ハイデリンの使徒
時は更に流れ、アゼムの姿は戦いの只中にあった。
ゾディアークとハイデリン。
創られた二柱の神と、その信徒たちとで二分された世界の中でなお、染まらぬ者として純白のローブをその身に纏って大地から神々を見上げ、戦いの行く末を見守っていた。
エメトセルクは今、どのあたりに居るのだろうか。
ヒュトロダエウスの魂は、私の姿を捉えているだろうか。
ふと親友たちのことを想ったアゼムの肌が、周囲の風から尋常でない気配を察知した。
輝きを発する細かな粒が肌に当たっては天へと舞い上がり、次々と絡め取られてゆく。
まるで砂嵐の中に放り込まれたかのような感覚の中で、アゼムは確信をした。
ハイデリンによって、この星にある全ての光の属性が一点に集められているのだ、と。
──いよいよ、その時が来る。
「お前、何故そんなところで見物を決め込んでいる!?」
光の嵐の中で神々の戦いを見守っていたアゼムの頭の中に、突如、懐かしい声での絶叫が舞い込む。
「空間を切り裂いて次元の狭間へ退避しろ! お前ならばその程度、たやすいだろう!!」
アゼムが驚き見上げた先には、必死の形相で呼びかけてくるエメトセルクの姿があった。
ゾディアークの信徒として闇の属性を纏い立ち回っているエメトセルクの身には、この一帯……いや、世界中から吹き寄せて来ている光の嵐から受ける苦痛は、想像を絶するもののはずだ。
そんな中でもなお自身が案じられていることにアゼムは、感謝と謝罪とがない交ぜとなった悲壮な笑顔を浮かべながらその場に立ち尽くす。
「ありがとう。そして、ごめん。私の長い旅は、ここから始まるんだ……」
見上げながら呟いたその言葉は、果たしてエメトセルクに届いただろうか。
直後、限界まで呼びかけてくれていたのであろう親友の叫びは、プツリと途絶えた。
それと同時に強大な魔力の気配も消えたことで、エメトセルクが次元の狭間へと退避したことを悟ったアゼムは胸を撫で下ろす。
いつしかアゼムの周囲には光の嵐の他に、雄叫びとも慟哭とも受け取れる音が、数多の懐かしい響きを内包させながら沸き立っていた。
「ハイデリンの使徒に、私の記憶が焼き付いていないのは幸いだった。そして、あの者が冒険を概ね楽しんでいる姿を垣間見ることができたのは、私にとって救いだった」
そのアゼムの呟きを耳にできる者は、もはや地上のどこにもおらず。
天と地の間にある巨大な光の塊がゾディアークに向けて一気に力を放出するべく、然るべき形へと変貌をし始める。
ほどなくして光の塊は、アゼムの見慣れた形となった。
それは、幾度となく師と手合わせをした際に用いられた、光輝く剣だった。
そして光が巨大な剣の形を成したことで明瞭となった視界の先には、アゼムが初めて目にする、それでいて懐かしく、暖かくも厳しくもある眼差しの持ち主が顕れた。
「これが、ハイデリン」
アゼムはフードと仮面を外し、両の瞳で直接その姿を捉えた。
暫しの間、神と人としてではなく、師弟としての視線が交錯する。
巨大な光の剣の向こう側に微笑みが浮かべられ、それを瞳に焼き付けたアゼムが微笑みを返し、そして互いに頷き合う。
既に言葉を交わせる状況ではなかったが、言葉を使わずとも、師弟はそれだけで互いに全てを理解することができていた。
アゼムは懐から唯一無二の意匠が施された赤い仮面を取り出すと頭上に掲げ、そして手放した。
アゼムの仮面は光の嵐の中でひとひらの赤い花びらの如くに舞い上げられ、師弟の間を結ぶ形で滞空を続ける。
「あの島のブドウで作ったワインを、三人で飲みたかったな……」
呟きがこぼれた直後、空で赤い仮面が砕け散る。
それが、アゼムが見た最後の光景となった。
~ 完 ~
