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お伽話の住人

「ただいまぁ」

 冒険者がリリーヒルズの自室に戻ったのは、夕暮れの直後だった。
「行き先が花蜜桟橋だった割には、随分と時間がかかったものだな。それに、随分とお疲れなご様子で」
 部屋の一角で新しいハンマーを振るっていたエスティニアンは、作業を終わらせると道具を片付けながら冒険者を迎えた。
「エリーヌにはすぐに逢えたのだけど、お土産を渡しておしまいかと思ったら、クプカ・クップとウルダハに行ってみたいから付き添って欲しいと頼まれてね」
「それを断るわけにもいかず、か」
 抱えていた荷をソファーに置いてキッチンへと向かう冒険者を見ながら、エスティニアンは苦笑をする。
「ええ。エリーヌは私が逢いに行ったことを随分と驚いていたから、そんな私に頼み事をするのにはものすごく勇気が必要だっただろうなと思って。ウルダハでのラブレター配達先はプリンセスデーの主催者さんのところでね。クプカ・クップの後にぞろぞろと連れだって訪ねたものだから先方が成り行きに興味を持って、今度はエリーヌが冒険者の疑似体験をする流れになったの」
「ふむ」
 エスティニアンは冒険者の説明に短く応じるとソファーに腰を下ろし、彼女が持ち帰った荷から飛び出しているハート型のポンポンを数回、指でつついた。

「そして、それだけでは終わらなくて……」
 二人分の茶を用意した冒険者は、話を繋ぎながらエスティニアンに茶を差し出して対面に座ると、即座に自らの茶を口にする。
「主催者さんのところに戻ったら三歌姫の公演開始直前で、折角だから見て行きなさいと言われて最後まで舞台を堪能してきたの。よそ様のお嬢さんを国外へ引率することになるだなんて思いもしなかったから、グリダニアに戻って解散するまでは緊張のし通しだったわ」
 そしてその緊張をエリーヌに悟られるわけにもいかないし……と冒険者は肩を竦めた後、茶を一気に飲み干した。

「勇気を出してお願いをしたエリーヌは、憧れの英雄さまと夢のような時間を過ごしました。めでたしめでたし……といったところか。それは大変だったな」
 エスティニアンは随所に自らの堪えきれない笑いを織り交ぜながら、お伽話の締めくくりを模した言葉遣いで冒険者を茶化してきた。
「今日のことがいい思い出のひとつになってくれれば嬉しいんだけど」
「そこは揺るがんだろうさ。その点は安心していいと思うぞ」

 突発的な珍道中であれ、一応は丸く収まっているように受け取れる話を終わらせたはずの冒険者は、未だ疲れが払えていない表情のままでいる。
「……他にも、何かあったのか?」
 そのことに疑問を抱いて首を傾げ、短く問いかけてから茶を口にするエスティニアンを見つめた冒険者は、頷いた後に再び語り始めた。
「実はね。解散した後アストリドに捕まって質問攻めを喰らったのよ。貴方のことや、貴方との関係についてを、色々と」
「なんだと?」
 エスティニアンは、ティーカップを持ったまま呆然とした表情で固まった。

「アストリドにとって「蒼の竜騎士さま」は、いつもドラゴンと戦ってくれていた凄い人で、普通の人のような生活をしているイメージが無かったそうなの。そんな彼女の前で貴方を相手に私が散々あんな振る舞いをしてしまったものだから、色々と混乱しちゃったらしくて」
「……なるほど」
 冒険者の話を聞き終えたエスティニアンはティーカップを置き、納得の一言とともに何故かくつくつと笑い出す。
「えっ? ここで笑うってことは、アストリドの気持ちがわかったの?」
「ああ。俺も、ガキの頃は似たようなものだったからな」
「はい?」
 エスティニアンからの想定外の回答に冒険者は驚き、先ほどの彼と入れ替わったかのように呆然として固まった。

「生活環境や性別の違いでイメージに多少の差が生じているとは思うが、どうあれ殆どの子どもは竜騎士がドラゴンと戦っている姿を実際に見ることはない。そして「竜騎士さまが大空を自在に翔んで恐ろしいドラゴンを倒して下さった」という話を大人から聞かされるわけだ。物心ついた時から何度も、何度もな。そうしているうちに子どもの頭の中には「竜騎士さま」という、一種の人間離れした存在が出来上がる……という寸法だ」

