彼方で見た虹
魔導船ラグナロクの船内に、メーティオンが再び現れた。
……いや。
再び、という表現は適切でないのかもしれない。
遠い過去で宇宙へと放たれたメーティオンの数は夥しいものだったというのだから、最初と今回とでは別個体のメーティオンであった可能性の方が高いと考えた方がいいのだろう。
いずれにせよ、先ほど出現した青いメーティオンは、光の戦士が操作をした転移装置によってラグナロクへと強制的に帰還させられた暁の血盟の七人が渇望している情報を彼らへともたらした。
自分がこの場への道を繋いだので、じきに光の戦士が帰還する……と。
──その情報がもたらされて以降、どれだけの時間が過ぎたのだろうか。
宇宙の果てとされるウルティマ・トゥーレにあっては当然のことながら彼らの知る天体の運行などはなく、船外の環境から時間の経過を推し測ることは、天文学に通暁しているウリエンジェですら不可能だ。
それでも空腹を覚えたり睡魔に見舞われるなどの身体的な欲求によって大まかな時間の経過は体感できるはずなのだが、今はそんな感覚すらも消え失せてしまっている。
魔導船の運航を管理するレポリットに問えば正確な経過時間は分かるのだが、しかし七人が七人ともその行動を取ることはなく、まるで申し合わせたかのように微動だにせず押し黙っていた。
全員がそれぞれの感覚で、光の戦士の帰還をいち早く感じ取ろうとしていたからだ。
そんな、いつまで続くとも知れない宇宙の果てでの静寂が突如カチャリという金属音で破られ、次の瞬間、六人の視線が音の発生源へと向けられた。
六人の視線を集めたのは、七人の中で唯一、全身に鎧を纏っているエスティニアンだった。
メーティオンから情報を聞いて以降、壁にもたれて腕組みをし続けていた彼は、腕を解き音を立てたことで自らが皆の注目を集めた点には全く感知しない風情で暫しの間その視線を中空にさまよわせると、一点を凝視して口を開いた。
「……来る!」
「生体スキャンに新たな反応は?」
「まだ、何も」
リヴィングウェイからの問いに対し即座に回答が出されたことから、レポリットたちも彼らの持ち合わせている手段全てを駆使して光の戦士の帰還を検知しようと務めていたことが伺える。
そんな中でエスティニアンは一点を見つめたまま数歩前へと歩み出し、今度は両腕を自身の肩の高さほどに差し出した。
次の瞬間、全員が一日千秋の想いで待ち焦がれていた姿が中空に出現し、見事としか言いようのない形でエスティニアンが腕の中に光の戦士を抱きとどめることが叶ったため、彼女の身は床への落下を免れた。
しかし重力のある場へと転移を果たしたことで転移装置は落下し、次いで光の戦士が片手で握り締めていた槍がこぼれ落ちてしまう。
エスティニアンの対面に立っていたアリゼーが咄嗟に駆け寄り、受け止めたことで槍全体の落下は防げたが、彼女の体格に対してあまりに長く、そして重すぎる得物全てを支えることまでは叶わず、石突の側が床へと接触して大きな音を立てた。
「新たな生体反応……微弱……」
レポリットから震える声音で出された予断を許さない計測結果を耳にしながらエスティニアンはゆっくりと腰を落とし、誰もが光の戦士の姿を俯瞰できる状態となったことで、まず全員が息を呑んだ。
彼女の身は満身創痍という言葉では到底形容し切れぬ程に、誰の目にも極めて重篤な状態と映ったからだった。
そんな中でサンクレッドがいち早く動き、資材置き場から運び出してきた担架を床に置く。
エスティニアンは目の前に置かれた担架へと光の戦士をそっと横たえると、即座に彼女の腕からガントレットを外し始めた。
「異論があるかもしれんが」
「無いわ! そのまま続けてちょうだい! その鎧の構造を熟知しているのは、同じものを身に付けている貴方だもの。それが最良の選択肢よ」
