思い出の味

 程なくして食卓には、エスティニアンが買い求めてきた料理と冒険者が淹れたイシュガルドティーが並べられた。

「エスティニアンって、ほんと起きるのが早いわよね。また負けちゃった」
 そう言い、苦笑をしながら席に着く冒険者の姿を見たエスティニアンは、同様に苦笑をしてから肩を竦める。
「そんなもの、勝ち負けを競うものではなかろうが。それに今回は明らかにお前がオーバーワークの状態だったからな。パガルザンから戻った直後に第一世界にまで行って戦ってきたお前があれだけの酒をかっ喰らい、更にその後で俺と一戦を交えたとあっては、思うように起きられなかったのも致し方ないだろう」
「やだ! もう……一戦だとか……」
「いや、違うな。連闘と言うべきだったか」
 途端に頬を染め、その顔を隠すかのように両手でティーカップを口許へと運ぶ冒険者の様子を見て、エスティニアンは楽しげに笑う。

「ここで朝を迎えるのは久方ぶりだったものでな。ふと昔を思い出して、こいつを買いに行ってきたのさ」
 話をしながらエスティニアンは、買い求めてきた料理であるエフトキッシュを切り分けて口へと運んだ。
「昔って、どのくらいの?」
「ガキの頃だ」
「えっ? 子どもの頃も、この家に住んでいたの?」
 途端に驚きの顔となった冒険者を見て、エスティニアンは頷く。
「ここは神殿騎士団が蒼の竜騎士に貸与している家でな」
「……そっか! アルベリクさんと住んでいた時もあるのね」
「ご名答」
 ニヤリと笑いながら極めて短い形で応じたエスティニアンは、茶を一口飲むと話を続けた。

「普段は簡単に調理したものを朝食としていたんだが、アルベリクが非番の日などに気分を変えようと言い出し宝杖通りで調達してきたのが、このキッシュというわけさ。この時間帯には朝食用として焼きたてが店に並ぶので、それを目当てに行列ができてしまい、買うまでに時間がかかってしまうところが難点だな」
 エスティニアンは瞳にどこか懐かしげな色を映しながら過去を語り、そして昔と変わらなかったのであろうつい先ほどの手間に対して苦笑をすると、その肩を竦めてみせた。

「生地やスパイスの香りが際立っていると思ったけど、焼きたてなら当然ね。とっても美味しいわ」
「それは何よりだ」
 冒険者はエスティニアンの話を聞きながらエフトキッシュを頬張り、その焼きたての風味を存分に味わった。
「料理を得意としているわけでもない男だけの家だったからな。無味乾燥になりがちな食生活に、時折こうすることで変化をもたらしたかったんだろうよ」
「んー。そうかもしれないけど、それだけじゃなくて、エスティニアンに気を遣っていた側面もあると思うわ」
「そうか?」
 その指摘に首を傾げながらエフトキッシュを口へと運ぶエスティニアンを見て、冒険者はクスクスと笑う。

「だって、ある日突然皇都に連れてこられて……まあ、貴方のことだからアルベリクさんの前では気丈に振る舞っていたんでしょうけど、それでも一緒に住み始めた経緯が経緯なんだから、悲しみや寂しさは消えるわけじゃない。なら、楽しさや嬉しさで、いっときでもそれを覆ってくれればありがたい……みたいな感じに考えてたんじゃないかしら。あまり大げさなことをすると露骨になっちゃうから、このくらいのささやかなものがちょうど良かったのよ。きっと……ね」

 冒険者の推測を聴くことで遠い少年時代に更なる思いを馳せる形となったのか、エスティニアンは椅子の背もたれに身を預けると目を伏せながら腕を組み、暫しの後に深々と息を吐いた。
「……ふむ。そのような解釈も、ありなのかもしれんな」
「そうよ。そして、今朝それを思い出して昔と同じように買いに行ったということで、アルベリクさんの長期的な作戦も成功しているんだわ。このキッシュが皇都での家族の味という素敵な思い出として、貴方の心の中でこの家と結びついていたんだから」

 冒険者が続けて語った内容があまりに正鵠を射ていたのか、エスティニアンは困惑と気恥ずかしさが入り混じった実に複雑な表情となり、それまで組んでいた腕を解くと片手で顔を隠すように頭を抱えてから小さく舌打ちをした。
「そう思ったのなら、そういうことにしておいてくれても構わん。だが、吹聴はしてくれるなよ?」
「ええ、わかったわ。素敵な思い出の味を教えてくれて、ありがとう」
「……そもそも、お前の拡大解釈に過ぎんのだぞ? 単に俺が食いたくなって買ってきただけだからな」
「ふふっ、そういうことにしておきましょうか」
 そう言い、微笑みながら満足げにエフトキッシュを口にする冒険者を見て、エスティニアンは茶を飲みながら、彼女には悟られぬよう密かに口角を上げた。


「ごちそうさまでした。それじゃ、お皿を洗ってくるわね」
 そう言いながら冒険者が立ち上がり、すっかり空となった食器をトレイに集め始める中で、エスティニアンは懐を探りながら彼女に呼び掛けた。
「相棒、これをお前に渡しておこう」
「えっ?」
 差し出されたエスティニアンの拳の中に納まっているものを受け取るべく、冒険者が作業の手を休めて彼の前に広げた掌の上に落とされたのは、一本の鍵だった。
「これって……この家の鍵?」
 驚き、目を丸くする冒険者を見つめたエスティニアンは、その目を細めて微笑みを浮かべながら頷いた。

「ここは蒼の竜騎士に貸与される家だからな。もう一人の蒼の竜騎士にも住む権利はある……と、キッシュを買う前に神殿騎士団へ行って掛け合ってきたのさ。まあ、世界中を飛び回るお前に、ここに住めとは言わん。今後イシュガルドを訪れた際には、宿代わりにでもしてくれ」
「ありがとう!」

 冒険者はエスティニアンからの提案を満面の笑みで受け止めると、溢れ出る嬉しさを込めた一言を返しながらキーケースを取り出し、自らのアパルトメントの鍵の隣にある留め具に、受け取ったばかりの鍵を取り付けた。
 そんな彼女の様子を満足げに眺めながらエスティニアンは、安堵したかのような風情で息を吐く。
「どうしたの?」
「……いや。これでようやく、お前の部屋の鍵を俺が持っているだけという不公平感を拭うことができたと思ってな」
「そんなこと、別に気にしなくてもいいのに」
「お前がそうであっても、それでは俺の気がすまんのさ。俺の家族が俺の家の鍵を持っていない状況など、あり得んだろう?」

 エスティニアンの言葉に冒険者は再びその目を丸くした後、納得の笑みを浮かべた。
「ふふっ、そうね。じゃあ、お皿を洗い終わったら家全体の案内をして欲しいわ」
「わかった。ではその間、俺は腹ごなしに鍛練をしていよう。片付けが終わったら一番下のフロアに来てくれ」
「……は? 家の中で鍛練を?」
 冒険者が驚くことはエスティニアンには想定できていたようで、彼は階段の手すりに手を掛けた状態で振り向くとニヤリと笑った。

「蒼の竜騎士の家にはな、いつでも鍛練ができるよう、専用の設備が整っているのさ」

    ~ 完 ~

   初出/2021年5月1日 pixiv&Privatter
   『第50回FF14光の戦士NLお題企画』の『家族』参加作品
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