョロと辺りを見回す。
すると、近くの木の一部分に楕円形の薄い膜のようなものが張り付いているのを見つけた。
近付いて見てみると、膜のようなものは波打つ水面のようにゆらゆらと揺れていて、そこにはセレビィの姿が映し出されていた。
『よかっ…た…ちゃんと、お兄…さん達を…送れ…て…』
セレビィの姿が揺らぐ度にその声も途切れ途切れになる。
何となく、早くしないとセレビィとの会話ができなくなる気がして、ノボリとクダリは順に問いかけた。
「セレビィ、着いたよ。きみの友達、どこにいるの?」
「あなた様のご友人の特徴を教えていただけませんか?」
するとセレビィは必死に声を届けようと(実際はテレパシーなので必要ないが)大きく口を開けた。
『ボク、の…友達、の…な、まえ…は…―――』
「え、待って、名前、聞こえなかった」
「もう一度…」
『あれか…ら…どれだ…け…経っ…わからな、い…けど…とっ、ても、かわ…いい…子…!見た、ら…すぐ、わ…かる…よ…!だって…同じ、せ…か…の、子…だから…!見つ、け…た…ら…ここ…に…連れ…お兄…さん、達…がんばっ…』
一際大きく波打った次の瞬間、セレビィの姿はまったく見えなくなっていた。
「消えちゃった…」
「クダリ、手がかりになりそうな情報は聞き取れましたか?」
「『とっても可愛い子』で『見たらすぐにわかる』ってことくらい」
「わたくしは、『あれからどれだけ経ったか分からない』ことと、すぐ分かる理由が『同じ世界の子だから』ということは理解できました」
「情報がこれだけでは、難しいですね…」とノボリが眉を寄せて考え込む。
反対にクダリは「でも、見てわかるなら、簡単だよ!」と、あっけらかんとしていた。
「とにかく人、見つけよう!」
「…そうですね。このままここにいても解決しませんし」
2人は木々の隙間から出ていくと、周囲を見回した。
あまり広いとはいえないが、整地された地面、ブランコや砂場などの遊具に、ベンチや水飲み場。
どうやら、自分達が今いる場所は公園のようだった。
「あ、子供」
「あの子は男の子ですよ、クダリ」
「そっか、残念」
滑り台の上を見てクダリが声を上げたが、すぐにノボリが訂正する。
公園内にはその男の子と、彼の母親らしき女性が赤ん坊を抱いてベンチに座り、滑り台から滑る我が子を見守っているだけだった。
「…あの赤ちゃん、女の子かな?」
「さすがにあそこまで幼くはないと思いますが…そもそも突然声をかけてお子様の性別を尋ねては不審に思われてしまうかもしれません」
「うーん…やっぱり難しい」
「公園から出てみましょう。セレビィは、ご友人の近くに送るとおっしゃっていたのですから、きっと近くにいらっしゃいます」
「うん、そうだね」
顔を見合わせて頷くと、2人は公園の出口に向かった。
道路を挟んだ向かい側には、こじんまりとした建物がある。
塀には木でできた表札らしき板が打ち付けられていたが、文字は読めなかった。
ノボリは、勝手に敷地内に入ってもいいのだろうか、と躊躇するが、まったく気にする様子もないクダリが塀からひょっこりと中を覗き込んだのを見て、目を見開いた。
「わ、可愛い家」
「クダリ、勝手に覗いてはいけません!」
「でもここ、子供がいる感じがする!話、聞こう、ノボリ!」
「ですが、人の姿は…」
一歩、敷地内に足を踏み入れた途端、2人は時が止まったように感じた。
ドクン、と胸が脈打つ。
色とりどりの花が咲く花壇の前で、その花以上に鮮やかに存在感を放つその姿に、目を、心を奪われたように動けなくなる。
途切れ途切れの言葉だったが、セレビィは確かに言っていた。
『見たらすぐわかるよ』と。
本当にそうだった。
視界に捉えた瞬間、分かってしまった。
『彼女が、自分達の探すべき相手だ』と。
生唾を飲み込んで、クダリが震える声でノボリを呼んだ。
「…ノボリ」
「えぇ…クダリ。これは…間違いありません。信じられませんが」
クダリに答えたノボリの声も微かに震えていた。
恐怖でも感動でもない。上手く表現できないが、ただただ気持ちが高ぶっている。
少女は、小さなジョウロで花に水をやっていた。
優しく微笑む横顔は幼いが、その眼差しからは慈愛を感じられる。
まだ心臓は落ち着かなかったが、いつまでもこうしているわけにはいかない。
どう声をかけようか、と2人が考えていると、建物の扉がゆっくりと開いた。
「おや、初めて見る方ですね」
そこから姿を現したのは初老の女性だった。
敷地内に入って棒立ちの状態で固まっていた彼らを不審がる様子もなく、その老人は温和な笑みを浮かべて柔らかな声で尋ねた。
「こんにちは。里親希望の方ですか?」
曖昧な返事を返してしまった2人だったが、老人は怪しむことなく彼らを応接室に案内した。
ソファに腰を下ろして暫くすると、廊下ですれ違った若い女性がコーヒーを用意してきてくれた。
