至高の戦装束
イシュガルドのマーケットでリテイナーから諸々の物品を受け取った後にスカイスチール機工房を訪れ、シドからマナカッターの完成報告とともにエスティニアンの帰還を知らされた冒険者は、急ぎ戻ったフォルタン伯爵邸で彼の待つ客間へと、荷を抱えたまま使用人に案内をされていた。
いかに寄宿をさせてもらっている邸宅とはいえ、暁の仲間たちや自らに貸与された部屋と、時おり招かれるフォルタン家の夕食で通されるダイニングルームへの道筋以外は未だ不案内で、使用人の先導が無くては目的地へと辿り着くことができない。
彼女にとってこの邸宅は異世界であり、妖異の出現こそ無いもののダンジョンとほぼ同等の位置付けなのだ。
このような場で鍛え上げられた使用人ならば、冒険者に転身してダンジョンの探索で一旗を揚げることも可能なのではないか。
──などと客人に思われているなど、当の使用人は微塵も考えが及んでいないであろう。
「こちらでございます。お通しするよう仰せつかっておりますので、どうぞ、中へ」
ようやくたどり着いた目的地の前で向き直り、恭しく立礼をし扉を開けた使用人に対して冒険者は謝意を述べると客間へと入った。
しかし足を踏み入れた室内にエスティニアンの姿は無く、奥にある扉の先からは水音が微かに聞こえてくる。
冒険者の使っている客間と同様、この客間にもバスルームが設けられているようだ。
エスティニアンの帰路はエーテライトを利用したものであろうから、あの御仁のこと、旅の疲れなどはほぼ無いと考えていいだろう。
が、彼が単独で竜の巣の監視を続けていた、雲海のモーグリ達にモンステリエと呼ばれていた場所には、風雨を凌げる状態の遺構こそあったものの、その周囲に身を清めることのできるような環境は無かったはずだ。そもそも宿敵との睨み合いをしている最中に、その目の前で彼が武装を解くなどという事態はあり得ない。
そんな現場から戻ったエスティニアンはスカイスチール機工房を覗いたその足で、おそらくは汚れ放題なままフォルタン伯爵邸を訪れたのだろう。……あの御仁のことであるのだから。
そのような戦場帰りの客人をいつ何時でも暖かく迎え、遇することのできる部屋を用意しているあたりは、建国十二騎士を祖とする四大名家ならではの家風であり、騎士道のひとつなのであろう、と、冒険者は改めて思い知らされた。
キャンプ・ドラゴンヘッドの応接室が雪の家として自分たちへ即座に提供されたことも、当時は「本家」の許可なくオルシュファンの裁量でやってしまって問題がないものなのだろうかと驚き心配をしたのだが、その本家の姿勢を肌で感じられることとなった今では、あれが当然の展開だったのだと納得をすることができる。
とはいえ。
待ち人の元に駆けつけたはずの冒険者は、思いがけず待たされる立場となってしまった。
「……暇ができちゃったな」
そう呟きながら改めて室内を見回すと、幸いにして槍の素振りが出来るであろうほどの広さがある。
ここならば、後ほど自室でするつもりだった作業ができる、と思い直した冒険者は、万が一の事態に備えてバスルームの扉に背を向けると床に座り、抱えていた荷を解いた。
程なくして彼女の目の前には、二揃えの竜騎士鎧が並ぶ。
片方はイシュガルド伝統のドラケンアーマー。もう片方は、主にチタンを素材として仕立て上げられたものだ。
次いで荷から出されたのは、彼女の片手に乗る程度の大きさの小袋だった。
彼女の足元で無造作に逆さにされたその小袋からは四角錐状の結晶体が六つ床に転がり出て、豪奢なシャンデリアからの光を受けたそれぞれが七色の輝きを放つ。
宝飾職人が見れば思う存分カッティングを施したくなる衝動に駆られるであろう美しい結晶体はミラージュプリズムと呼ばれ、武具投影の触媒として冒険者たちの間に広く流通しているものだった。
その結晶体には投影魔法が封じられており、同じ部位の装身具ならば、多少の制約はあるが、任意の対象に任意の意匠を投影することができるのだ。
冒険者は床からミラージュプリズムを一つ摘まみ上げ、次いで手繰り寄せたドラケンアーメットに一つの面をそっと触れさせた。
冒険者の手にあるミラージュプリズムはそれまでとは違った輝きを放ち、暫しの後その現象は収束をする。
そうしてドラケンアーメットの意匠を取り込んだ状態となったミラージュプリズムを同じ要領でもう一方の竜騎士兜に触れさせると、今度は途端にその形を失い霧状となって兜を包み込む。
