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荒療治

 イシュガルドの民からは高地ドラヴァニアと共にドラゴン族の本拠地と位置付けられているドラヴァニア雲海。
 その広大な雲海の中に点在する浮島に築かれた遺跡群の一角に野営の陣を構え、仲間たちと共にささやかな食事を終えた光の戦士は、焚き火の前で寝息をたて始めた仲間たちから離れた場にある崩れかけた石材に腰掛け、眼前にそびえ立つ白亜の宮殿をぼんやりと見上げながら、先ほどより幾分かは穏やかとなった風にその耳を傾けていた。

 光の戦士たる冒険者が蒼の竜騎士と呼ばれるようになってから、相応の時間が経過した。
 竜騎士の師・アルベリクの言では「蒼の竜騎士に宿る竜の力は、ドラゴン族からの交信に共鳴しやすく、それを増幅する」とのことであったのだが、イシュガルドを出立してから紆余曲折を経てここに至るまでの間で、彼女が竜の気配を感じ取れたと自覚をできたことは無かった。

 一行が不浄の三塔を訪れた際にいち早くヴィゾーヴニルの気配を感じ取ったのは、彼女と同じ蒼の竜騎士のエスティニアンであり、更に彼はあの時、ヴィゾーヴニルの姿を視認できるようになる前に、接近する対象が高位のドラゴン族であるとまで断定をしていた。
 一方で冒険者は、エスティニアンの言葉を受けて天を仰ぎ、その視界にヴィゾーヴニルの巨体を認めた時にようやく、影を落とし舞い降りてくるドラゴンが高位の存在なのだと無理矢理に納得をさせられたという体たらくだ。

 ──このような有様では自分は、竜の交信と共鳴し、その存在を感知する能力について、蒼の竜騎士どころか竜騎士ですらないアルフィノやイゼルと何ら変わらないではないか。

 冒険者は現時点での自らの蒼の竜騎士としての能力を、そう結論付けてしまいかけていた。

 同じ称号を持つエスティニアンと自分の、この歴然とした差は何なのだろう?
 蒼の竜騎士と呼ばれはしたものの、自分はその能力を発揮できていないのではないか?
 種族による差でもあるのだろうか?
 先代でもある師はヒューラン族なのだから、種族差は否定してもいいだろう。
 では、性別による差があるのか?
 歴代の蒼の竜騎士に女性は存在したのか?
 聖女レネットは蒼の竜騎士であったのか?
 これについては皇都に戻った際に調べさせてもらうとしようか。
 あるいはエスティニアンに訊ねてみれば分かるかもしれない。
 ……いや。
 師は単に、竜の交信と共鳴しやすいと教えてくれたのだ。
 しやすい、という形ならば、必ずしも共鳴をする能力が蒼の竜騎士の身に備わるとは限らないのかもしれない。

 何をするわけでもない、強いて言えば装備の簡単な手入れや仮眠をとる程度のことしかできない、突如訪れた自由な時間を持て余した光の戦士の脳裏には、そんな考えが渦巻いてしまっていた。
 ドラゴン族の本拠地で、しかも聖竜の拠点である白亜の宮殿の間近であれば、自身でも竜の気配とやらを感じ取ることができるのではないか。
 きっかけさえ掴めればそれが呼び水となって、それ以降は竜の気配を感じ取れるようになり、この先のイシュガルドに関わる戦いで役立てることができるかもしれない。
 そう考えながらも結局、主に聴力に頼ることしか思いつけずにいた冒険者の耳に、背後から接近する金属音混じりの足音が舞い込んできた。

「なんだ? お前も坊ちゃんのように、気もそぞろとなってしまったのか?」
「魔物の敵対心に気付けない程ではないけど、いよいよ聖竜とご対面なのかと思うと、緊張していないと言ったら嘘になるわね」
「フッ……。光の戦士ともあろう御仁が、また随分としおらしいことを口にするものだな」
 鼻で笑いながら容赦の無い言葉を投げ掛けてくるエスティニアンを光の戦士は振り向きながら見上げ、そして苦笑をする。
「緊張しているのは確かだけど、緊張を解すためにここに来たわけではないわ」
「ならば、なぜ火元から離れた? 今までの野営でこんなことはしなかっただろうが」

