竜騎士のお悩み相談

「ヴァーリノさん、お食事とお飲み物のお代わりはいかがですか?」
「なんだ、相棒。冒険者が給仕の真似事か?」
「あ、バレてた?」
「ヴリトラの気配が漂う中に、突然お前の気配が紛れ込んできたからな」

 エスティニアンの薄い笑いに迎えられた冒険者は、彼の右斜め前に立ってトレイの右端をテーブルに預けると、自由になった右手で持参した飲食物を次々と並べ始めた。
「あと、その呼び方は勘弁してくれ。どうにも両親を呼ばれているかのような錯覚に陥ってしまう他に、お前の声では耳がむず痒くなることこの上ない」
「ふふっ、一度そちらで呼んでみたかったの。でも口にしてみて私も奇妙な感じがしたから、必要に迫られた時以外はやめておくわ」
 空になったトレイをエスティニアンの対面にある椅子に置いた冒険者は、肩を竦めて苦笑をしてから彼の右側にある椅子へと腰掛けた。

「ラザハンに到着してからここに至るまででそれなりの時間を費やしていたようだが、用事は済んだのか?」
「えっ? そんなに前からバレてたの?」
 持参した蒸留酒の片方を手に取って早速傾け始めた冒険者は、エスティニアンの指摘に驚いて向き直った。
「ああ。テレポで移動をしてきただろう? そのくらいの範囲ならば、探らずとも気配は感じ取れるな」
「すごいわね……」
 冒険者は驚きの表情のまま応じながら蒸留酒をテーブルへと戻し、深呼吸をしてから持参した二品の料理を指し示した。
「クルザスオイスターを持ち込んで、このコンフィとブイヤベースを作っていただいたの。まず調理のお願いをしにきて、出来上がるまでの時間を使って星戦士団本営へ報告に行ってきたというわけ。それが、着いてから今までの流れよ」
「なるほど、今回訪れた主たる目的は報告か」
「そうね。次にこのオイスターかしら」
 冒険者の話に応じながらエスティニアンはコンフィに手を伸ばし、その味を堪能した。
「……懐かしい味だ。クルザスオイスターは皇都でも時折食べたが、違う土地で味わうと印象が変わるものだな」
「場の雰囲気の他にはお酒の違いでも、印象は変わるのかもしれないわね」
 続けて冒険者もコンフィを味わい、蒸留酒を口にする。

「星戦士団本営への報告となると戦闘絡みの案件だったのだろう? 経過と完遂、どちらの報告だ?」
「完遂。リムサ・ロミンサ領内での偽神獣問題が解決したという報告よ」
「終わったのか。それは喜ばしい限りだが、一声掛けてくれれば俺は手伝いに行けたぞ? 今はこの通り、太守様に待たされているだけだからな」
 途端に肩を竦め、苦笑をしながら返事をよこしてきた様子から、この地でエスティニアンは随分と退屈をしているであろうことが容易に伺えた。
「それねぇ。黒渦団の人たちとの共同戦線とかだったら、貴方に声を掛けることも思いつけたんだろうけど……」
 冒険者は苦笑をし、次の言葉を探す時間を作るかのように、ゆっくりと蒸留酒を飲み下した。
「傭兵団の団長代行として癖のあり過ぎる団員たちを指揮して事態の収束にあたれ、という注文だったから、それで頭が一杯になっちゃって……」
「思いつく余裕が無かった、か。そいつはご苦労だったな。結果論だが、そこに俺を呼ばなかったのは正解かもしれん」
 リムサ・ロミンサでの出来事をため息混じりに回想する冒険者を見たエスティニアンは、ニヤリと笑った後にブイヤベースの皿を自らの側へと引き寄せた。

「で、二番目の目的がオイスターの持ち込みというのは何故なんだ?」
「今の貴方に必要かな? と思って」
「まるで意味がわからんな」
 ブイヤベースを口にしながら首を傾げるエスティニアンを見て、冒険者はクスクスと笑った。
「でしょうね。デミールの遺烈郷で貴方が錬金術師さんたちに攫われた後にウリエンジェさんが話をしてくれたのだけど、血を失った後には貝類を食べるといいんですって。ここに来てから、また血を抜かれたりはしなかった?」
 冒険者が語り始めた理由により突如としてこの地での強烈過ぎる出来事を記憶から引きずり出されてしまったエスティニアンは、その表情を引き攣らせた後に肩を震わせながら笑い始めた。
「あの時の俺は、あいつらの視点では「光の加護を持つ人の同行者」に過ぎなかったからな。今は太守様の客だ。その太守様の許可なくあのような暴挙には及ばんだろうさ」
「それなら良かったわ。でも、太守様の「用件」が彼らへの更なる協力である可能性もゼロじゃないでしょ?」
「不吉なことを言わんでくれ」
「ふふっ。もしそういうことになったら、その時は貝を食べれば体調の回復が早くなるらしいって覚えておいて」
「チッ……。そんな用件だった場合は、お前も巻き込むからな。毛色こそ違えど、お前も竜の魔力を扱う者だと知れば、おそらくあいつらは目の色を変えるぞ」
 エスティニアンに指摘をされたことで冒険者は、自らも錬金術師たちの興味の対象となり得るのだと遅まきながらに認識をし、愕然とした表情となり頭を抱えた。
「その可能性は考えてなかったわ……。そうならないことを祈っておかなくちゃ」
「ああ、祈っておいてくれ。オイスターの効能はさておき、うまいものを差し入れてくれた点には礼を言っておこうか」
 エスティニアンは乾杯するかのようにブイヤベースを掬ったスプーンを冒険者の側へと掲げ、穏やかな笑みを見せてから口に運んだ。


