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帰去来

 アルベリクは任務で参じた皇都イシュガルドから任地であるアドネール占星台へと帰着する途中、キャンプ・ドラゴンヘッドに立ち寄っていた。
 アドネール占星台への道程はキャンプ・ドラゴンヘッドを経由するのだから、命令書などがあれば配達を請け負おうと申し出て、神殿騎士団本部より預かった諸々の物品を携えての訪問だった。

「アルベリク卿、南側の門前にチョコボがご用意できましたので、ご出立の準備が整いましてございます、はい」
「ああ、ありがとう」
 アルベリクは、新たなキャンプ・ドラゴンヘッドの指揮官となったエマネラン卿の従者・オノロワに、微笑みながら返事をした。
 そして、なるほどこの子が噂の……と、アルベリクはフランセル卿の、姉がエマネラン卿の従者を絶賛していたとの言を思い出して共感する。

 一方のエマネラン卿については、今まではアルベリクの耳にもかつての彼の放蕩ぶりしか入ってきていなかったのだが、ここでこの従者と併せてその様子を実際に見てみると、彼にはオルシュファン卿とは一味違った人材発掘の才があるのではないかと思わされる。
 往来する多種多様な人々と日々接することとなるこの地は、エマネランの新たな一面を開花させる場となるのかもしれない。

「ご高名でいらっしゃるアルベリク卿にお目にかかることができて、今日は僕にとってとても良い日になりました。またお気軽にいらして下さると嬉しいです」
「一介の神殿騎士に過ぎぬ私を高名などと、大人をからかうものではないぞ?」
 苦笑をしたアルベリクがオノロワの頭をポンと軽く叩き、その際の腕の角度の感覚で、エスティニアンも引き取った当時は確かこのくらいの背丈だったか、と回想する。
 オノロワは反射的に伏せた瞼をすぐに開き、利発な輝きを放つ瞳でアルベリクを見上げた。
「いえ、からかうなど、そんな失礼なことは致しません。蒼の竜騎士という大任を務め上げられ、更にお弟子さんの中から蒼の竜騎士をお二人も輩出された方は、建国以来アルベリク卿のみであったはずです、はい」
「そうなのか? なに、たとえそうだとしても、たまたまそうなっただけのことだよ」
 自分は務め上げたのではなく、極めて重大な局面でその務めを放棄したのだがな……という、その脳裏に渦巻く自嘲をアルベリクは苦笑の仮面で覆い隠す。
 瞳を輝かせながら見上げ続けるオノロワに応じながらアルベリクは、蒼の竜騎士という存在はこのくらいの年頃の子にとっては、自身がその地位を任されていた時と変わらず憧憬の念を抱く対象であるのだなと再認識をさせられた。
 いや。
 同年代の子らと違ってオノロワの場合は、フォルタン家に仕えていることで二人の蒼の竜騎士と直接、幾度となく接する機会に恵まれた。
 アルベリクが一目でその聡明さを実感させられたオノロワならば、世間一般の「蒼の竜騎士という偶像を見る目」とは違う視点で、蒼の竜騎士という存在を理解した上で敬意を表してくれているのだろう。
 二人の弟子については邪竜討伐完遂までの紆余曲折を知った上でそう考えてくれているのだろうから、何ともありがたいことだ。

「オノロワ! アルベリク卿をお前の勝手でお引き留めするもんじゃないぞ」
 間近で二人のやり取りを見守っていたエマネランからオノロワに、諌めの一言が差し込まれる。
 その様子がさぞや珍しかったのであろう。奥に控えるコランティオが微かに噴き出す様を認めて、彼と対面する位置に立つアルベリクは微笑んだ。
「あっ、はい! 申し訳ございませんでした。お二方に逢われましたら、折を見てこちらにもお越し下さいとお伝え戴けますか?」
「ああ、伝えておくよ」
「ありがとうございます! またのお越しをお待ちしています。残りの道中、どうぞお気をつけ下さい」