言葉を遮る形で鋭く差し込まれたヤ・シュトラの意見にエスティニアンは頷くと、外したガントレットを小脇に置いてから反対側の手に取り掛かった。
「鎧を外し終わったら、私たちの出番ね」
槍を船室の片隅に置いて光の戦士の前へと戻ってきたアリゼーの言葉に、ヤ・シュトラは頷く。
「ええ。貴女は部屋から彼女の着替えを持ってきてちょうだい。エスティニアン以外の男性陣は、レポリットたちとお湯を準備して。お湯の用意が終わったら、治癒魔法の施術と並行して、私とアリゼーとで彼女の身を浄めるわ」
堰を切ったかのように一気に放たれたヤ・シュトラからの指示を受け、それぞれが動き出した。
シドから提示されたお代である世界の存続が成ったという報せを、全員でアーテリスへと持ち帰るために。
光の戦士は身を浄められ治癒魔法の施術を受け始めたことで、外見上は転移直後の状態よりも改善をしていた。
しかし治癒魔法の施術を続ける者たちの表情は厳しいままだった。
その表情が高位の魔法を使い続けることによる魔力の消耗に由来するものなのか、あるいは、経験則からイメージする施術の成果が未だ得られていないことに対する焦燥感からなのか。
治癒魔法の心得がない者たち……エスティニアンとサンクレッドには想像が及ばない領域での話となるがゆえに、二人は何とも言えない状況下に置かれていた。
「致し方ないこととはいえ、もどかしいものだな」
「……ああ、確かに」
吐露した心境に対し短く応じてきたエスティニアンへと視線を送ったサンクレッドは、話を続けても差し支えなかろうと判断をして再び口を開いた。
「彼女が転移してくる直前についてを聞きたいんだが。何故、あらかじめ身構えられたんだ?」
「さて、何故だろうな。あれは勘……とでも言うべきか」
「なるほど」
返事を受け取った旨の反応を示したサンクレッドは、その場で改めて腕を組むと考え込む。
そして問われたことでエスティニアンも、今しがた自身が取った一連の行動についてを思い返し始めた。
咄嗟に勘という表現で返事をしたが、ある程度以上の確信をエスティニアンは抱いていた。
そう回答をしたのは、自分以外には理解の及ばない感覚であろうと判断をしての対応だった。
理解の及ばない感覚とは、エスティニアンがアーテリスで幾度となく体感をしていた、光の戦士の身にある竜の魔力を感知する、というものだ。
そして先ほどの感覚は、それと似て非なるものであると考えてもいた。
そのためエスティニアンは、今回の感覚を勘という表現にとどめたのだった。
「これは、俺の勘なんだが」
改めて語り始めたサンクレッドにエスティニアンは視線を送り、サンクレッドはその視線を認めてから話を続けた。
「それは、メーガドゥータ宮で帳の向こう側を見破った時の感覚に近いものじゃないのか?」
ある意味で核心を突かれた形となったエスティニアンは驚きの表情となり、その様子を見たサンクレッドの視線は途端に、詳しく話を聞かせろと言わんばかりの圧を帯びたものとなった。
「あれに近いものであった、かもしれない。しかしあの感覚は、同じ場に居てこそのものでな。それに……」
そこでエスティニアンは語ることを中断し、治癒魔法を受け続けている光の戦士へと視線を移す。
「今は目の前に居るにもかかわらず、相棒の身からその感覚……竜の魔力を殆ど感じ取れんのだ。そして先ほどは転移前……つまり、違う場であったにも関わらず動いてしまっていた」
「動いて、しまっていた?」
語尾から僅かなニュアンスの違いを拾い上げ問い質してきたサンクレッドに対して、エスティニアンは頷いた。
「ああ。例えるならば背を押されたとでもいうか……そうか!」
突然、何かに納得をしたかのような口ぶりとなったエスティニアンを見て、サンクレッドは首を傾げた。