その霧が晴れると、彼女の前にはドラケンアーメットが二頭並ぶ形となった。
「よし……っと」
ミラージュプリズムに封じられた投影魔法を信じないわけではないのだが、無事に目的を達成することができると安堵をするのは人の性というもので、そのご多分に漏れず彼女は満足気な表情となり、ホッと一息をつく。
その直後にエスティニアンがバスルームから出た気配がした為、冒険者は座ったまま上半身のみで軽く振り向くと扉の先に向けて声を掛けた。
「メイドさんに案内をされたから、お邪魔してるわよ、エスティニアン」
「ああ、お前だったのか。わかった」
扉越しの短い返事から察するにエスティニアンは、アルフィノと自分のどちらかが戻ったら部屋に通すよう使用人に依頼をしていたのだろう。
そう冒険者が考えた矢先に扉が開かれた。
明らかに早すぎる展開を受けて冒険者は、扉に背を向けておいて正解だったと密かに胸を撫で下ろす。
「念のため聞くけど、裸じゃないわよね?」
「当たり前だろう……とはいえ、鎧は全て伯爵に剥かれてしまってアンダーシャツだが」
「伯爵に剥かれた!?」
冒険者は驚きのあまり振り向いてしまい、アンダーウェア姿のエスティニアンをその目に焼き付ける事態に陥ってしまった。
彼が頭から胸にかけてバスタオルを被っていたために甚大な被害こそ免れはしたが、それでも咄嗟に言葉を紡ぐまでの余裕は無く、冒険者は静かに背を向け直すと盛大にため息を吐いた。
「……噂には聴いていたけど、それをアンダーシャツと言い張るエレゼンの文化がわからないわ」
「フッ、これについては、俺もわからんな」
エスティニアンは冒険者の背後で薄く笑って応え、両手でタオル越しに濡れた頭髪をかき回しながら身を屈めると、冒険者の前に並べられた防具の山を覗き込んだ。
「ところで何故アーメットが二つもあるんだ?」
冒険者は光の戦士ではあるが、同時に嫁入り前の娘でもある。
いかに仲間同士とはいえ、半裸に近い姿の異性に突然間合いを詰められたとあっては、さしもの神殺しもたまったものではない。
「そっ……それについては説明するから! クローゼットにガウンか何かがあるんじゃない? そのままじゃ風邪をひくわよ」
「イシュガルド人はこの程度で風邪などひかんさ。心配するな」
「ああ! もう!!」
突然大声を上げて頭を抱えた冒険者の挙動はエスティニアンには完全に予想外のものだったようで、彼は反射的に半歩後ずさると怪訝な表情となって彼女の様子を伺う。
「……遠回しに言った私が馬鹿だったわ」
「何がだ?」
未だ首を傾げるエスティニアンに向かい、冒険者は深呼吸をすると一気に言い放った。
「その姿だと目のやり場に困るから何か羽織って欲しいのよ!」
「……で? そのアーメットは何なんだ? 竜騎士団から同じ装備が複数支給されるなど有り得んはずだが」
ガウンを羽織ることで冒険者が言うところの正視に耐えうる姿となったエスティニアンは、ソファに腰掛けると腕と脚を組みながら、先刻の疑問を再び冒険者に投げ掛けた。
「エスティニアンの目にも同じものが二つと映ったのなら上出来ね。これは武具投影を施した結果なの」
「武具投影?」
「説明するより実際に見た方が早いでしょうね。これを……」
冒険者はそう言いながらドラケンガントレットを手に取り、それにミラージュプリズムを押し当てて意匠を取り込むと、チタン・スレイヤーミトンガントレットにその意匠を投影させた。
「ほう、不思議なものだな」
ミラージュプリズムの霧が晴れ、もうひとつのドラケンガントレットが現れるのを目の当たりにしたエスティニアンは、その目を見張ると感嘆の声を上げた。
「……こうやって、新しい装備にドラケンアーマーの見た目を映していたの。竜の巣へ突入をするにあたって、必勝を期すために可能な限り高性能な装備を用意したのだけど、これをこのまま装備したら、皇都の人たちには蒼の竜騎士殿が得体の知れない槍術士と行動を共にしているとしか見えないでしょう?」
「なるほど。そうしておけば、誰の目にもお前が「竜騎士団の誰か」に映るというわけか」
「そう。些細なことかもしれないけど、そういうのって案外効くと思うのよね。それでほんの少しでもみんなの士気が上がるのなら、やらない手はないわ」
皇都の民や各騎士団の士気を上げることと同時に、異邦人と見られることでいつぞやのように嫌疑をかけられてしまう事態を避ける意図も彼女にはあるのだろう、と、エスティニアンは考えていた。
