ハイデリンの使徒
久方振りに戻ることとなったアーモロートは変わらずに美しく、天をも貫かんとそびえる摩天楼が整然と並び立つことで、その威容を誇っている。
暫しの間その景観を見上げて両の瞳へと直接映し取っていた人物は、ゆっくり目を伏せると深呼吸をし、それまで胸元に下げられていた唯一無二の意匠が施された赤い仮面で顔の上半分を覆うと、更に両の手を首の後ろに回して漆黒に染められたローブのフードを被った。
「キミの知るべき今が、何故だかワタシの耳に続々と入ってくるんだよ……か」
仮面の下で楽し気に動いた唇が、記憶から取り出した言の葉を薫風に乗せる。
彼から時折舞い込む連絡の内容が短く曖昧な表現なのは、いつものことだ。
つまり、続きを詳しく知りたければ、聞くために戻ってこい、と。
仕事の都合上アーモロートに縛り付けられがちな親友の、それがささやかな娯楽の中の一つなのだろう。
彼とは真逆に世界中を飛び回ることを務めとする身の上には、帰着のきっかけを作るちょうど良い理由となったりもしている。
この間はこちらのわがままを通してもらったのだから、次はこちらが聞く番か。
もっとも、それは話の内容次第ではあるのだが……。
そのように考えながら歩を進め、街の雑踏に紛れ込む。
ローブの後ろ姿は瞬く間に周囲のそれと混同し、首都の日常に溶け込んでいった。
「やあやあ、待ちかねていたよ。おかえり、アゼム」
「お久しぶり。相変わらず忙しそうだね、ヒュトロダエウス」
アゼムは創造物管理局に入るなり最高責任者に目ざとく見つけられ、まずは互いに再会を喜びあった。
「これでようやく、皆の要望に応えられるようになるのかな。まぁ、ともかくワタシの執務室にご案内だ」
「……皆の要望?」
首を傾げるアゼムを何ら気にすることもなくヒュトロダエウスは局長室に向けて歩み出し、その一部始終を目の当たりにした職員たちは、それぞれの持ち場で仮面の下の表情を綻ばせる。
忙しくも穏やかな時が、そこには流れていた。
「このところエルピスからのイデア登録申請や問い合わせが、やたらと活発になっていてね。ワタシを始め、職員たち皆で、キミが戻ってきてくれることを心待ちにしていたんだよ」
仮面を外し、近況をまとめて手短に語ったヒュトロダエウスは、茶をアゼムにすすめながら自らも一口味わった。
「それが「知るべき今」ってやつ? エルピスでの研究は多岐に亘っているだろうけど、各分野の専門家が創造をしてるんだ。私の出る幕はあまり無いんじゃないかな?」
「えっ?」
途端に目を丸くし、心底驚いた表情で疑問符を口にしたヒュトロダエウスを見て、彼に続き仮面を外そうとしていたアゼムの手が止まる。
「私、驚かれるような返事はしてないよ?」
問い終えてから外した仮面をアゼムは胸元に落ち着かせると、ヒュトロダエウスを見ながら首を傾げた。
「となると、キミは申請前のイデアを自由に行動させて実験データを集めている最中? それともあれは、キミの名を騙らせるように仕込んだ、他の誰かのイデア? 後者だとすると、厄介だね」
「いや、待ってヒュトロダエウス。そもそも、何のことだか全く分からない」
アゼムらしからぬ焦り方で返事を投げ返されたヒュトロダエウスは、それまでたたえていた飄々とした表情を一瞬でこわばらせた。
「エルピスに、キミの使い魔だと名乗る存在が現れているんだ。ほぼ全域の職員が目撃や接触をしていて、その問い合わせがワタシのところに来ている。時々は新規のイデア登録申請と併せてね」
「私の、使い魔?」
首を傾げるアゼムを見て、ヒュトロダエウスも同様に首を傾げる。
「……その様子だと、後者と判断しなくてはならないのかな。未登録のイデアにアゼムの名を騙らせるだけでなく野放図に世に放つとは、随分な命知らずがいるってことになるよね」
「問い合わせの内容ってのは、その使い魔とやらの捕獲依頼? それとも討滅しろとか?」
「いやいや、それがそうじゃないんだよ」
アゼムの問いを両方とも否定したヒュトロダエウスは、茶を口にしてから一度、深呼吸をした。
「アゼムの使い魔のイデアは登録されたのだろうか? まだならば登録され次第活用したいので届けが来たら知らせてほしい……というのが、問い合わせの内容さ」
「へぇ……。正体不明の割に評判がいいんだ?」