 冒険者が持参したコンフィとブイヤベースは冷める前に平らげられ、テーブルの上には数点の定番メニューと新たな蒸留酒が並べられた。
「リムサ・ロミンサの偽神獣対応の他には、石の家を出発する時に暁の皆が向かうと言っていた地を一通り巡ってきたりもしたのだけど、現状では特に手に余る事柄はなさそうだったわ」
「なるほど。お前は、世の中を見て回り解決するべき問題を拾い集めるというアゼムの本領を発揮しているわけだな」
 終末に抗う戦いの中で全ての情報を共有したことにより、冒険者と古代人たちとの因果関係は当然エスティニアンにも把握されていたのだが、突然アゼムの名を口にされたことで、冒険者の表情は実に複雑なものとなってしまった。
「……今まで散々、主にエメトセルクたちからその名を聞かされたし関係性も理解しているつもりだけど、未だに自分のことを指すのだとは思えていないのよ」
「そこは、お前にヴァーリノと呼ばれて俺が覚える違和感とは、文字通りに次元が違うものだろうな」
「そうね」
 冒険者はエスティニアンに向けて頷き、ゆっくりと蒸留酒を口にしてから深々とため息を吐いた。

「ファダニエルのクリスタルで記憶を戻される前のアモンと私は、十四人委員会の関係者で分かたれた人としてほぼ同じ立場なんだ、って考えると、空恐ろしくなったりもして。そういう点では、座の役割が特定の分野に特化したものではなくお悩み受付係だったことが幸いしているわね。ゾディアークの召喚前にアゼムが十四人委員会を離反していたことと、アゼムの編み出した術だけを込めてクリスタルを作ってくれていたエメトセルクの配慮も……。あれが無ければ、今、こうして貴方と食事を楽しむこともできないわけだから」

「そうだな。結局実感は無いままだが、竜たちの想いの渦に絡め取られる前と今とで俺の身体は事実上、別ものとなっているわけで……ッ!」
 話の途中で突然驚愕の表情となり、掌で咄嗟に自らの口許を覆うというエスティニアンらしからぬ一連の様子に、冒険者は首を傾げた。
「どうしたの?」
「……いや。今の話が錬金術師たちの耳に入ったらまずいと思ってな。この場でこれ以上この話をするのはやめておこう」
「そっ……そうね」
 人知を超える力──創造魔法によって、一度霧散した人体が全く同じ状態で再構築されたという現象は、錬金術師にとって喉から手が出るほどの事案だと断言できる。
 彼らに知られてしまったら噴出する探求心はヴリトラをもってしても止めることはできず、また、血を抜かれるだけでは済まない事態となってしまうだろう。
「皆にも、ラザハンでだけはこの話をしないように、って伝えておいた方が良さそう……」
「ああ、そうだな」
 二人は互いに肩を竦めて苦笑をすると、改めて店内を見渡し錬金術師の姿が無いかを確認してから胸を撫で下ろした。

「実は、そんなお悩み受付係に相談したい悩みがあるんだが、受け付けて解決してくれるか?」
 蒸留酒をテーブルへと戻した後にエスティニアンは、語りながら左肘をついて冒険者の側へと僅かばかり身を乗り出す。
「その様子だと、私に却下する選択肢は無さそうね」
「ご名答」
 短く答えて楽し気に笑いを浮かべるエスティニアンを冒険者は睨みつけ、暫しの間沈黙をしてから噴き出した。
「元々、報告が終わったら少し息抜きをするつもりだったから、時間はたっぷりとあるわ。でも、こんなにゆったりとした状況で貴方に悩みが? 鍛錬の相手が欲しいとか?」
「よし、受け付けは完了だな。悩みの内容については後で説明をする。食い終わったら移動するぞ」
 首を傾げる冒険者を見ながらエスティニアンは椅子に座り直し、僅かに残った料理を食べ尽くすべく手と口を動かし始める。
「悩み……ねぇ……」
 この場では回答を得ることができなかった疑問を再び口にした後、冒険者も残る料理と酒を楽しむことに専念した。


 先に店の外へと出てエスティニアンを待つこととなった冒険者は、都市内エーテライトが据えられた場とは反対側の壁に背を預けながら往来する人々の様子を眺め始めた。

 今、この地に住まう彼らは終末という未曽有の厄災を実際に体験し、ヴリトラと共にそれを乗り越えてきた人々ということになる。
 彼らのその経験が揺るぎない心の強さの礎となり、この地で深刻な脅威となる新たな獣化現象を発生させていない要因として考えられるのかもしれない。
 終末の赤く不気味に燃えた空を見ていない地域の人々……リムサ・ロミンサの場合、偽神獣の出現と獣化現象に見舞われてしまったのは都市民ではなくサハギン族であったが、ともかく、終末を経験していない他の地域でも同様にあのような事態は起こり得ると覚悟をしておかなければならないだろう。

「どうした、相棒? 随分と難しい顔をして」
「……あ! ちょっと考え事を、ね」
 この先の予測を脳裏に駆け巡らせていた冒険者は不意を突かれた形となり、エスティニアンを見上げて微笑みながら応じた。
「で、相談したい内容って何かしら?」
 そんな彼女の問いにエスティニアンは即座に応じはせず、南西側にある開け放たれた扉の側を暫し見遣ってから向き直ると、両の手を相次いで壁に付ける形で冒険者の左右を塞ぎ、その場に繋ぎとめた。
「えっ……?」
「これから都市内を適当に散策する。今から言うことに、ここでは異を唱えるな」
「う、うん」
 その真意を推し量ることができず首を傾げる冒険者の前でエスティニアンは身を屈めて彼女の耳に口許を寄せると、実に驚くべき要求を囁いた。

「俺の腕に抱き付きながら歩いてくれ」
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