あの時とは違い今は大きな作戦が目前に迫っているのだから、間違えても彼女をそんな馬鹿げたことで失うわけにはいかない。
「でも、これは……」
冒険者はドラケンメイルに手を伸ばしながら口ごもる。
「どうした?」
首を傾げるエスティニアンに冒険者はちらりと視線を送ると、両手でドラケンメイルを自らの頭上まで掲げて言った。
「なんで女性用はお腹が見えちゃうデザインなんだろう? って、貰った時からずっと思ってるのよ」
「ああ、なるほど。確かに、それもわからんな」
「それで性能に差があるわけじゃないけど、お臍まで見えたりするのはちょっと、ね」
冒険者がそう言い苦笑をしながらドラケンメイルの武具投影作業を始める姿を見守っていたエスティニアンが、不意にぽつりと呟く。
「臍……か」
次いで彼の口角が露骨に上がったことに、作業を続ける冒険者は気付かなかった。
一方その頃。
神殿騎士団本部からフォルタン伯爵邸へと戻ったオルシュファンは、エドモン・ド・フォルタン伯爵から預けられたメンテナンス済みの竜騎士鎧を抱えて、二人の蒼の竜騎士が武具投影作業と雑談に興じている客間へと向かっていた。
「話には聞いていたが、竜騎士の鎧というものは驚くべき軽さだな……」
自らの纏うホーバージョンと比較をしてその違いを肌で感じさせられたオルシュファンは、廊下を歩きながら誰に言うともなく感想を口にしていた。
「……しかし、あのエスティニアン殿の身ぐるみを剥ぐとは、父上も強引なことをなさる。その場に居合わせてみたかったものだ」
呟いた後にその時の様子を想像したオルシュファンは、自らが不在であったことを心底悔やんだ。
キャンプ・ドラゴンヘッドに在籍する配下の騎兵たちの中に、槍術士は居ても竜騎士は居ない。
竜騎士の、しかもその頂点に君臨する蒼の竜騎士の、極限にまで鍛え上げられた筋肉の美しさは、果たしていかほどのものだったのか。
「……いや! 悔やむのは早計ではないか! エスティニアン殿の鎧は今、ここにあるのだからな!」
逃した機会が別の形で目の前にもあったのだと思い至ったオルシュファンは歓喜のあまりに両の拳を握ってしまい、危うくその手にある鎧を落としそうになって冷や汗をかく。
と同時に、父なりの労い方をもってしてエスティニアンを支えてくれたことに対して、感謝の念が湧き上がった。
父が伯爵という立場であったからこそ蒼の竜騎士であるエスティニアンとて断りきれず、また、強引ではあったがそうしたからこそ、激務の続く彼にほんの少しとはいえ、息抜きの時間を設けてもらうことができたからだ。
その父のように自らも、これから本格的に展開するであろう改革の先鋒に立たされることとなる彼らを支えられる存在でありたい。
そう決意を新たにしたオルシュファンの長耳に、女の悲鳴が飛び込んできた。
屋敷の中で悲鳴が上がるとは何事か?
女性の使用人がネズミとでも遭遇したか?
立ち止まり、あれこれと考えながらオルシュファンが聴覚に神経を集中させると、またもや悲鳴が聞こえてくる。それには
「お願い!」「やめて!」「嫌!」
という、具体的な内容も含まれていた。
「これは……人に向けて言っているのか?」
オルシュファンは更に自問をし、次に、想定できる事柄を脳裏に並べる。
ひとつは、使用人同士のトラブルだ。
そしてもうひとつの可能性は。
「──まさかエスティニアン殿が、我が友に何か?」
オルシュファンが逸る気持ちを懸命に抑えつつ足早に駆けつけた悲鳴の発生源は、二人の蒼の竜騎士が通されている筈の客間だった。
「そんな、馬鹿な……」
愕然としながら扉越しに中の様子を伺うと、今度は懇願をする声が聞こえてくる。
「お願いだから、そのことは忘れて……」
それは残念ながら、オルシュファンが聞き間違えるはずなど決して無い、友の声だった。
「ククク……臍だけでなく、ああも大胆に腰や太腿までを見せつけられて、それを忘れる事ができる男など居るものか」
「ああ、もう……いや……」
何が嫌なのかは分からないが、友が何かを嫌がっていることは確かだ。
何が室内で起きているのかは分からないが、原因がエスティニアンであることも、彼が戦場帰りで鎧を外し、極めて開放された姿で室内に居ることも、残念ながら確かだ。
そしてたった今、そのエスティニアンが口走った内容は、臍だの腰だの太腿だの、どう考えても破廉恥な……。
──ええい、ままよ!