途端に興味が首をもたげたらしく瞳を輝かせ、軽く身を乗り出してきたアゼムを見て、ヒュトロダエウスは思わず笑いをこぼす。
「フフッ。キミなら、そうくると思ったよ。ご推察の通り、その使い魔は何故だかとても評判がいいんだ。エルピス中を走り回って何かを調べていたらしいんだけど、接触された職員が仕事を頼むと、ことごとく見事にこなしてくれたんだって。それで、キミの使い魔なら早くイデアを登録してよって言おうと思ったんだけど、違うとなると事情が変わってしまうね」
「皆の役に立っているとはいえ、私の与り知らぬところでアゼムの名が独り歩きをしているのは、十四人委員会としても私個人としても、さすがに看過できないよ」
その言葉とは裏腹に楽し気な表情を浮かべながら、アゼムは茶で喉を潤す。
「確かにね。面白い話ではあるけど、キミの言質が取れたことで事件になっちゃったからなぁ……。それじゃ、仕事として改めての確認だ。その使い魔はアゼムが創造したものではなく、従ってアゼムから登録されることはない。創造物管理局からの回答は、今後この形でしておくよ」
「うん、それでよろしく」
アゼムが短く応じ、残る茶を飲み干してカップを皿へと戻した途端、ヒュトロダエウスはそれまでの真摯な態度を気さくな友人のそれへと切り替えた。
「ところで、久々の再会を祝して、今夜は一緒に食事をしよう。エメトセルクも誘ってさ!」
「いいねぇ。また、私が知らないお店を紹介してほしいな」
「そこはワタシにお任せあれ」
「私は先にこっちに来ちゃったから、今からカピトル議事堂へ行ってくるよ。この時間ならエメトセルクは多分捕まえられるだろうから、そっちは任せておいて」
夜の予定を瞬く間に決めた二人は立ち上がると、どちらともなくその場でクスクスと笑い合う。
「仕事が終わったら、いつも通りにマカレンサス広場で。それじゃ、また!」
もう一人の友人が苦笑をしながらも誘いに応じてくる姿を二人は脳裏に思い描きながら、それぞれの職務へと戻っていった。
親友たちとのささやかな時間を満喫したアゼムの姿は、その翌日、エルピスの玄関口であるプロピュライオンにあった。
「ようこそエルピスへ、アゼム様」
アゼムはアーモロートから転移を果たした途端に案内人から挨拶をされ、会釈で応じてから訪問の意図を告げた。
「今回は、こちらで調べたいことがあって伺いました」
「ああ、もしかして使い魔のことで?」
「貴方もご存知なのですか!?」
──エルピス内の研究者のみならず、転移施設の案内人までもが使い魔を知っているとは。
案内人の前で驚いてしまったアゼムは、見開いた目を仮面が隠してくれていることに心底安堵をし、まずはこの場で情報を拾わねばと思い直す。
「ええ。私は使い魔から「貴方はここで何をしているのか?」と問われたことがありまして、一通りの説明をしてやりました。ここから他へと向かいたければ、主人とともに来なさい、とも。全てを素直に聞き入れていましたので、さすがはアゼム様の創造物、素晴らしい適応能力が備わっているものだと感銘を受けましたよ」
「なるほど、そうでしたか」
現時点で世間に周知されている「エルピスに出没する使い魔がアゼムの創造物である」という点について、この場では否定も肯定もせずに調査を進めた方が良さそうだ。
案内人に短く応じながら今後の方針を固めたアゼムは、それを悟られぬように話を繋ぐ。
「貴方を困らせるような事態にはならなかったようで安心しました。使い魔の件で今後、何か気になることが起きましたら、その時は私にお知らせ下さい」
そう応じたアゼムは案内人と別れ、まずは施設内の場のエーテルから使い魔の情報を得るべく、壁に向かいながら過去視を始めた。
程なくしてアゼムの脳裏に過去視で浮かんだ情景の中には、エルピスへと繋がる扉の前で床へと視線を送りながら何やら話をしているヒュトロダエウスとエメトセルクの姿があった。
面倒くさがるエメトセルクにヒュトロダエウスが「お願い」をし、エメトセルクが魔力を行使した直後、二人の前に奇妙な装束を纏った人物がひとり現れる。
その者に対してヒュトロダエウスは「魂の色がアゼムとよく似ている」と口走り、更に、素性の知れないその者の監視を兼ねて同行しようと提案をした後、三人は揃ってエルピスへと向かって行った……。
──何なんだ、これは?