 オノロワに話を振られたためか、アドネール占星台への道中、鞍上でのアルベリクは終始二人の蒼の竜騎士に思いを馳せていた。
 そのどちらも一癖どころか癖まみれだが、冒険者の肩書きを持ち合わせる新弟子の方が幾分かは扱い易かっただろうか。

 製作の依頼をこなすために時折アドネール占星台を訪れる冒険者は、いつも律儀にアルベリクに声をかけては時候の挨拶と共に近況の報告をしてくれるのだが、聞けばその製作の依頼元がイクサル族のはぐれ者たちだというのだから、開いた口が塞がらない。
 製作機材を使うための交換条件として占星台の最上階への用事を頼まれた時に至っては、用事を済ませた後に屋上から、よりによってイルーシブジャンプで飛び降りてくる始末だ。
 そんな横着をさせるために竜騎士の技を教えたわけではない。技を編み出した父祖に申し訳ないとは思わないのか、と、一応諌めてはみるものの、自分は異邦人だから父祖と言われても今ひとつ実感は湧かないし、使えるものは使わなければ勿体ないでしょう、と、照れ笑いで返されてしまっては、溜め息を吐くより他はない。

 それでも、糸の切れた凧のようにどこを飛び回っているのか皆目見当のつかないエスティニアンよりは、安否の心配をさせないという点においては素行が良いと言えるだろう。
 否。
 素行が悪くはない、だ。
 救国の英雄殿に向かって一介の神殿騎士の口から素行が云々とは随分な物言いだが、それが師弟関係というものだ。

 いつだったか、アルベリクが冒険者に技の手ほどきをしていた時分、冒険者が疑問を投げ掛けてきたことがあった。
「エスティニアンは、何故あの場所に居たのでしょう?」
 と。
 あの場所とは、冒険者がエスティニアンと初めて遭遇した所のことだ。
「まだ日も高いし今日は天気もいい。思い出したついでだ。散歩がてら見に行ってみるか」
 アドネール占星台に到着したアルベリクはチョコボを係留し、荷を解きながら呟いた。

 件の場所は、アドネール占星台より東側の山裾にある天然のトンネルを抜けた先の袋小路だ。
 追手に捕らえられ、教皇庁から持ち出した竜の眼もろともイシュガルドへ連れ戻されるという事態は絶対に避けなければならなかったはずのあの時のエスティニアンが、トンネルを塞がれてしまったら逃げ場の無くなる場所をわざわざ選んで野営をするなどわけが分からない、というのが、冒険者の疑問の根幹である。

 エスティニアンはハルドラスの再来と言われたほどの蒼の竜騎士だ。
 どのような追手を差し向けられようが、その袋小路から逃げおおせる自信が彼にはあったのかもしれない。
 しかしそんな慢心や、有事の際には明らかに不利となる環境を潜伏場所として選んだ点がもし真実なのだとしたら、武人として決して褒められたものではない。当時追手として差し向けた冒険者が疑問を抱くのも当然である。
 アルベリクはそんなことを考えながらイクサル族の兵たちが屯するトンネルを抜け、突き当たりの広場に辿り着いた。
 広場にもイクサル族の兵の姿がある。トンネルから引き続いて、彼らはひとつの部隊なのだろうか。
 招かざる客の実力を見究めることができているのか、イクサル族の兵たちはアルベリクを遠巻きに観察するだけで、襲い掛かってくる気配はまるで無い。
 エスティニアンが追手に対してこの場のイクサル族の利用を考えていたにしても、これでは番犬代わりなどにはならず、せいぜい鳴子程度の役割しか果たせないだろう。

