ピロートーク

「やはりお前はのやり方はめちゃくちゃだな。俺が先へ進む道を創ったときよりも、よほど博打じみているぞ」
 エスティニアンは苦笑をしながら起き上がってクローゼットへと向かい、サベネアンシルクで仕立てられたガウンを羽織ると、ベッドに残る冒険者に向けてもう一着を放り投げてからキッチンへと向かった。
「そこはお互い様じゃない? それに……」
 投げられたガウンを冒険者は平然と受け取り、袖を通しながら応じる。
「私たちの行動を博打と言うなら、古代人たちのそれには遠く及ばないわ。ハイデリンが世界を切り刻んだことの成果は、紆余曲折を経て一万二千年後に得られたんだから」
「フッ、それもそうか」
 水を満たした二つのグラスを持ちながら冒険者のもとへと戻ってきたエスティニアンは、薄く笑いながら片方を彼女へ差し出し、ベッドに腰掛けてから自らのグラスの水を一口含んだ。
「ありがとう」
 礼を述べてから水を口にした冒険者は、適度に冷やされた水が渇いた喉を潤してゆく心地よさを味わいながら様々な事柄に想いを馳せる。
 今、自らの手の中にある水というありふれたものを始めとして、この星にある全ては、古代人たちが愛し、育み、そして託してくれた、かくも美しく、かけがえのないものなのだ……と。

「あと、ハイデリンと比べたらつい最近のことになるけど、ヒュトロダエウスの幻影にアゼムのクリスタルを託したエメトセルクも大概だわ」
「ヒュトロダエウス?」
 エスティニアンは首を傾げながら問い、ベッドの上で彼女の側へと向き直って片膝を立てた。
「あっ。ヒュトロダエウスはレムナントの手前で色々と話をしてくれた、髪を結んでいた側の人よ」
「なるほど、あの時の優男か」
 納得の一言を口にしたエスティニアンを見て、冒険者は頷く。

「エメトセルクは第一世界の海の底に、かつて彼らが暮らしていた街を創造魔法で再現したの。街だけじゃなく、そこにいた人々も。メーティオンがウルティマ・トゥーレに竜星の光景を影法師とともに再現したような感じでね。私たちが最初にそこを訪れた時に……星へ還る前に直接クリスタルを渡してくれればいいものを、あの人、そうはせずヒュトロダエウスの幻影に託していたのよ」
「お前が海の底を再訪しなければ、あの切り札は手に入らなかったと?」
「ええ。あんな大切なものを海の底に放置するだなんて、何を考えていたのやら」
「それは確かに、酷い賭けだな。……いや、待てよ。あるいは」
「どうしたの?」
 続けるべき言葉を探すように考え込み始めたエスティニアンを見て、冒険者は首を傾げながらグラスの水を再び口にする。
「エメトセルクはゾディアークの召喚者なのだろう? ならばハイデリン側に属する、しかも虎の子であるお前に対しての行動には何らかの制限がその身に掛かっていたのかもしれん、と思ったのさ。例えるならば、ニーズヘッグの咆哮に逆らったファウネムが正気を失うほどの苦痛に苛まれたような感じのものがな」
「それってリヴィングウェイが言っていた、ゾディアーク級を創れば引っ張られる、ってやつ……。だとしたら、直接渡さなかったのではなく、渡せなかった?」
 静かに頷くエスティニアンの前で、冒険者は目を見開いた。

 アーモロートが再現されたテンペストは、ゾディアークが封印されている月からは一番距離を取ることのできる海の底で、更にあの時の第一世界は属性が光に偏っていた。
 今しがたエスティニアンから出された仮定を当てはめると、アーモロートはエメトセルクの根城として光を避けるための場であった他に、ゾディアークの視点では第一世界の強烈な光と、更に天脈と風脈と水脈というエーテルの層で幾重にも覆われた形の、相当にカモフラージュをされた場でもあったのだと考えることができる。
 その遠く隠された場にエメトセルクは、ゾディアーク陣営の最高機密であるアシエンの記憶を封じた十三個のクリスタルを落とし物という体裁で置き、更に幻影を仲介役に使うことで、アゼムとアシエンたちのクリスタルをハイデリン側へと引き渡す手段を用意していたのかもしれない。
 思い起こせば幻影のヒュトロダエウスは、あの時「持ち主だったエメトセルクは、もう使うことができない」と口にしていた。
 エメトセルクの死を把握していたあの幻影は、つまり……術者の死をもって発動する術式で編み出され、彼の死後に出現していた可能性すらもあるではないか。
 それならば、たとえゾディアークの呪縛が存在していたとて、その身が苦痛に苛まれることはないのだから……。

「そっか。そういう事情があったのかもしれないわね」

 ヒュペルボレア造物院の最奥で繰り広げられた二人の見事な連携を、幻影のアーモロートでも見せつけられていたのかもしれない。
 そしてアゼムならば……アゼムの魂を宿した者ならば、あの場に辿り着くと。
 そう確信されていた、ということなのか。

「……なんか、悔しい」
「どこがだ?」
「掌の上で踊らされていた感……じゃなくて、今頃になってその可能性に気付かされた感? スッキリはできたんだけど一方でごちゃごちゃしてもいて、すごく複雑な心境だわ」