過去視を終えたアゼムは、壁に向かっておいて良かったと胸を撫で下ろした。
フードと仮面で顔の大部分が隠されているとはいえ、先ほど案内人の目の前で驚いてから間もないというのに、再び何かに驚いてしまった様子を周囲に悟られてしまうのは、十四人委員会の一員として何とも体裁がよろしくない。
しかし、今しがた視た過去の光景に驚きを禁じ得ないのも、無理からぬことではある。
ヒュトロダエウスとエメトセルクは、件の使い魔と思しき存在と直接、しかも積極的に関わっているではないか。
昨日の話ぶりでは二人共に、各方面から続々と舞い込んでくる使い魔の情報を把握はしている、という体であったというのに。
魂の色がアゼムとよく似ているというヒュトロダエウスの言を前提に観察をしてみれば、自らの奥底で使い魔の何かと同調をするかのような、奇妙な感覚があった。
それを指して彼は「魂の色」と表現しているのだろう。ならば、似ているという意見は妥当なものだと考えるべきか。
エメトセルクは魂の色について是非を口にしてはいなかったが、彼とも長い付き合いだ、その胸の内は手に取るように分かる。
使い魔にアゼムの名を騙らせた命知らずがヒュトロダエウスになってしまうこの状況は、まさか二人が結託をし、自分を標的にして遊んでいるということなのだろうか?
アゼムは無理矢理にそのような発想をしてはみたものの、それは一瞬で弾け飛ぶ。
ヒュトロダエウスと自らがエメトセルクをからかうのならばともかく、エメトセルクがそのようなことをしでかすなどあり得ない。
……否。
たとえ前者の組み合わせだったとしても、あり得ない。
創造物管理局の局長と十四人委員会に名を連ねる者が口裏を合わせて真実を隠蔽するなど、万に一つもあってはならない。
親友同士という枠内で完結させているのならば辛うじて悪ふざけに分類できるが、既にエルピスやアーモロートで不特定多数の人々が巻き込まれている。
昨日ヒュトロダエウスが執務室で言っていたように、これは事件なのだ。
だというのに、本質と真実を見抜くことに長けているはずの親友二人が、この件に関してのみは揃って齟齬をきたしている。
──予想していた以上に、ただならぬ事態なのではあるまいか。
そう思いながらアゼムは、エルピスに繋がる扉へと視線を送る。
この扉の先ではフードと仮面を外し、素顔を曝しながら調査をしなくてはならないのだ。
その状態で「今」を知らなければならない。
極力動揺は見せず、そして余さず問題を拾い集めて全てを精査する必要がある。
──私は、アゼムの座に就く者なのだから。
ゴクリ、と。
知らず飲み込んだ生唾の音が、喉から直接耳へと至り反響する。
覚悟を決めたアゼムはフードを外し、次いで外した仮面を胸元に落ち着かせると、眼前にある、重く厚い扉を開いた。
暫しの間その景観を見上げて両の瞳へと直接映し取っていた人物は、ゆっくり目を伏せると深呼吸をし、それまで胸元に下げられていた唯一無二の意匠が施された赤い仮面で顔の上半分を覆うと、更に両の手を首の後ろに回して漆黒に染められたローブのフードを被った。
「キミの知るべき今が、何故だかワタシの耳に続々と入ってくるんだよ……か」
仮面の下で楽し気に動いた唇が、記憶から取り出した言の葉を薫風に乗せる。
彼から時折舞い込む連絡の内容が短く曖昧な表現なのは、いつものことだ。
つまり、続きを詳しく知りたければ、聞くために戻ってこい、と。
仕事の都合上アーモロートに縛り付けられがちな親友の、それがささやかな娯楽の中の一つなのだろう。
彼とは真逆に世界中を飛び回ることを務めとする身の上には、帰着のきっかけを作るちょうど良い理由となったりもしている。
この間はこちらのわがままを通してもらったのだから、次はこちらが聞く番か。
