#1
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―幼い頃の私には、とても大切な友達がいた。
『名無し!』
空色の大きな瞳は、いつもキラキラしていて、小さな身体で元気いっぱいに飛び回る姿に、見ている私も楽しくなった。
私はその子が大好きだった。
大好きで、大切なお友達。
私もあの子も、あの頃はまだ幼かったけど、朝も夜もいつも一緒だった。
『いこう、名無し!』
私を呼ぶ鈴を転がしたような可愛らしい声と差し出される小さな手。
ぼんやりとだけど、確かに覚えている。
私はいつも、満面の笑顔でその子の手を取るんだ。
『うん、――!』
名前の部分だけが抜き取られたように音が消える。
名前も分からない、私のお友達。
私達は手を繋いで、色々な所へ行ったね。
覚えてる、ちゃんと覚えてるよ。
私はもう、あの頃とは違うけど…あなたと過ごした時間は今でも大切な思い出だよ。
きっとそれは、これからも変わらない。
あなたとの日々が、例え、ただの空想だったとしても。
「今日も、誰も来なかった。退屈だね、ノボリ」
「仕方ありませんよ、クダリ」
イスに腰掛けて足を投げ出したクダリが声をかけると、窓の外に顔を向けていたノボリが振り返って答えた。
いくつかのライトがぼんやりと照らしているのみの薄暗い場所。しかしそれはいつもの光景と、さほど変わりはない。
元々、地下に造られたこの施設、ギアステーションに地上の光は届かないから。
ただ、バトルサブウェイ挑戦者もカナワタウン行きの乗客もいない今は、電気の消費を抑えて明かりを少なくしている。
だから確かに暗さは増している。
しかしそれだけだ。
ただ、明かりを少し減らしただけ。
それなのに、最近の彼らにはここが妙に暗い空間に感じられた。
「皆、PWTの方に行っちゃった」
クダリが虚空を見つめながら呟く。
その口元にはいつものようにニンマリと弧を描いて。
「…あちらは、完成したばかりですし、素晴らしい施設ですから、皆様が夢中になる気持ちも分かります」
「うん。そうだね」
「それに今日だって1人も挑戦者が来なかったわけではないのです。ただ、わたくし達の元まで勝ち進めた挑戦者は残念ながらいなかったというだけで…」
「うん。明日は来てくれるといいよね、ノボリ」
「そうですね、クダリ」
動いていないトレイン内は静かだった。
電気と空調設備の動く音が耳を澄ませば微かに聞こえるくらいで、それ以外に音らしい音はない。
暫く2人は無言のまま、一方は虚空を、一方は窓の外をぼんやり眺めていた。
今は、夜だ。
このまま動かしてもいないトレイン内にいても、他の誰かが来る可能性は低い。
せいぜい、自分達の部下である鉄道員が「少し休んだらどうですか?」と呼びに来るぐらいだろう。
「(…そろそろ)」
「(戻りますか)」
お互いにそう考えて口を開こうとした、その時。
それは何の前触れもなく突然、彼らの前に現れた。
「「!?」」
2人は目を見開く。
それは光る珠だった。
目を細めたくなるほど眩しく輝く珠が、自分達の今いる車両の中心、何もない空間に突如として現れたのだ。
言葉をなくして2人がその光景をただただ見ていると、それはだんだんと膨らんでいき、やがて、サッカーボールくらいにまで大きくなった。
見慣れた場所なのに目の前の光景がそのことを忘れさせる。
まるで、どこか知らない場所にでも迷い込んだような気分になるのは、その光る珠の輝きが、あまりにも美しく幻想的だからだろうか。
2人が目を奪われていると光る珠がカッと一際眩しい光を放って、思わず目を瞑った。
ぽんっと何かがはじけたような音が耳に届く。
続いて天井に何かぶつかった時のような、ゴンッ!という音。
…ゴンッ?