初出/2022年3月18日 pixiv
ゾディアークとハイデリン。
創られた二柱の神と、その信徒たちとで二分された世界の中でなお、染まらぬ者として純白のローブをその身に纏って大地から神々を見上げ、戦いの行く末を見守っていた。
エメトセルクは今、どのあたりに居るのだろうか。
ヒュトロダエウスの魂は、私の姿を捉えているだろうか。
ふと親友たちのことを想ったアゼムの肌が、周囲の風から尋常でない気配を察知した。
輝きを発する細かな粒が肌に当たっては天へと舞い上がり、次々と絡め取られてゆく。
まるで砂嵐の中に放り込まれたかのような感覚の中で、アゼムは確信をした。
ハイデリンによって、この星にある全ての光の属性が一点に集められているのだ、と。
──いよいよ、その時が来る。
「お前、何故そんなところで見物を決め込んでいる!?」
光の嵐の中で神々の戦いを見守っていたアゼムの頭の中に、突如、懐かしい声での絶叫が舞い込む。
「空間を切り裂いて次元の狭間へ退避しろ! お前ならばその程度、たやすいだろう!!」
アゼムが驚き見上げた先には、必死の形相で呼びかけてくるエメトセルクの姿があった。
ゾディアークの信徒として闇の属性を纏い立ち回っているエメトセルクの身には、この一帯……いや、世界中から吹き寄せて来ている光の嵐から受ける苦痛は、想像を絶するもののはずだ。
そんな中でもなお自身が案じられていることにアゼムは、感謝と謝罪とがない交ぜとなった悲壮な笑顔を浮かべながらその場に立ち尽くす。
「ありがとう。そして、ごめん。私の長い旅は、ここから始まるんだ……」
見上げながら呟いたその言葉は、果たしてエメトセルクに届いただろうか。
直後、限界まで呼びかけてくれていたのであろう親友の叫びは、プツリと途絶えた。
それと同時に強大な魔力の気配も消えたことで、エメトセルクが次元の狭間へと退避したことを悟ったアゼムは胸を撫で下ろす。
いつしかアゼムの周囲には光の嵐の他に、雄叫びとも慟哭とも受け取れる音が、数多の懐かしい響きを内包させながら沸き立っていた。
「ハイデリンの使徒に、私の記憶が焼き付いていないのは幸いだった。そして、あの者が冒険を概ね楽しんでいる姿を垣間見ることができたのは、私にとって救いだった」
そのアゼムの呟きを耳にできる者は、もはや地上のどこにもおらず。
天と地の間にある巨大な光の塊がゾディアークに向けて一気に力を放出するべく、然るべき形へと変貌をし始める。
ほどなくして光の塊は、アゼムの見慣れた形となった。
それは、幾度となく師と手合わせをした際に用いられた、光輝く剣だった。
そして光が巨大な剣の形を成したことで明瞭となった視界の先には、アゼムが初めて目にする、それでいて懐かしく、暖かくも厳しくもある眼差しの持ち主が顕れた。
「これが、ハイデリン」
アゼムはフードと仮面を外し、両の瞳で直接その姿を捉えた。
暫しの間、神と人としてではなく、師弟としての視線が交錯する。
巨大な光の剣の向こう側に微笑みが浮かべられ、それを瞳に焼き付けたアゼムが微笑みを返し、そして互いに頷き合う。
既に言葉を交わせる状況ではなかったが、言葉を使わずとも、師弟はそれだけで互いに全てを理解することができていた。
アゼムは懐から唯一無二の意匠が施された赤い仮面を取り出すと頭上に掲げ、そして手放した。
アゼムの仮面は光の嵐の中でひとひらの赤い花びらの如くに舞い上げられ、師弟の間を結ぶ形で滞空を続ける。
「あの島のブドウで作ったワインを、三人で飲みたかったな……」
呟きがこぼれた直後、空で赤い仮面が砕け散る。
それが、アゼムが見た最後の光景となった。
~ 完 ~
初出/2022年3月18日 pixiv