もっとも、それは話の内容次第ではあるのだが……。
そのように考えながら歩を進め、街の雑踏に紛れ込む。
ローブの後ろ姿は瞬く間に周囲のそれと混同し、首都の日常に溶け込んでいった。
「やあやあ、待ちかねていたよ。おかえり、アゼム」
「お久しぶり。相変わらず忙しそうだね、ヒュトロダエウス」
アゼムは創造物管理局に入るなり最高責任者に目ざとく見つけられ、まずは互いに再会を喜びあった。
「これでようやく、皆の要望に応えられるようになるのかな。まぁ、ともかくワタシの執務室にご案内だ」
「……皆の要望?」
首を傾げるアゼムを何ら気にすることもなくヒュトロダエウスは局長室に向けて歩み出し、その一部始終を目の当たりにした職員たちは、それぞれの持ち場で仮面の下の表情を綻ばせる。
忙しくも穏やかな時が、そこには流れていた。
「このところエルピスからのイデア登録申請や問い合わせが、やたらと活発になっていてね。ワタシを始め、職員たち皆で、キミが戻ってきてくれることを心待ちにしていたんだよ」
仮面を外し、近況をまとめて手短に語ったヒュトロダエウスは、茶をアゼムにすすめながら自らも一口味わった。
「それが「知るべき今」ってやつ? エルピスでの研究は多岐に亘っているだろうけど、各分野の専門家が創造をしてるんだ。私の出る幕はあまり無いんじゃないかな?」
「えっ?」
途端に目を丸くし、心底驚いた表情で疑問符を口にしたヒュトロダエウスを見て、彼に続き仮面を外そうとしていたアゼムの手が止まる。
「私、驚かれるような返事はしてないよ?」
問い終えてから外した仮面をアゼムは胸元に落ち着かせると、ヒュトロダエウスを見ながら首を傾げた。
「となると、キミは申請前のイデアを自由に行動させて実験データを集めている最中? それともあれは、キミの名を騙らせるように仕込んだ、他の誰かのイデア? 後者だとすると、厄介だね」
「いや、待ってヒュトロダエウス。そもそも、何のことだか全く分からない」
アゼムらしからぬ焦り方で返事を投げ返されたヒュトロダエウスは、それまでたたえていた飄々とした表情を一瞬でこわばらせた。
「エルピスに、キミの使い魔だと名乗る存在が現れているんだ。ほぼ全域の職員が目撃や接触をしていて、その問い合わせがワタシのところに来ている。時々は新規のイデア登録申請と併せてね」
「私の、使い魔?」
首を傾げるアゼムを見て、ヒュトロダエウスも同様に首を傾げる。
「……その様子だと、後者と判断しなくてはならないのかな。未登録のイデアにアゼムの名を騙らせるだけでなく野放図に世に放つとは、随分な命知らずがいるってことになるよね」
「問い合わせの内容ってのは、その使い魔とやらの捕獲依頼? それとも討滅しろとか?」
「いやいや、それがそうじゃないんだよ」
アゼムの問いを両方とも否定したヒュトロダエウスは、茶を口にしてから一度、深呼吸をした。
「アゼムの使い魔のイデアは登録されたのだろうか? まだならば登録され次第活用したいので届けが来たら知らせてほしい……というのが、問い合わせの内容さ」
「へぇ……。正体不明の割に評判がいいんだ?」
途端に興味が首をもたげたらしく瞳を輝かせ、軽く身を乗り出してきたアゼムを見て、ヒュトロダエウスは思わず笑いをこぼす。
「フフッ。キミなら、そうくると思ったよ。ご推察の通り、その使い魔は何故だかとても評判がいいんだ。エルピス中を走り回って何かを調べていたらしいんだけど、接触された職員が仕事を頼むと、ことごとく見事にこなしてくれたんだって。それで、キミの使い魔なら早くイデアを登録してよって言おうと思ったんだけど、違うとなると事情が変わってしまうね」