「オルシュファンだ! 失礼するぞ、ご両人!!」
大声で呼び掛け、室内からの返答を待たずに扉を開けたオルシュファンが見た光景は。
「ああオルシュファン卿、貴方だったのか。鎧をわざわざ運んできてくれたとは、ありがたい」
ソファに腰掛けたままオルシュファンを見上げ、鎧の件で礼を口にしたガウン姿のエスティニアンと、自らのドラケンメイルを抱きながら床に突っ伏して小刻みに震えている友の姿だった。
「友よ、一体どうしたというのだ?」
扉の前で思い描いてしまっていた最悪の事態からは程遠いとだけは理解できたものの、友が立て続けに悲鳴を上げる程に嫌がっていたものが何なのかは把握ができず、オルシュファンが床に突っ伏したままの冒険者に向けて問いかけると、彼女はようやく顔を上げ、オルシュファンに向けて言った。
「そうだ、オルシュファン。この件は貴方が諸悪の根源とも言えるんだわ」
「……む?」
事態が把握できないどころか、濡れ衣としか思えない言葉を浴びせられたオルシュファンは、困惑の表情となり友の話の続きを待った。
「私が師匠の下で竜騎士の修行をしている時に、エスティニアンから呼び出されたのよ。その時、装備についての相談を貴方にしたことは覚えている?」
持参したドラケンアーマーをエスティニアンに手渡したオルシュファンは、額に指を当てて友との記憶を手繰る。
「それは確か、お前がモードゥナを活動の拠点とし始めた頃……か?」
「そう。ゼーメル要塞に高性能の装備が保管されているが放棄されてしまっている。それを利用してはどうか、って教えてくれたじゃない? で、調達をしに行ったのだけど、いざテンプラーホーバージョンを見つけたら、同行してくれたタンクさんが欲しいと言ったから譲らざるを得なくて」
「ふむ……。確かに、その方が正しい判断ではあるな」
「で、他の装備も見つけたから持ち帰らせて貰ったんだけど、それが……」
そこまでで口ごもってしまった冒険者をオルシュファンは暫し見守り、しかしこれでは埒があかぬかとエスティニアンを見遣ると、受け取ったドラケンアーマーの仕上がり具合を確認していた彼はオルシュファンの視線に気付き、その肩を竦めた。
「……代わりに俺が説明をするか?」
「いい! 私から言うわ!」
意地悪く笑いながら助言を申し出たエスティニアンに向かって冒険者は何かを振り払うように首を横に振ると、覚悟を決めた表情となり言った。
「手に入れたコロセウムガレルースとコロセウムサブリガが、耐熱装備なのかと思うほどのデザインで! でもそれに代わる性能のものは手に入れられなくて! 結局それを装備してエスティニアンと逢う羽目になったのよ!」
冒険者は騒動の真相を一気にぶち撒け、羞恥心で頬を紅潮させ肩で息をしながら、彼女の言うところの諸悪の根源であるオルシュファンを見上げた。
「……なんと! 手に入れられたのならば、何故報告に来なかったのだ!? あの素晴らしい装備を纏って試練に赴くお前を激励しようと、私はその時を心待ちにしていたのだぞ!」
オルシュファンはそれまでの心配げな表情を一変させるとそう力説をし、そして深々と、心底残念そうにため息を吐いた。
「やっぱり、どんなものなのか知っていたのね。貴方は絶対にそう言うと思ったから、報告には行けなかったのよ。あんな姿を見せる相手は、最低限に抑えたかったの……」
「あんな姿などと言うものではないだろう! 躍動する筋肉やほとばしる汗を余すことなく愛でることができる、あれは唯一無二の、至高の戦装束だぞ!! ……最低限に抑えたということは、エスティニアン殿だけが、その勇姿を拝めたと?」
「いや、師匠と俺の二人だな」
「二人じゃないわよ。あの後、ブルスモンとウスティエヌにも見られたわ」
もうどうにでもなれ、と言わんばかりの声音で、冒険者は特に必要性の無い補足を二人の間に差し込む。
「なるほど、竜騎士団の重鎮と精鋭が……。その眼福の栄に預かった数少ないうちの一人になるとは、何たる幸運か! それは一生の宝となりましょうぞ、エスティニアン殿!」
そのオルシュファンの勢いにはエスティニアンもさすがに戸惑いを隠せない様子で、苦笑をし肩を竦めながら応じた。
「まあ目の保養だったのは確かだが、それよりもあの時は、こいつは正気なのかと疑った方が大きかったな。果たしてこんな奴に試練を受けさせて良いものなのかと」
「正気って……それをエスティニアンからだけは言われたくないわ」
「チッ……。俺の方は準備が整ったからな。お前はとっとと残りの投影作業を済ませてしまえ」
冒険者から上目遣いで抗議の視線とともに痛恨の一言を返されてしまったエスティニアンは軽く舌打ちをすると、転位行動のように自らのドラケンアーマーを確認する作業を再開した。
「しかし投影する様子を目の当たりにしてもなお、武具投影の出来映えには驚かされるものだな。こうして二人に並んで立たれても、全く同じ装備にしか思えないぞ」
フォルタン伯爵邸の玄関前でオルシュファンは、神殿騎士団本部へと向かう二人の蒼の竜騎士を前にして感心した面持ちで言った。
「厳密に言うと、ここは違うけどもね」
