槍と弓と…

 ──馴れ合いなど、するべきではなかったのだ。

 皇都イシュガルドに邪竜からの直接攻撃が及ぶ恐れを回避する目的で教皇庁から竜の眼を持ち出し、差し向けられた追手からの逃亡を続ける中でその身がニーズヘッグの血に染まってしまったエスティニアンは、雪原で目の前に立ちはだかった「友」……アイメリクを睨みつけながら舌打ちをした。

「我ながら大博打を打ったものだと思いながら来てみたのだがな。読みが当たって嬉しいよ」
「フン、邪魔をしやがって……。俺は今、自らの迂闊さを呪っていたところだぞ」
「そう憎まれ口を叩くな。お前が今日、この地を訪れていたことは、人の心を失ってはいない証拠として使えるだろう。私と共に皇都へと戻ってくれ、エスティニアン」

 エスティニアンが神殿騎士団から竜騎士団入りを果たし、更に蒼の竜騎士の称号を得るまでに上り詰めた後も神殿騎士団コマンドとしての実績を積んでいたアイメリクは現在、その頂点である総長の地位を狙えるまでに至っていた。
 ここで更に「皇都の秘宝を盗み出し逃亡を続ける不届き者の身柄を確保する」という功績を上げれば、アイメリクは誰に憚ることもなく神殿騎士団の頂点へと上り詰めることができるのだろう。

「俺を教皇庁に突き出せば、お前は確実に野望へと大きく進むことができる……というわけか」
「ああ、その通りだ。しかし以前に話をした通り、私の理想は更にその遥か彼方にある。そして、そこへと至るためにはお前の力も必要なのだ」
「残念ながら、今となってはそれも夢物語だな。俺が皇都に戻れば確実に、異端者として闇に葬られるだろうが。それではお前の理想とやらに最後まで付き合うことなどできんぞ。それに……」
 エスティニアンはそこで語ることを中断し、アイメリクを睨みつけたまま左手を背に回す。
 直後、カチャリと金属音を立てて留め具が外され、彼の背から竜騎士の象徴たる竜槍・ゲイボルグが解き放たれた。
「俺はニーズヘッグをこの手で殺すまで、蒼の竜騎士の力を手放す気など毛頭ない」
 エスティニアンは続けてそう宣言をすると、左手のみで握り締めたゲイボルグをアイメリクへと突き付ける。
 その穂先が一瞬で自らの鼻先に触れぬギリギリの位置に固定されることを、アイメリクは確信していたのだろう。
「当然、それは知っているさ」
「まったく……。回避どころか瞬きすらせんとは。大した度胸だな、アイメリク」
 穂先からの風圧で派手に黒髪がなびいたにも関わらず微動だにしなかったアイメリクの様子を見て、エスティニアンは薄く笑うと左腕を引き、ゲイボルグを体側へと構え直した。
「お褒めに与り光栄だ」
 負けじと口角を上げるアイメリクを見たエスティニアンは、イルーシブジャンプで間合いを取り、直後その肩を竦める。

「竜騎士を相手取るために剣ではなく弓を選んだ点は、まあ賢明な判断と言えよう。が、それはあくまで普通の竜騎士への対処法に過ぎん。そんなものでこの俺を止められると考えられていたなど、侮辱も甚だしい」
「説得して連れ戻そうと目論んでいたのだからな。しかし、これでは交渉決裂……か?」
「槍を突き付けられてなお交渉の余地があると考えるなど、おめでたいにも程があるぞ」
 皮肉満載で肯定をし頷くエスティニアンをアイメリクは見据えたまま、背の矢筒に納められた矢へと右手をゆっくり宛がった。
「ならば致し方ない。最悪、骨の何本かは覚悟しろ」
「フン、矢の一本如きで……」

 アイメリクの弓の腕前を熟知してはいたが、その矢が完全武装状態の自らに向けられるのであれば、いくらでも対処のしようはある。
 そう考えながらゲイボルグに右手を添え、応戦の体勢へと切り替えたエスティニアンに……
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