悩ましき思い出
イシュガルドの民が不浄の三塔と呼んできたこの塔も、ドラゴン族との融和が進んでゆく先では新たな名で呼ばれるようになるのだろうか。
あるいは、今まで禁書扱いをされていた文献が紐解かれることで、過去の融和時代に呼ばれていた本来の名が判明する可能性もあるかもしれない。
高地ドラヴァニアにある他の建造物と比較をすると、聖竜の眷属が棲まうことで彼らの竜の魔力に護られることとなったのか、ここだけ幾ばくかは風化の度合いが軽いようにも伺える。
しかし一方では竜詩戦争時代に激昂した竜たちの吐いた炎によって焼かれてしまい、その結果崩壊をしたであろう箇所もところどころに見受けられる。
これ以上の崩壊が進まぬよう、将来的にはこの塔も人と竜とが手を携えて修復をすることとなるのだろうが、他にも修復を手掛けねばならない場がある以上、ここが後回しにされている点は致し方ない。
クルザス中央高地に点在する拠点のように人が常駐する場となっているわけではなく、戦後に皇都から人の往来が再開したとはいえ、さほどの数ではないのだから。
また、訪れた者が塔を登ったとて、せいぜいヴィゾーヴニルの座しているフロアに至る程度だろう。
その上となると、竜の独壇場だ。
頂点に据えられた竜の石像の表情までをもつぶさに観察できる場……つまり、塔のほぼ最上部となるこの場まで登るような酔狂者は、そうそう現れるものではない。
竜が翼を休めるために時折降り立つことのある場に一人で佇む男は、鋭い眼光で地上を見おろし、暫しの後にその視線を別の場へと僅かながらに移動させることを繰り返していた。
「……ふむ。どうやら、あいつらが懸念をするような事態ではなさそうだが、さりとて、あれが奇妙で騒々しいことに変わりはない、か」
塔の上に立つ酔狂者……エスティニアンは溜め息混じりに呟くと地上の観察をやめて南側に移動をし、そこに散乱する瓦礫の一片に腰を下ろした。
「しかしここからでは、細かな状況まではわからんな。さて、どうしたものか」
この日ヴィゾーヴニルに呼ばれたエスティニアンは、聖竜の眷属の母竜たちから寄せられた悩みごとの対象を調査して欲しいとの依頼を受け、まずは塔の上から地上の様子を伺っていた。
母竜たちを悩ませている事態とは、ある日を境として突如、高地ドラヴァニアに夥しい数の冒険者たちがなだれ込み、そのことごとくがまるで何かに取り憑かれたかのように昼夜を問わず全域を駆け巡っては同時多発的に戦闘を続けている、というものだった。
各所で冒険者たちが繰り広げている戦闘は、塔の外へと遊びに繰り出す子竜たちの行動範囲と時折重なってしまうこともあり、母竜たちは子竜がその戦闘に巻き込まれてしまわないかと考え、次々にヴィゾーヴニルへと不安な胸中を明かしたのである。
「そなたを呼ぶに至るまで、我らのみで成せる様々な手は尽くしたのだ。あ奴らは塔内のエーテライトを頻繁に使うのでな。まずは門番を務めるセン・イトーに、転移してきた誰ぞを呼び止め事の次第を問うてみよと命じてはみたのだが、われ先にと塔を飛び出していく者ばかりで、呼び掛けに足を止める者が全くおらなんだ。まるで聞き耳を持たぬその様子から、何者かのテンパードと化したヒトの行動ではないかと思えてしもうてな。そのような事態であれば既にヒトが成り行きを把握しているであろうと思い、このところ蒼天街に通っている若き翼を使いとしてイシュガルドより招いた騎士に問いもしたが、イシュガルドには冒険者を管理する組織が無く、この件はわからぬとの回答であった。そこで他の策は無いものかとヴェズルフェルニルに話を持ち掛けたところ、東方で人と竜との間に起きていた問題を解決したことのあるそなたに調査を任せれば良いのではなかろうかと意見をされた……というわけだ」
ヴィゾーヴニルが依頼をよこす際に見せた心底困り果てた様子をエスティニアンは脳裏に思い浮かべながら、渇いた喉を潤すべく水筒を傾ける。
そして、ヴェズルフェルニルは随分と気楽に推薦なんぞをしてくれたものだと考えながら舌打ちをした。
エスティニアンに残された手段は事件の初期段階でセン・イトーに課せられたものと同様、誰でも構わないので呼び止め真相を突き止めるという形だったのだが、寸暇を惜しんで行動をしているようにしか思えない初対面の者を呼び止め、その先の質疑応答を穏便に済ませる自信が彼には無かった。