冒険者が苦笑をしながら、投影した女性用のドラケンメイルによって露出をした自らの腹部を指し示すと、オルシュファンとエスティニアンは揃って苦笑をする。
「武具投影の条件は、投影する側の装備が映す先と同じレベルか、それ以下のレベルであることなのだな。ならば」
「しないわよ!」
冒険者は鋭い口調でオルシュファンの話を中断させ、腕を組むと彼を見上げた。
「どうせ「今度はコロセウム装備を投影してくれないか」って言うつもりだったんでしょう?」
「む……。何故分かったのだ?」
「そんなの、貴方のことを知る人なら誰にだって分かるわ」
そう言いながらクスクスと笑う冒険者につられて、玄関前で警備をするフォルタン家の騎兵と門衛までもが堪えきれず微かに笑い、それを認めたオルシュファンは照れ隠しにその頭を掻く。
「おい、そろそろ行くぞ」
「そうね。じゃ、行ってきます!」
エスティニアンに急かされ、冒険者はオルシュファンに向けて片手を上げ軽く挨拶をすると、既に数歩先を歩んでいるエスティニアンを追って駆け出した。
~ 完 ~
初出/2018年2月19日 pixiv&Privatter
『第27回FF14光の戦士NLお題企画』の『ミラプリ』参加作品
いかに寄宿をさせてもらっている邸宅とはいえ、暁の仲間たちや自らに貸与された部屋と、時おり招かれるフォルタン家の夕食で通されるダイニングルームへの道筋以外は未だ不案内で、使用人の先導が無くては目的地へと辿り着くことができない。
彼女にとってこの邸宅は異世界であり、妖異の出現こそ無いもののダンジョンとほぼ同等の位置付けなのだ。
このような場で鍛え上げられた使用人ならば、冒険者に転身してダンジョンの探索で一旗を揚げることも可能なのではないか。
──などと客人に思われているなど、当の使用人は微塵も考えが及んでいないであろう。
「こちらでございます。お通しするよう仰せつかっておりますので、どうぞ、中へ」
ようやくたどり着いた目的地の前で向き直り、恭しく立礼をし扉を開けた使用人に対して冒険者は謝意を述べると客間へと入った。
しかし足を踏み入れた室内にエスティニアンの姿は無く、奥にある扉の先からは水音が微かに聞こえてくる。
冒険者の使っている客間と同様、この客間にもバスルームが設けられているようだ。
エスティニアンの帰路はエーテライトを利用したものであろうから、あの御仁のこと、旅の疲れなどはほぼ無いと考えていいだろう。
が、彼が単独で竜の巣の監視を続けていた、雲海のモーグリ達にモンステリエと呼ばれていた場所には、風雨を凌げる状態の遺構こそあったものの、その周囲に身を清めることのできるような環境は無かったはずだ。そもそも宿敵との睨み合いをしている最中に、その目の前で彼が武装を解くなどという事態はあり得ない。
そんな現場から戻ったエスティニアンはスカイスチール機工房を覗いたその足で、おそらくは汚れ放題なままフォルタン伯爵邸を訪れたのだろう。……あの御仁のことであるのだから。
そのような戦場帰りの客人をいつ何時でも暖かく迎え、遇することのできる部屋を用意しているあたりは、建国十二騎士を祖とする四大名家ならではの家風であり、騎士道のひとつなのであろう、と、冒険者は改めて思い知らされた。
キャンプ・ドラゴンヘッドの応接室が雪の家として自分たちへ即座に提供されたことも、当時は「本家」の許可なくオルシュファンの裁量でやってしまって問題がないものなのだろうかと驚き心配をしたのだが、その本家の姿勢を肌で感じられることとなった今では、あれが当然の展開だったのだと納得をすることができる。
とはいえ。
待ち人の元に駆けつけたはずの冒険者は、思いがけず待たされる立場となってしまった。
「……暇ができちゃったな」
そう呟きながら改めて室内を見回すと、幸いにして槍の素振りが出来るであろうほどの広さがある。
ここならば、後ほど自室でするつもりだった作業ができる、と思い直した冒険者は、万が一の事態に備えてバスルームの扉に背を向けると床に座り、抱えていた荷を解いた。
程なくして彼女の目の前には、二揃えの竜騎士鎧が並ぶ。
片方はイシュガルド伝統のドラケンアーマー。もう片方は、主にチタンを素材として仕立て上げられたものだ。
次いで荷から出されたのは、彼女の片手に乗る程度の大きさの小袋だった。
彼女の足元で無造作に逆さにされたその小袋からは四角錐状の結晶体が六つ床に転がり出て、豪奢なシャンデリアからの光を受けたそれぞれが七色の輝きを放つ。
宝飾職人が見れば思う存分カッティングを施したくなる衝動に駆られるであろう美しい結晶体はミラージュプリズムと呼ばれ、武具投影の触媒として冒険者たちの間に広く流通しているものだった。
その結晶体には投影魔法が封じられており、同じ部位の装身具ならば、多少の制約はあるが、任意の対象に任意の意匠を投影することができるのだ。
冒険者は床からミラージュプリズムを一つ摘まみ上げ、次いで手繰り寄せたドラケンアーメットに一つの面をそっと触れさせた。
冒険者の手にあるミラージュプリズムはそれまでとは違った輝きを放ち、暫しの後その現象は収束をする。