「皆の役に立っているとはいえ、私の与り知らぬところでアゼムの名が独り歩きをしているのは、十四人委員会としても私個人としても、さすがに看過できないよ」
その言葉とは裏腹に楽し気な表情を浮かべながら、アゼムは茶で喉を潤す。
「確かにね。面白い話ではあるけど、キミの言質が取れたことで事件になっちゃったからなぁ……。それじゃ、仕事として改めての確認だ。その使い魔はアゼムが創造したものではなく、従ってアゼムから登録されることはない。創造物管理局からの回答は、今後この形でしておくよ」
「うん、それでよろしく」
アゼムが短く応じ、残る茶を飲み干してカップを皿へと戻した途端、ヒュトロダエウスはそれまでの真摯な態度を気さくな友人のそれへと切り替えた。
「ところで、久々の再会を祝して、今夜は一緒に食事をしよう。エメトセルクも誘ってさ!」
「いいねぇ。また、私が知らないお店を紹介してほしいな」
「そこはワタシにお任せあれ」
「私は先にこっちに来ちゃったから、今からカピトル議事堂へ行ってくるよ。この時間ならエメトセルクは多分捕まえられるだろうから、そっちは任せておいて」
夜の予定を瞬く間に決めた二人は立ち上がると、どちらともなくその場でクスクスと笑い合う。
「仕事が終わったら、いつも通りにマカレンサス広場で。それじゃ、また!」
もう一人の友人が苦笑をしながらも誘いに応じてくる姿を二人は脳裏に思い描きながら、それぞれの職務へと戻っていった。
親友たちとのささやかな時間を満喫したアゼムの姿は、その翌日、エルピスの玄関口であるプロピュライオンにあった。
「ようこそエルピスへ、アゼム様」
アゼムはアーモロートから転移を果たした途端に案内人から挨拶をされ、会釈で応じてから訪問の意図を告げた。
「今回は、こちらで調べたいことがあって伺いました」
「ああ、もしかして使い魔のことで?」
「貴方もご存知なのですか!?」
──エルピス内の研究者のみならず、転移施設の案内人までもが使い魔を知っているとは。
案内人の前で驚いてしまったアゼムは、見開いた目を仮面が隠してくれていることに心底安堵をし、まずはこの場で情報を拾わねばと思い直す。
「ええ。私は使い魔から「貴方はここで何をしているのか?」と問われたことがありまして、一通りの説明をしてやりました。ここから他へと向かいたければ、主人とともに来なさい、とも。全てを素直に聞き入れていましたので、さすがはアゼム様の創造物、素晴らしい適応能力が備わっているものだと感銘を受けましたよ」
「なるほど、そうでしたか」
現時点で世間に周知されている「エルピスに出没する使い魔がアゼムの創造物である」という点について、この場では否定も肯定もせずに調査を進めた方が良さそうだ。
案内人に短く応じながら今後の方針を固めたアゼムは、それを悟られぬように話を繋ぐ。
「貴方を困らせるような事態にはならなかったようで安心しました。使い魔の件で今後、何か気になることが起きましたら、その時は私にお知らせ下さい」
そう応じたアゼムは案内人と別れ、まずは施設内の場のエーテルから使い魔の情報を得るべく、壁に向かいながら過去視を始めた。
程なくしてアゼムの脳裏に過去視で浮かんだ情景の中には、エルピスへと繋がる扉の前で床へと視線を送りながら何やら話をしているヒュトロダエウスとエメトセルクの姿があった。
面倒くさがるエメトセルクにヒュトロダエウスが「お願い」をし、エメトセルクが魔力を行使した直後、二人の前に奇妙な装束を纏った人物がひとり現れる。
その者に対してヒュトロダエウスは「魂の色がアゼムとよく似ている」と口走り、更に、素性の知れないその者の監視を兼ねて同行しようと提案をした後、三人は揃ってエルピスへと向かって行った……。
──何なんだ、これは?