「どうした?」
「いや、あくまで推測に過ぎんのだが」
「構わんさ。ここに至るまでに俺たちは散々、超常現象に見舞われているんだ。それがもうひとつ増えたとしても、どうということはないだろう?」
「フッ……それもそうか」
苦笑を浮かべ肩を竦めながら出されたサンクレッドの言葉を受けて、エスティニアンの厳しい表情がわずかばかりではあったがほぐれた。
「俺と相棒が纏っているこの鎧は、とある遺構でフレースヴェルグから譲り受けたものだ。そして、これにはラタトスクの加護が与えられている」
「つまり、背を押されたような感覚というのは……」
エスティニアンが思い描いた推測へと辿り着いたサンクレッドは、改めて彼の背にある魔槍を見上げた。
「ラタトスクの加護を持つ者に対し、ニーズヘッグが俺を使って手を差し伸べた……。真偽のほどはわからんが、ともかく、この場でまで相棒に傷を負わせることは回避できたんだ。そう考えるのも悪くはないと思ったのさ」
「お前と彼女は、竜の思いをも携えてここに居るんだ。それでいいんじゃないか?」
「……そうだな」
サンクレッドに同意をしながらエスティニアンは再び腕を組み、他に何かできることはないだろうかと自らに問い始めた。
光の戦士と治癒魔法を施し続けている仲間の様子を見遣れば、先ほどと比較をしてあまり進展をしている風情は感じられず、彼女の身からは相変わらず竜の魔力は殆ど……。
「ひとつ、試したいことがある」
エスティニアンは傍らに立つサンクレッドにではなく、治癒魔法の詠唱を続けている五人に対して呼び掛けた。
その呼び掛けに応じ詠唱が終わった者から順に顔を上げ、エスティニアンは五人全員の視線が集まったことを確認してから話を続けた。
「俺に治癒魔法の心得は無いが、他者に竜の魔力を流し込むことならばできる。そして、今の相棒からは竜の魔力を殆ど感じ取ることができていない。俺が竜の魔力を付与することで擬似的にでも相棒の身に竜の魔力を廻らせることが叶えば、治癒魔法の効果を底上げする一助となりはしないだろうか?」
その提案は、治癒魔法を駆使する者たちには思いもよらぬものだったのだろう。
全員が驚きの表情を見せる中で、アルフィノがいち早く口を開いた。
「なるほど……! 常日頃から竜の魔力を駆使している彼女に対して、それは大いに試す価値のある方法だ。是非、やってほしい」
力強いアルフィノの言葉に全員が頷き、直後に光の戦士の周囲から一旦退くことで、仲間たちはエスティニアンの提案に応えた。
エスティニアンの視界には担架に横たわる光の戦士ただ一人が収められ、その姿を脳裏へと焼き付けた彼は、目を閉じると精神を集中させ始める。
直後、エスティニアンの周囲には幾筋もの蒼い光の帯が漂い始め、その光が集まって束となり竜の姿を形どると、彼の身に巻き付くような状態で留まった。
続けて紅、白、黒、碧と、さまざまな色の光が同様に竜の姿となり、蒼い光の竜へと次々に溶け込んでゆく。
船内にいる全ての者が、初めて見ることとなったその光景に目を奪われていた。
「きれい……。まるで、虹の竜だわ」
「ああ、そうだね。これまででエスティニアンが関わってきた沢山の竜たちの思いが、彼の呼び掛けに応じて集まってきている……。私は、そう思っているよ」
ルヴェユール兄妹が静かに語り合う前で、エスティニアンは目を閉じたまま、握り締めた右手を自身の顔の高さまでゆっくりと上げてから止める。
そして祈りを捧げているかのような態勢のまま深呼吸をした直後に勢いよく目を見開き、右手を光の戦士の側へと突き出して竜の魔力を一気に解き放った。
「受け取れ! 相棒!!」
~ 完 ~
初出/2022年1月8日 pixiv
……いや。
