ハイデリンの使徒

 アゼムは一人、丘の上から眼下に広がる美しい世界を見渡していた。
 ゾディアークの力で災厄は退けられ、その後更に捧げられた同胞の命を糧として、災厄で荒廃した大地には再び命が巡り始めている。
 しかし、この美しい世界は、またいずれ……。

「こちらにおられましたか。かつて、並みいる方々をして糸の切れた凧のような者だと言わしめたあなたを捜し出すことは、やはり容易ではなかった」

 背後から掛けられた声にアゼムが振り向くと、そこには漆黒のローブを纏った人物が佇んでいた。
「あなたも、疑問を抱いておられるのでしょう? 幾度となく同胞の命をゾディアークに捧げることでしか維持することの叶わない、この仮初めの世界を見て……」
 語りかけながらアゼムの隣まで歩を進めた来訪者は丘の下にある景色へと視線を送り、アゼムも再びそちらを見遣った。
「あなたは、ヴェーネス様のご指示で私を探していたのですか?」
 アゼムからの質問に訪問者は仮面の下で驚きの表情を見せると、首を横に振った。
「いえ。ヴェーネス様が考えておられる構想への賛同者の数は、未だ十分とは言えない。そこに、ヴェーネス様からアゼムの座を託されたあなたがお力添えを下されば、これほど頼もしいことはないと……。そう考えての、これは私の独断行動です」
「やはり、そうでしたか」
 口許に柔らかな笑みを浮かべながら、アゼムは話を続けた。

「私を探し出し、あなた自身の想いを伝えて下さった心意気に報いるために、お答えしましょう。ヴェーネス様のお考えは仔細にわたって存じ上げています。それに私は異を唱えはしません。ですが、お支えすることは一切致しません。今、申し上げられることは、それだけです」

 驚き、言葉を失った来訪者に向けて、アゼムは再び微笑みを見せる。
 そして次の瞬間、アゼムは転送魔法を発動させると、来訪者に引き留める暇を与えず忽然と姿を消した。
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