このサイトは1ヶ月 (30日) 以上ログインされていません。 サイト管理者の方はこちらからログインすると、この広告を消すことができます。

お伽話の住人

 アストリドとクプカ・クップと光の戦士。
 中央ラノシアでの目的を果たした奇妙な組み合わせの三人は、次の目的地となる花蜜桟橋へと向かうべく、談笑をしながらグリダニアの旧市街を歩んでいた。
 鬼哭隊屯所前を通り過ぎ東桟橋入口の門に至ったところで冒険者は、視線の先に船頭と話をしている人物を認めて突如その足を止めた。

「ぐポっ!」

 直後、奇妙なうめき声が辺りに響く。
 冒険者が立ち止まったことで、彼女の真後ろで空中を移動していたクプカ・クップが直接的な被害……玉突き衝突事故を被ったのだ。
「どっ、どうしたクポ?」
「ごめん」
 冒険者は自らの後頭部をさすりながらクプカ・クップに向き直り、まずは謝罪をした。
「船頭さんと話をしている人を見て、驚いてしまったのよ」
「見たことのない槍です……。槍術士ギルドの方でしょうか」
 一同が注目をしアストリドが率直な感想を口にする中で、冒険者は階段を降り始めながら渦中の人物へと呼び掛ける。
「エスティニアン!」

 冒険者の声に振り向いたエスティニアンは、苦笑をしながら応じた。
「気配は感じていたが、背後を取られていたとはな、相棒」
「ここに来ているってことは、もしかして私の部屋に行くつもりだった?」
「ああ。以前いくつか用意してくれた新しい鍛冶道具をそろそろ使わせてもらおうかと思い連絡を入れようとしたんだが、リンクパールを見たらお前の現在位置がラノシアだったからな。ならばわざわざ呼びつけずとも良いかと、留守宅に邪魔するつもりでいたのさ」

 そんな二人のやり取りを門前から見おろしていたアストリドが、困惑の表情を浮かべながらクプカ・クップの隣で呟いた。
「えっ? あの方って……まさか?」
「アストリドも知ってる人なのクポ?」
「私の予想が当たっていれば、なのですが、有名人……かもしれません」
「有名人? 冒険者さんのお友だちっぽいから、直接聞いてみればいいと思うクポよ」
「そっ、そうですね! 行ってきます!」
 言うが早いか駆け出すアストリドの後ろ姿からエスティニアンへと視線を移したクプカ・クップは、身体ごと真横になる勢いで首を傾げた。
「あんなに煤けた服を着た人が有名人クポ? 有名人……」


「初めまして! 私、ヴァレンティオンデーの催しで愛の伝道師を務めているアストリドと申します」
 駆け寄るなり自己紹介をよこしてきたアストリドを見たエスティニアンは、微かに驚きの表情を浮かべると応じた。
「そういえば今はあの祭典の時期か。わざわざ自己紹介をしたとなると、嬢ちゃんは俺に用事でも?」
「はい。人違いでしたら申し訳ないのですが……もしかして、蒼の竜騎士さまでいらっしゃいますか?」

「うっ……」
「あ!」

 アストリドから質問が出された直後、ほぼ同時にエスティニアンと冒険者は微かな声を上げ、次いで冒険者はその場にうずくまってしまった。

「……ああ、そうだ。今は「元」だがな」
 エスティニアンが暫しの静寂を破り寄こした是の回答を受けたアストリドは、晴れやかな表情となり改めて彼を見上げた。
「やはりご本人さまでしたか! 思わぬところでお目文字が叶い、光栄です!」
「それは何よりだが、この場でのことは、できれば嬢ちゃんの胸の内に留めておいて貰えると助かる」
「こちらにいらっしゃったのはお忍びで、ということなのですね。愛の伝道師の名に懸けて、他言無用を誓います!」

 そんなエスティニアンとアストリドのやり取りをうずくまったまま聞いていた冒険者は胸を撫で下ろしながら立ち上がり、膝と手のひらに付着した枯れ草を払った。
「アストリドとはグリダニアで逢うばかりだったから、うっかりしていたわ」
「私は、お名前だけを存じ上げていましたので。同じお名前の別の方を勘違いしたまま認識してしまっては失礼だと思い、質問をさせていただきました」
「なるほど。催事で大勢の人と関わる仕事をする上で、それは大事な心掛けだな。その調子で励むといい」
「はい! ありがとうございます!」