そうしてドラケンアーメットの意匠を取り込んだ状態となったミラージュプリズムを同じ要領でもう一方の竜騎士兜に触れさせると、今度は途端にその形を失い霧状となって兜を包み込む。
その霧が晴れると、彼女の前にはドラケンアーメットが二頭並ぶ形となった。
「よし……っと」
ミラージュプリズムに封じられた投影魔法を信じないわけではないのだが、無事に目的を達成することができると安堵をするのは人の性というもので、そのご多分に漏れず彼女は満足気な表情となり、ホッと一息をつく。
その直後にエスティニアンがバスルームから出た気配がした為、冒険者は座ったまま上半身のみで軽く振り向くと扉の先に向けて声を掛けた。
「メイドさんに案内をされたから、お邪魔してるわよ、エスティニアン」
「ああ、お前だったのか。わかった」
扉越しの短い返事から察するにエスティニアンは、アルフィノと自分のどちらかが戻ったら部屋に通すよう使用人に依頼をしていたのだろう。
そう冒険者が考えた矢先に扉が開かれた。
明らかに早すぎる展開を受けて冒険者は、扉に背を向けておいて正解だったと密かに胸を撫で下ろす。
「念のため聞くけど、裸じゃないわよね?」
「当たり前だろう……とはいえ、鎧は全て伯爵に剥かれてしまってアンダーシャツだが」
「伯爵に剥かれた!?」
冒険者は驚きのあまり振り向いてしまい、アンダーウェア姿のエスティニアンをその目に焼き付ける事態に陥ってしまった。
彼が頭から胸にかけてバスタオルを被っていたために甚大な被害こそ免れはしたが、それでも咄嗟に言葉を紡ぐまでの余裕は無く、冒険者は静かに背を向け直すと盛大にため息を吐いた。
「……噂には聴いていたけど、それをアンダーシャツと言い張るエレゼンの文化がわからないわ」
「フッ、これについては、俺もわからんな」
エスティニアンは冒険者の背後で薄く笑って応え、両手でタオル越しに濡れた頭髪をかき回しながら身を屈めると、冒険者の前に並べられた防具の山を覗き込んだ。
「ところで何故アーメットが二つもあるんだ?」
冒険者は光の戦士ではあるが、同時に嫁入り前の娘でもある。
いかに仲間同士とはいえ、半裸に近い姿の異性に突然間合いを詰められたとあっては、さしもの神殺しもたまったものではない。
「そっ……それについては説明するから! クローゼットにガウンか何かがあるんじゃない? そのままじゃ風邪をひくわよ」
「イシュガルド人はこの程度で風邪などひかんさ。心配するな」
「ああ! もう!!」
突然大声を上げて頭を抱えた冒険者の挙動はエスティニアンには完全に予想外のものだったようで、彼は反射的に半歩後ずさると怪訝な表情となって彼女の様子を伺う。
「……遠回しに言った私が馬鹿だったわ」
「何がだ?」
未だ首を傾げるエスティニアンに向かい、冒険者は深呼吸をすると一気に言い放った。
「その姿だと目のやり場に困るから何か羽織って欲しいのよ!」
「……で? そのアーメットは何なんだ? 竜騎士団から同じ装備が複数支給されるなど有り得んはずだが」
ガウンを羽織ることで冒険者が言うところの正視に耐えうる姿となったエスティニアンは、ソファに腰掛けると腕と脚を組みながら、先刻の疑問を再び冒険者に投げ掛けた。
「エスティニアンの目にも同じものが二つと映ったのなら上出来ね。これは武具投影を施した結果なの」
「武具投影?」
「説明するより実際に見た方が早いでしょうね。これを……」
冒険者はそう言いながらドラケンガントレットを手に取り、それにミラージュプリズムを押し当てて意匠を取り込むと、チタン・スレイヤーミトンガントレットにその意匠を投影させた。
「ほう、不思議なものだな」
ミラージュプリズムの霧が晴れ、もうひとつのドラケンガントレットが現れるのを目の当たりにしたエスティニアンは、その目を見張ると感嘆の声を上げた。
「……こうやって、新しい装備にドラケンアーマーの見た目を映していたの。竜の巣へ突入をするにあたって、必勝を期すために可能な限り高性能な装備を用意したのだけど、これをこのまま装備したら、皇都の人たちには蒼の竜騎士殿が得体の知れない槍術士と行動を共にしているとしか見えないでしょう?」
「なるほど。そうしておけば、誰の目にもお前が「竜騎士団の誰か」に映るというわけか」
「そう。些細なことかもしれないけど、そういうのって案外効くと思うのよね。それでほんの少しでもみんなの士気が上がるのなら、やらない手はないわ」
皇都の民や各騎士団の士気を上げることと同時に、異邦人と見られることでいつぞやのように嫌疑をかけられてしまう事態を避ける意図も彼女にはあるのだろう、と、エスティニアンは考えていた。
あの時とは違い今は大きな作戦が目前に迫っているのだから、間違えても彼女をそんな馬鹿げたことで失うわけにはいかない。
「でも、これは……」
冒険者はドラケンメイルに手を伸ばしながら口ごもる。
「どうした?」
首を傾げるエスティニアンに冒険者はちらりと視線を送ると、両手でドラケンメイルを自らの頭上まで掲げて言った。
「なんで女性用はお腹が見えちゃうデザインなんだろう? って、貰った時からずっと思ってるのよ」
「ああ、なるほど。確かに、それもわからんな」