恐る恐る目を開いていくとそこにはもう光の珠はなかった。
代わりに、
『うぅ、い、いたいよぉ…』
涙を浮かべて自分の頭を押さえる、見たことのない生き物がいた。
「…ポケモン…だよね?」
「えぇ…恐らくは」
呆気に取られた2人は、顔を見合わせた。
互いの顔を見たことで少し落ち着いたようで、同時に頷いた彼らは未だ痛みに涙ぐんでいるポケモンらしき生き物に近付いた。
「きみ、大丈夫?」
「傷薬を、お使いになりますか?」
宙に浮いたまま、両手で頭をさするそのポケモンに声をかける。
『う?』と、大粒の涙を浮かべた大きな瞳が黒と白の双子を映す。
『…あっ、人だっ!』
するとそのポケモンは、途端に表情を明るくした。
頭に直接響いてくる声からして、恐らくこのポケモンはテレパシーを使っているのであろう。
しかしいくらテレパシーといえども人の言語を操ることはエスパーポケモンでさえ容易にはできない筈だ。
見たことのない姿といい、一体このポケモンは何者だろう?
『ねぇねぇっ、お兄さん達はいい人?』
小さな身体の、これまた小さな羽をパタパタ動かして、そのポケモンはキラキラした瞳で2人を見た。
再び、お互いの顔を見合わせる2人。
ねぇねぇ、いい人?と、もう一度訊いてくるポケモンの表情は、期待に満ちている。
いい人?と訊かれてわざわざ悪い人だと答える人間は少ないだろう。しかし自分から、いい人ですと認めるのも少し胡散臭い。
「…うーん、わからない。でも、悪いことはキライ」
「わたくしも同感でございます」
曖昧に答えるとポケモンはパチパチと瞬いた。
『うーん?』と細い腕を組んで考えて、それからまたパッと明るい表情になる。
『悪いことがキライなら、きっといい人だねっ!』
クルクル回りながら天井ギリギリまで飛んだポケモンは、改めて2人を見下ろしてニッコリ笑った。
『あのね、ボクはセレビィっていうの!突然だけどお兄さん達、ボクのお願いをきいて!』
「お願い、でございますか?」
『うん!女の子をね、探してほしいの!』
「女の子?きみの、トレーナー?」
『ううん、ボクのおともだち!えっとね、ちゃんとできるかわからないけど、説明するね』
セレビィは2人の前に降りてくると、唇は動かなかったが声を発した。
『あのね、ボク達セレビィには【ときわたり】っていう能力があるの。それは時をこえて、いろんな場所に行くことができる力で、ここにもその力で来たんだ』
「へぇ、それ、すごい!とっても面白い」
「ブラボーなお力でございます!」
ポケモンは様々な能力を持っているが、時を越える能力を持つポケモンなど今までに会ったことがなく、2人は目を輝かせた。
このセレビィというポケモンは、まさか幻や伝説といわれる類のポケモンなのだろうか。
サブウェイマスターであると同時にポケモントレーナーでもある2人は、先程までの退屈な気持ちなどすっかり忘れて、目の前のセレビィに夢中になっていた。
セレビィは褒められたのが嬉しくて頬を染めて『えへへ』と笑う。
『それでね、ボクはこの力であの子と一緒にいろんなところに行ったの。ボク達はいつも一緒でねっ、いっぱい、いーっぱいいろんなところにときわたりして、毎日がすごく楽しかったんだっ!…でも』
セレビィが急に、シュンと目を伏せた。
『あの日…いつもみたいにときわたりをした先で、ボクはあの子と離ればなれになっちゃったの』
2人の表情から先程までの明るさが消える。
セレビィの頭に生えている2本の触覚らしきものも、先程までピコピコと元気良く動いていたのが嘘のようにすっかり萎れてしまっている。
それでもセレビィは静かに言葉を紡いだ。
『…いつの時代かも、どこだったのかもわからないけど…あの日、ボク達がときわたりした先ではね、とっても強いポケモン達が、争いをしていたの。かれらの大きすぎる力は、ぶつかって、世界に穴を開けた。そして、あの子は…その穴に、吸い込まれてしまったの…』
しんとトレイン内が静まり返る。
足元に視線を落とした2人は唇をキツく結んだ。
かける言葉が、見つからなかった。
ポケモン同士の争いで、世界に穴が開いた?
言葉自体は理解できたが、想像するのは難しかった。
随分と昔に見た、SF映画のような光景が微かに浮かぶ。
しかしまったく現実味がない。そんなことが可能なほどに強い力を持つポケモンが、本当に存在するのか?