「ほんとに有名人だったクポ~」
 話に区切りがつくことを見計らっていたクプカ・クップが三人のもとへと飛来し、全員の視線をその一身に浴びた。
「ほう。お前も今は彼女たちの仲間というわけか。その口ぶりでは、一連のやり取りは全て把握しているな?」
 エスティニアンからその言葉とともに改めて見据えられたクプカ・クップは、途端に全身の毛が逆立ち、更にその特異な形状のポンポンに落雷したかのような衝撃に見舞われた。
「あわわ……。えーっと。ここでの出来事は、全てモグの胸の内に留めておけばいいクポね」
 震え上がりながら返事をよこしたクプカ・クップを見たエスティニアンは、高圧的かつ満足げな表情で口角を上げた。
「ご名答。ククッ……なかなかいい心掛けだぞ」

 そのやり取りを目の当たりにすることとなったアストリドの脳裏では、どうやら何かが音を立てて崩れてしまったらしい。彼女は困惑の表情を浮かべながらエスティニアンとクプカ・クップを交互に見比べ、更に困惑の度を深めてしまっている。
 ここでの事態全ての発端は自らがうっかり彼の名を呼んでしまったことなのだと改めて認識をした冒険者は、苦笑をしながら肩を竦め、そして無理矢理その事態に収拾を付けるべく口を開いた。
「そっ、そろそろ花蜜桟橋に行って、エリーヌを探しましょう。ね!」
「エリーヌ?」
「冒険者さんにラブレターを書いた子のことク……あわわわ!」
 再びクプカ・クップは全身の毛が逆立つ感覚に襲われ、そして冒険者は天を仰いだ。

「ラブレターだと?」
 クプカ・クップは純粋に疑問に答えようとし、単に彼の視点での事実を簡潔に述べただけだったのだが、悲しいかな、エスティニアンに対しては言葉選びを盛大に失敗していた。
 ラブレターを受け取った自分に向けられるべき苛立ちの矛先が何故かクプカ・クップに向けられてしまったことに慌てた冒険者は、ドラヴァニア雲海のフワフワ浮草と見紛う程のシルエットとなってしまったクプカ・クップとエスティニアンとの間に割って入り、辺りに充満した不穏な空気を払拭するべく補足説明を始める。
「ちょっと待って! クプカ・クップはラブレターを配達しただけで、彼の場合、それは仕事上での幅の広い表現なのよ。そもそもエリーヌは女の子だし、貴方が心配をするようなことは何もないわ」
 そう言いながら彼女は懐を探って封筒を取り出すと、中の便箋を広げてエスティニアンに差し出した。

「……なるほど。これはいわゆる、ファンレターというやつか」
 手紙の内容を把握したエスティニアンは苦笑をしながら便箋を冒険者に返し、その様子を傍らで見守っていたクプカ・クップは安堵のため息をこっそりと吐いた。
「そ。気になるのなら私たちの様子を見に来ても構わないわよ。貴方なら離れた場所からでも話の内容は聴き取れるでしょう?」
「いや、それは遠慮しておこう。俺の視線があっては、コイツも仕事がし辛かろうしな」
 エスティニアンはクプカ・クップにチラリと視線を送り、肩を竦めて苦笑をしながら冒険者に応じると、ラベンダーベッド行きの舟に乗り込んだ。
「俺は新しい鍛冶道具の使い心地を試しておく。後で飯でも食おう」
「わかったわ。じゃ、後でね」


 騒動がようやく決着したことで、愛の伝道師たち一行はラベンダーベッド行きの舟を見送るとエリーヌを探しに行くべく花蜜桟橋行きの舟に乗り込む。
 程なくして出港した舟の上でクプカ・クップは、徐々に遠ざかる東桟橋を見つめながら呟いた。
「なんだか竜巻のような人だったクポ……。大事なことを思い出しかけていたのに、すっかり吹き飛ばされてしまったクポよ」
1/2ページ
スキ