「それで性能に差があるわけじゃないけど、お臍まで見えたりするのはちょっと、ね」
冒険者がそう言い苦笑をしながらドラケンメイルの武具投影作業を始める姿を見守っていたエスティニアンが、不意にぽつりと呟く。
「臍……か」
次いで彼の口角が露骨に上がったことに、作業を続ける冒険者は気付かなかった。
一方その頃。
神殿騎士団本部からフォルタン伯爵邸へと戻ったオルシュファンは、エドモン・ド・フォルタン伯爵から預けられたメンテナンス済みの竜騎士鎧を抱えて、二人の蒼の竜騎士が武具投影作業と雑談に興じている客間へと向かっていた。
「話には聞いていたが、竜騎士の鎧というものは驚くべき軽さだな……」
自らの纏うホーバージョンと比較をしてその違いを肌で感じさせられたオルシュファンは、廊下を歩きながら誰に言うともなく感想を口にしていた。
「……しかし、あのエスティニアン殿の身ぐるみを剥ぐとは、父上も強引なことをなさる。その場に居合わせてみたかったものだ」
呟いた後にその時の様子を想像したオルシュファンは、自らが不在であったことを心底悔やんだ。
キャンプ・ドラゴンヘッドに在籍する配下の騎兵たちの中に、槍術士は居ても竜騎士は居ない。
竜騎士の、しかもその頂点に君臨する蒼の竜騎士の、極限にまで鍛え上げられた筋肉の美しさは、果たしていかほどのものだったのか。
「……いや! 悔やむのは早計ではないか! エスティニアン殿の鎧は今、ここにあるのだからな!」
逃した機会が別の形で目の前にもあったのだと思い至ったオルシュファンは歓喜のあまりに両の拳を握ってしまい、危うくその手にある鎧を落としそうになって冷や汗をかく。
と同時に、父なりの労い方をもってしてエスティニアンを支えてくれたことに対して、感謝の念が湧き上がった。
父が伯爵という立場であったからこそ蒼の竜騎士であるエスティニアンとて断りきれず、また、強引ではあったがそうしたからこそ、激務の続く彼にほんの少しとはいえ、息抜きの時間を設けてもらうことができたからだ。
その父のように自らも、これから本格的に展開するであろう改革の先鋒に立たされることとなる彼らを支えられる存在でありたい。
そう決意を新たにしたオルシュファンの長耳に、女の悲鳴が飛び込んできた。
屋敷の中で悲鳴が上がるとは何事か?
女性の使用人がネズミとでも遭遇したか?
立ち止まり、あれこれと考えながらオルシュファンが聴覚に神経を集中させると、またもや悲鳴が聞こえてくる。それには
「お願い!」「やめて!」「嫌!」
という、具体的な内容も含まれていた。
「これは……人に向けて言っているのか?」
オルシュファンは更に自問をし、次に、想定できる事柄を脳裏に並べる。
ひとつは、使用人同士のトラブルだ。
そしてもうひとつの可能性は。
「──まさかエスティニアン殿が、我が友に何か?」
オルシュファンが逸る気持ちを懸命に抑えつつ足早に駆けつけた悲鳴の発生源は、二人の蒼の竜騎士が通されている筈の客間だった。
「そんな、馬鹿な……」
愕然としながら扉越しに中の様子を伺うと、今度は懇願をする声が聞こえてくる。
「お願いだから、そのことは忘れて……」
それは残念ながら、オルシュファンが聞き間違えるはずなど決して無い、友の声だった。
「ククク……臍だけでなく、ああも大胆に腰や太腿までを見せつけられて、それを忘れる事ができる男など居るものか」
「ああ、もう……いや……」
何が嫌なのかは分からないが、友が何かを嫌がっていることは確かだ。
何が室内で起きているのかは分からないが、原因がエスティニアンであることも、彼が戦場帰りで鎧を外し、極めて開放された姿で室内に居ることも、残念ながら確かだ。
そしてたった今、そのエスティニアンが口走った内容は、臍だの腰だの太腿だの、どう考えても破廉恥な……。
──ええい、ままよ!
「オルシュファンだ! 失礼するぞ、ご両人!!」
大声で呼び掛け、室内からの返答を待たずに扉を開けたオルシュファンが見た光景は。
「ああオルシュファン卿、貴方だったのか。鎧をわざわざ運んできてくれたとは、ありがたい」
ソファに腰掛けたままオルシュファンを見上げ、鎧の件で礼を口にしたガウン姿のエスティニアンと、自らのドラケンメイルを抱きながら床に突っ伏して小刻みに震えている友の姿だった。
「友よ、一体どうしたというのだ?」
扉の前で思い描いてしまっていた最悪の事態からは程遠いとだけは理解できたものの、友が立て続けに悲鳴を上げる程に嫌がっていたものが何なのかは把握ができず、オルシュファンが床に突っ伏したままの冒険者に向けて問いかけると、彼女はようやく顔を上げ、オルシュファンに向けて言った。
「そうだ、オルシュファン。この件は貴方が諸悪の根源とも言えるんだわ」
「……む?」
事態が把握できないどころか、濡れ衣としか思えない言葉を浴びせられたオルシュファンは、困惑の表情となり友の話の続きを待った。
「私が師匠の下で竜騎士の修行をしている時に、エスティニアンから呼び出されたのよ。その時、装備についての相談を貴方にしたことは覚えている?」
持参したドラケンアーマーをエスティニアンに手渡したオルシュファンは、額に指を当てて友との記憶を手繰る。