 苦笑しながらの彼女の口ぶりは、その内容とは裏腹にどこか楽し気で。

「そのあたりは、腐れ縁の為せる業なのだろうな。彼らの友人だったアゼムは、話を聞く限りでは奔放が過ぎて掴みどころのない人物に思えるが、その実、どこを掴んでも大丈夫な奴だったのだろうよ」
「そんな気がするわ。結局アゼム本人には逢えずじまいだったけど、もしかしたら私が去った後にエルピスを訪れていて、あちらこちらから「あの使い魔は今どうしている?」とか訊ねられたりして……あっ!」
「どうした?」
 冒険者は話を中断して声を上げるなり片手で額を抱え、その片手で今度は両膝を抱えるとそこに顔を埋めて、そのまま小刻みに震え始めた。
「笑って……いるのか?」
 突然見せられることとなったその奇妙な行動にエスティニアンは首を傾げ、これは治まるまで待つしかないと今までの経験則から判断をして、グラスに残る水をちびりと口にした。

「ふう」
 ようやく笑いが治まったらしい冒険者は膝から顔を上げ、水を口にしてからエスティニアンに向き直った。
「あの時のヒュトロダエウスの機転が、結果的にはアゼム本人に繋がる糸口になっていたんだなと思って」
「それだけでは全くわからんぞ」
「でしょうね。順を追って説明するわ」
 肩を竦めながら応じた冒険者は、再び水を飲んでから語り始めた。

「エルピスで彼らと出逢ってすぐに、行く先々でお前は何者かと訊ねられたら「アゼムの使い魔だ」と言ってしまえばいいってヒュトロダエウスに提案されて、訊かれるたびにそう名乗っていたの。私が仕事を手伝った研究者の誰かがアゼムにその話をしたら、アゼムのことだもの、絶対にエルピス中を調べて回るでしょう?」
「……それは、そうだろうな」
 情報を拾い集めることを任務とする座にある者として、奇妙としか思えない事象を調べ上げることは、当然の展開だと言える。
 ましてや、創造した覚えのない「自らの使い魔」についての事柄なのだ。調べないわけにはいかないだろう。
「お使いで私が関わった研究者たちから直接話を聞くほかに、場のエーテルに刻まれた記憶を辿って見る手段の過去視を使って、私があちらこちらに残してきたことになる私自身の行動や記憶も視られていたのかもしれない、と思って。自分自身の魂の色を辿ればいいんだもの。アゼムには、さほど難しいことではなかったと思うわ。そうして、あの時の私が持ち込んだ全ての記憶と、ヴェーネスとエメトセルクとヒュトロダエウスとの行動の一部始終を。そしてメーティオンとのやり取りの全てを拾い集めたんじゃないかしら」

 カイロスの作用で冒険者との関わりを記憶から消されたのはヒュペルボレア造物院の中に居た者たちだけなのだから、外でそれぞれの職務に従事をしていた古代人たちはアゼムの使い魔の存在をしかと覚えている。
 そして冒険者がエルピスの各所を巡り、それぞれの場のエーテルに刻み付けてきた記憶も、当然のことながらカイロスの影響を受けてはいない。

「そのような展開はあったのかもしれんが、何故そこまでこだわる必要が?」
 首を傾げるエスティニアンの側に冒険者はにじり寄ると、話を続けた。
「私たちが手に入れている情報では、アゼムはゾディアーク召喚前に十四人委員会を離反していたの」
「昼に店で話をしていたやつか」
「そう。で、その後ハイデリンを創造する陣営に勧誘をされていたけど、そちらに同調してもいないのよ。自らの師匠が中心となっている組織であるにも関わらず……ね。手に入れられた情報はここまでで、どうしてアゼムは理由を告げずどちら側にもつかなかったのか、って、今の今まで疑問に思っていたんだけど、それには確固たる理由があったんだって、ようやくわかったわ」

 エスティニアンは冒険者が語った内容を今一度頭の中で組み立て直し、結論へと至って愕然となった。
「お前がエルピスでばら蒔いた情報を拾い集めたアゼムは、遠い未来で終末を退けるためには自らが分かたれてお前になる必要があるのだという判断をし、どちらにも与しなかった、と……」
 語り終えてもなお愕然とした表情のままでいるエスティニアンを冒険者は見つめて、静かに、深々と頷く。

「魂の色が似ているという理由があったにせよ、いかに彼らの友人だとはいえ、当代アゼムという要人の使い魔だと騙ってしまっていいのかと、ヒュトロダエウスに提案されたときはものすごく戸惑ったのよ。だって、どう考えても彼の悪戯心からの発想としか思えなかったから。まさかそれがアゼムの、今に繋がる行動の決定打になっていただなんて、あまりに離れ業過ぎていて、もう笑うしかないでしょう?」
「ククッ、確かに。そして、そんなとんでもない奴を相棒にしていたと思い知らされた俺も、笑うしかない」
「相棒になるきっかけを作ったのはニーズヘッグよね。私たちのことを、今はどう思っているのかしら?」
 そう言って冒険者は魔槍へと視線を送り、彼女からは一瞬遅れる形でエスティニアンも愛槍を見つめる。
 二人で魔槍を見つめながらニーズヘッグへ思いを馳せるという静かな時間は、エスティニアンが冒険者を抱き寄せることで終止符が打たれた。
「ひゃっ」
 突然の出来事に驚き、エスティニアンの胸元で奇妙な声を出してしまった冒険者に、頭上から容赦のない笑い声が浴びせられる。
「やはりお前は、俺には遠く及ばんな」
 笑いの隙間に一言を差し込んだエスティニアンは更に笑い続け、冒険者が困惑の表情を浮かべながら見上げてきたことでようやく笑いを治めると、笑顔のまま満足げに言った。

「決まっているだろう。我が使命の代行者たる栄誉を貴様らに授けようぞ、だ」

    ~ 完 ~

   初出/2022年3月8日 pixiv
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