「そうだったのね……」
 エスティニアンの話を十二分に吟味した冒険者は、感嘆のため息とともに納得の言葉を口にする。
「蒼の竜騎士に至っては、建国神話で語られたりバルロアイアンのように聖人に列せられたりと、更なる脚色が上乗せされているだろう。なので、子どもにとっては人間離れの度合いが桁違いになるのさ」
「そんな存在が目の前で平服を纏っていて、私の部屋に行くつもりだったと言ったり突然クプカ・クップを震え上がらせたりもしたんだから、アストリドが混乱するのも致し方ないわね」
 そう言いながらクスクスと笑い始めた冒険者を見たエスティニアンは、肩を竦めてから茶を口にした。

「で? 俺との関係については、アストリドにどう答えたんだ?」
「そこのところは、私たちは愛の伝道師の力を必要としない状態なんだって答えたら納得してくれたわ。その代わりに、蒼の竜騎士さまという途方もない人とどのような経緯で懇意になったのか、後学のために教えて欲しいって言われて」
「それが質問攻め、か」
 冒険者は頷きで答えると茶を口に含み、飲み下してからゆっくりと息を吐いた。

「回答は、エドモン卿が著わされた回顧録に記されている内容をなぞる形にしておいたわ。あの本は事実だけをきっちりと書いて下さっているから、私が答えた内容以外のことを知りたくなった時には回顧録を紐解けばいい、と添えてね」
「ほう……。それならば客観的な視点の情報である分、安心感があるな」
 意地の悪い笑みを浮かべながら出されたエスティニアンの返事に、冒険者は上目遣いとなって彼を見つめ返す。
「貴方のことを私の主観で答えたら、別の意味で余計な脚色をする結果になってしまうかと思ったのよ。アストリドは頭のいい子だから、回顧録の内容と東桟橋での出来事とを組み合わせて今後、あの子の愛の伝道師としての活動に活かしてくれると思うわ」
 冒険者は立ち上がり、テーブルの上の茶器を全てトレイへと乗せる。

「雲廊での戦いについて説明をしたらアラベル卿みたいだという感想を貰ったのだけど、彼女のご先祖様も過酷な戦場に身を投じた方だったのね」
 そう言いながらキッチンへと向かう冒険者の後ろ姿をエスティニアンは驚きの表情で見つめ、微かに首を傾げてから問い掛けた。
「お前にしては珍しいな。アラベル卿の逸話は知らんのか」
「ええ。それについては後で調べるつもりよ」
 茶器を洗いながら問いに応じ、片付けを終えてソファーの側へと戻るべく向き直った冒険者は、目の前にエスティニアンが立っていたことに驚き後ずさる。
「いつの間に!」
「桟橋では背後を取られたからな。仕返しだ」
 そう言いながらニヤリと笑うエスティニアンを見上げた冒険者は、露骨に頬を膨らませて抗議の姿勢を顕わにする。
「彼女の逸話を調べる手間ならば、俺が省いてやろう」
 提案を聞くなり冒険者は途端に歓喜の表情となって、その瞳を輝かせた。
 冒険者の表情が目まぐるしく変化する様を見てエスティニアンは目を細めると、彼女の頬にそっと右手をあてがい、そしてゆっくりと首の後ろへとその指先を移動させてゆく。

「えっ?」

 思わぬ展開に予想が付けられず、うなじを滑ってゆく指の感触に身をよじらせながら微かな疑問符が零れた冒険者の唇から続けてそれ以上の言葉が零れ出すことを、エスティニアンは許さなかった。

「なかなかどうして。アストリドの例えは見事なものだな」
「……それじゃ意味が分からないのだけど」

 冒険者の唇を解放し自らの上唇をチロリと舐めてから話を続けたエスティニアンは、頬を染めて困惑する彼女の様子を見つめて更に笑いを重ねる。
 そして暫しの静寂の後、エスティニアンはようやく口を開いた。

「では、教えてやろう。アラベル卿は、命を賭して純愛を貫いた女なのさ」

    ~ 完 ~

   初出/2021年2月15日 pixiv&Privatter
   『第49回FF14光の戦士NLお題企画』の『ヴァレンティオンデー』参加作品
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