双竜の冒険
大イカの水揚げから八日後。
マトシャの試行錯誤による三人の奮闘を経て、大イカは大スルメへと変貌を遂げた。
「板に乗せて運んだ時はエレゼン族の男一人くらいの重さがあったが、今は12から13ポンズといったところか。随分と軽くなったものだ」
両手で大スルメを持ち上げたエスティニアンは加工前後の重量差についてを語ると、対面に立ち両手を掲げて待つ冒険者に重さを体感させるべく、彼女の手に大スルメを預けた。
「ざっくり計算して二十分の一に……。他は全部水分だったのね」
「運ぶ前に内臓を取り除いたから、全体はもう少し重かっただすな」
「それは確かに。……あっ、そういえば、あのあと内臓はどうしたの? 今の今まで忘れてしまっていたけれど」
マトシャの解説で話題に出されるまで、除去した内臓の存在を完全に失念していた冒険者は、申し訳なさそうに質問をした。
「ああ、あれなら心配いらないだす。アキャーリでは毎日、干物の加工で取り除いた内臓が出るから、それをまとめてデミールの遺烈郷に送ってるんだす。海が荒れてない日に限るけど、船が来て回収していくんだすよ。あのときはいつもの二十倍くらいになったから、すごく喜ばれたんだす」
「なるほど、そういう取り決めがあったのね。良かった!」
マトシャの言葉に冒険者は胸を撫で下ろし、それを聞いていたエスティニアンは途端に驚きの声を上げた。
「あいつら、あれを喜んだというのか。さすがというか何というか、人造妖異を造るだけのことはあるな」
「ほんと、そうよね」
エスティニアンの感想に同意をした冒険者は、堪えきれない様子でクスクスと笑う。
「こんな大きさのイカを扱うのはオラも初めてだっただすから、様子を見ながらの作業で時間はかかったけども、見た目の仕上がりはうまくいったと思うだす」
一周間をかけて達成した目の前の成果に、マトシャは満足感を含めた口調で感想を述べた。
マトシャにとっては、恩人である二人と思わぬ形で特別な時間を過ごせたことによる、得も言われぬ充足感もあったのだろう。
「あとは実際に食べてみて、味を確かめなきゃ」
「そうだな」
「じゃあ、試食の分を切り出したらオラの家に来て。先に戻って、竈に火を起こしておくだすよ」
マトシャは楽しげに言うと、足早に自宅へと向かってゆく。
その後ろ姿を見送った紅の竜騎士たちは、どこを切り取るべきかと短い相談を交わした結果、大スルメの胴体部分の端から、通常のスルメの胴体ほどの面積を切り分けた。
程なくしてマトシャ宅の厨房では、金網に乗せられ炭火で炙られる大スルメがパチパチという小さな音を立て始めた。
「竜に炙ってもらえればいいんだがな」
「ヴリトラでは大き過ぎるから、一瞬で炭になっちゃうわよね」
「えっ? 竜にイカを焼いてもらったことがあるんだすか?」
竈の前で紅の竜騎士たちが何気なしに放った雑談にマトシャは驚き、質問に真顔で頷く二人を見ると、その身に驚きを上乗せした。
「ああ。俺の祖国がある地域には、今もヴリトラの兄と姉が棲んでいてな。その二頭と、兄の側の眷属……子どもたちの何頭かと俺たちは、互いを見知った仲になっているのさ」
「そうだったんだすか。あんた方には、驚かされるばかりだす」
大スルメをトングで摘まみ上げて焼き具合を確認し、上下を返しながら二人の話を聞く形となった冒険者は、ちらりと二人の側に視線を送って微笑みを浮かべた。
「そのうちの一頭が、このくらいの大きさの子竜なんだが」
エスティニアンはマトシャの目の前に両手を掲げてオーン・カイの体格を説明し、話を続ける。
「そいつが吐く炎のブレスが、イカを炙るのにちょうど良い火加減なのさ」
「サベネア島でもヒトと竜との交流がイシュガルドみたいに活発になって、マトシャがヴリトラの眷属の子竜と親しくなれたりしたら、そのときは竜が炙った干物をアキャーリの名物にできるかもしれないわね」
冒険者はエスティニアンの話に便乗しながら、焼きあがった大スルメを皿に乗せて手早く三等分に切り分ける。
それを見届けてからマトシャが差し出したフォークがそれぞれの手に渡り、瞳を輝かせた三人は、ここに至るまで一周間あまりの工程を脳裏に蘇らせながら、焼きたての大スルメに齧りついた。
──しばしの静寂の後。
「えーっと。案外ふんわりした食感……だわね」
「これは……後味が少々苦い、か」
「なんていうか、その……。ふつうのイカの干物とは違う風味だす」
三人が三人とも、それぞれの苦労を知っているがゆえであろう。
皆は、極めて慎重に言葉を選んだ形で、大スルメの味についての第一印象を口にした。
~ 完 ~