 今まで散々、この奇妙な四人組の和を乱しかねない発言をしてきた御仁から、仲間に心配をかけるなと言わんばかりの説教をされてしまうとは。
そう思いながら再び苦笑をした冒険者は腰掛けていた石材から飛び降りてエスティニアンの側に向き直ると、ようやく理由を白状した。
「ここなら……焚き火から離れたら、竜の声を聞けたりはしないかと思ったの」
 
 エスティニアンは今、呆然とした表情になっているのだろうか。
 ドラケンアーメットの目庇で顔面の大部分が覆われ目元が全く伺えない中で唯一表情の手掛かりとして見ることのできる、微かに開かれたままの彼の口許からは、冒険者の言い分に何と応えたものかと思案をしている風情が感じられた。
「全く、何を言うかと思えば、そんなことか」
 呆れと安堵が半々といった声音でエスティニアンから返された言葉を受けて、冒険者は三度目の苦笑をする。
「エスティニアンにとってはそんなことでも、私には大問題でね。エスティニアンみたいに竜の声を聞くことができなければ、もう一人の蒼の竜騎士として、あまり役に立てていないんじゃないかと思っていたのよ」
 先ほどから引き続きの苦笑を浮かべたまま、更に肩をすくめながら出された冒険者の言葉を聞くなり、エスティニアンは舌打ちをすると、その口角を地に向けて露骨に曲げた。

「いかに聖竜の宮殿前とはいえ、邪竜の眷族も跳梁跋扈しているドラゴンどもの本拠地なんだぞ。弱音などを吐いていては、いつ何どき隙が生じるかわからんだろう? そんな状態でいられては、ここでは迷惑どころか命取りだ」
「ううん、弱音ってわけじゃなくてね。竜の声を聞くことを満足にできていない自分に納得がいかないというか。蒼の竜騎士はどうあるべきなのかな? とか。そういうことを色々考えていたの」
「……ふむ。では、雑念というわけか」
 短く応じた後に腕を組み、エスティニアンは再び思案をしてから話を続けた。
「蒼の竜騎士とされる条件は、竜の眼がその者に対して反応をすることだからな。竜の眼があの時お前に何かを感じ反応をしたのだから、お前はその条件を満たしているさ」

「あの時の、あれだけで……?」

 竜の眼に反応をされた当時、エスティニアンやアルベリクが何をそれほどまでに驚くのかと疑問しか抱けずにいた冒険者は、今しがたのエスティニアンの説明を受け改めて疑問を抱く形となったのだが、首を傾げる彼女の姿を見るエスティニアンもまた、当時と同様の驚きを見せた。
「あれだけなどと……。それを竜騎士団員の前で口走ったら、全員が一瞬で凍りつくぞ」
「えっ?」
 別の意味を含んだ驚きを表情に上乗せした冒険者を見据えたエスティニアンもまた引き続き驚きの表情となったままであったが、その内側には非常に複雑な心境が渦巻いてしまっており、彼は暫くの間沈黙をしてから話を続けた。

「イシュガルドの竜騎士にとって蒼の竜騎士の称号は、究極の羨望の的なのだぞ。彼らは全て、自らが蒼の竜騎士となることを目標に過酷な鍛練や実戦で日々経験を積んでいるんだ。俺はアルベリクのようにこの座を退くことなどは全く考えていないしこの手で千年の戦いに終止符を打つつもりでいるが、しかし俺の後に蒼の竜騎士の座があると考え、それを狙っている者が居ない訳ではない。そんな中で、今まで一人に限定されると考えられていた蒼の竜騎士がもう一人、しかも鍛錬をする姿を見たことも無い全くの部外者から選ばれたとあっては、竜騎士団員の中に内心穏やかではいられない者が存在するであろうことは想像に難くあるまい?」