 正面は氷河となった深い谷底。
 背後には切り立った山肌。
 周囲の環境をつぶさに観察すればするほど、この場に対しての疑問は増すばかりだ。

「エスティニアンは山から飛び降りてきたと言っていたな。この上に何かあるのか?」
 アルベリクは山肌を見上げて思案する。
「……登ってみるか?」
 そう自問をした直後、その口元には苦笑が浮かんだ。
「ああ、確かに。使えるものは使わなければ勿体ない……な」
 冒険者でもある新弟子の言には一理ある、と、アルベリクは考えを改めた。
 エスティニアンも聖竜との会見に臨む旅程で、果物を採るためにジャンプを利用したというではないか。しかも、自ら提案をして、だ。
 あのエスティニアンがそのようなことをしたなどと、アルベリクはにわかには信じられなかったのだが、冒険者と行動を共にすることで彼にも幾許かの柔軟性が身に付いたのだろうか。

 ともあれ、時代は変わったのだ。
 イシュガルドにおける竜騎士の在り様も、時代に合わせて変化をして然るべきなのかもしれない。
 今後、後進の育成の際には、竜騎士の技の転用はある程度大目に見ることとするべきなのだろうか。
 そう思いながらアルベリクは、足場として適していそうな場所を見究めて山肌へとジャンプをした。

 数度のジャンプを経て、山肌の中で比較的平坦な場所にアルベリクは到達した。辺りを見回してみたが、特に何かがあるというわけではない。
「ふむ……なるほど。ここからならば、下に来た者には気付かれずに様子を伺うことはできるな」
 アルベリクは広場を見おろして率直な感想を口走った。
 竜騎士がこの場所で身を潜めれば、追手に対して必ず先手を取ることはできる。
 事実、エスティニアンは冒険者に対して先手を取り牽制し、その後行方をくらませた。
 しかしその状況を思い描いても、この場所についての疑問が氷解するわけではなかった。

 アドネール占星台の側を見ると、そろそろ西日と称してもよい頃合いの陽光が瞳に射し込んできた。アルベリクは思わず手をかざして日射しを遮り、指の透き間から遠景を見やる。
 相変わらず一面の雪景色だが、雲ひとつ無い晴天のおかげでクルザスの空は蒼く、視界は抜群だ。
 ならば反対側もさぞや美しく見渡せることだろう、と向き直り、微かなオレンジ色を帯びた陽光を浴びる彼方の稜線を目にしたアルベリクの脳裏に、突如ひとつの記憶が甦った。
「もしや……」
 短く呟き、左手側に見えるキャンプ・ドラゴンヘッドを基準として稜線の方角を記憶と照合させる。
 ナタラン入植地を越えて、その奥の稜線の更に先は。

 ──間違いない。
 あの稜線の向こう側は、ファーンデールだ。


 巨石の丘で再会した際にエスティニアンは、竜の眼からの言葉を受けて皇都を守ることを目的に竜の眼をイシュガルドから持ち出したと言っていた。
 その言葉と、竜詩戦争終結後に聞かされた冒険者の意見とを照らし合わせて考えると、そこに征竜将・ハルドラスの意思が含まれていたと解釈するのが妥当なのだろう。
 冒険者の意見は部外者が聞けばお伽話にしか思えないだろうが、アルベリクは二人の蒼の竜騎士と同様、過去その身に竜の力を宿した経験があるのだから、竜の眼が真に超常の現象を引き起こす存在であることは、誰よりも理解している。
 事実、その後のスチールヴィジルでは冒険者の身にハルドラスの姿らしきものが重なった現象を見、更にその際、得体の知れない感情の奔流も感じていた。
 遡って二十年前のファーンデールでアルベリクの身に流れ込んできた様々な感情も、それら全てがハルドラスの意思によるものだったとしたら……。

 あの日、炎の中で眼前の事象を全力をもって平らげなくてはならない立場であるにも関わらず、切り札となる竜の力を捨てる決断をするに至らしめた激情の正体は。
 幼い弟の亡骸にすがり号泣する少年だけはどうしても助けなければならないと思ったことは。
 後にその少年──エスティニアンを門弟として、自らの持つ槍術の全てを彼に授ける道を選んだのは。

 それら全てにも、ハルドラスの意思が及んでいたのではないか?
 だったとしたら。

 エスティニアンは長じて竜騎士団に籍を置いてからではなく、ファーンデールの炎の中で既に竜の眼……ハルドラスに見初められていたのではないか?
 アルベリクが惨劇の場から救出して養い親となり門弟としたのは、羊飼いの家庭に生まれ育った少年ではあるが、しかしそれだけではなく、あの場で継承がなされた小さな蒼の竜騎士だったのではないか?

