ハイデリンの使徒

 ──終末の災厄が発生しなければ、自らは十四人委員会の一員として務めに邁進していれば良い。

 そんなアゼムの希望的観測は、旅先で小さな異変を目の当たりにしたことで打ち砕かれてしまった。
 アゼムがその情報をアーモロートへと持ち帰ったことにより十四人委員会は直ちに対応策の検討を始めたのだが、そうしている中で異変は誰の目にも明らかな災厄へと変貌し、星の全域へと及んでしまう。
 そして十四人委員会は、星の意思を創造することで災厄を鎮めるのだという決定を下した。

 ──ゾディアークという名を、できることならば聞きたくはなかった。

 議決を終えた席でアゼムは、机の上で握り締めた自らの両の拳を見つめる。
 アゼムの視界に納まる拳の像が涙で揺らいでいることに周囲の十三人が気付くことは、ついぞ無かった。

「十四人委員会を抜ける……だと? アゼム、お前は自分が何を言っているか分かっているのか?」

 予期せぬ展開に全員が驚き言葉を失っている中で声を上げたのは、エメトセルクだった。
 そう来ると、思っていた。
 アゼムの表情は仮面の下でこの上なく悲痛なものとなっていたが、その心境を外から窺い知ることのできる術は、口許の歪みのみだった。

「……理由は?」
「私は、皆のように特定の分野に抜きん出た才を持ってはいない。そしてこの究極の……ゾディアークの召喚と運用が目指すものは、綻びた星の理を正すという一点のみであり、そこに一片の迷いもあってはならない。そう決定がなされた以上、ここに私の居場所は無い」

 アゼムは即答をしてから仮面を外す。
 素顔で見据えたエメトセルクから、反論を寄こしてくる気配は伺えない。 
 どうやら彼には、この理由で納得をして貰えたようだ……と、アゼムは安堵をした。

 今、皆に宣言をした内容に、嘘偽りは無い。 
 しかし、もうひとつ理由があることを、エメトセルクに決して悟られてはならない。

 未来のエメトセルクが創造する、十四人委員会の記憶のクリスタル。
 垣間見た未来の世界では、転生したファダニエルの魂を持つ者が記憶のクリスタルからオリジナルの記憶を与えられたことで、破滅の道を突き進んでいったのだ。
 ゆえに、転生をしたアゼムの魂を持つ者……ハイデリンの使徒に、アゼムの……私の記憶を引き継がせてはならない。
 未来のエメトセルクが創るクリスタルにアゼムの記憶を封じ込めさせないために、この先ずっと、アゼムの座を空席のまま保たなければならない。

「では、これからお前は星のために何をする? 贄に名乗りを上げるつもりか?」
 これ以上は無いという程に仮面の内側で眉根を寄せているであろう状態で絞り出されたエメトセルクの問いに、アゼムは寂しそうに笑いながら首を横に振ると直後にアゼムの仮面を頭上へと掲げながら魔力を行使する。
 眩い光に包まれ、暫しの後に皆の前に現れたのは、染まらぬ者を体現した白いローブ姿のアゼムだった。

「私は私で別の手段を模索して、この災厄に抗いたいんだ。策は多いに越したことはないだろう? だから私は旅に出る。長い、長い旅になると思うけれどね……」

 そうしてアゼムは、カピトル議事堂を後にした。
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