「それは確か、お前がモードゥナを活動の拠点とし始めた頃……か?」
「そう。ゼーメル要塞に高性能の装備が保管されているが放棄されてしまっている。それを利用してはどうか、って教えてくれたじゃない? で、調達をしに行ったのだけど、いざテンプラーホーバージョンを見つけたら、同行してくれたタンクさんが欲しいと言ったから譲らざるを得なくて」
「ふむ……。確かに、その方が正しい判断ではあるな」
「で、他の装備も見つけたから持ち帰らせて貰ったんだけど、それが……」
そこまでで口ごもってしまった冒険者をオルシュファンは暫し見守り、しかしこれでは埒があかぬかとエスティニアンを見遣ると、受け取ったドラケンアーマーの仕上がり具合を確認していた彼はオルシュファンの視線に気付き、その肩を竦めた。
「……代わりに俺が説明をするか?」
「いい! 私から言うわ!」
意地悪く笑いながら助言を申し出たエスティニアンに向かって冒険者は何かを振り払うように首を横に振ると、覚悟を決めた表情となり言った。
「手に入れたコロセウムガレルースとコロセウムサブリガが、耐熱装備なのかと思うほどのデザインで! でもそれに代わる性能のものは手に入れられなくて! 結局それを装備してエスティニアンと逢う羽目になったのよ!」
冒険者は騒動の真相を一気にぶち撒け、羞恥心で頬を紅潮させ肩で息をしながら、彼女の言うところの諸悪の根源であるオルシュファンを見上げた。
「……なんと! 手に入れられたのならば、何故報告に来なかったのだ!? あの素晴らしい装備を纏って試練に赴くお前を激励しようと、私はその時を心待ちにしていたのだぞ!」
オルシュファンはそれまでの心配げな表情を一変させるとそう力説をし、そして深々と、心底残念そうにため息を吐いた。
「やっぱり、どんなものなのか知っていたのね。貴方は絶対にそう言うと思ったから、報告には行けなかったのよ。あんな姿を見せる相手は、最低限に抑えたかったの……」
「あんな姿などと言うものではないだろう! 躍動する筋肉やほとばしる汗を余すことなく愛でることができる、あれは唯一無二の、至高の戦装束だぞ!! ……最低限に抑えたということは、エスティニアン殿だけが、その勇姿を拝めたと?」
「いや、師匠と俺の二人だな」
「二人じゃないわよ。あの後、ブルスモンとウスティエヌにも見られたわ」
もうどうにでもなれ、と言わんばかりの声音で、冒険者は特に必要性の無い補足を二人の間に差し込む。
「なるほど、竜騎士団の重鎮と精鋭が……。その眼福の栄に預かった数少ないうちの一人になるとは、何たる幸運か! それは一生の宝となりましょうぞ、エスティニアン殿!」
そのオルシュファンの勢いにはエスティニアンもさすがに戸惑いを隠せない様子で、苦笑をし肩を竦めながら応じた。
「まあ目の保養だったのは確かだが、それよりもあの時は、こいつは正気なのかと疑った方が大きかったな。果たしてこんな奴に試練を受けさせて良いものなのかと」
「正気って……それをエスティニアンからだけは言われたくないわ」
「チッ……。俺の方は準備が整ったからな。お前はとっとと残りの投影作業を済ませてしまえ」
冒険者から上目遣いで抗議の視線とともに痛恨の一言を返されてしまったエスティニアンは軽く舌打ちをすると、転位行動のように自らのドラケンアーマーを確認する作業を再開した。
「しかし投影する様子を目の当たりにしてもなお、武具投影の出来映えには驚かされるものだな。こうして二人に並んで立たれても、全く同じ装備にしか思えないぞ」
フォルタン伯爵邸の玄関前でオルシュファンは、神殿騎士団本部へと向かう二人の蒼の竜騎士を前にして感心した面持ちで言った。
「厳密に言うと、ここは違うけどもね」
冒険者が苦笑をしながら、投影した女性用のドラケンメイルによって露出をした自らの腹部を指し示すと、オルシュファンとエスティニアンは揃って苦笑をする。
「武具投影の条件は、投影する側の装備が映す先と同じレベルか、それ以下のレベルであることなのだな。ならば」
「しないわよ!」
冒険者は鋭い口調でオルシュファンの話を中断させ、腕を組むと彼を見上げた。
「どうせ「今度はコロセウム装備を投影してくれないか」って言うつもりだったんでしょう?」
「む……。何故分かったのだ?」
「そんなの、貴方のことを知る人なら誰にだって分かるわ」
そう言いながらクスクスと笑う冒険者につられて、玄関前で警備をするフォルタン家の騎兵と門衛までもが堪えきれず微かに笑い、それを認めたオルシュファンは照れ隠しにその頭を掻く。
「おい、そろそろ行くぞ」
「そうね。じゃ、行ってきます!」
エスティニアンに急かされ、冒険者はオルシュファンに向けて片手を上げ軽く挨拶をすると、既に数歩先を歩んでいるエスティニアンを追って駆け出した。
~ 完 ~
初出/2018年2月19日 pixiv&Privatter
『第27回FF14光の戦士NLお題企画』の『ミラプリ』参加作品
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