ヴィゾーヴニルとヴェズルフェルニルは共に、ヒトとの問題にはヒトを間に立てれば良いと思ったのだろうが、そもそも、人材選びの時点で失敗をしているとは考えなかったのだろうか。
呼び止められ苛立つであろう相手を気遣いつつ確実な情報を聞き出すなど、魔槍を持つしか能がない男と自称をするエスティニアンには最も苦手とする分野と言っても過言ではないどころか、彼を知る誰もが即座に無理難題だと断言をするほどのものだというのに。
熟練の冒険者である相棒ならば、この手の問題を片付けることに於いて自分より遥かに場数を踏んでいるだろう。
ともすれば、あの奇妙な集団の中に彼女の知った顔があるかもしれない。
そう考えたエスティニアンは彼女の現在地を確認するべく懐から取り出したリンクパールを覗き込み、直後に口角を上げた。
「ほう……西部高地か」
近場に居たとは、何とも都合が良い。
町の外に居るとなると採掘などの作業をしている可能性が高いが、遠方から呼び寄せるよりは気が楽というものだ。
そう考えてリンクパール通信を始めたエスティニアンの耳に飛び込んできたのは、彼女の声ではなく爆発音だった。
「なっ……!?」
予想だにしなかった音に驚き、反射的にリンクパールを耳から遠ざけたエスティニアンは、改めて彼女の所在地を確認してから呼び掛けた。
「何ごとだ、相棒? 敵襲か? そこでお前の手に余るような事態は無いと思うが、必要ならば手を貸すぞ」
その呼び掛けにも彼女からの応答は無く、先ほどに引き続き爆発音や斬撃音が入り乱れて伝わってくる。
これはどう考えても、彼女自身が戦闘の只中に居るとしか思えない状況だ。
どうしたものかとエスティニアンが考えているうちに戦闘に由来する雑音が止み、暫しの静寂の後に彼女の声が聞こえてきたのだが……。
『急用ができたので次で抜けます~』
「おい、何のことだ?」
まるで会話が成立していない光の戦士からの応答にエスティニアンが疑問符を返すと、再びの静寂の後に、今度は明らかな焦りの声が聞こえてきた。
『あああ! 繋ぐ先を間違えちゃった! 今のはこっちの人たちに言うつもりだったの! 次が終わったら連絡を入れなおすから、ちょっとだけ待っていて!!』
一方的に捲し立てられた挙句に通信が切られてしまったリンクパールを、エスティニアンは呆然と見つめるより他は無かった。
あるいは、今まで禁書扱いをされていた文献が紐解かれることで、過去の融和時代に呼ばれていた本来の名が判明する可能性もあるかもしれない。
高地ドラヴァニアにある他の建造物と比較をすると、聖竜の眷属が棲まうことで彼らの竜の魔力に護られることとなったのか、ここだけ幾ばくかは風化の度合いが軽いようにも伺える。
しかし一方では竜詩戦争時代に激昂した竜たちの吐いた炎によって焼かれてしまい、その結果崩壊をしたであろう箇所もところどころに見受けられる。
これ以上の崩壊が進まぬよう、将来的にはこの塔も人と竜とが手を携えて修復をすることとなるのだろうが、他にも修復を手掛けねばならない場がある以上、ここが後回しにされている点は致し方ない。
クルザス中央高地に点在する拠点のように人が常駐する場となっているわけではなく、戦後に皇都から人の往来が再開したとはいえ、さほどの数ではないのだから。
また、訪れた者が塔を登ったとて、せいぜいヴィゾーヴニルの座しているフロアに至る程度だろう。
その上となると、竜の独壇場だ。
頂点に据えられた竜の石像の表情までをもつぶさに観察できる場……つまり、塔のほぼ最上部となるこの場まで登るような酔狂者は、そうそう現れるものではない。
竜が翼を休めるために時折降り立つことのある場に一人で佇む男は、鋭い眼光で地上を見おろし、暫しの後にその視線を別の場へと僅かながらに移動させることを繰り返していた。
「……ふむ。どうやら、あいつらが懸念をするような事態ではなさそうだが、さりとて、あれが奇妙で騒々しいことに変わりはない、か」
塔の上に立つ酔狂者……エスティニアンは溜め息混じりに呟くと地上の観察をやめて南側に移動をし、そこに散乱する瓦礫の一片に腰を下ろした。
「しかしここからでは、細かな状況まではわからんな。さて、どうしたものか」
この日ヴィゾーヴニルに呼ばれたエスティニアンは、聖竜の眷属の母竜たちから寄せられた悩みごとの対象を調査して欲しいとの依頼を受け、まずは塔の上から地上の様子を伺っていた。
母竜たちを悩ませている事態とは、ある日を境として突如、高地ドラヴァニアに夥しい数の冒険者たちがなだれ込み、そのことごとくがまるで何かに取り憑かれたかのように昼夜を問わず全域を駆け巡っては同時多発的に戦闘を続けている、というものだった。