再び、という表現は適切でないのかもしれない。
遠い過去で宇宙へと放たれたメーティオンの数は夥しいものだったというのだから、最初と今回とでは別個体のメーティオンであった可能性の方が高いと考えた方がいいのだろう。
いずれにせよ、先ほど出現した青いメーティオンは、光の戦士が操作をした転移装置によってラグナロクへと強制的に帰還させられた暁の血盟の七人が渇望している情報を彼らへともたらした。
自分がこの場への道を繋いだので、じきに光の戦士が帰還する……と。
──その情報がもたらされて以降、どれだけの時間が過ぎたのだろうか。
宇宙の果てとされるウルティマ・トゥーレにあっては当然のことながら彼らの知る天体の運行などはなく、船外の環境から時間の経過を推し測ることは、天文学に通暁しているウリエンジェですら不可能だ。
それでも空腹を覚えたり睡魔に見舞われるなどの身体的な欲求によって大まかな時間の経過は体感できるはずなのだが、今はそんな感覚すらも消え失せてしまっている。
魔導船の運航を管理するレポリットに問えば正確な経過時間は分かるのだが、しかし七人が七人ともその行動を取ることはなく、まるで申し合わせたかのように微動だにせず押し黙っていた。
全員がそれぞれの感覚で、光の戦士の帰還をいち早く感じ取ろうとしていたからだ。
そんな、いつまで続くとも知れない宇宙の果てでの静寂が突如カチャリという金属音で破られ、次の瞬間、六人の視線が音の発生源へと向けられた。
六人の視線を集めたのは、七人の中で唯一、全身に鎧を纏っているエスティニアンだった。
メーティオンから情報を聞いて以降、壁にもたれて腕組みをし続けていた彼は、腕を解き音を立てたことで自らが皆の注目を集めた点には全く感知しない風情で暫しの間その視線を中空にさまよわせると、一点を凝視して口を開いた。
「……来る!」
「生体スキャンに新たな反応は?」
「まだ、何も」
リヴィングウェイからの問いに対し即座に回答が出されたことから、レポリットたちも彼らの持ち合わせている手段全てを駆使して光の戦士の帰還を検知しようと務めていたことが伺える。
そんな中でエスティニアンは一点を見つめたまま数歩前へと歩み出し、今度は両腕を自身の肩の高さほどに差し出した。
次の瞬間、全員が一日千秋の想いで待ち焦がれていた姿が中空に出現し、見事としか言いようのない形でエスティニアンが腕の中に光の戦士を抱きとどめることが叶ったため、彼女の身は床への落下を免れた。
しかし重力のある場へと転移を果たしたことで転移装置は落下し、次いで光の戦士が片手で握り締めていた槍がこぼれ落ちてしまう。
エスティニアンの対面に立っていたアリゼーが咄嗟に駆け寄り、受け止めたことで槍全体の落下は防げたが、彼女の体格に対してあまりに長く、そして重すぎる得物全てを支えることまでは叶わず、石突の側が床へと接触して大きな音を立てた。
「新たな生体反応……微弱……」
レポリットから震える声音で出された予断を許さない計測結果を耳にしながらエスティニアンはゆっくりと腰を落とし、誰もが光の戦士の姿を俯瞰できる状態となったことで、まず全員が息を呑んだ。
彼女の身は満身創痍という言葉では到底形容し切れぬ程に、誰の目にも極めて重篤な状態と映ったからだった。
そんな中でサンクレッドがいち早く動き、資材置き場から運び出してきた担架を床に置く。
エスティニアンは目の前に置かれた担架へと光の戦士をそっと横たえると、即座に彼女の腕からガントレットを外し始めた。
「異論があるかもしれんが」
「無いわ! そのまま続けてちょうだい! その鎧の構造を熟知しているのは、同じものを身に付けている貴方だもの。それが最良の選択肢よ」
