このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

竜騎士たちの休息

 ──俺の槍が必要となるまでは、好きにさせてもらう。

 そのように暁の主要メンバーたちの前で宣言をしたエスティニアンは、暁の血盟との共闘を決めた翌日、有言実行と言わんばかりに石の家を出てモードゥナ全域を探索することとした。
 それは、この先しばらくの間は確実に自らの拠点となった場の地理を早急に把握しておかねばならない、と考えての行動だった。
 しかしモードゥナ唯一のエーテライトが据えられ集落となっているレヴナンツトール以外の地は、第七霊災や、更に遡って銀泪湖上空戦での被害でその殆どが荒野となり果てたままであり、また、広大なイシュガルド領内をくまなく飛び回っていたエスティニアンにとっては狭く感じてしまう規模でもあったため、彼の目的はその日のうちに達成されることとなった。

 一方、エスティニアンの相棒たる冒険者は、テロフォロイに関する問題が一時下火になったと見るや、以前から第一世界で関わっているアンドロイド事件のその後を調査してくると言い残して出掛けてしまっていた。

 アンドロイド事件での対応については以前と同様に事を運ぶことができた場合、そろそろこちらに戻る頃合いとなっているかもしれない。
 しかしそのように考えてみたところで、帰還の具体的なタイミングなど判ろうはずもない。今回も戦闘が主となる事案なのだろうから、なおのことだ。

 石の家のサロンの片隅で、供された茶を口にしながらそのようなことを考えていたエスティニアンの脳裏に、突如ひとつの想いが湧きあがる。

「……ああ、そうだな。行ってみるとするか」

 傍目には単なる独白としか映らないその呟きに呼応したかのように、彼の背にある魔槍から、微かに赤黒い霧が滲み出た。


 レヴナンツトールから銀泪湖北岸側へと出たエスティニアンは、手前に黙約の塔、その先にクリスタルタワーが位置するという壮大な景観を見上げ、改めて感嘆の息を漏らす。

『クリスタルタワーについてはグ・ラハ・ティアに、自己紹介も兼ねて現地でじっくりと説明してもらえば良い』

 エスティニアンはそのように冒険者から言われていた。
 自己紹介も兼ねて、という点に当初エスティニアンは疑問を抱いていたのだが、アジス・ラーで見た彼の立ち回りを振り返ってみれば、アラグ帝国の情報についてグ・ラハ・ティアが、他の追随を許さない知識を有している存在なのだということは十二分に理解することができた。
 また、彼が帯びている得物にクリスタルタワーと同色の結晶が用いられている点からは、クリスタルタワーと並々ならぬ曰く因縁があるのだろうと推測をすることができる。
 イシュガルド・ランディングでグ・ラハ・ティアが見せた奇妙な挙動については、口にしていた内容から、フォルタン前伯爵が出版した回顧録を読んでいたのだろうと考えれば納得できる。
 あのように絡まれてしまっては、咄嗟の対応には苦慮するというものだが……。

 つい先日の出来事を思い返したエスティニアンは苦笑をし、視線をクリスタルタワーから黙約の塔へと移す。
 そしてマナカッターに乗り込んだ彼は、滞空させた機体の進路を黙約の塔に定めた。

 山に例えれば中腹よりもやや上にあたる高さでほぼ水平となっている部分を見つけ、そこにマナカッターを接近させて黙約の塔へと降り立ったエスティニアンは、今は骸であると人々に言われている幻龍の実体の上に立つことで巨大さを思い知り、改めて言葉を失った。
 背に生える棘のひとつを見ても、それは巨木の幹の太さに相当する。
 銀泪湖上空戦の指揮をしたガイウスは、この巨体が飛翔し襲いかかってくるさまを、おそらくは旗艦の艦橋から見届けたのだ。
 竜の眼の行方を探してギラバニア辺境地帯を訪れた際に彼の名が冠されたバエサルの長城を目の当たりにして驚いたものだが、その豪胆ぶりをエスティニアンは改めて実感させられていた。
「こんなミドガルズオルムと相打ちをしたガイウスも大概だが、そのガイウスをアルテマウェポンごとぶちのめした相棒も然り……だな」
 そうエスティニアンは呟きながら笑いをこぼすと、最上部を目指すべくジャンプをした。

 石の家を出てから1属時ほどが経ち、エスティニアンは黙約の塔の最上部となる黙約の広間に佇んでいた。
 見上げるとミドガルズオルムの巨大な頭が、破壊された戦艦の骨組みに引っ掛かるような状態で、広間全体を見渡すかのような姿となり固定されていた。
 
「相打ちとなってあんたは死んだ……というのが世の通説だが、その後、相棒に絡んでいたわけだから、今は大人しくしているが眠っているだけなのだろう? 俺の声が届くかは判らんが、話をしておきたくてな」

 そこで言葉を途切れさせたエスティニアンは、目を伏せると話を続けた。

「ティアマットとバハムートが、ようやく安息を手に入れたぞ。それを見届けたのは、ニーズヘッグとラタトスクだ」

 全ての兄弟姉妹たちを愛していたニーズヘッグの想いを代弁し、改めてミドガルズオルムを見上げたエスティニアンの瞳は、天頂からの光を受けて暖かな色を帯びており、そしてそれは彼の表情にも及んでいた。