過去視を終えたアゼムは、壁に向かっておいて良かったと胸を撫で下ろした。
フードと仮面で顔の大部分が隠されているとはいえ、先ほど案内人の目の前で驚いてから間もないというのに、再び何かに驚いてしまった様子を周囲に悟られてしまうのは、十四人委員会の一員として何とも体裁がよろしくない。
しかし、今しがた視た過去の光景に驚きを禁じ得ないのも、無理からぬことではある。
ヒュトロダエウスとエメトセルクは、件の使い魔と思しき存在と直接、しかも積極的に関わっているではないか。
昨日の話ぶりでは二人共に、各方面から続々と舞い込んでくる使い魔の情報を把握はしている、という体であったというのに。
魂の色がアゼムとよく似ているというヒュトロダエウスの言を前提に観察をしてみれば、自らの奥底で使い魔の何かと同調をするかのような、奇妙な感覚があった。
それを指して彼は「魂の色」と表現しているのだろう。ならば、似ているという意見は妥当なものだと考えるべきか。
エメトセルクは魂の色について是非を口にしてはいなかったが、彼とも長い付き合いだ、その胸の内は手に取るように分かる。
使い魔にアゼムの名を騙らせた命知らずがヒュトロダエウスになってしまうこの状況は、まさか二人が結託をし、自分を標的にして遊んでいるということなのだろうか?
アゼムは無理矢理にそのような発想をしてはみたものの、それは一瞬で弾け飛ぶ。
ヒュトロダエウスと自らがエメトセルクをからかうのならばともかく、エメトセルクがそのようなことをしでかすなどあり得ない。
……否。
たとえ前者の組み合わせだったとしても、あり得ない。
創造物管理局の局長と十四人委員会に名を連ねる者が口裏を合わせて真実を隠蔽するなど、万に一つもあってはならない。
親友同士という枠内で完結させているのならば辛うじて悪ふざけに分類できるが、既にエルピスやアーモロートで不特定多数の人々が巻き込まれている。
昨日ヒュトロダエウスが執務室で言っていたように、これは事件なのだ。
だというのに、本質と真実を見抜くことに長けているはずの親友二人が、この件に関してのみは揃って齟齬をきたしている。
──予想していた以上に、ただならぬ事態なのではあるまいか。
そう思いながらアゼムは、エルピスに繋がる扉へと視線を送る。
この扉の先ではフードと仮面を外し、素顔を曝しながら調査をしなくてはならないのだ。
その状態で「今」を知らなければならない。
極力動揺は見せず、そして余さず問題を拾い集めて全てを精査する必要がある。
──私は、アゼムの座に就く者なのだから。
ゴクリ、と。
知らず飲み込んだ生唾の音が、喉から直接耳へと至り反響する。
覚悟を決めたアゼムはフードを外し、次いで外した仮面を胸元に落ち着かせると、眼前にある、重く厚い扉を開いた。
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