各所で冒険者たちが繰り広げている戦闘は、塔の外へと遊びに繰り出す子竜たちの行動範囲と時折重なってしまうこともあり、母竜たちは子竜がその戦闘に巻き込まれてしまわないかと考え、次々にヴィゾーヴニルへと不安な胸中を明かしたのである。
「そなたを呼ぶに至るまで、我らのみで成せる様々な手は尽くしたのだ。あ奴らは塔内のエーテライトを頻繁に使うのでな。まずは門番を務めるセン・イトーに、転移してきた誰ぞを呼び止め事の次第を問うてみよと命じてはみたのだが、われ先にと塔を飛び出していく者ばかりで、呼び掛けに足を止める者が全くおらなんだ。まるで聞き耳を持たぬその様子から、何者かのテンパードと化したヒトの行動ではないかと思えてしもうてな。そのような事態であれば既にヒトが成り行きを把握しているであろうと思い、このところ蒼天街に通っている若き翼を使いとしてイシュガルドより招いた騎士に問いもしたが、イシュガルドには冒険者を管理する組織が無く、この件はわからぬとの回答であった。そこで他の策は無いものかとヴェズルフェルニルに話を持ち掛けたところ、東方で人と竜との間に起きていた問題を解決したことのあるそなたに調査を任せれば良いのではなかろうかと意見をされた……というわけだ」
ヴィゾーヴニルが依頼をよこす際に見せた心底困り果てた様子をエスティニアンは脳裏に思い浮かべながら、渇いた喉を潤すべく水筒を傾ける。
そして、ヴェズルフェルニルは随分と気楽に推薦なんぞをしてくれたものだと考えながら舌打ちをした。
エスティニアンに残された手段は事件の初期段階でセン・イトーに課せられたものと同様、誰でも構わないので呼び止め真相を突き止めるという形だったのだが、寸暇を惜しんで行動をしているようにしか思えない初対面の者を呼び止め、その先の質疑応答を穏便に済ませる自信が彼には無かった。
ヴィゾーヴニルとヴェズルフェルニルは共に、ヒトとの問題にはヒトを間に立てれば良いと思ったのだろうが、そもそも、人材選びの時点で失敗をしているとは考えなかったのだろうか。
呼び止められ苛立つであろう相手を気遣いつつ確実な情報を聞き出すなど、魔槍を持つしか能がない男と自称をするエスティニアンには最も苦手とする分野と言っても過言ではないどころか、彼を知る誰もが即座に無理難題だと断言をするほどのものだというのに。
熟練の冒険者である相棒ならば、この手の問題を片付けることに於いて自分より遥かに場数を踏んでいるだろう。
ともすれば、あの奇妙な集団の中に彼女の知った顔があるかもしれない。
そう考えたエスティニアンは彼女の現在地を確認するべく懐から取り出したリンクパールを覗き込み、直後に口角を上げた。
「ほう……西部高地か」
近場に居たとは、何とも都合が良い。
町の外に居るとなると採掘などの作業をしている可能性が高いが、遠方から呼び寄せるよりは気が楽というものだ。
そう考えてリンクパール通信を始めたエスティニアンの耳に飛び込んできたのは、彼女の声ではなく爆発音だった。
「なっ……!?」
予想だにしなかった音に驚き、反射的にリンクパールを耳から遠ざけたエスティニアンは、改めて彼女の所在地を確認してから呼び掛けた。
「何ごとだ、相棒? 敵襲か? そこでお前の手に余るような事態は無いと思うが、必要ならば手を貸すぞ」
その呼び掛けにも彼女からの応答は無く、先ほどに引き続き爆発音や斬撃音が入り乱れて伝わってくる。
これはどう考えても、彼女自身が戦闘の只中に居るとしか思えない状況だ。
どうしたものかとエスティニアンが考えているうちに戦闘に由来する雑音が止み、暫しの静寂の後に彼女の声が聞こえてきたのだが……。
『急用ができたので次で抜けます~』
「おい、何のことだ?」
まるで会話が成立していない光の戦士からの応答にエスティニアンが疑問符を返すと、再びの静寂の後に、今度は明らかな焦りの声が聞こえてきた。
『あああ! 繋ぐ先を間違えちゃった! 今のはこっちの人たちに言うつもりだったの! 次が終わったら連絡を入れなおすから、ちょっとだけ待っていて!!』
一方的に捲し立てられた挙句に通信が切られてしまったリンクパールを、エスティニアンは呆然と見つめるより他は無かった。
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