「言われてみれば確かに、そういうことにもなるんだったわね」

 微かな笑みを浮かべ、脳裏に七大天竜たちの絆を思い描きながらミドガルズオルムを見つめ続けていたエスティニアンは、突如かけられた背後からの声で現実へと引き戻された。

「……のぞき見とは悪趣味な。魔力以外にそんな性癖までをフレースヴェルグから受け取っていたのか」
「えっ? フレースヴェルグがのぞき見を?」

 心底驚いた様子の冒険者の反応を耳にしたエスティニアンは舌打ちをした後に肩を震わせながら笑い始め、それが治まってからようやく彼女の側に向き直った。
「ああ。この鎧を託された場で……な」
 エスティニアンが返事をしながら掌で胸を指し示した鎧は、パガルザンの激闘を経たにも関わらず、美しい紺碧で陽光を受け止めている。
「ふふっ、そんな裏話があったとは」
 そう言いながらクスクスと笑いをこぼす冒険者が纏う竜騎士鎧も、エスティニアンのものと同様にラタトスクから加護を与えられたものであった。

「スターダイバーを撃ち込んだ直後にメガフレアの直撃を喰らっていたでしょう? なのに傷ひとつ無いんだから凄いわ。これって、ラタトスクが護ってくれたことになるのかしらね?」
「だろうな。それに、所詮あれは紛いものの模倣技に過ぎんということだ」
「それもそうね。でも、大変な戦いであったことは確かだから……お疲れさま」
 改まった形で冒険者からかけられた労いの言葉を受け止めたエスティニアンは、その目を微かに細めながら頷いた。

「……でね。私もそれなりに疲れたし、第一世界で更に疲れを上乗せしちゃったから、さすがにひと息つきたい気分なの。そんなわけで、今から私の息抜きに付き合ってくれないかしら?」

 あからさまに何かを企んでいるとしか思えない、悪戯の色を声音に含ませながら笑みを浮かべる冒険者を見て、エスティニアンはたまらずに軽く噴き出した。
「俺に断る選択肢が無いように思えるのは、気のせいか?」
「よくわかったわね」
 冒険者は再びクスクスと笑いながら、今度は自らの荷を探り始めた。

「あんなことをタタルさんの耳に入りそうな場所で呟くだなんて、迂闊にも程があるんじゃないかしら?」
「なんのことだ?」
 あまりに唐突な発言をぶつけられ首を傾げたエスティニアンに向けて、冒険者は更に話を続ける。
「たとえ茶の一杯でも貸しは作りたくないとか言っていたのに」
「あー……」

 冒険者の指摘した内容にようやく思い至ったエスティニアンは、天を仰ぎ見ながら苦し紛れに頭を掻いた。
「私も、ウルダハ商館にはそれなりに顔が利くのよ。はい、これ。クガネのお土産」
 冒険者は話を終えるなりエスティニアンの手首を掴んで掌を無理やりに上へと向かせ、荷の中から取り出した包みを彼に手渡した。

「蒼天街のスノーソーク浴場に行ったときに、年配の男性に話し掛けられて浴場施設を一通り案内されてね。その人から「蒼の竜騎士さまに東方流の風呂の楽しみ方を教わった」って話を聞いたのよ。それを試してみたくて、クガネのお店で訊ねて必要なものは調達してきたんだけど、作法とかを詳しく教えてちょうだい」
「……なるほど。帰還が若干遅いと思っていたが、わざわざクガネに行ってきてくれたのか」

 ここまでネタを押さえられ、更に先手をも打たれていたとあっては断れるはずもないし、もとより断るつもりなど毛頭なかった。
 これが彼女の純粋な興味なのか、はたまた、こちらの趣味に合わせるための方便なのか。
 どちらにしても、暫しの間二人で存分に息抜きができることに違いはない。

「作法などという面倒ごとが付き纏うものを、俺が好むわけがなかろう。しかし今からとなると、気になる点がひとつあるな」
「ひとつ気になるって、どんなこと?」
 首を傾げる冒険者の前で、エスティニアンは腕組みをすると軽く息を吐いた。

「ある程度以上に疲労がたまった状態で酒を風呂の中で飲むと、酔いが回り過ぎて倒れてしまうかもしれんぞ。俺は大丈夫だが、お前は別の戦場帰りで疲れが残っているのだろう?」
「確かに疲れてはいるけど……。それじゃ、飲み方を控えめにすればいいかしら。いざとなったら、九つの雲で一晩泊まっていくわ」
「あんな安宿などに行かずとも、泊まりたくなったら俺の家にでも来ればいいだろう」
「えっ? エスティニアンの家に!? いいの?」

 何気なく提示したに過ぎない宿泊場所の代替案に俄然興味を示し、瞳を輝かせながら喰い付いてきた冒険者を見て、エスティニアンは口角を上げる。
「手段が目的に入れ替わったように思えるが、気のせいか?」
「だって、今までずっと貴方の家を見てみたいって思っていたんだもの。仕方ないじゃない……」
 途端に赤面し肩を竦める冒険者を見たエスティニアンは、彼女の反応がよほど楽しく思えたのかくつくつと笑い始めた。

「ならば、家に泊まりに来ることを前提として飲むとするか?」
「ええ。是非、その流れで!」
1/3ページ
スキ