言葉を遮る形で鋭く差し込まれたヤ・シュトラの意見にエスティニアンは頷くと、外したガントレットを小脇に置いてから反対側の手に取り掛かった。
「鎧を外し終わったら、私たちの出番ね」
槍を船室の片隅に置いて光の戦士の前へと戻ってきたアリゼーの言葉に、ヤ・シュトラは頷く。
「ええ。貴女は部屋から彼女の着替えを持ってきてちょうだい。エスティニアン以外の男性陣は、レポリットたちとお湯を準備して。お湯の用意が終わったら、治癒魔法の施術と並行して、私とアリゼーとで彼女の身を浄めるわ」
堰を切ったかのように一気に放たれたヤ・シュトラからの指示を受け、それぞれが動き出した。
シドから提示されたお代である世界の存続が成ったという報せを、全員でアーテリスへと持ち帰るために。
光の戦士は身を浄められ治癒魔法の施術を受け始めたことで、外見上は転移直後の状態よりも改善をしていた。
しかし治癒魔法の施術を続ける者たちの表情は厳しいままだった。
その表情が高位の魔法を使い続けることによる魔力の消耗に由来するものなのか、あるいは、経験則からイメージする施術の成果が未だ得られていないことに対する焦燥感からなのか。
治癒魔法の心得がない者たち……エスティニアンとサンクレッドには想像が及ばない領域での話となるがゆえに、二人は何とも言えない状況下に置かれていた。
「致し方ないこととはいえ、もどかしいものだな」
「……ああ、確かに」
吐露した心境に対し短く応じてきたエスティニアンへと視線を送ったサンクレッドは、話を続けても差し支えなかろうと判断をして再び口を開いた。
「彼女が転移してくる直前についてを聞きたいんだが。何故、あらかじめ身構えられたんだ?」
「さて、何故だろうな。あれは勘……とでも言うべきか」
「なるほど」
返事を受け取った旨の反応を示したサンクレッドは、その場で改めて腕を組むと考え込む。
そして問われたことでエスティニアンも、今しがた自身が取った一連の行動についてを思い返し始めた。
咄嗟に勘という表現で返事をしたが、ある程度以上の確信をエスティニアンは抱いていた。
そう回答をしたのは、自分以外には理解の及ばない感覚であろうと判断をしての対応だった。
理解の及ばない感覚とは、エスティニアンがアーテリスで幾度となく体感をしていた、光の戦士の身にある竜の魔力を感知する、というものだ。
そして先ほどの感覚は、それと似て非なるものであると考えてもいた。
そのためエスティニアンは、今回の感覚を勘という表現にとどめたのだった。
「これは、俺の勘なんだが」
改めて語り始めたサンクレッドにエスティニアンは視線を送り、サンクレッドはその視線を認めてから話を続けた。
「それは、メーガドゥータ宮で帳の向こう側を見破った時の感覚に近いものじゃないのか?」
ある意味で核心を突かれた形となったエスティニアンは驚きの表情となり、その様子を見たサンクレッドの視線は途端に、詳しく話を聞かせろと言わんばかりの圧を帯びたものとなった。
「あれに近いものであった、かもしれない。しかしあの感覚は、同じ場に居てこそのものでな。それに……」
そこでエスティニアンは語ることを中断し、治癒魔法を受け続けている光の戦士へと視線を移す。
「今は目の前に居るにもかかわらず、相棒の身からその感覚……竜の魔力を殆ど感じ取れんのだ。そして先ほどは転移前……つまり、違う場であったにも関わらず動いてしまっていた」
「動いて、しまっていた?」
語尾から僅かなニュアンスの違いを拾い上げ問い質してきたサンクレッドに対して、エスティニアンは頷いた。
「ああ。例えるならば背を押されたとでもいうか……そうか!」
突然、何かに納得をしたかのような口ぶりとなったエスティニアンを見て、サンクレッドは首を傾げた。
「どうした?」
「いや、あくまで推測に過ぎんのだが」