初出/2022年10月14日 pixiv
マトシャの試行錯誤による三人の奮闘を経て、大イカは大スルメへと変貌を遂げた。
「板に乗せて運んだ時はエレゼン族の男一人くらいの重さがあったが、今は12から13ポンズといったところか。随分と軽くなったものだ」
両手で大スルメを持ち上げたエスティニアンは加工前後の重量差についてを語ると、対面に立ち両手を掲げて待つ冒険者に重さを体感させるべく、彼女の手に大スルメを預けた。
「ざっくり計算して二十分の一に……。他は全部水分だったのね」
「運ぶ前に内臓を取り除いたから、全体はもう少し重かっただすな」
「それは確かに。……あっ、そういえば、あのあと内臓はどうしたの? 今の今まで忘れてしまっていたけれど」
マトシャの解説で話題に出されるまで、除去した内臓の存在を完全に失念していた冒険者は、申し訳なさそうに質問をした。
「ああ、あれなら心配いらないだす。アキャーリでは毎日、干物の加工で取り除いた内臓が出るから、それをまとめてデミールの遺烈郷に送ってるんだす。海が荒れてない日に限るけど、船が来て回収していくんだすよ。あのときはいつもの二十倍くらいになったから、すごく喜ばれたんだす」
「なるほど、そういう取り決めがあったのね。良かった!」
マトシャの言葉に冒険者は胸を撫で下ろし、それを聞いていたエスティニアンは途端に驚きの声を上げた。
「あいつら、あれを喜んだというのか。さすがというか何というか、人造妖異を造るだけのことはあるな」
「ほんと、そうよね」
エスティニアンの感想に同意をした冒険者は、堪えきれない様子でクスクスと笑う。
「こんな大きさのイカを扱うのはオラも初めてだっただすから、様子を見ながらの作業で時間はかかったけども、見た目の仕上がりはうまくいったと思うだす」
一周間をかけて達成した目の前の成果に、マトシャは満足感を含めた口調で感想を述べた。
マトシャにとっては、恩人である二人と思わぬ形で特別な時間を過ごせたことによる、得も言われぬ充足感もあったのだろう。
「あとは実際に食べてみて、味を確かめなきゃ」
「そうだな」
「じゃあ、試食の分を切り出したらオラの家に来て。先に戻って、竈に火を起こしておくだすよ」
マトシャは楽しげに言うと、足早に自宅へと向かってゆく。
その後ろ姿を見送った紅の竜騎士たちは、どこを切り取るべきかと短い相談を交わした結果、大スルメの胴体部分の端から、通常のスルメの胴体ほどの面積を切り分けた。
程なくしてマトシャ宅の厨房では、金網に乗せられ炭火で炙られる大スルメがパチパチという小さな音を立て始めた。
「竜に炙ってもらえればいいんだがな」
「ヴリトラでは大き過ぎるから、一瞬で炭になっちゃうわよね」
「えっ? 竜にイカを焼いてもらったことがあるんだすか?」
竈の前で紅の竜騎士たちが何気なしに放った雑談にマトシャは驚き、質問に真顔で頷く二人を見ると、その身に驚きを上乗せした。
「ああ。俺の祖国がある地域には、今もヴリトラの兄と姉が棲んでいてな。その二頭と、兄の側の眷属……子どもたちの何頭かと俺たちは、互いを見知った仲になっているのさ」
「そうだったんだすか。あんた方には、驚かされるばかりだす」
大スルメをトングで摘まみ上げて焼き具合を確認し、上下を返しながら二人の話を聞く形となった冒険者は、ちらりと二人の側に視線を送って微笑みを浮かべた。
「そのうちの一頭が、このくらいの大きさの子竜なんだが」
エスティニアンはマトシャの目の前に両手を掲げてオーン・カイの体格を説明し、話を続ける。
「そいつが吐く炎のブレスが、イカを炙るのにちょうど良い火加減なのさ」
「サベネア島でもヒトと竜との交流がイシュガルドみたいに活発になって、マトシャがヴリトラの眷属の子竜と親しくなれたりしたら、そのときは竜が炙った干物をアキャーリの名物にできるかもしれないわね」
冒険者はエスティニアンの話に便乗しながら、焼きあがった大スルメを皿に乗せて手早く三等分に切り分ける。
それを見届けてからマトシャが差し出したフォークがそれぞれの手に渡り、瞳を輝かせた三人は、ここに至るまで一周間あまりの工程を脳裏に蘇らせながら、焼きたての大スルメに齧りついた。
──しばしの静寂の後。
「えーっと。案外ふんわりした食感……だわね」
「これは……後味が少々苦い、か」
「なんていうか、その……。ふつうのイカの干物とは違う風味だす」
三人が三人とも、それぞれの苦労を知っているがゆえであろう。
皆は、極めて慎重に言葉を選んだ形で、大スルメの味についての第一印象を口にした。
~ 完 ~
初出/2022年10月14日 pixiv