ハイデリンの使徒

 エルピスでの調査を終えてアーモロートへと戻ったアゼムは、カピトル議事堂の資料室に籠もりきりとなり、そこで得ることのできる使い魔についてと関連する全ての情報を手中に収めた。
 次いでエルピスと繋がりのある学術機関に出入りをしては同様に情報を拾い集めて回り、その巡行が一通り終わる頃には、アーモロート中で噂が立つほどとなってしまっていた。
 糸の切れた凧のような者が首都に留まり続けているとは、奇妙なこともあるものだ、と。

「真面目に仕事をしているだけなのに、奇妙だと言われてしまうのは心外だよねぇ」

 自室からアーモロートの日常を眺め、苦笑をしながらアゼムは独りごちる。
 現時点で調べられることは、余さず拾い集めた。
 その全ての情報を精査した結果、アゼムが掴んだ真実は、信じられない、信じたくもないものだった。
 遠くない将来、この美しい世界の全てが災厄によって失われてしまう、という……。

 先般ファダニエルの座に就任をしたヘルメスが、エルピスの所長時代にメーティオンなる星外探査機構を創造していた。
 ファダニエルの就任前、彼を訪ねてエルピスへと赴いたエメトセルクとヒュトロダエウスは、ヘルメスの案内でヒュペルボレア造物院にある記憶改変機構・カイロスを見学する。
 その際にヘルメスが随行させていた一体のメーティオンが暴走し、星外探査を進行中であった他個体を含めて全てが消滅をするという事故が発生。
 ヒュペルボレア造物院内で空間を跨ぐ形で起きてしまった事故だったことによりカイロスが影響を受けて誤作動をし、院内に居た三名は数日間の記憶を失ってしまった。

 これが、十四人委員会に報告されていた内容だ。
 しかしアゼムはエルピス中をくまなく探索し、関係各所の資料を閲覧することで、この報告の裏側にある真実を拾い集めた。

 ヒュペルボレア造物院内で繰り広げられていたのは施設の見学などではなく、災厄の元凶と化したメーティオンを伴ってそこへと逃げ込んだヘルメスを追い、エメトセルクとヒュトロダエウス、そしてアゼムの師であるヴェーネスと、件の使い魔が共闘して対応にあたっていた、というものだった。
 メーティオンは消滅などしておらず、ヘルメスの指示で逃走を始めた個体にヴェーネスが辛うじて追跡の魔法を打ち込みはしたものの、宇宙の果てへと逃がしてしまった。
 エメトセルクとヒュトロダエウスはヴェーネスと使い魔を院外へと逃がすことに尽力し、それは間一髪で成功したが、カイロスの作用でそれまでの一切の記憶を消されている。

 これが、現時点までで起こってしまった真実だ。
 そして拾い集めた情報は、これだけでは終わらない。

 メーティオンの成れの果てが放つ災厄がアーテリスを襲い、この美しい世界の営み全てが失われてしまう。
 混乱が続く中で十四人委員会は終末の災厄からアーテリスを護るためにゾディアークという星の意思を創り出して災厄を退けることには成功するが、それは問題を先送りしたに過ぎず、災厄の元凶を根絶するには至らない。
 その後、我々の持ち得る能力では終末の災厄に対抗し根絶させることはできないのだという結論を導き出したヴェーネスがハイデリンというもうひとつの星の意思を創り出し、その核となる。
 そしてハイデリンは、こうすれば人々がいずれは終末の災厄に抗い根絶させることのできる能力をその身に宿すことができるのだと信じ、ゾディアークもろともアーテリスを十四に分割する……。

 これは、アゼムの使い魔と名乗らされた存在が各所に残していった場の記憶から視ることのできた、これから起きるとされる出来事だ。
 使い魔はヴェーネスとの邂逅を果たしたことで、その身に付与されていた護りの術式を読み解かれ、その正体は確かなものとなっている。
 使い魔……あの者は、ハイデリンとなったヴェーネスから加護を与えられ、分割された未来の世界から何らかの手段で時空を遡りこの時代を訪れた、ハイデリンの使徒と呼ぶべき存在なのだ。

「ヴェーネス様は全てを把握なさった上でハイデリンの使徒に様々な助言をして元の世界へと送り出し、その後の活動をなさっている。未だ私に何も情報を下さらないのは、使徒との別れ際に仰っていた通り……というわけか」

 この事件を、ヘルメスが在籍している十四人委員会に持ち込むべきではないとヴェーネスは決断した。
 つまり自らがアゼムの座にある限り、ヴェーネスから事件の全容を知らされることは無いのだ。
 そして、アゼムならば自ずと事件の全容を把握するだろう、と。

「ええ。貴女のご期待通りに私は動けていると……思って、いますよ」

 ヴェーネスは……師は、ハイデリンの使徒についてを、どの程度把握できたのだろうか。
 あの者の過去の記憶を、我々にとってはこれから起こり得る未来を、垣間見たりはしたのだろうか。

 エルピス各所の場のエーテルに刻まれたハイデリンの使徒の記憶は、アゼムにとってどれもが鮮烈で。
 特にエメトセルクとヒュトロダエウスに関する記憶が、アゼムには明確に視えていた。
 ハイデリンの使徒が懐に忍ばせていたクリスタルの存在に気付いた時から、まるで呼び水を注がれたかのように記憶が引き出され、より明確となってしまったのだ。
 エメトセルクの手により、アゼムが編み出した魔法の術式が封じられたクリスタル。
 それをハイデリンの使徒が入手した経緯は……。

「ゾディアークの信徒としてエメトセルクがハイデリンの使徒と対峙をし、討滅後にヒュトロダエウスの幻影からクリスタルが託されている。エメトセルクの試練に打ち克つことで未来の二人に認められていたんだ。私の……アゼムの術を託すべき者なのだと、あの者は……」

 ハイデリンの使徒の記憶にあるゾディアークの召喚に、アゼムは関わっていない。
 同様に、ハイデリンの召喚にも関わってはいなかった。
 ヒュトロダエウスは魂の色が薄いけれど似ている、と評していた。 

「そう……どちらにも、与してはいけないんだ、私は……。そして、薄くて似ているのは、当然なんだよ、ヒュトロダエウス。だって、あの者と私は……」

 涙は滂沱として続く言葉を押し流し、室内を静寂で満たしてゆく。
 溢れ続ける涙を受け止めるのは、アゼム自らの肌の他には、身に着けた漆黒のローブと部屋の床という物体だけだった。

「私に託されたものを投げ出すなよ……か」

 アゼムは、ヒュペルボレア造物院から脱出をする直前のハイデリンの使徒に向けてエメトセルクが投げかけていた言葉を口にする。
 エメトセルクのことだ。
 ハイデリンの使徒と行動を共にしている中で、使徒の懐にあるクリスタルの出自は余すところなく把握していたはずだ。
 ハイデリンの使徒が持つアゼムのクリスタルは、未来の自らが創造したものである、と。
 その上で、それまでに得た未来に関する記憶が直後に失われてしまうことを覚悟したあの瞬間にエメトセルクが放った一言は。
 目の前に居るハイデリンの使徒だけでなく、そこに居ない親友にも必ず届くと信じて発せられたものなのだろう。

「ああ、しかと受け取ったよ、エメトセルク、ヒュトロダエウス。君たちが命がけで託してくれた情報なんだ。投げ出したりなど、決してするものか……」

 涙を湛えたままアゼムは夜空を見上げ、今の親友たちの心には届けることの叶わない決意を静かに呟いた。
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