「たっ……確かに、そうね」
 自らがイシュガルド人でないとはいえとんでもない失言をしてしまった、と、途端に愕然とした表情となり、震える声音で辛うじての一言を絞り出した冒険者を見て、エスティニアンは苦笑をする。
「まあ、蒼の竜騎士に選ばれることの重大さについてお前が竜騎士団関係者ほどの実感を得られていない点は、致し方ないと言えるだろう。そんなお前をアルベリクが助っ人として竜騎士団の作戦に投入したり、次席のウスティエヌがお前に指導を仰ぐといった出来事は、お前の実力を疑問視する輩を文字通り力技で納得させる効果もあるのだろうな。更に竜騎士団員たちの実力向上も期待できるわけだ」
「あれって一時的に人手が足りなくなっていたからだとばかり思っていたけど、アルベリクさんはそういうことまで考えていてくれたのね」
 感心をする冒険者の前でエスティニアンは、その腕を組むと暫しの間考え込む姿を見せてから話を続けた。
「竜騎士団の人手不足については、邪竜の活動期には常態化してしまうことだからな。アルベリクがそこまでを計算に入れていたかどうかは怪しいと思うぞ」
「それはまた随分な言い方……ふふっ。そういうことにしておけば師匠的に格好がつくでしょうに」
 組んだ腕を解き肩をすくめながらの冗談めかしたエスティニアンの発言には、冒険者の凍りつきかけた気持ちを解す効果があったようだったが、それが計算ずくであったかは定かではない。

「話が逸れてしまったが、今言った通りに、蒼の竜騎士が二人存在しているという点がそもそも異例なのだからな。本来は一人で竜の眼の魔力を使うところを二人で使う形になっていては、魔力の配分がどちらかに偏ることがあるのかもしれん」 
「本来は一人……そっか。エスティニアンは竜の眼を持ち歩いているから、魔力を引き出し易いってことかしら」
「いや、今は許可を得て持ち歩いているが、これも通常とは違う状態だぞ。以前、俺が持ち出して騒動になっただろう? キャンプ・ドラゴンヘッドでアイメリクと共にお前たちと面会をした時のように、竜の眼は本来、宝珠として教皇庁に安置されているべきものだ」
「となると、今の私は通常の時より竜の眼の近くに居る形になるから……やっぱり、私の問題みたいね」
 冒険者は肩を落とすと、溜め息混じりに落胆の言葉を吐き出した。
「お前ではなく俺の側に原因があると考える方が自然だと思うがな」
「エスティニアンに?」
 問題が思わぬ方向に展開をしたことで首を傾げる冒険者に向けて、エスティニアンは自嘲めいた笑いを口許に浮かべる。
「あの面会の時に言っただろう。俺はニーズヘッグの血に染まった。この身に流れている血の半分は竜のものだ、と」
「あ……」

 ──エスティニアンと自分との間に歴然とした能力差が生じる、確乎たる理由があった。

 今の今まで冒険者の頭の中に積み上げられ続け、ソーム・アルもかくやと言わんばかりの高さとなっていた悩みは、エスティニアンの一言であっさりと霧散をする。
 問題が解決をしたことで本来ならばすっきりとした心境になるものだが、今の今まで失念をしていた、エスティニアンの身に起きて現在も続いている尋常ならざる事態を再認識させられたことで、彼女は再び愕然とした表情になることを余儀なくされてしまった。

「竜の声を聞く能力に関して俺と同じ状態になりたいのならば、お前の身にも竜の血を流さねばならんのだろう。……が、今となってはそれも叶わぬ話だ。それでもその能力を望むのであれば」
 そこで話を中断したエスティニアンは、固まった表情のままで棒立ちをする冒険者の前でおもむろに左腕のガントレットを外し、肌を露出させた左腕へと右腕側のガントレットに付属する刃を向けて近付けた。

「半分は竜のものになっている俺の血を飲めば、あるいは俺に順ずる力を得られるかもしれんぞ。試してみるか?」
「やめて!!」

 いかに話の流れの続きとはいえ、あまりに衝撃的な発言と行動を取ったエスティニアンを目の当たりにした冒険者は、悲鳴とも取れる一言を放ちながら両手で彼の左腕を取り、慌ててガントレットの刃から引き離した。