信じられない気持ちと、いてもおかしくないと思う気持ちがぶつかり合う。
そして、本当に、世界に穴が開いたとして、もしその中に人間が吸い込まれてしまったら…それを考えると、ゾッとした。
もしかすると、セレビィが探している女の子はもう…。
『ボクが、悪いんだ…』
静寂を破って、セレビィが呟いた。
『あの頃のボクは、まだ幼くて…あの子といろんなところへ行けるのが何よりも楽しくて…それ以外のことは、なんにも考えていなくて…そのせいで、あの子を危険なめに合わせた。あの子を…守れなかった…』
瞳に浮かんだ大粒の涙は、今にも零れてしまいそうだった。
それでもセレビィは唇をギュッと噛んで我慢する。
赤ん坊のように小さな両手で浮かんだ涙を乱暴に拭うと、セレビィはバッと顔を上げた。
『だけど、いっぱいいっぱい頑張ったんだ』
赤くなった瞳に宿るのは、強い光。
『あの子が穴に吸い込まれた後、悲しむボクの前に1匹のポケモンが現れて教えてくれたんだ。まだ、あの子は生きているって』
それは希望の光だった。
2人は目を見開いて確かな光を放つセレビィを見つめた。
『別の世界に飛ばされているだけだから、ボクが一生懸命頑張れば助けることができるって。だからボク、頑張ったんだよ。いろんなポケモンのところに行って何度もお願いしたんだ。あの子を助ける力を貸して、って。時間はかかっちゃったし、あくまでも一時的なものだけど…でも、ボクはようやく、その力を手に入れたんだ!』
セレビィは、力強く言った。
しかしまたすぐに声のトーンを落とす。
『でもね…まだ足りないんだ』
自分の両手をじっと見たセレビィは悔しそうに目を細めた。
『今、あの子のいる世界に、ボクは行けないの。ボクはポケモンだから…。ポケモンは存在できない世界だから。だから…どうしても、必要なんだ、人間さんの助けが』
セレビィが懇願するように2人を見た。
『お願いっ、ボクに力を貸して。あの子を助けたいんだっ!』
セレビィの必死な表情を見つめ返す。
2人の気持ちはもう充分動かされていた。
しかし、二つ返事で引き受けるというわけにはいかなかった。彼らにも、サブウェイマスターとしての立場があるのだ。
頷きたくなるのをぐっと堪えて、まず口を開いたのはノボリの方だった。
「…助ける、とは、具体的に何をすれば良いのかお教えいただけますか?」
セレビィは、コクコクと頷いた。
『あのね、ボクがお兄さん達をあの子のいる世界に送るから、お兄さん達にはあの子を連れ出してほしいんだ。傍に他の人間さんがいるとダメだから』
「それはあなた様の時渡りという能力を使って…ということですか?」
『うん!違う世界に行くから正確には違うけど…でも、同じような力だよ!あ、向こうの世界は危ないところじゃないから、安心してね!』
「では、時間は、どのくらいかかるのですか?」
『こっちの時間ではほんの数分しか経たないよ。向こうではお兄さん達次第なんだけど…できるだけあの子の近くに送るから、すぐ見つかると思う!』
「…そうですか…」
ノボリとクダリが視線を合わせる。
さすが双子というべきか、相手の考えが自分と同じであるということを、彼らは一瞬のうちに理解した。
クダリがニッコリ笑って口を開く。
「それじゃ、決まり。セレビィ、ぼく達、協力する。きみのお友達探し」
『!』
セレビィは、パァッと表情を輝かせた。
再び、今度は嬉しさの大粒の涙をその瞳に滲ませた。
『ありがとうっ!』
花が咲いたように、ぱぁっと笑顔を浮かべるセレビィ。2人もつられて表情を和らげた。
『よーしっ!じゃあっ、さっそくお兄さん達を、あの子のいる世界に送るからね!』
「え?」
「少し、お待ちくださいまし。まだ…」
しかし、2人の返事を聞く前にセレビィは目を閉じて力を集中させた。
ガタガタと音を立てて、車両が揺れ始める。
地下の密閉された空間だというのに、どこからか風を感じた。
次第に彼らのまわりは淡く白んでいって、かと思えばカッ!と眩い光に包まれた。
次の瞬間、光が収まったそこに、彼らの姿はもうなかった。
光の粒だけがキラキラと辺りを漂い、そしてそれもすぐに消えていった。
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