竜騎士のお悩み相談

 冒険者はエスティニアンにエスコートされる形でラザハン中を文字通り縦横無尽に散策し、そして彼が滞在している宿へと招かれた。
 寝室やバスルームが複数存在する豪華な部屋はおそらく、暁の仲間がいつ訪ねてきてもエスティニアンが気軽に招くことができるように、というヴリトラの配慮で選ばれたのだろう。

「メーガドゥータ宮の内装を思い出しながらそれなりにイメージしてはいたけど、やっぱりというかなんというか、凄い部屋ね……。これなら、たとえルヴェユール家が家族ぐるみで訪ねてきても大丈夫だわ」
「だろう? この無駄に豪華な部屋が、これから俺に無理難題を押し付けるための前払いではと思えてしまってな」
「星を救った英雄を太守様の立場で遇するには、このくらいのことをしなくては格好がつかないのかもしれないから、そこまで警戒をする必要は無いんじゃないかしら。あとは、そうね……」
 冒険者は室内の調度品を眺めて回りながら、もうひとつの仮説を口にした。
「ヴリトラは長年、太守役を務めた一族と一番身近に接してきたのだから、ヒトの生活のイメージが王侯貴族側のものに傾いているのかもしれないわ。どちらにしても、他意は無いと思うの」
「ふむ……。ならばいいんだが」
 冒険者の意見を受けてもなお不安が拭えないのか、エスティニアンは腕を組みながら呟く。
「あるいは「兄さん」に深い縁があるヒトを遇することが嬉しくて、ちょっと箍が外れちゃったとか?」
「そんな馬鹿な」
 背にある魔槍を指差しながらクスクスと笑い始める冒険者を見たエスティニアンは、途端に呆れ顔となった。

「終末の現象を究明している最中は、可能な限りラザハンの地理を頭に叩き込むことを目的に歩き回っていただけ、って感じだったし。おかげ様で今日はようやく観光気分に、それも存分に浸れたわ」
 室内の検分を終えた冒険者は大きなソファに身を沈めながら笑顔で街歩きの感想を口にし、傍らに置かれたクッションを手に取ると、それを手持ち無沙汰な風情で抱きかかえた。
「それは何よりだ。俺も僅かばかりではあるが案内めいたことはできるようになったし、おかげで悩みの半分は解消できたと思うぞ」
 エスティニアンは茶を淹れるべく部屋の隅に設えられたキッチンで湯を沸かしながら応じ、冒険者の様子を見てその表情を微かに綻ばせる。
「えっ、どういうこと? まだ悩みの内容を聞いていないけど……」
 予想通りの反応を見てエスティニアンはくつくつと笑い、彼女のもとへと茶を運んで隣に腰を下ろした。
「今から説明をしよう」
 楽し気な笑みを浮かべたままエスティニアンは自らの茶を口にし、一息を吐いてから一転、深刻な表情となって話を続けた。

「お前が最初に訪ねてきた時に、住民たちがやたらと親しげに挨拶してくると言っただろう? あれこそが俺の悩みの種だったのさ。終末騒動で命を助けたことに対する礼の類ならば構わんのだが、中には、あわよくば俺の懐に入り込もうと目論む奴もいてな」
「懐に入り込む……って?」
 先ほどから引き続き首を傾げている冒険者を見たエスティニアンは、片手の親指と中指とをそれぞれ両のこめかみに当ててから頭を数回、横に振った。
「お前には縁のない世界だろうから考えが及ばんか。目論みを抱いて俺に近づいてきた奴というのはな。すなわち、娼婦だ」
 驚きで途端に目を丸くした冒険者を見ながらエスティニアンは茶をもう一口飲むと、カップをテーブルへと戻した。

