思い出の味
エスティニアンの起床は、やたらと早い。
それは彼が羊飼いの家庭で生まれ、育ったことによるものなのだろうか。
今となっては羊飼いの息子としてよりも別の形で過ごした皇都での時間の方が長いはずなのだが、とにかく早いのだ。
これまで幾度となく彼と一夜を共にしてきた光の戦士は、今回またしてもベッドの上に一人取り残されてしまったことを悟り、ようやく明瞭となってきた意識の中でそのように考えながら途方に暮れていた。
「ここまで全敗かぁ。今日こそは先に起きなきゃと思ってたのに……」
冒険者は心底悔しそうにため息を吐くと呟きながら起き上がり、ベッドの足元側にあるチェストの上に置かれた自らの荷を手繰り寄せると身支度を始める。
着替えながら耳を澄ましてみても、周辺にエスティニアンの気配は感じられない。
宿屋ならば先にいずこへかと出立してしまったという形も彼女は幾度か経験していたのだが、今回ばかりはあり得ない。
そう。
ここは皇都の上層にあるエスティニアンの家で、冒険者は招かれた立場なのだから。
何か用事があって出掛けたのだ。そのうちに戻ってくるだろう。
……と、彼女は一応の解釈をしてはみたものの、昨夜初めて訪れた場であるために、何の予告も無く一人にされてしまってはどうしたものかと考えあぐねてしまう。
結局そんなもやもやとした纏まらない考えを漂わせたままで身支度は終わってしまい、冒険者はベッドから降りると、まずは自分が今までいた場を振り返ってみた。
そこには艶事の跡が点在しており、それを目にした途端、昨夜のことが鮮やかに脳裏に蘇ってしまった彼女はひとり赤面をする。
直後、冒険者はシーツを勢いよく剥ぎ取ると小さく畳んで足元側に置き、引き続いて毛布をざっくり畳むとシーツとは反対の足元側へと置いた。
こればかりは後で洗濯をさせてもらわねば……と、シーツを凝視し確固たる決意を胸に抱いたその時を待っていたとばかりに、今度は彼女の腹が微かに空腹を訴えてきた。
それについても、振り返るまでもなかった。
昨夜は、イシュガルド・ランディングで再会した後にパガルザンでの激闘を終えるまで息を吐く暇も無かったエスティニアンの労をねぎらうべく、クガネで米酒とスルメを調達して蒼天街へと赴き、スノーソーク浴場で湯に浸かりながら二人でひたすらにそれらを口にしていたのだ。
いかにスルメがエスティニアンの好物とはいえ、肴がそれ一品だけではさすがに飽きたらしく、終盤では浴場のバーで提供されている軽食をいくつか選んで織り交ぜた形にはなったが、それでもまともな食事にはほど遠いものだった。
その後、この家に辿り着くなりベッドへと直行してしまったため、空腹となるのは至極当然のことなのだ。
そもそも朝なのだから、どうあれ空腹となるのは当然のことでもあるのだが。
そのような経緯で家主からまともに屋内の案内をされていない状況ではあったが、共に一夜を過ごした間柄の者が朝食のために湯を沸かしておく程度ならば、勝手にキッチンを使っても問題はないだろう。
という結論に至った冒険者は屋内を巡り、程なくして辿り着いたキッチンでヤカンを探し出して湯を沸かし始めた。
火にかけられたヤカンの前に立ちながら改めてキッチンの状態を観察すると、そこに生活感は全く感じられない。
キッチンだけでなく寝室もバスルームも、まるで宿屋のように整えられていた。
現状では目にしていない他の場も、おそらくは同様なのだろう。
エスティニアンが以前、ここを指して「寝に帰るだけの部屋」と言っていたが、こうして現場を目の当たりにすると、あの発言は誇大な表現などではなく、彼にとってこの家は本当に寝に帰るだけの場であったのだ、と実感をすることができてしまった。
そのようなことを考えていた冒険者の耳に、玄関の扉が開かれた音が飛び込む。
キッチンから玄関側を伺った彼女の視界には、片手で紙袋を抱えたエスティニアンが施錠をしている姿が納まった。
「おかえりなさい。あっ、おはよう、だったわね」
「……ああ、起きていたか」
冒険者の呼び掛けに応じながら向き直ったエスティニアンは、紙袋を彼女に見せるように眼前へと掲げて話を続けた。
「こいつが冷めないうちに、朝食としよう」