「どれだけ無茶なことを自分が言っているか、ようやく分かったようだな」
「……ごめんなさい」
 胸元に左腕を抱え、震えながら俯く冒険者に向けてエスティニアンは語り掛け、彼女がそれに応じて頷く様子を認めると鼻から静かに息を吐いた。
 抱えられたままの左腕には、いまだ早鐘を打つ彼女の鼓動が直に伝わり、また、どうにか落ち着こうとするための深呼吸による吐息が、その肌に浴びせられ続けていた。
「そんな無茶をするのは、俺だけでいい。それに……」
 程なくして冒険者の両手から開放された左腕にガントレットを装着し直しながら、エスティニアンは話を続けた。

「何事も程度問題というやつでな。竜の声や交信に対して敏感であることは、蒼の竜騎士にとって必ずしも良いとは限らんと思うぞ。ティオマンを倒した後のソーム・アルに轟いたニーズヘッグの咆哮で俺は、一瞬だが膝を突かねば耐えられん状態に陥っただろう? あの時、ニーズヘッグの怒気にあてられることなくお前が平然としている姿を見ることができたのは僥倖だった」
「あの咆哮を聞き流したことが……? アルフィノとイゼルも平気だったでしょう」
 首を傾げる冒険者に向けて、エスティニアンはその首を横に振った。
「あいつらは蒼の竜騎士ではないからな。大音響に驚きこそしていたが、平気なのは当然だ。お前が竜の魔力を扱う蒼の竜騎士であるにもかかわらず、竜の魔力の塊と言うべき咆哮を浴びて何ら影響を受けなかったことが驚異的だと、俺は言っている」
 想像だにしなかった見解を面と向かってエスティニアンからぶつけられた冒険者は、驚きの表情となって彼を見上げる。
 彼女のそんな様子を見下ろしてエスティニアンは軽く頷くと、話を続けた。

「ソーム・アルで戦いの直後に不意を突かれたこととはいえ、あれは俺の弱点だと、現時点では認識せざるを得ない。竜の力を求め過ぎた代償かもしれんな。そしてお前の身にはおそらく、竜の魔力に対する耐性のようなものが備わっているのだろう。竜の声を聞く能力が足りないのではなく、光の加護か何かで常にガードをされていて聞き辛くなっている。お前はそんな能力を持つ蒼の竜騎士なのだと俺は思ったんだが、そう解釈をするのでは不満か?」

 先程までの突き放すような口調から打って変わって諭すような語り口となったエスティニアンの意見を冒険者は、今は再びガントレットで鎧われた形となった彼の左腕へと視線を移しながら十二分に噛み締めていた。
「エスティニアンは、今のままの私で戦力に不足は感じていない。そう思っていて、いいのね?」
「ああ、問題は無い。加えるならば、今以上に強くなるのは歓迎するが、力を求めるあまりに無茶だけはしてくれるな、といったところか。この先、戦いの場で俺があのように動きを封じられることになったとして、そこで更に槍を振るい続けていられるのは、お前だけなのだからな」
 続けられたエスティニアンの話を聞き終わり、静かにその顔を上げた冒険者の表情からは先程までの迷いはすっかり取り払われて、実に晴れやかなものとなっていた。

「ありがとう」

 冒険者が様々な思いを凝縮させたことで、無意識のうちにその短い言葉の内には彼女の身に宿る竜の魔力が注ぎ込まれてしまったのであろうか。
 笑顔で発された彼女の感謝の言葉を受け止めることとなったエスティニアンは、女性から笑顔で感謝をされる事態に慣れていないのか、あるいはその声が竜の咆哮と似た属性であったのか、一瞬その身を硬直させてから彼女に背を向けた。

「今、お前に躓かれて困るのは俺だからな。お前に憂いがあるのならば、それを払うのは当然のことだろう。礼を言われる筋合いはないぞ」

 そう言うなりエスティニアンは、アルフィノとイゼルが仮眠を取っている焚き火の側へと歩を進め始めた。
 冒険者は暫しの間その後ろ姿を呆然と見つめてから、後を追って歩み始める。

 二人の蒼の竜騎士の間を吹き抜けるドラヴァニア雲海の風は、いつの間にか微かなものとなっていた。

    ~ 完 ~

   初出/2018年12月4日 pixiv&Privatter
   『第31回FF14光の戦士NLお題企画』の『声』参加作品
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