「構わんさ。ここに至るまでに俺たちは散々、超常現象に見舞われているんだ。それがもうひとつ増えたとしても、どうということはないだろう?」
「フッ……それもそうか」
苦笑を浮かべ肩を竦めながら出されたサンクレッドの言葉を受けて、エスティニアンの厳しい表情がわずかばかりではあったがほぐれた。
「俺と相棒が纏っているこの鎧は、とある遺構でフレースヴェルグから譲り受けたものだ。そして、これにはラタトスクの加護が与えられている」
「つまり、背を押されたような感覚というのは……」
エスティニアンが思い描いた推測へと辿り着いたサンクレッドは、改めて彼の背にある魔槍を見上げた。
「ラタトスクの加護を持つ者に対し、ニーズヘッグが俺を使って手を差し伸べた……。真偽のほどはわからんが、ともかく、この場でまで相棒に傷を負わせることは回避できたんだ。そう考えるのも悪くはないと思ったのさ」
「お前と彼女は、竜の思いをも携えてここに居るんだ。それでいいんじゃないか?」
「……そうだな」
サンクレッドに同意をしながらエスティニアンは再び腕を組み、他に何かできることはないだろうかと自らに問い始めた。
光の戦士と治癒魔法を施し続けている仲間の様子を見遣れば、先ほどと比較をしてあまり進展をしている風情は感じられず、彼女の身からは相変わらず竜の魔力は殆ど……。
「ひとつ、試したいことがある」
エスティニアンは傍らに立つサンクレッドにではなく、治癒魔法の詠唱を続けている五人に対して呼び掛けた。
その呼び掛けに応じ詠唱が終わった者から順に顔を上げ、エスティニアンは五人全員の視線が集まったことを確認してから話を続けた。
「俺に治癒魔法の心得は無いが、他者に竜の魔力を流し込むことならばできる。そして、今の相棒からは竜の魔力を殆ど感じ取ることができていない。俺が竜の魔力を付与することで擬似的にでも相棒の身に竜の魔力を廻らせることが叶えば、治癒魔法の効果を底上げする一助となりはしないだろうか?」
その提案は、治癒魔法を駆使する者たちには思いもよらぬものだったのだろう。
全員が驚きの表情を見せる中で、アルフィノがいち早く口を開いた。
「なるほど……! 常日頃から竜の魔力を駆使している彼女に対して、それは大いに試す価値のある方法だ。是非、やってほしい」
力強いアルフィノの言葉に全員が頷き、直後に光の戦士の周囲から一旦退くことで、仲間たちはエスティニアンの提案に応えた。
エスティニアンの視界には担架に横たわる光の戦士ただ一人が収められ、その姿を脳裏へと焼き付けた彼は、目を閉じると精神を集中させ始める。
直後、エスティニアンの周囲には幾筋もの蒼い光の帯が漂い始め、その光が集まって束となり竜の姿を形どると、彼の身に巻き付くような状態で留まった。
続けて紅、白、黒、碧と、さまざまな色の光が同様に竜の姿となり、蒼い光の竜へと次々に溶け込んでゆく。
船内にいる全ての者が、初めて見ることとなったその光景に目を奪われていた。
「きれい……。まるで、虹の竜だわ」
「ああ、そうだね。これまででエスティニアンが関わってきた沢山の竜たちの思いが、彼の呼び掛けに応じて集まってきている……。私は、そう思っているよ」
ルヴェユール兄妹が静かに語り合う前で、エスティニアンは目を閉じたまま、握り締めた右手を自身の顔の高さまでゆっくりと上げてから止める。
そして祈りを捧げているかのような態勢のまま深呼吸をした直後に勢いよく目を見開き、右手を光の戦士の側へと突き出して竜の魔力を一気に解き放った。
「受け取れ! 相棒!!」
~ 完 ~
初出/2022年1月8日 pixiv
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