 だったとしたら。

「エスティニアン。あの時のお前は国も地位も、その身に蒼の竜騎士の力を持ち続けること以外は全てを捨てた覚悟でいたのだったな。そしてこの場からあの日のファーンデールを想い、邪竜討伐の決意を新たにしていたと? ハルドラスに導かれることで……」

 先程よりもオレンジ色が増し、淡い炎のような色となった山麓を見つめながら、アルベリクは呟いた。


 冒険者が語った意見と同様、今、あの日のファーンデールを想うことでアルベリクの脳裏を駆け巡った様々な事柄も、想像に過ぎない。
 しかしアルベリクはそう考えることによって、今まで胸の内にかかっていた霧が晴れるような、そんな心持ちとなっていた。

 自分はあの日、ファーンデールで竜の力を恐れて責務もろともに捨てたのではなく、ハルドラスに導かれたことで、次代に竜の力を引き渡し、無事に育て上げる役目を任されたのだと。
 そう、考えることによって。

「もし、各所でハルドラスの意思が介入していたとすれば、私はスチールヴィジルで弟子同士の修羅場を見せつけられ、更に憎まれ役を押し付けられもしたということだ。それらの苦悩を建国の父のせいにするのは不敬なのだろうが……」
 アルベリクは目を伏せ口許に微かな笑みをたたえると、その脳裏に聖典に描かれたハルドラスの姿を思い浮かべる。
「しかし、そんな私の育てた弟子たちが、千年の長きに渡る貴方の望みを叶えたのだ。そのくらいは大目に見て下さるか? 征竜将・ハルドラスよ……」

 そして、燃えるような色となった山麓へと再び視線を移してから瞑目し、あの日ファーンデールの人々に捧ぐことの叶わなかった祈りを捧げた。


 東門からアドネール占星台の敷地へと戻ったアルベリクの耳に、聞き慣れた派手な着地音が飛び込んできた。
 占星台の脇を見ると案の定、そこには雪煙が立ち上っている。
「また屋上から飛び降りるのに使ったか。あの子は相変わらず、だな」
 アルベリクが苦笑をしながら歩み寄ると、雪煙の中から何事も無かったかのように現れた冒険者がそれに気付き駆け寄ってきた。
「どちらかに出掛けられていたんですか? ……あれ? 今日は呆れた顔をなさらないんですね」
 今日に限ってイルーシブジャンプの件を咎められないことを不思議に思ったのか、冒険者は首をかしげながらアルベリクに話し掛ける。
「なんだ、悪用しているという自覚は一応あったのか? ……まあ、この件は君の言い分にも一理あると思ってな」
 その回答に冒険者は意表を突かれたらしく、その目を丸くした後に笑い出した。
「ということは、最近どこかから飛び降りたりされたんですか?」
 笑いながら問う冒険者に、アルベリクは穏やかな笑顔を返す。

 ……そうだ。
 異邦人である上に霊災前の記憶を失っているこの子には、既に廃村となったファーンデールの正確な位置を知る術は無かったはずだ。
 ならばこの子には、未だ抱えているであろう疑問を解決させるための材料として、先程思い至った事柄を聞かせてやった方がよかろう。
 アルベリクはそう考え、笑顔のまま愛弟子に語り始めた。

「ああ、つい先程な。実は、君がエスティニアンと初めて逢った場所を見に行ってきたのだよ」

    ~ 完 ~

   初出/2017年4月22日 pixiv
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