「どうぞ」と出されたそれにお礼を返し、若い女性が退室したところで、ようやく老人が話を切り出した。
「さて…では、お話に入りましょうか。申し遅れましたが、私はこの園で園長をしています」
机を挟んだ向かい側に座る老人が、にっこりと微笑みながら名乗った。
ノボリ、クダリもそれぞれ名乗り返すと、「変わったお名前ですね」と、老人は変わらず微笑んだ。
「それで…本日は、どのようなご用でしょう?」
曖昧な返事だったので、里親希望ではないと察してくれたのだろうか、老人は尋ね方を変えた。
答えたのはノボリだった。
「その…わたくし達は、少しお話をお聞きしたいと思いまして…」
怪しまれないようにと言葉を選びながら言うと、老人は嬉しそうに「そうでしたか」と首を二、三度、縦に振った。
「若い方にも興味を持っていただけたのでしたら、とても有り難いことです」
そして老人は簡単な説明をしてくれた。
この園は身寄りのない子供達を預かり、幸せになれる家庭と引き合わせることを目的とした施設らしい。
話を聞いて、クダリが優しく目を細めながら言った。
「それ、すごく素敵なことだと思う。子供達、皆が幸せになれるといいね」
「ありがとうございます。私達も責任を持って、1人でも多くの子供の為に、彼らと彼らを幸せにしてくれる大人達との架け橋になれたら、と思っています」
「素晴らしいお考えでございます。とても大変だとは思いますが、どうか、頑張ってくださいませ」
「ありがとうございます」
そこでふと、クダリが思いついたようにノボリに耳打ちした。
「ノボリ、ぼく達があの子の里親になれば連れ出せるよ!」
「クダリ、そんなことを簡単に言ってはいけません」
「でも」
「どうかされましたか?」
首を傾げる園長に2人はギクリとした。
「あ、いえ…」と言葉を濁すノボリ。
しかしクダリはそんなノボリの言葉を遮って勝負に出た。
「園長さん、さっき外で花壇に水をあげてた女の子、あの子の里親、もう決まってる?」
「クダリ!?」
ノボリがギョッとして声を上げた。
そして園長はというと、「あぁ…あの子ですか…」と表情を曇らせた。
「?園長さん、どうしたの?」
クダリが訊く。
園長は2人を交互に見ると、申し訳なさそうに口を開いた。
「失礼なことをお訊きしますが…あなた方は、ご結婚はされていますか?」
「いえ…」
「ぼくもしてない」
「そうですか…お仕事をお訊きしても?」
「えっと…」
「電車に関わる仕事に就かせていただいております」
「そうそう。電車の安全を守ったりしてる」
「まぁ、それは若いのにご立派ですね」
園長は「突然こんなことを尋ねて申し訳ありませんでした」と謝ってから言葉を続けた。
「子供達のことを考えると、どうしても里親を希望される方のお人柄や経済的なことを知る必要があるのです。お2人とは初めてお会いしましたが、感じの良い方だと思いますし、経済的なことも問題はなさそうですね。しかし…男性だけのご家庭に女の子をお任せすることは、なかなか難しいのです」
その理由が分からないほど彼らも世の中を知らないわけではなかった。
園長が渋る理由に気付いたクダリが「あ、そっか…」と呟いた。
「それに、お会いしてすぐに、というわけにもいかないのです。何度かこちらに通っていただいて、もう少しお人柄を知ってからでないと…それからなら、あの子をお任せできるようになるかもしれませんし…あまり、お気を悪くなさらないでくださいね」
園長に、分かっています、と笑顔を返しつつも、彼らは内心で困惑していた。
何度も通うことは彼らには不可能だ。
この世界に彼らの帰る場所はないし、何よりも(セレビィは時間はほとんど経過しないとは言っていたが、それでもやはり)職場のことが気掛かりだ。
セレビィの力になってあげたくて引き受けた頼みではあるが、元より彼らは時間をかけるつもりはまったくなかった。
「(…こうなれば)」
「(やっぱり、そうするしかない)」
ノボリとクダリは、お互いに目配せをして頷いた。
「では…せめて、話だけでもさせていただくことはできないでしょうか」
「えぇ、それは構いませんよ。少し待っていてくださいね」
園長が部屋を出て行き、クダリはコーヒーを一口飲んで息を吐いた。
「…ぼく達、考えなしだった」
「そうですね…セレビィのご友人が、こちらの世界で生活しているという可能性を見落としていたとは…迂闊でした」
「あの子とセレビィが離れ離れになってから、どのくらい経ってるんだろう?」
「それは本人に訊いてみましょう」
その時、扉がノックされて、園長が「お待たせしました」と戻ってきた。
その後ろから控えめに自分達を見る少女の姿は、やはり周囲の何よりも鮮やかで、この世界から浮いて見えた。
そして、
「…はじめまして」
園長に優しく促された少女が、初めてその透き通った声を発した。
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