「ここやクガネなど貿易の拠点となる地……つまり船乗りたちが長い航海の間で数日間の休息を取る街には娼婦が多く存在するんだ。船乗りだけを相手に商売をしていればよかろうに、何故だか俺を標的にする奴が次々と現れてしまったのさ」
「そうだったの……。太守様の客と懇意になれれば一生いい暮らしができる、とでも思われてしまったのかしら」
「さあな? 俺を出汁にして勝手に夢を思い描かれるなど、迷惑千万以外の何ものでもないんだが……。適当に断っていても埒があかんので堪りかねてヴリトラに相談を持ち掛けても、あいつの返答は「彼女らも大切なサベネアの子なのだから、どうか等しく接してやってほしい」の一点張りだ」
 エスティニアンは大きなため息を挟んでから話を続けた。

「所詮、ヒトと竜は違う……。そんなあいつの言葉を、別の意味で思い知らされるとはな。あいつが人前に出る必要がある時に子どもの人形を使っていたのも、ひょっとしたら過去に大人の人形を使って面倒なことになったのかもしれん。まあ、そんな邪推はともかくとして、この件に関してだけは、事態の円満解決をあいつに期待してはならんというのが俺の出した結論だ」

 ため息を放った際の途方に暮れた表情のままエスティニアンは苦悩の変遷を打ち明け、最後に肩を竦めて苦笑いをする。
「性別の概念が無いと、知識だけでは理解が及ばないんでしょうね。私も、ドラゴン族が「父祖が卵を産む」と語る点は、分かっていても未だに理解できないから、それと同じで」
「確かにな」
 冒険者の意見に頷いたエスティニアンは、話を続けた。
「彼女らの希望を酌むなど元より考えていないが、さりとて、今の太守の客という立場では、あまり邪険に振る舞うことは憚られる。ヴリトラの顔を立てておかねばならんし、あとは万が一にも、絶望に囚われてしまう原因を俺が作るわけにはいかんしな。そこで俺なりに、それぞれが納得し諦められる筋書きを用意してみたというわけだ」
「それっていったい、どんな筋書きなのよ?」
 その内容に全く想像が及んでいない様子で再び首を傾げた冒険者を見て、エスティニアンは口角を上げた。

「俺は、常に俺の隣に立つことのできる女が好きなんだと言ってやってな。そして直後に適当な場へとジャンプし、今すぐ俺の隣へ立ってみろ、と付け加えた。彼女らは苦笑いをしながら返してきたさ。「そうやってからかって、私も他の女も煙に巻いているんでしょう」と」
「なるほど……。それなら一応条件は提示しているから邪険にはしていないし、公平な対応ではあるわね」
「だろう? そして仕上げとして、先ほどの散策で彼女らに「常に俺の隣に立つことができる女」を見せてやった、というわけだ」

 筋書きの全容を聞かされた冒険者は途端に唖然とし、しばらく固まった後に噴き出した。
「腕に抱き付いて歩けっていう指示は、そういう……」
「ああ。どうにも歩き辛かったが、いっそ露骨に振る舞った方が効果的かと思ってな」
「じゃあ街なかでジャンプをした数だけ、その場に貴方を狙っていた娼婦が居た、と」
「そういうことだ。しかし場によっては複数人が屯していたし、既に客を取ったであろう奴の目に俺たちは当然留まっていない。どうあれ全体の人数はジャンプの数よりも多いぞ」
 エスティニアンはソファの背もたれに片肘をついて冒険者の側へと身を捻り、天井を仰ぎながら安堵のため息を吐いた。

「ラザハンの民にはお前の面も割れているのだから、今日の俺たちの散策を見ていない娼婦もお前が相手だと知れば諦めるだろう。この件に関しては、一応これで終いだ」
 エスティニアンから満足げな様子で出された完遂の一言を受け、冒険者は微笑みを浮かべる。
「良かった……。でも、確かさっき、悩みの半分は解消できた、って言ったわよね? あとの半分は?」
 微笑みの残る表情で訊ねる冒険者を見たエスティニアンは、破顔一笑すると彼女の質問に答えた。

「残り半分の悩みは、アゼムの術で喚び戻されたこの身が以前と変わらずお前を抱けるのだろうか、という点だ。それをこれから、じっくり確認させて貰うとしよう」

    ~ 完 ~

   初出/2022年1月21日 pixiv
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