それは彼が羊飼いの家庭で生まれ、育ったことによるものなのだろうか。
今となっては羊飼いの息子としてよりも別の形で過ごした皇都での時間の方が長いはずなのだが、とにかく早いのだ。
これまで幾度となく彼と一夜を共にしてきた光の戦士は、今回またしてもベッドの上に一人取り残されてしまったことを悟り、ようやく明瞭となってきた意識の中でそのように考えながら途方に暮れていた。
「ここまで全敗かぁ。今日こそは先に起きなきゃと思ってたのに……」
冒険者は心底悔しそうにため息を吐くと呟きながら起き上がり、ベッドの足元側にあるチェストの上に置かれた自らの荷を手繰り寄せると身支度を始める。
着替えながら耳を澄ましてみても、周辺にエスティニアンの気配は感じられない。
宿屋ならば先にいずこへかと出立してしまったという形も彼女は幾度か経験していたのだが、今回ばかりはあり得ない。
そう。
ここは皇都の上層にあるエスティニアンの家で、冒険者は招かれた立場なのだから。
何か用事があって出掛けたのだ。そのうちに戻ってくるだろう。
……と、彼女は一応の解釈をしてはみたものの、昨夜初めて訪れた場であるために、何の予告も無く一人にされてしまってはどうしたものかと考えあぐねてしまう。
結局そんなもやもやとした纏まらない考えを漂わせたままで身支度は終わってしまい、冒険者はベッドから降りると、まずは自分が今までいた場を振り返ってみた。
そこには艶事の跡が点在しており、それを目にした途端、昨夜のことが鮮やかに脳裏に蘇ってしまった彼女はひとり赤面をする。
直後、冒険者はシーツを勢いよく剥ぎ取ると小さく畳んで足元側に置き、引き続いて毛布をざっくり畳むとシーツとは反対の足元側へと置いた。
こればかりは後で洗濯をさせてもらわねば……と、シーツを凝視し確固たる決意を胸に抱いたその時を待っていたとばかりに、今度は彼女の腹が微かに空腹を訴えてきた。
それについても、振り返るまでもなかった。
昨夜は、イシュガルド・ランディングで再会した後にパガルザンでの激闘を終えるまで息を吐く暇も無かったエスティニアンの労をねぎらうべく、クガネで米酒とスルメを調達して蒼天街へと赴き、スノーソーク浴場で湯に浸かりながら二人でひたすらにそれらを口にしていたのだ。
いかにスルメがエスティニアンの好物とはいえ、肴がそれ一品だけではさすがに飽きたらしく、終盤では浴場のバーで提供されている軽食をいくつか選んで織り交ぜた形にはなったが、それでもまともな食事にはほど遠いものだった。
その後、この家に辿り着くなりベッドへと直行してしまったため、空腹となるのは至極当然のことなのだ。
そもそも朝なのだから、どうあれ空腹となるのは当然のことでもあるのだが。
そのような経緯で家主からまともに屋内の案内をされていない状況ではあったが、共に一夜を過ごした間柄の者が朝食のために湯を沸かしておく程度ならば、勝手にキッチンを使っても問題はないだろう。
という結論に至った冒険者は屋内を巡り、程なくして辿り着いたキッチンでヤカンを探し出して湯を沸かし始めた。
火にかけられたヤカンの前に立ちながら改めてキッチンの状態を観察すると、そこに生活感は全く感じられない。
キッチンだけでなく寝室もバスルームも、まるで宿屋のように整えられていた。
現状では目にしていない他の場も、おそらくは同様なのだろう。
エスティニアンが以前、ここを指して「寝に帰るだけの部屋」と言っていたが、こうして現場を目の当たりにすると、あの発言は誇大な表現などではなく、彼にとってこの家は本当に寝に帰るだけの場であったのだ、と実感をすることができてしまった。
そのようなことを考えていた冒険者の耳に、玄関の扉が開かれた音が飛び込む。
キッチンから玄関側を伺った彼女の視界には、片手で紙袋を抱えたエスティニアンが施錠をしている姿が納まった。
「おかえりなさい。あっ、おはよう、だったわね」
「……ああ、起きていたか」
冒険者の呼び掛けに応じながら向き直ったエスティニアンは、紙袋を彼女に見せるように眼前へと掲げて話を続けた。
「こいつが冷めないうちに、朝食としよう」
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